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4章
17歳 -水の極日3-
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激しい頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる梯梧殿下と刺桐さん。そんな二人の仕草や顰められた眉の角度といった表情の細部までそっくりで、これが王族の随身かぁ……と変なところで感心してしまいます。
武人の国の第一王子とその側近にそんな表情をさせたのは私ではありますが、三太郎さんや龍さんを紹介せざるを得ない状況にしたのは緋桐さんです。なので苦情は全て緋桐さんへお願いします!
……と言いたいところですが、緋桐さんも自国や自国民、ついでに私の事を思っての行動のようなので責めることもできません。それに何より最終的に誤魔化すのではなく暴露すると決めたのは私なので、甘んじてこの居心地の悪い空気や批難を受け入れます。
ですが、これだけは言いたい。
「緋桐さんに悪意が無い事は解っていますが、
お願いですから行動を起こす前に相談してください」
緋桐さんの中で何度も熟考して「これが最善だ」と判断したのだとは思いますが、当事者に断りを入れずに爆弾発言するのは流石に如何なものかと……。
「全くです。櫻を想い人として宴につれていくと言い出し……」
「あの時は!! 叔父上が怒って大変でしたね」
咄嗟に兄上の言葉を遮るように大きな声を出し、話の方向を微妙にずらします。緋桐さんの想い人として小火宴に参加したのは、昨年の火の極日の事でした。まだ1年経っていないのですが、ずいぶんと昔のような気がします。私達と緋桐さんの双方に事情があって偽りの関係を演じることになったのですが、当然ながらその秘密は公にはできません。その公の範囲には緋桐さんの兄妹である梯梧殿下や皐月姫殿下も含まれています。
なので梯梧殿下にあの時の嘘がバレると、王族を騙したと私たち一家は厳罰に処されてしまいます。いくらアマツ三国の中では一番身分に寛容なヒノモト国でも、第一王子と第一王女を謀ったとあれば無事で済むはずがありません。緋桐さんは頃合いを見て事情を説明するとは言ってくれていたのですが、その直後に私の誘拐関連のアレコレや、緋桐さんの出奔など色々あって機を逃しているようで……。
今がちょうど良い機会じゃ?と期待を籠めて緋桐さんを見れば、少しバツが悪そうな顔をしてから「兄者、実は……」と説明を始めました。その説明を聞いている梯梧殿下の表情が、刻一刻と萎びてげっそりとしていきます。もし「げっそり」に比較級とか最上級があるのなら、今の梯梧殿下は間違いなく最上級です。
(ゲッソリ → ゲッソラー → ゲッソストという感じかな?
まだ本題の三太郎さんが望む人手の話しも出来てないんだけどなぁ……)
既にゲッソスト化している梯梧殿下に追い打ちをかけるようで、本題の切り出し方を悩んでしまいます。この短い時間で私が梯梧殿下たちに話した内容は、
1、三太郎さんと龍さんが精霊であること。
2、しかも次代の神となる精霊であること。
3、世界が崩壊の危機にあること。
4、それを防ぐために神の刀身が必要だということ。
5、神の刀身は神の手に戻っただけで、神の怒りではないということ。
以上になります。本当にざっくりと天空から神の刀身が消えてしまった経緯を説明しただけで、この世界の成り立ちや地の神の裏切りはもちろん、私や兄上のルーツに関する話しもしていません。地の神の裏切りは特定国への憎悪を呼び起こしそうですし、いたずらに不安を煽るだけです。なので神にも世代交代があるのだと、事前に三太郎さんたちと打ち合わせしておいた通りの理由を述べました。そして私達のルーツに関しては、それを話すという事は吉野家が碧宮家だと話すという事です。さすがに叔父上たちに相談しないまま、第三者に話せるような事ではありません。
何より兄上が帝の血を引く碧宮家の皇子だと知られたら、これ幸いと神輿として担ぎ出される可能性が高く。ここヒノモト国は策略や謀略を巡らせての争い事は得意ではありませんが、大義名分を掲げての武力行使は大の得意です。なので命の危険性が低い分(比べたら申し訳ないと思うぐらいには)マシですが、自由を奪われるという意味ではミズホ国と同様に危険な国です。
というか、兄上たちにとって危険じゃない国なんて無いのです。
一番信頼しているヤマト国ですら、末端王族や華族も同じように信頼できるかと聞かれたら当然ながら否です。茴香殿下や蒔蘿殿下にしたってギリギリまで私達を守ろうと力を尽くしてくれるでしょうが、自国と自国民を天秤にかけられたら最後の最後にはそちらを選ぶでしょうし、王族ならそうあるべきです。
(なんだか青藍が待つマガツ大陸へ、
家族全員で引っ越すのが一番良いのかも……って気がしてきた)
若干現実逃避が入るのは、眼の前にいる梯梧殿下をどこまで信じて良いのか判断に困っているからです。常に戦を求め大義名分を探しているヒノモト国ですが、梯梧殿下に限れば武力より対話を求める人だと緋桐さんから聞いています。緋桐さんたちの父親である現国王やその前の国王も、無用な戦いはしたくないというスタンスだったそうですが、その一歩先を進むのが梯梧殿下です。
そんな殿下だからこそ、反発も強いんだろうなぁと思います。話によると神の刀身が空から消えた事を政争に利用しようとしている一派がいるようで、私達が入室したときに梯梧殿下がピリピリしていたのはその所為のようでした。なので少しでも安心できる材料になれば良いなと思って
「凶事の前触れではありますが、緋桐さんが王家に戻ったり
仮に王位に着いたところで神の刀身が戻る事は無いですよ」
と伝えますが、世界の崩壊なんて凶事が来ると伝えられて安心できる訳がないと言ってから気づきました。でもそんな強敵を相手にしなくてはならない時に、ヒノモト国内の政争で足元をすくわれるような事があっては嫌なので、殿下には申し訳ないですがしっかりと断言しておきます。
「そういえば龍さん、全てを無事に終える事ができたら
再び天空に帯を戻すことは出来るの?」
「戻すというか、再び作る事は可能じゃぞ?」
ならば全てが終わったら再び天空に光の帯を復活させてもらいたいなと、そう伝えます。この世界に来たばかりの頃は違和感しか無かったのですが、今は逆に無いことに違和感を覚えてしまうので……。
「それにしても、本当に天女だったとは……」
一度居住まいを正した梯梧殿下が、私を見ながらそう言います。それに対し私は曖昧な笑顔で返すだけで、肯定も否定も返せません。私を含めた家族全員が私のことを天女だと思ってきましたが、実は違ったと先日判明したばかりです。ただこれは家族にすら報告できていないので、ここで言う事ではありません。
「改めて、始祖たる火の精霊様と盟友たる土の精霊様にご挨拶申し上げます。
並び水の精霊様と……風の精霊様にもご挨拶を申し上げます。
私はヒノモト国王山丹花が長子、梯梧と申します」
「私は刺桐と申します」
「「謹んで宜しく御願い申し上げます」」
床に着く程に深々と頭を下げて、梯梧殿下と刺桐さんが三太郎さんたちに挨拶をします。ただ滔々と流れる挨拶の中、龍さんに挨拶をする時だけ少し戸惑いが混じっていました。今まで風の精霊の存在を知らなかったのだから、仕方がないことではあります。
その後、三太郎さんが梯梧殿下に……というよりはヒノモト国へ要求したのは、妖の討伐の実施依頼でした。
「儂とて世界の崩壊なんて経験は無いのじゃが、
崩壊が進むにつれ妖の数や力が増すというのは想像に難くない」
龍さんが言うように、崩壊が進めば当然ながら精霊はそれを修復しようと精霊力を使います。そして精霊力を使えば使うほど、循環しきれない精霊力の澱が生じ、その澱から新たな妖が生まれたり既存の妖に力を与えたりします。実際に崩壊が始まったら使わざるを得ない精霊力から生じる澱は仕方がないにしても、せめて既存の妖ぐらいは減らしておきたいのです。もともとは緋桐さんに頼む予定だったのですが、いくら緋桐さんが一騎当千の武人だったとしても一人では限度があります。
「確かに私どもは武に長けておりますし、どの国よりも強兵を抱えておりますが、
妖を倒しただけでその澱とやらは消えるのですか?」
「いや、そいつは無理だな。
緋桐の持つ剣でトドメをさせば可能だが、流石に俺様も何千もの剣は作れねぇ」
梯梧殿下の質問を一刀両断したのは桃さんです。緋桐さんの剣は4つの精霊力が宿る精霊剣なのですが、その精霊石には「浄土」「浄水」「浄火」「浄風」が籠められていて、とにかく全部清めてやる!という強い意志を感じる剣になっています。
蛇足ですが、龍さんには技能という概念がないために「穢を清められる風」を籠めてとお願いしました。なので「浄風」というのは解りやすさ優先で私が付けた名前になります。
「見たことのない剣を携えられているとは思っていましたが……」
刺桐さんが緋桐さんの腰をまじまじと見ると、
「これは櫻嬢を守る為に使ういう約定のもと、精霊様から貸し与えられたものだ。
ゆえに刺桐や、たとえ兄者であっても貸すことは出来ない」
と緋桐さんは少し胸を張って答えます。もしかしたらヒノモト国には、剣をもらうという事に何か特別の意味があるのかもしれません。
そんなどこか誇らしげな緋桐さんを見た梯梧殿下と刺桐さんは、目をキラキラさせて桃さんを見ますが、桃さんからは「いや、無理」とだけ返されて肩を落としてしまいました。
確かに4つの精霊石を一つの剣にするのはかなり大変で、金属のエキスパートともいえる金さんですら何度も失敗しています。だから今から大量生産しろと言われたら、桃さんでなくても断るの一択です。
ただ……。
<あのね、茴香殿下たちが霊石に紋を刻むのに成功したって聞いたんだけど……。
殿下たちが知っている紋って「浄水」「浄土」「浄火」じゃない?
だからヤマト国で浄めの霊石をどんどん作ってもらって、
それを剣に組み込むってできないかな?>
<龍の持つ力が無いと、我はともかく水と火の霊力は同時には扱えぬと思うが?>
<うん。だからね1属性のみの剣を作るの。
そして一人が浄土の剣、別の人が浄水の剣、また別の人が……て感じで
数人で行動するようにすれば、どんな属性の妖にも対処できないかな?>
<なるほど、それは良い案ですね>
<それに俺様たちが関与しなくても少しずつ増やしていけるしな!>
心話で三太郎さんと相談を続け、ヤマト国へも話を通すことを決めました。ヤマト国へは山吹が殿下たちに説明する為に向かっているはずですが、それを追いかける事になりそうです。
「提案があります。緋桐さ……殿下の剣の機能を削る形にはなりますが、
火の妖を浄化できる剣、水の妖を浄化できる剣といったように
属性特化型の剣なら作れるかもしれません、それもある程度の量を」
私の提案に希望を見たと明るい表情になる梯梧殿下と刺桐さんに対し、「殿下呼びじゃなくて良いのに」と表情を曇らせる緋桐さん。今、大事なのはそこじゃないので聞き流します。
「ただ緋桐殿下の剣は殿下に合わせて長さや重さ・重心を整えてありますが、
属性特化型は個人個人に合わせる事まではできません。
なのでこの国で一番普及している剣の規格を教えて頂けると助かります」
その日の夜遅く。私は真っ暗闇の中を龍さんに抱かれて天空を翔けていました。
夜空に浮かぶのは月と星と私と龍さんだけ。前世と違って地上には明かり一つ無く、どこまでも真っ暗な大地が続いています。そんな中を飛んでいると方向感覚が狂いそうで、目をつぶってやり過ごすことにしました。そうやって外界を遮断すると、思い浮かぶのはつい先刻の事とこれからの事で……。
僅かな時間も惜しいからと、兄上や緋桐さんとは別行動となりました。
脳裏に渋さ限界突破と表現したくなるほどに苦り切った叔父上や山吹の顔が思い浮かびます。ですが叔父上たち交わした約束の「常に中には三太郎さん+外にもう一人」の一人の部分。そこには兄上か緋桐さんが入っていたのですが、龍さんを入れることで納得してもらう予定です。だって叔父上たちは龍さんじゃ駄目って言わなかったし……。うん、やっぱり後で叱られるかも。
兄上はヒノモト国に残り、ソーラークッカー関係の不具合に関する話を皐月姫殿下と進める事になりました。どうも誰かが忍び込んだ形跡があるらしく、計画の頓挫を狙った者の仕業ではないかという事でした。世界の崩壊の対処を優先しすぎた結果、世界が守られた後に路頭に迷っては困るのでこれも大事な仕事です。
緋桐さんは柘榴さんと、蒔蘿殿下が運営している兵座のヒノモト国バージョンの開設を急ピッチで行うため、梯梧殿下の部下の方々と会議だそうです。ここで梯梧殿下当人ではなく部下の方と話し合う事で、緋桐さんが梯梧殿下の下に入ったと示せるのだそう。政治って難しい……。ちなみに蒔蘿殿下にノウハウを教えてもらえばよいのでは?と思ったのですが、それは様々なしがらみがあって難しいのだとか。……外交も難しい。
そして梯梧殿下は父王へ報告に向かいました。流石に国家の一大事を通り越した世界の一大事。国王へ報告もしないまま動くわけにはいきません。
「はぁ…………」
知らず知らずのうちに盛大な溜息が出てしまいました。
「何じゃ? 寒いか? それとも眠いのか?」
龍さんが少しだけ飛行速度を緩めてくれますが、無意識に出た溜息だった為に私のほうが驚いてしまいました。
「え? 何でも無いよ」
「じゃが今、盛大な溜息をついておったじゃろ?」
そう言われて、自分が溜息をついていた事に初めて気づきました。
「んー、必要なことだと思うし仕方がないとは思うんだけど……。
やっぱりちょっと行きたくないなぁ……と思っちゃって。」
私達が向かっているのはヤマト国のアスカ村ですが、ヤマト国に向かうだけなら大歓迎なのです。茴香殿下に会うのも楽しみですし、霊石関係の事も気になります。ついでにドン・カッ!の通信手段の相談もできそうですし、溜息どころかワクワクしてしまうぐらいです。
ただ、その前に一つ寄らなければならない場所があるのです。
それが天都の蒼宮家でした。
ミズホ国にだけに連絡をしないのは流石に国民に申し訳ないので連絡をすべきだとは思ったのですが、それでもミズホ国には絶対に行きたくないですし知人も居ません。それに当然ながら三太郎さんや兄上、緋桐さんまでもがミズホ国に行くことは大反対でした。
正直あのアルティメットシスコン王だけが被害にあうのなら放置したって良いんじゃない?と思ってしまうのですが、常識的に考えて被害に合うのは国民になるでしょうし見捨てる訳にはいきません。
なので兄上や三太郎さんたちと相談し、出た妥協案が天都の蒼宮家の菖蒲様経由で、本国へ連絡を入れてもらうという方法でした。これが一番無難だとは思うのですが、昨年の事を思うと微妙に会いづらく……。私は菖蒲様を恨むようなことはないのですが、菖蒲様からすれば私達の所為で同母弟と一生会えなくなってしまった訳です。
(それを思うと菖蒲様に恨まれても仕方がないんだけど……。
でも私も兄上も叔父上も、そして菖蒲様も朝顔さんも悪くないのに!)
悪いのは全部あのアルティメットシスコン王なのに、なんで私がこんな気分にならなくちゃならないんだ!!と思うと溜息だって出てしまいます。
<大丈夫か?>
<少し休憩をとりましょうか?>
<暗いのが嫌なら俺様が明かりをつけてやるぞ?>
と内側から三太郎さんが心配してくれますが、嫌なことはさっさと終わらせるに限ります。それから桃さん、明かりつけるのは目立つので却下です。
「ううん、大丈夫だから行こう!」
私の宣言に、龍さんは再びスピードを上げたのでした。
武人の国の第一王子とその側近にそんな表情をさせたのは私ではありますが、三太郎さんや龍さんを紹介せざるを得ない状況にしたのは緋桐さんです。なので苦情は全て緋桐さんへお願いします!
……と言いたいところですが、緋桐さんも自国や自国民、ついでに私の事を思っての行動のようなので責めることもできません。それに何より最終的に誤魔化すのではなく暴露すると決めたのは私なので、甘んじてこの居心地の悪い空気や批難を受け入れます。
ですが、これだけは言いたい。
「緋桐さんに悪意が無い事は解っていますが、
お願いですから行動を起こす前に相談してください」
緋桐さんの中で何度も熟考して「これが最善だ」と判断したのだとは思いますが、当事者に断りを入れずに爆弾発言するのは流石に如何なものかと……。
「全くです。櫻を想い人として宴につれていくと言い出し……」
「あの時は!! 叔父上が怒って大変でしたね」
咄嗟に兄上の言葉を遮るように大きな声を出し、話の方向を微妙にずらします。緋桐さんの想い人として小火宴に参加したのは、昨年の火の極日の事でした。まだ1年経っていないのですが、ずいぶんと昔のような気がします。私達と緋桐さんの双方に事情があって偽りの関係を演じることになったのですが、当然ながらその秘密は公にはできません。その公の範囲には緋桐さんの兄妹である梯梧殿下や皐月姫殿下も含まれています。
なので梯梧殿下にあの時の嘘がバレると、王族を騙したと私たち一家は厳罰に処されてしまいます。いくらアマツ三国の中では一番身分に寛容なヒノモト国でも、第一王子と第一王女を謀ったとあれば無事で済むはずがありません。緋桐さんは頃合いを見て事情を説明するとは言ってくれていたのですが、その直後に私の誘拐関連のアレコレや、緋桐さんの出奔など色々あって機を逃しているようで……。
今がちょうど良い機会じゃ?と期待を籠めて緋桐さんを見れば、少しバツが悪そうな顔をしてから「兄者、実は……」と説明を始めました。その説明を聞いている梯梧殿下の表情が、刻一刻と萎びてげっそりとしていきます。もし「げっそり」に比較級とか最上級があるのなら、今の梯梧殿下は間違いなく最上級です。
(ゲッソリ → ゲッソラー → ゲッソストという感じかな?
まだ本題の三太郎さんが望む人手の話しも出来てないんだけどなぁ……)
既にゲッソスト化している梯梧殿下に追い打ちをかけるようで、本題の切り出し方を悩んでしまいます。この短い時間で私が梯梧殿下たちに話した内容は、
1、三太郎さんと龍さんが精霊であること。
2、しかも次代の神となる精霊であること。
3、世界が崩壊の危機にあること。
4、それを防ぐために神の刀身が必要だということ。
5、神の刀身は神の手に戻っただけで、神の怒りではないということ。
以上になります。本当にざっくりと天空から神の刀身が消えてしまった経緯を説明しただけで、この世界の成り立ちや地の神の裏切りはもちろん、私や兄上のルーツに関する話しもしていません。地の神の裏切りは特定国への憎悪を呼び起こしそうですし、いたずらに不安を煽るだけです。なので神にも世代交代があるのだと、事前に三太郎さんたちと打ち合わせしておいた通りの理由を述べました。そして私達のルーツに関しては、それを話すという事は吉野家が碧宮家だと話すという事です。さすがに叔父上たちに相談しないまま、第三者に話せるような事ではありません。
何より兄上が帝の血を引く碧宮家の皇子だと知られたら、これ幸いと神輿として担ぎ出される可能性が高く。ここヒノモト国は策略や謀略を巡らせての争い事は得意ではありませんが、大義名分を掲げての武力行使は大の得意です。なので命の危険性が低い分(比べたら申し訳ないと思うぐらいには)マシですが、自由を奪われるという意味ではミズホ国と同様に危険な国です。
というか、兄上たちにとって危険じゃない国なんて無いのです。
一番信頼しているヤマト国ですら、末端王族や華族も同じように信頼できるかと聞かれたら当然ながら否です。茴香殿下や蒔蘿殿下にしたってギリギリまで私達を守ろうと力を尽くしてくれるでしょうが、自国と自国民を天秤にかけられたら最後の最後にはそちらを選ぶでしょうし、王族ならそうあるべきです。
(なんだか青藍が待つマガツ大陸へ、
家族全員で引っ越すのが一番良いのかも……って気がしてきた)
若干現実逃避が入るのは、眼の前にいる梯梧殿下をどこまで信じて良いのか判断に困っているからです。常に戦を求め大義名分を探しているヒノモト国ですが、梯梧殿下に限れば武力より対話を求める人だと緋桐さんから聞いています。緋桐さんたちの父親である現国王やその前の国王も、無用な戦いはしたくないというスタンスだったそうですが、その一歩先を進むのが梯梧殿下です。
そんな殿下だからこそ、反発も強いんだろうなぁと思います。話によると神の刀身が空から消えた事を政争に利用しようとしている一派がいるようで、私達が入室したときに梯梧殿下がピリピリしていたのはその所為のようでした。なので少しでも安心できる材料になれば良いなと思って
「凶事の前触れではありますが、緋桐さんが王家に戻ったり
仮に王位に着いたところで神の刀身が戻る事は無いですよ」
と伝えますが、世界の崩壊なんて凶事が来ると伝えられて安心できる訳がないと言ってから気づきました。でもそんな強敵を相手にしなくてはならない時に、ヒノモト国内の政争で足元をすくわれるような事があっては嫌なので、殿下には申し訳ないですがしっかりと断言しておきます。
「そういえば龍さん、全てを無事に終える事ができたら
再び天空に帯を戻すことは出来るの?」
「戻すというか、再び作る事は可能じゃぞ?」
ならば全てが終わったら再び天空に光の帯を復活させてもらいたいなと、そう伝えます。この世界に来たばかりの頃は違和感しか無かったのですが、今は逆に無いことに違和感を覚えてしまうので……。
「それにしても、本当に天女だったとは……」
一度居住まいを正した梯梧殿下が、私を見ながらそう言います。それに対し私は曖昧な笑顔で返すだけで、肯定も否定も返せません。私を含めた家族全員が私のことを天女だと思ってきましたが、実は違ったと先日判明したばかりです。ただこれは家族にすら報告できていないので、ここで言う事ではありません。
「改めて、始祖たる火の精霊様と盟友たる土の精霊様にご挨拶申し上げます。
並び水の精霊様と……風の精霊様にもご挨拶を申し上げます。
私はヒノモト国王山丹花が長子、梯梧と申します」
「私は刺桐と申します」
「「謹んで宜しく御願い申し上げます」」
床に着く程に深々と頭を下げて、梯梧殿下と刺桐さんが三太郎さんたちに挨拶をします。ただ滔々と流れる挨拶の中、龍さんに挨拶をする時だけ少し戸惑いが混じっていました。今まで風の精霊の存在を知らなかったのだから、仕方がないことではあります。
その後、三太郎さんが梯梧殿下に……というよりはヒノモト国へ要求したのは、妖の討伐の実施依頼でした。
「儂とて世界の崩壊なんて経験は無いのじゃが、
崩壊が進むにつれ妖の数や力が増すというのは想像に難くない」
龍さんが言うように、崩壊が進めば当然ながら精霊はそれを修復しようと精霊力を使います。そして精霊力を使えば使うほど、循環しきれない精霊力の澱が生じ、その澱から新たな妖が生まれたり既存の妖に力を与えたりします。実際に崩壊が始まったら使わざるを得ない精霊力から生じる澱は仕方がないにしても、せめて既存の妖ぐらいは減らしておきたいのです。もともとは緋桐さんに頼む予定だったのですが、いくら緋桐さんが一騎当千の武人だったとしても一人では限度があります。
「確かに私どもは武に長けておりますし、どの国よりも強兵を抱えておりますが、
妖を倒しただけでその澱とやらは消えるのですか?」
「いや、そいつは無理だな。
緋桐の持つ剣でトドメをさせば可能だが、流石に俺様も何千もの剣は作れねぇ」
梯梧殿下の質問を一刀両断したのは桃さんです。緋桐さんの剣は4つの精霊力が宿る精霊剣なのですが、その精霊石には「浄土」「浄水」「浄火」「浄風」が籠められていて、とにかく全部清めてやる!という強い意志を感じる剣になっています。
蛇足ですが、龍さんには技能という概念がないために「穢を清められる風」を籠めてとお願いしました。なので「浄風」というのは解りやすさ優先で私が付けた名前になります。
「見たことのない剣を携えられているとは思っていましたが……」
刺桐さんが緋桐さんの腰をまじまじと見ると、
「これは櫻嬢を守る為に使ういう約定のもと、精霊様から貸し与えられたものだ。
ゆえに刺桐や、たとえ兄者であっても貸すことは出来ない」
と緋桐さんは少し胸を張って答えます。もしかしたらヒノモト国には、剣をもらうという事に何か特別の意味があるのかもしれません。
そんなどこか誇らしげな緋桐さんを見た梯梧殿下と刺桐さんは、目をキラキラさせて桃さんを見ますが、桃さんからは「いや、無理」とだけ返されて肩を落としてしまいました。
確かに4つの精霊石を一つの剣にするのはかなり大変で、金属のエキスパートともいえる金さんですら何度も失敗しています。だから今から大量生産しろと言われたら、桃さんでなくても断るの一択です。
ただ……。
<あのね、茴香殿下たちが霊石に紋を刻むのに成功したって聞いたんだけど……。
殿下たちが知っている紋って「浄水」「浄土」「浄火」じゃない?
だからヤマト国で浄めの霊石をどんどん作ってもらって、
それを剣に組み込むってできないかな?>
<龍の持つ力が無いと、我はともかく水と火の霊力は同時には扱えぬと思うが?>
<うん。だからね1属性のみの剣を作るの。
そして一人が浄土の剣、別の人が浄水の剣、また別の人が……て感じで
数人で行動するようにすれば、どんな属性の妖にも対処できないかな?>
<なるほど、それは良い案ですね>
<それに俺様たちが関与しなくても少しずつ増やしていけるしな!>
心話で三太郎さんと相談を続け、ヤマト国へも話を通すことを決めました。ヤマト国へは山吹が殿下たちに説明する為に向かっているはずですが、それを追いかける事になりそうです。
「提案があります。緋桐さ……殿下の剣の機能を削る形にはなりますが、
火の妖を浄化できる剣、水の妖を浄化できる剣といったように
属性特化型の剣なら作れるかもしれません、それもある程度の量を」
私の提案に希望を見たと明るい表情になる梯梧殿下と刺桐さんに対し、「殿下呼びじゃなくて良いのに」と表情を曇らせる緋桐さん。今、大事なのはそこじゃないので聞き流します。
「ただ緋桐殿下の剣は殿下に合わせて長さや重さ・重心を整えてありますが、
属性特化型は個人個人に合わせる事まではできません。
なのでこの国で一番普及している剣の規格を教えて頂けると助かります」
その日の夜遅く。私は真っ暗闇の中を龍さんに抱かれて天空を翔けていました。
夜空に浮かぶのは月と星と私と龍さんだけ。前世と違って地上には明かり一つ無く、どこまでも真っ暗な大地が続いています。そんな中を飛んでいると方向感覚が狂いそうで、目をつぶってやり過ごすことにしました。そうやって外界を遮断すると、思い浮かぶのはつい先刻の事とこれからの事で……。
僅かな時間も惜しいからと、兄上や緋桐さんとは別行動となりました。
脳裏に渋さ限界突破と表現したくなるほどに苦り切った叔父上や山吹の顔が思い浮かびます。ですが叔父上たち交わした約束の「常に中には三太郎さん+外にもう一人」の一人の部分。そこには兄上か緋桐さんが入っていたのですが、龍さんを入れることで納得してもらう予定です。だって叔父上たちは龍さんじゃ駄目って言わなかったし……。うん、やっぱり後で叱られるかも。
兄上はヒノモト国に残り、ソーラークッカー関係の不具合に関する話を皐月姫殿下と進める事になりました。どうも誰かが忍び込んだ形跡があるらしく、計画の頓挫を狙った者の仕業ではないかという事でした。世界の崩壊の対処を優先しすぎた結果、世界が守られた後に路頭に迷っては困るのでこれも大事な仕事です。
緋桐さんは柘榴さんと、蒔蘿殿下が運営している兵座のヒノモト国バージョンの開設を急ピッチで行うため、梯梧殿下の部下の方々と会議だそうです。ここで梯梧殿下当人ではなく部下の方と話し合う事で、緋桐さんが梯梧殿下の下に入ったと示せるのだそう。政治って難しい……。ちなみに蒔蘿殿下にノウハウを教えてもらえばよいのでは?と思ったのですが、それは様々なしがらみがあって難しいのだとか。……外交も難しい。
そして梯梧殿下は父王へ報告に向かいました。流石に国家の一大事を通り越した世界の一大事。国王へ報告もしないまま動くわけにはいきません。
「はぁ…………」
知らず知らずのうちに盛大な溜息が出てしまいました。
「何じゃ? 寒いか? それとも眠いのか?」
龍さんが少しだけ飛行速度を緩めてくれますが、無意識に出た溜息だった為に私のほうが驚いてしまいました。
「え? 何でも無いよ」
「じゃが今、盛大な溜息をついておったじゃろ?」
そう言われて、自分が溜息をついていた事に初めて気づきました。
「んー、必要なことだと思うし仕方がないとは思うんだけど……。
やっぱりちょっと行きたくないなぁ……と思っちゃって。」
私達が向かっているのはヤマト国のアスカ村ですが、ヤマト国に向かうだけなら大歓迎なのです。茴香殿下に会うのも楽しみですし、霊石関係の事も気になります。ついでにドン・カッ!の通信手段の相談もできそうですし、溜息どころかワクワクしてしまうぐらいです。
ただ、その前に一つ寄らなければならない場所があるのです。
それが天都の蒼宮家でした。
ミズホ国にだけに連絡をしないのは流石に国民に申し訳ないので連絡をすべきだとは思ったのですが、それでもミズホ国には絶対に行きたくないですし知人も居ません。それに当然ながら三太郎さんや兄上、緋桐さんまでもがミズホ国に行くことは大反対でした。
正直あのアルティメットシスコン王だけが被害にあうのなら放置したって良いんじゃない?と思ってしまうのですが、常識的に考えて被害に合うのは国民になるでしょうし見捨てる訳にはいきません。
なので兄上や三太郎さんたちと相談し、出た妥協案が天都の蒼宮家の菖蒲様経由で、本国へ連絡を入れてもらうという方法でした。これが一番無難だとは思うのですが、昨年の事を思うと微妙に会いづらく……。私は菖蒲様を恨むようなことはないのですが、菖蒲様からすれば私達の所為で同母弟と一生会えなくなってしまった訳です。
(それを思うと菖蒲様に恨まれても仕方がないんだけど……。
でも私も兄上も叔父上も、そして菖蒲様も朝顔さんも悪くないのに!)
悪いのは全部あのアルティメットシスコン王なのに、なんで私がこんな気分にならなくちゃならないんだ!!と思うと溜息だって出てしまいます。
<大丈夫か?>
<少し休憩をとりましょうか?>
<暗いのが嫌なら俺様が明かりをつけてやるぞ?>
と内側から三太郎さんが心配してくれますが、嫌なことはさっさと終わらせるに限ります。それから桃さん、明かりつけるのは目立つので却下です。
「ううん、大丈夫だから行こう!」
私の宣言に、龍さんは再びスピードを上げたのでした。
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