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4章
17歳 -水の極日2-
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白い壁にぽっかりと開いた穴を通り抜け、緋桐さん越しに背後の壁を確認して
(あぁ、なるほど……)
と一人で勝手に納得してしまいます。この国の建造物は基本的に真っ白な漆喰で作られている為に、建物自体に目印となるような大きな特徴はありません。もちろん小さな差はあって、例えば日よけの為に大きく付き出した軒や庇に布を垂らしている事が多いのですが、その布が各家で違います。とはいえ色は基本的に白か、元は白かったんだろうなぁという薄汚れた白なので大きな違いにはなりません。お金のある家なら刺繍で赤い鳥や赤い花を目印にいれることもありますが、何にしても裏手からは見えないのです。
この国の王宮はそこを上手く使っているようで、建物Aと建物Bの間にある壁が双方から見た時、同じ壁だと思わせておいて実は壁は2つあり、その壁と壁の間に通路が張り巡らされているようです。王宮という性質上、防犯のために壁が高くても不自然ではありませんし、この世界なら上空から確認される心配もありません。
ただ、まぁ……人力だった事には驚きましたが。
緋桐さんの後ろから、ヤマト国人じゃないかと思うほどにマッチョなお兄さんが着いてきます。このお兄さんが壁に何か棒のような道具を付けて、ゴゴゴ……と壁の一部を手前に引いて横スライド→私達が通ったら背後を確認して、再び壁の一部をスライドさせて穴に押し込むという超力技でした。
(あれ、厚さも30cmはあるし300kgはあるんじゃ……)
縦横2m強、厚さ30cmの漆喰の重さを想像して唖然としてしまいます。ヒノモト国人はヤマト国の人と比べると腕力や体力といった単純な「力」は劣っている印象でしたが、何にでも例外というのはあるようです。
(それを補って余りある戦闘技術と経験が、ヒノモト国兵士の強さの核だよね。
ただこの人、どこかで見た覚えが……。何処で会ったんだろう??)
そのマッチョヒノモト国人の案内で通された部屋には、一度だけお会いした事のある、この国の第一王子の梯梧殿下がおられました。一緒にマガツ大陸に行った結果、今では気安く接することができるようになった緋桐さんとは違い、梯梧殿下には緊張して顔を見ることすらできません。まぁ、顔を上げちゃまずいと判断して、即座に膝をついて平伏モードに入ったからでもあるのですが。
「兄者! 急な訪問すまない」
「ここはお前の家でもあるのだ、謝る必要はない。
だがその後ろの者たちは明日では駄目だったのか?」
梯梧殿下の発言の前半と後半で感じる温度差に、怖い怖いと心の中で繰り返し呟きます。気の良いお兄さんといった印象だった梯梧殿下でしたが、今日はなんだかピリピリとしています。その所為で本来なら兄上が重複敬語をこれでもかと使って挨拶をするべきターンなのに、挨拶すらさせてもらえません。
「あぁ、絶対に必要だと思ったから連れてきた。
そんな訳で兄者。刺桐を除く者をこの近くから下げてくれないか?」
緋桐さんの言葉に梯梧殿下は眉根を寄せ、刺桐と呼ばれたマッチョ男性は明確に嫌な顔をしました。そして名前を聞いて思い出しました、刺桐さんといえば熱砂の海でソーラークッカーのデモンストレーションをした時に、梯梧殿下の名代として参加していた人です。あの時はこんなにマッチョな人だと思いませんでしたが、思い返してみれば確かに体格が良い人ではありました。
「本当は刺桐も下げて欲しいところなんだが、
兄者の立場上、それが出来ないことも解る。頼む、兄者」
ここに来て私と兄上の頭に疑問符が浮かびます。ソーラークッカーの不具合の話し合いなら、そこまで念入りに人払いする必要はありません。また緋桐さんに帰郷を決意させた天空の光の帯の消失に関する事を伝えるのなら人払いも必要になるでしょうが、その場合は私と兄上がここに通される必要がありません。不安感から頭を下げたまま微かに横を見て兄上とアイコンタクトを取りますが、この状況で私や兄上に出来る事はありません。もちろん悪手で良いのなら脱兎の如く逃げ出すという事もできますが、後々今以上に面倒な事になることは必至です。
「まったくお前は……」
大きくため息をついた梯梧殿下は、サッと片手を上げて人を下げるよう指示を出します。こうして部屋の中は梯梧殿下と梯梧殿下の随身の刺桐さん。それから緋桐さんと緋桐さんの元随身の柘榴さん。そして私と兄上だけになりました。
部屋の中は。
<そこの書棚の後ろ、壁の向こうに一人隠れてるぞ>
こっそり桃さんが心話で教えてくれるので、思わず書棚の方を見てしまいます。そこをしっかりと緋桐さんに見られてしまいました。
「櫻嬢、そこに誰か居るんだな?
本当にすまないが、兄者。あそこの者も下げてくれ」
(いや、待って緋桐さん! そんな事を言われたら相手に不審がられちゃう!
なんだか今日の緋桐さんはおかしいよ?!)
そう言いたいのに、場が場なだけに声を上げられません。
「そこに誰かいるのか?」
「……申し訳御座いません。殿下の警護の都合上、私は離れられません」
どうやら梯梧殿下が把握していない人がそこに居たらしく、最初は無反応だったのにそちらをじっと見続ける二人の殿下に根負けしたように声が返ってきました。
「柘榴、すまないがお前も席を外してくれないか。
先に言っておくがお前を信頼していない訳じゃない。
ただ少しでも兄者に安心してもらう為だ」
「解った。だが後で……いや、必要なら言うだろうし
不必要なら言わないよな、お前は。
だが、俺に何も言わずに国を出るような事はしないでくれ。
それだけ約束してくれるのなら……」
「あぁ、すまない。約束する」
壁の向こうの人そっちのけで柘榴さんは退室していき、しばらくすると壁の向こうの人の気配も消えたと桃さんが教えてくれました。
「櫻嬢……。先に謝っておこう。本当にすまない。
こんな騙し討ちのようなやり方、俺としても好まない。
ましてや櫻嬢相手に……だ。だが必要だと判断した、すまない」
緋桐さんは私の両手を掴んで立たせると、いきなり頭を下げました。
「謝罪よりも理由を聞きたいです」
「そうだよな。……だが、まずは兄者。
彼女は天女だ。それも精霊様と会話が可能な稀有な天女だ!」
「緋桐さん!!!」
私がそう叫ぶのと同時に兄上が緋桐さんを黙らせようと立ち上がりますが、同時に動いた刺桐さんに抑え込まれてしまいます。
「兄上!! 兄上を離して!!」
刺桐さんの太すぎる左腕を両手で掴んで引っ張りますが、びくともしないどころか
「フンッ!」という気合で膨らんだ筋肉に弾かれ、ついでに足までひっかけられてその場に転んでしまいました。
「やめろ!! 彼女たちに危害を加えるな!
兄者、話を聞いてくれ。この国の、この世界の危機なんだ!」
「緋桐、その者たちに騙されていないか?
天女は今から10数年前に身罷られた碧宮家の姫沙羅様が最後だ。
そして次の天人天女が現れるにはまだ早い」
「もう一度言うぞ兄者。彼女は天女だ。
そして彼女に何かあればこの国は一瞬で消えるぞ?」
何時もよりずっと低い声で、梯梧殿下に相対する緋桐さん。どうしてこんな急に?と不安と疑問が溢れ出てきます。その緋桐さんの真剣な表情に、梯梧殿下は刺桐さんに兄上を離すように指示をだし、とりあえず兄上は開放され私は兄上に駆け寄ります。幸いにも怪我はないようで、ほっと安堵の息を吐きました。安堵するには早いって事は重々承知ですが、怪我が無いというのは大事です。
「緋桐殿下、恨みます……」
緋桐さんよりも更に低い声で、兄上が恨み言を口にしました。こんな声音の、こんな表情の兄上は初めて見ます。
「恨んでくれて構わない。だが槐殿、全てを櫻嬢に背負わせる気か?
もちろん槐殿を始めとした家族の皆は櫻嬢と荷を分け合うのだろう。
だが……それでも櫻嬢の負担は、人一番虚弱な櫻嬢の負担は!」
途中から緋桐さんの言葉はどんどんと切迫していきます。
私の負担。確かに負担ではありますが、私がするべき事ならするだけです。
「でも緋桐さん。私が勝手にした約束だし、家族を守りたいからするだけだよ?」
「櫻嬢。俺も守りたいんだよ?」
私の言葉に緋桐さんが即答でそう返してきました。じっと私を見つめる緋桐さんの眼差しに、
(やっぱり緋桐さんは骨の髄まで王族なんだなぁ。
私みたいに何かの対価に頑張るんじゃなくて、
国やそこに住む人々を守りたいって自然と思えるんだから)
なんて事を考えていたら、
「それに櫻嬢が一人で頑張らなくて良いんだ。
この世界に住む全員がこの危機の当事者であり、
この世界に住む全員で荷を分かち合わなくてはいけないんだ」
と言われ、その言葉に思わず考えてしまいました。
前世では色んなゲームや漫画、アニメがありました。その中には世界の危機を救うために冒険に出るというモノも多々あり、その大半が10代~20代の少年少女が仲間と傷つきながらも頑張るという展開でした。少なくとも私が読んでいたのはそんなモノが多かったように思います。なので何の違和感もなく私も龍さんの提案を受け入れて、自分が頑張らなくてはと思っていました。
でも私はゲームや漫画の主人公のように強くもなければ、魔法が使える訳でもありません。三太郎さんたちに何かをお願いすることはできますが、それをきいてもらえるかは三太郎さん次第です。
「戦力としてあてにならない私に、
世界の危機は任せられないと緋桐さんが思うのも仕方がありません……」
「いや、そういう事じゃない。俺は櫻嬢が傷つくのが嫌だと言っている!」
緋桐さんにガシッと両肩を掴まれて、思わず顔を見上がれば真剣な眼差しがそこにありました。
「う、うん。そうだよね。私も家族や友達が傷つくのは嫌だもの」
と至極真っ当な同意を返したら、緋桐さんと何故か兄上までもが
「「はぁぁ…………」」
と盛大な溜息を吐いてしまいました。そんな二人の反応に首を傾げそうになったところで、梯梧殿下が
「そこまで言うのなら何か証拠なり証人なりがいるのだろう?
話はそれを確認してからだ。先ずは座れ」
と言い、座面が植物で編まれた椅子を指さします。促すのではなく明確な命令に、命令する事に慣れた人だなぁと思いますが、当然ではあるので素直に命令に従いました。
「兄者は今、消えてしまった神の刀身のことで大変なのでは?」
「……あぁ、そうだ。
この凶事はお前が王家を離脱した事による神の怒りだと言い出す者がいてな。
お前が王位を継ぐ以外に神の怒りを収める方法は無いとまで言い出す始末」
この国では天空の光の帯を「神の刀身」と称してたようで、さすが武の国と思ってしまいます。それにしても龍さんの霊力回復が、遠く離れたこの地の王位継承争いに利用されてしまっていたとは……。
「時期が全然違うのに」
思わず零した愚痴に、
「神々にとって人間の数ヶ月など瞬きの間……だそうだ」
と梯梧殿下が律儀に返してくれます。
(あっ、まずい敬語!!)
と咄嗟に両手で口を隠して下を向いてしまいましたが、その頭上から梯梧殿下の苦笑が降ってきました。
「構わないよ。君が本当に天女なら位は私と同格か、むしろ君のほうが上だ」
あくまでも天女ならと前置きをしたうえではありますが、敬語不要という言質はもらえました。そういえばかなり昔に茴香殿下や蒔蘿殿下にも同じような事を言われたなぁと、遠い過去に思いを馳せます。そんなことをしている場合ではないので、直ぐに気持ちを切り替えて目の前の問題へ取り掛かりますが。
<金さん、浦さん、桃さん。ここで顕現してもらえない?
緋桐さんのやり方の是非はともかく、言っている事は正論だと思うし>
<はぁ……思うところは多々あるが、正論ではあると我も思う>
<ならばまず儂が出よう。
そうして結界を張れば、騒動は最低限に抑えられるはずじゃ>
結界自体は三太郎さんも張れるのですが、結界を展開する速度が圧倒的に龍さんが速いのです。速さだけなら桃さんもそれなりに早いのですが、結界に穴が生じやすいという欠点があるので今は任せられません。
<じゃぁ、龍さん。そして結界の展開を確認してから三太郎さんの順でお願い。
でもいきなり風の精霊という未知の存在が出てきて、大丈夫かなぁ?>
<大丈夫じゃなくても大丈夫になってもらうしかねぇだろ>
<桃の言葉に同意したくはありませんが、大事の前の小事だと思いましょう>
そうやって心話をしていたら、何をやっているのか気づいていたらしい兄上と緋桐さんが
「三太郎様たちは何と?」
「話はついたかい?」
とほぼ同時に話しかけてきました。二人の顔を順に見てから頷き、
「はい。みんな仕方ないって」
と少し苦笑しつつ返します。私達のやりとりの意味が解らない梯梧殿下と刺桐さんは訝しげな表情をしていましたが次の瞬間、刺桐さんは瞬間移動したとしか思えない速さで梯梧殿下の前に移動して、何処かから取り出した短剣を構えます。
「ふむ。これで良いじゃろう。出てきて良いぞ」
「緋桐、お前なぁ……。後で話があるから覚えておけよ!」
「気持ちは解らなくもないのですが、やり方は最低でしたよ。
まずは櫻や私たちに話を通すべきでしょう?」
「こうなった以上、この状況を有効に使うべきであろうな。
人手があるのならそれに越したことは無いのだから」
私の中から出てきた途端に好き勝手話し出す三太郎さんたちに、梯梧殿下の口が開きっぱなしになっています。
「「え?」」
そしてほぼ同時に梯梧殿下と刺桐さんは短い言葉と同時に緋桐さんを見てから、
「「え?」」
と今度は全く同じタイミングで私を見ます。以前山吹から聞いたことがあるのですが、随身は影武者をすることもあるそうなので、こういった咄嗟の反応すらそっくりに演じられるように小さい頃から訓練するのだそうです。この二人の場合、体格があまりにも違うので影武者は無理そうですが、それでもこのシンクロ率です。
「えぇと、紹介しますね。まずはこちら土の精霊の金さん」
「「は?」」
「それから水の精霊の浦さんと火の精霊の桃さん」
「「い、いや……まっ」」
「最後に風の精霊の龍さんです」
「「理解が追いつかんっっっ!!」」
絶叫に近い梯梧殿下と刺桐さんの声に、龍さんの結界を張っておいて正解だったなと思う私でした。
(あぁ、なるほど……)
と一人で勝手に納得してしまいます。この国の建造物は基本的に真っ白な漆喰で作られている為に、建物自体に目印となるような大きな特徴はありません。もちろん小さな差はあって、例えば日よけの為に大きく付き出した軒や庇に布を垂らしている事が多いのですが、その布が各家で違います。とはいえ色は基本的に白か、元は白かったんだろうなぁという薄汚れた白なので大きな違いにはなりません。お金のある家なら刺繍で赤い鳥や赤い花を目印にいれることもありますが、何にしても裏手からは見えないのです。
この国の王宮はそこを上手く使っているようで、建物Aと建物Bの間にある壁が双方から見た時、同じ壁だと思わせておいて実は壁は2つあり、その壁と壁の間に通路が張り巡らされているようです。王宮という性質上、防犯のために壁が高くても不自然ではありませんし、この世界なら上空から確認される心配もありません。
ただ、まぁ……人力だった事には驚きましたが。
緋桐さんの後ろから、ヤマト国人じゃないかと思うほどにマッチョなお兄さんが着いてきます。このお兄さんが壁に何か棒のような道具を付けて、ゴゴゴ……と壁の一部を手前に引いて横スライド→私達が通ったら背後を確認して、再び壁の一部をスライドさせて穴に押し込むという超力技でした。
(あれ、厚さも30cmはあるし300kgはあるんじゃ……)
縦横2m強、厚さ30cmの漆喰の重さを想像して唖然としてしまいます。ヒノモト国人はヤマト国の人と比べると腕力や体力といった単純な「力」は劣っている印象でしたが、何にでも例外というのはあるようです。
(それを補って余りある戦闘技術と経験が、ヒノモト国兵士の強さの核だよね。
ただこの人、どこかで見た覚えが……。何処で会ったんだろう??)
そのマッチョヒノモト国人の案内で通された部屋には、一度だけお会いした事のある、この国の第一王子の梯梧殿下がおられました。一緒にマガツ大陸に行った結果、今では気安く接することができるようになった緋桐さんとは違い、梯梧殿下には緊張して顔を見ることすらできません。まぁ、顔を上げちゃまずいと判断して、即座に膝をついて平伏モードに入ったからでもあるのですが。
「兄者! 急な訪問すまない」
「ここはお前の家でもあるのだ、謝る必要はない。
だがその後ろの者たちは明日では駄目だったのか?」
梯梧殿下の発言の前半と後半で感じる温度差に、怖い怖いと心の中で繰り返し呟きます。気の良いお兄さんといった印象だった梯梧殿下でしたが、今日はなんだかピリピリとしています。その所為で本来なら兄上が重複敬語をこれでもかと使って挨拶をするべきターンなのに、挨拶すらさせてもらえません。
「あぁ、絶対に必要だと思ったから連れてきた。
そんな訳で兄者。刺桐を除く者をこの近くから下げてくれないか?」
緋桐さんの言葉に梯梧殿下は眉根を寄せ、刺桐と呼ばれたマッチョ男性は明確に嫌な顔をしました。そして名前を聞いて思い出しました、刺桐さんといえば熱砂の海でソーラークッカーのデモンストレーションをした時に、梯梧殿下の名代として参加していた人です。あの時はこんなにマッチョな人だと思いませんでしたが、思い返してみれば確かに体格が良い人ではありました。
「本当は刺桐も下げて欲しいところなんだが、
兄者の立場上、それが出来ないことも解る。頼む、兄者」
ここに来て私と兄上の頭に疑問符が浮かびます。ソーラークッカーの不具合の話し合いなら、そこまで念入りに人払いする必要はありません。また緋桐さんに帰郷を決意させた天空の光の帯の消失に関する事を伝えるのなら人払いも必要になるでしょうが、その場合は私と兄上がここに通される必要がありません。不安感から頭を下げたまま微かに横を見て兄上とアイコンタクトを取りますが、この状況で私や兄上に出来る事はありません。もちろん悪手で良いのなら脱兎の如く逃げ出すという事もできますが、後々今以上に面倒な事になることは必至です。
「まったくお前は……」
大きくため息をついた梯梧殿下は、サッと片手を上げて人を下げるよう指示を出します。こうして部屋の中は梯梧殿下と梯梧殿下の随身の刺桐さん。それから緋桐さんと緋桐さんの元随身の柘榴さん。そして私と兄上だけになりました。
部屋の中は。
<そこの書棚の後ろ、壁の向こうに一人隠れてるぞ>
こっそり桃さんが心話で教えてくれるので、思わず書棚の方を見てしまいます。そこをしっかりと緋桐さんに見られてしまいました。
「櫻嬢、そこに誰か居るんだな?
本当にすまないが、兄者。あそこの者も下げてくれ」
(いや、待って緋桐さん! そんな事を言われたら相手に不審がられちゃう!
なんだか今日の緋桐さんはおかしいよ?!)
そう言いたいのに、場が場なだけに声を上げられません。
「そこに誰かいるのか?」
「……申し訳御座いません。殿下の警護の都合上、私は離れられません」
どうやら梯梧殿下が把握していない人がそこに居たらしく、最初は無反応だったのにそちらをじっと見続ける二人の殿下に根負けしたように声が返ってきました。
「柘榴、すまないがお前も席を外してくれないか。
先に言っておくがお前を信頼していない訳じゃない。
ただ少しでも兄者に安心してもらう為だ」
「解った。だが後で……いや、必要なら言うだろうし
不必要なら言わないよな、お前は。
だが、俺に何も言わずに国を出るような事はしないでくれ。
それだけ約束してくれるのなら……」
「あぁ、すまない。約束する」
壁の向こうの人そっちのけで柘榴さんは退室していき、しばらくすると壁の向こうの人の気配も消えたと桃さんが教えてくれました。
「櫻嬢……。先に謝っておこう。本当にすまない。
こんな騙し討ちのようなやり方、俺としても好まない。
ましてや櫻嬢相手に……だ。だが必要だと判断した、すまない」
緋桐さんは私の両手を掴んで立たせると、いきなり頭を下げました。
「謝罪よりも理由を聞きたいです」
「そうだよな。……だが、まずは兄者。
彼女は天女だ。それも精霊様と会話が可能な稀有な天女だ!」
「緋桐さん!!!」
私がそう叫ぶのと同時に兄上が緋桐さんを黙らせようと立ち上がりますが、同時に動いた刺桐さんに抑え込まれてしまいます。
「兄上!! 兄上を離して!!」
刺桐さんの太すぎる左腕を両手で掴んで引っ張りますが、びくともしないどころか
「フンッ!」という気合で膨らんだ筋肉に弾かれ、ついでに足までひっかけられてその場に転んでしまいました。
「やめろ!! 彼女たちに危害を加えるな!
兄者、話を聞いてくれ。この国の、この世界の危機なんだ!」
「緋桐、その者たちに騙されていないか?
天女は今から10数年前に身罷られた碧宮家の姫沙羅様が最後だ。
そして次の天人天女が現れるにはまだ早い」
「もう一度言うぞ兄者。彼女は天女だ。
そして彼女に何かあればこの国は一瞬で消えるぞ?」
何時もよりずっと低い声で、梯梧殿下に相対する緋桐さん。どうしてこんな急に?と不安と疑問が溢れ出てきます。その緋桐さんの真剣な表情に、梯梧殿下は刺桐さんに兄上を離すように指示をだし、とりあえず兄上は開放され私は兄上に駆け寄ります。幸いにも怪我はないようで、ほっと安堵の息を吐きました。安堵するには早いって事は重々承知ですが、怪我が無いというのは大事です。
「緋桐殿下、恨みます……」
緋桐さんよりも更に低い声で、兄上が恨み言を口にしました。こんな声音の、こんな表情の兄上は初めて見ます。
「恨んでくれて構わない。だが槐殿、全てを櫻嬢に背負わせる気か?
もちろん槐殿を始めとした家族の皆は櫻嬢と荷を分け合うのだろう。
だが……それでも櫻嬢の負担は、人一番虚弱な櫻嬢の負担は!」
途中から緋桐さんの言葉はどんどんと切迫していきます。
私の負担。確かに負担ではありますが、私がするべき事ならするだけです。
「でも緋桐さん。私が勝手にした約束だし、家族を守りたいからするだけだよ?」
「櫻嬢。俺も守りたいんだよ?」
私の言葉に緋桐さんが即答でそう返してきました。じっと私を見つめる緋桐さんの眼差しに、
(やっぱり緋桐さんは骨の髄まで王族なんだなぁ。
私みたいに何かの対価に頑張るんじゃなくて、
国やそこに住む人々を守りたいって自然と思えるんだから)
なんて事を考えていたら、
「それに櫻嬢が一人で頑張らなくて良いんだ。
この世界に住む全員がこの危機の当事者であり、
この世界に住む全員で荷を分かち合わなくてはいけないんだ」
と言われ、その言葉に思わず考えてしまいました。
前世では色んなゲームや漫画、アニメがありました。その中には世界の危機を救うために冒険に出るというモノも多々あり、その大半が10代~20代の少年少女が仲間と傷つきながらも頑張るという展開でした。少なくとも私が読んでいたのはそんなモノが多かったように思います。なので何の違和感もなく私も龍さんの提案を受け入れて、自分が頑張らなくてはと思っていました。
でも私はゲームや漫画の主人公のように強くもなければ、魔法が使える訳でもありません。三太郎さんたちに何かをお願いすることはできますが、それをきいてもらえるかは三太郎さん次第です。
「戦力としてあてにならない私に、
世界の危機は任せられないと緋桐さんが思うのも仕方がありません……」
「いや、そういう事じゃない。俺は櫻嬢が傷つくのが嫌だと言っている!」
緋桐さんにガシッと両肩を掴まれて、思わず顔を見上がれば真剣な眼差しがそこにありました。
「う、うん。そうだよね。私も家族や友達が傷つくのは嫌だもの」
と至極真っ当な同意を返したら、緋桐さんと何故か兄上までもが
「「はぁぁ…………」」
と盛大な溜息を吐いてしまいました。そんな二人の反応に首を傾げそうになったところで、梯梧殿下が
「そこまで言うのなら何か証拠なり証人なりがいるのだろう?
話はそれを確認してからだ。先ずは座れ」
と言い、座面が植物で編まれた椅子を指さします。促すのではなく明確な命令に、命令する事に慣れた人だなぁと思いますが、当然ではあるので素直に命令に従いました。
「兄者は今、消えてしまった神の刀身のことで大変なのでは?」
「……あぁ、そうだ。
この凶事はお前が王家を離脱した事による神の怒りだと言い出す者がいてな。
お前が王位を継ぐ以外に神の怒りを収める方法は無いとまで言い出す始末」
この国では天空の光の帯を「神の刀身」と称してたようで、さすが武の国と思ってしまいます。それにしても龍さんの霊力回復が、遠く離れたこの地の王位継承争いに利用されてしまっていたとは……。
「時期が全然違うのに」
思わず零した愚痴に、
「神々にとって人間の数ヶ月など瞬きの間……だそうだ」
と梯梧殿下が律儀に返してくれます。
(あっ、まずい敬語!!)
と咄嗟に両手で口を隠して下を向いてしまいましたが、その頭上から梯梧殿下の苦笑が降ってきました。
「構わないよ。君が本当に天女なら位は私と同格か、むしろ君のほうが上だ」
あくまでも天女ならと前置きをしたうえではありますが、敬語不要という言質はもらえました。そういえばかなり昔に茴香殿下や蒔蘿殿下にも同じような事を言われたなぁと、遠い過去に思いを馳せます。そんなことをしている場合ではないので、直ぐに気持ちを切り替えて目の前の問題へ取り掛かりますが。
<金さん、浦さん、桃さん。ここで顕現してもらえない?
緋桐さんのやり方の是非はともかく、言っている事は正論だと思うし>
<はぁ……思うところは多々あるが、正論ではあると我も思う>
<ならばまず儂が出よう。
そうして結界を張れば、騒動は最低限に抑えられるはずじゃ>
結界自体は三太郎さんも張れるのですが、結界を展開する速度が圧倒的に龍さんが速いのです。速さだけなら桃さんもそれなりに早いのですが、結界に穴が生じやすいという欠点があるので今は任せられません。
<じゃぁ、龍さん。そして結界の展開を確認してから三太郎さんの順でお願い。
でもいきなり風の精霊という未知の存在が出てきて、大丈夫かなぁ?>
<大丈夫じゃなくても大丈夫になってもらうしかねぇだろ>
<桃の言葉に同意したくはありませんが、大事の前の小事だと思いましょう>
そうやって心話をしていたら、何をやっているのか気づいていたらしい兄上と緋桐さんが
「三太郎様たちは何と?」
「話はついたかい?」
とほぼ同時に話しかけてきました。二人の顔を順に見てから頷き、
「はい。みんな仕方ないって」
と少し苦笑しつつ返します。私達のやりとりの意味が解らない梯梧殿下と刺桐さんは訝しげな表情をしていましたが次の瞬間、刺桐さんは瞬間移動したとしか思えない速さで梯梧殿下の前に移動して、何処かから取り出した短剣を構えます。
「ふむ。これで良いじゃろう。出てきて良いぞ」
「緋桐、お前なぁ……。後で話があるから覚えておけよ!」
「気持ちは解らなくもないのですが、やり方は最低でしたよ。
まずは櫻や私たちに話を通すべきでしょう?」
「こうなった以上、この状況を有効に使うべきであろうな。
人手があるのならそれに越したことは無いのだから」
私の中から出てきた途端に好き勝手話し出す三太郎さんたちに、梯梧殿下の口が開きっぱなしになっています。
「「え?」」
そしてほぼ同時に梯梧殿下と刺桐さんは短い言葉と同時に緋桐さんを見てから、
「「え?」」
と今度は全く同じタイミングで私を見ます。以前山吹から聞いたことがあるのですが、随身は影武者をすることもあるそうなので、こういった咄嗟の反応すらそっくりに演じられるように小さい頃から訓練するのだそうです。この二人の場合、体格があまりにも違うので影武者は無理そうですが、それでもこのシンクロ率です。
「えぇと、紹介しますね。まずはこちら土の精霊の金さん」
「「は?」」
「それから水の精霊の浦さんと火の精霊の桃さん」
「「い、いや……まっ」」
「最後に風の精霊の龍さんです」
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普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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タイトル通りのおっさんコメディーです。
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