【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

17歳 -水の極日4-

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広大な庭のあちこちで篝火が燃えていて、その周辺を明るく照らしています。とはいえ前世の記憶がある私からすれば、都会っ子が真っ暗闇と呼ぶ田舎の夜よりも更に暗く、簡単に庭の隅にある紫陽花のまん丸い茂みの陰に隠れる事が出来てしまう程度の明るさでしかありません。

<参ったなぁ。ここが蒼宮家だと思うんだけど……>

確認する為に茂みから恐る恐る顔を出すのですが、遠くに巡回している衛士えじを見つけて慌てて首を引っ込めました。天都には呪詛騒動の時に来た事があるだけなので、土地勘がほとんどありません。知っている場所は偶然門の前で出会った緋の東宮妃牡丹ぼたん様や海棠かいどうさんがいる緋色宮家ひいろのみやけと火の神社かむやしろ、そして天都の中枢の大内裏の3箇所のみです。三太郎さんが一緒なので水や土の神社なら精霊力の濃度から探し当てる事ができるかもしれませんが、蒼宮家あおのみやけに水の守護持ちが多いとはいっても、それだけで探し出せるようなものではありません。しかも今は水の極日なので周囲に水の精霊力が多く、なおのこと見つけづらいのです。

なので私達は天都に着いたあと、まずは緋色宮家を目指しました。先触れもなくこんな時間に訪問するなんて失礼通り越して無礼な事だとは解っていますが、朝まで待つ余裕が私にはなく……。

(それもこれも梯梧でいご殿下の失脚を企む一派が悪い!!)

と苛立ちが湧き上がってきてしまいますが、心の乱れは計画の乱れです。自分に暗示をかけるように(落ち着け、落ち着け)と繰り返し唱えて、できるだけ静かに深呼吸をします。

今回、私が請け負った役目は

1、ヤマト国でソーラークッカーの部品の再調達してくる
2、天空の帯が消滅した理由と妖討伐依頼を菖蒲あやめ様経由でミズホ国に伝えてもらう

の2つです。

一つ目は我が家吉野家の商いに関する案件です。たとえ世界を救えたとしても、食べるのに困るほど商いが傾いていたら意味がありません。……いや、意味がないは言い過ぎですが、その後を笑顔で生きていく為には生活基盤も重要だという事です。

だというのに、これがちょっときな臭く……。

金属加工に関しては他の追随を許さないヤマト国が、熱で歪むような粗悪品を提供するとは思えません。しかもこの案件は茴香《ういきょう》・蒔蘿じら両殿下を通して依頼しているのでなおの事ありえなく、人為的なトラブルじゃないかと勘ぐってしまいます。もしそうなら外交問題になると思うんだけど……。

しかも保管していた予備の部品が全て消えていたことが判明しました。管理が杜撰すぎない?と思いましたが、空から光の帯が消えた事で誰も彼もが浮足立ってしまった結果のようです。兄上が入国したという知らせを受け、梯梧殿下の配下の人が慌てて確認に行ったら無かったのだとか。

不幸中の幸いだったのは、梯梧殿下たちと会談中に判明したので直ぐに対策の相談が出来た事です。塩を自国で作れるようになる事を妨害するなんて、国益に反する事を何故するのだろう?と思ったのですが、現行の製塩業者やミズホ国との窓口となっている者などの反発は当然あるだろうと梯梧殿下や緋桐さんは予測していたそうです。なので対策を打つ予定はあるのだそうですが、本当に必要量が賄えるのか試運転で確認してから通達・実施しようと思っていたそうで……。

そしてこちら側が動き出したように、あちら側も動き出しました。「試運転を視察してやるから、結果を出せるもんなら出してみろ(意訳)」という通達を明日の朝一番に出す予定らしく、動きを察知した梯梧殿下付きの志能備しのびの方が報告してくれました。朝一番に通達を受け取って、そのまま熱砂の海に直行というか連行というスケジュールのようで、明らかに失敗を狙っています。

それって明確に梯梧殿下の顔を潰しにかかってない?と思うのですが、この国の武人の中でも特に態度がひどい人は武人以外には傲慢な態度を取るらしく、文官たちも「またか」と思う程度なんだとか。

ほんとヒノモトこの国は武人じゃない人への扱いが酷すぎます。
確かに他国に比べると身分による扱いの差は緩いのだと思いますが、その分職業による扱いの差が激しすぎです。今度、山吹と一緒に来て「貴方の護衛と我が家の番頭、どちらが強いか手合わせしてみませんか?」なんて勝負をふっかけて、山吹に勝ってもらった方が待遇が変わって話が速いかもとすら思います。

ナチュラルに山吹が勝つ想定をしましたが、まぁ十中八九勝てると確信しています。なにせ山吹は元宮家の随身なうえに緋桐さんが認める程の実力です。それに何より我が家は食を含めた生活環境が良いので、フィジカル面で負ける事はそうそうありません。……ただし、私は除くと注釈は付きますが。


そして2番。これは1番が片付いてからでも良いんじゃ?と思ったのですが、空の光の帯が消えた事で各国ともにかなり政情が不安定になっているらしく、いつ何が起こるかわからないので早急に頼むと緋桐さんに頭を下げられてしまいました。

それでなくともミズホ国は王が交代したばかりという不安定要素があり、光の帯が消えたのは王位交代の所為だと主張する者が現れてもおかしくないそうで……。万が一にもその話が信じられてしまおうものなら、あのアルティメットシスコン王が再び王位返り咲くなんて事にもなりかねず……。

(それだけは勘弁してほしい……)

と切実に思ってしまいます。あの男に権力を持たせるなんて、狂人に刃物をもたせるようなものです。そんな最悪な事態を防ぐ為にも、いち早く「天空の光の帯が消えたのは決して神が王位交代を望んでいる訳ではなく、神が自らの力を取り戻すためだ」と菖蒲様からミズホ国へ伝えてもらう必要があります。

(ほんと、ヒノモト国もミズホ国も少し落ち着いて考えようよ……)

と思わずにいられませんが、前世でも古代から近代に至るまで世界中で日食やハレー彗星などの天体ショーで民衆がパニックになったり、革命などの政変が起きたりした事を思い出しました。しかも今回起こったのは日食のような普通の天体ショーではなく、月がいきなり消えてしまうようなものなのでパニックになってしまうのも頷けますし、宮家が厳重警戒になるのも納得できます。

ただ、その所為で建物内に忍び込むことが出来ません。真っ当な手段で面会を求めても絶対に受け入れてもらえないので忍び込むしかないのですが、菖蒲様が居ると思われる建物付近の警戒が厳重過ぎて近づくことすら出来ません。

ちなみに牡丹様のときは、運良く警邏中の海棠さんを見かけて事なきを得ました。

……いや、アレは事なきを得たと言って良いのか??

海棠さんは物陰から手を上げて合図を送る私を見て絶句し、素早く周囲を確認すると私を捕獲して、そのまま牡丹様のところまで連行しました。そしてその後、二人から滅茶苦茶怒られたのです。周囲に配慮して小声ではありましたが、顔が上げられないぐらいの圧で宮家に忍び込んだ事も怒られましたし、無事だったという連絡が私本人から無かった事も怒られました。

二人が怒るのは当然なので心から謝罪し、後日改めて私と当主である叔父上からもお礼とお詫びの文と品を送る事にしようと思います。こういうお付き合いをちゃんとできるようになってこそ、一人前の大人なんでしょうしね。

ちなみに……。
謝罪後に私も叔父上も命に関わる状態だったので遅くなってしまいましたと伝えたところ、「何故それを先に言わぬ!!」ともう一度怒られました。一通り怒られた後は「もう大丈夫か?」と心配そうに私や叔父上のことを案じてくださり、本当に心から申し訳なくなりました。いや、だって私の命に関わる事態ってマガツ大陸でのアレコレで、叔父上のように仮死状態になっていた訳ではないですし、三太郎さんがいるので危険性はあっても叔父上程じゃありません。

なので誤解を解くために、それでも話せないこともあるので言葉を選びつつ「瀕死だった叔父上を助けるために、精霊様の導きで大妖を倒しに行っていた」と言ったら、余計に心配をかけてしまいました。うーん、上手くいかないものです。




<浦さん、何とかならない??>

<何とか……とは?>

<例えば小さな水球を菖蒲様や朝顔さんの眼の前に出して、
 ここに誘導するとか??>

<何処にいるのか解らない相手の眼の前に水球は出せませんよ>

幾つも案を考えては三太郎さんに聞いてみるのですが、どれもこれも不可能か確実性に欠けていて使えません。

わしが相手を知っておったら話が早かったのじゃがなぁ>

火は論外として、土に触れていない時間や水に触れていない時間はそれなりにありますが、空気に触れていない人間はそうそういません。なので龍さんは知っている相手ならおおよその位置を探り出せますし、そこに音を届けることも出来るのです。問題は龍さんが菖蒲様も朝顔さんも知らないってことです。

蒼宮家の場所は牡丹様に聞いたので、まず間違いなくここです。問題は流石に牡丹様や海棠さんといえど、蒼の東宮妃菖蒲様の居所きょしょまでは解らないということです。なんだか八方塞がりな気がしてきました。ここでこんなに時間を使う予定じゃなかったのに……。

そうやって自分の内側に意識が向いていたせいで周囲への注意が散漫になってしまっていた私を、横にいた龍さんがサッと抱きかかえて無音で飛び退きます。急なことに声すら出せずに龍さんにしがみついた私の眼の前に水の玉が浮かび上がりました。その水の玉は私から見て右半分は荒れ狂ったように渦を巻き、左半分は波紋一つない水面というありえない水の玉でした。サイズが以前とはかなり違うものの、そんな不安定な水の玉に私は覚えがありました。

<菖蒲様の守護精霊?>

<そのようですね>

浦さんが即答し、ふわりと私の中から極少量の水の精霊力が流れ出ていきます。かと思ったらあっという間に戻ってきました。

<菖蒲の場所が解りましたよ>

ほんの2~3秒の間に浦さんは菖蒲様の守護精霊と話をつけてくれたようで、もたらされた朗報に目の前がパーーッと明るくなります。

<ありがとうございます!>

反応がもらえるかは解りませんが、菖蒲様の守護精霊にお礼をしっかりと心話で伝えておきます。その間に浦さんは龍さんと場所の共有をしたようで、私は龍さんに抱きかかえられたまま移動を始めました。

そうです。ここまで無事に潜入できたのも、龍さんのおかげです。
私の身体能力では塀を飛び越える事すらできませんから……。


私達は菖蒲様の元に向かいつつ、あの妖化寸前だった状態からその後どうなったのかを教えてもらいました。

当人ならぬ当精霊から。

彼?は菖蒲様への過剰な守護を止めるよう、浦さんから言われたそうです。ほぼ命令に近い浦さんの言葉は、菖蒲様と何より彼自身を守る為のものでした。菖蒲様のアンテナ霊力を小さくした事で、彼の守護の大半を菖蒲様は受け取れません。そうなると周囲へ無差別に垂れ流す事になってしまうのです。それだけなら大問題にはならないのですが、受け取り手の無い霊力は穢となって妖を生む土壌となってしまいます。他の精霊から見れば、妖を生み出し続ける精霊なんて放っておけるはずがなく……。なので当然の対策ではあるのですが、彼は最初それが受け入れられず荒れ狂っていたそうです。

ところがある日。ふと見れば菖蒲様は今まで以上に元気で、笑顔も増えました。そこで初めて「あれ?」と気付いたのだとか。それからは守護を控える代わりに、自分が側にいるようすることで心に折り合いを付けたんだそうです。とはいえ菖蒲様は天女じゃないので、定期的に霊力の回復をする必要がでてきます。そこで彼は水の神社へ出向き、最低限の回復だけをして戻る日々を送っているんだそう。精霊力をたっぷり回復させてしまうと、ついついたっぷり守護を上げたくなるので一石二鳥らしいです。




そして、また怒られました。

「全く! 私が夜伽番でなかったらどうするつもりだったのだ!!」

朝顔さんの語調は強いですが、やはり深夜なので声は顰められています。夜伽番?と首を傾げた私に、少し困ったように微笑んだ菖蒲様が

「寝ずに護衛する者をそう呼ぶのですよ」

と教えてくれました。つまり今日はたまたま朝顔さんが寝ずに護衛する当番の日だった……という事のようです。確かに朝顔さん以外の随身の方が当番だったら一騒動あったかもしれません。

「そして……」

と菖蒲様は居住まいを正すと、静かに頭を下げられました。

「過日のこと、本当に申し訳なく思っております」

「菖蒲様は何も悪いことはしていないのだから、謝らないでください」

怒られはしたものの暖かく迎えられてホッと一息ついたのが、つい先刻。ただ私が菖蒲様に僅かなりとも罪悪感を抱いていたように、菖蒲様も私に罪悪感を抱いていたようです。ただ……とそのまま私は言葉を続けます。

「ただ、菖蒲様には本当に申し訳ないとは思いますが、
 同時にどれだけ当人が謝ったとしても私は許せないと思います。
 なので本当に謝罪は不要です」

アルティメットシスコン王の名前は出しません。それでも彼女たちには通じるはずです。私の言葉に菖蒲様は本当に悲しそうな顔をされてズキッと心が痛みますが、大事な家族を傷つけた、それも死に追いやるほどの傷を負わせたあの男を私は一生許せないと思います。

「貴女からすれば当然です。なので申し訳なく思う必要はありません」

菖蒲様も私の答えは予測していたようで、小さく頷いてくれました。

「……そしてこんな夜更けにどうしたのだ??
 そして後ろに控えている男は何者だ?」

私と菖蒲様の会話が途切れるのを待って、朝顔さんが私が訪問した理由を問いかけました。そう問われるまで私の後ろで静かに座っていた龍さんが、ゆっくりと口を開きます。

わしか。儂は精霊じゃよ。おぬしたちの知識には無い精霊じゃ」

「えーと、その事なのですが……」

とりあえず順を追って説明していきます。常に空にあった光の帯が消えた事に人間の行いは全く関係ないこと。神代に色々とあって封じられた風の神の精霊が龍さんであること。その力を取り戻す為に光の帯を自分に戻したこと。

話を進めるたびに朝顔さんの口がポカーンとひらき、菖蒲様の目がまんまるになっていきます。確かに信じがたい話しだとは思います。

「浦さん、金さん、桃さん。全員ここへ……」

信憑性を増す為に三太郎さんを呼び出すと、三太郎さんも展開を読んでいたのか一呼吸の間に私の直ぐ側に実体化しました。当然ながら菖蒲様の守護精霊は不可視のままです。そこは前もって絶対に姿を見せないようにと、浦さんを筆頭に三太郎さん全員から釘をさされていました。そしてどうやら菖蒲様と朝顔さんは浦さんの顔を知っていたようで、浦さんを見た途端に床に額が着くほどに平服します。

「畏まらずとも構いませんよ」

そう浦さんは言いますが二人は頭を上げません。ミズホ国の人にとって水の精霊は神の欠片というよりは、神そのものという感じなのかもしれません。二人が小さく震えているのは謎ですが。

「ミズホ国は王位の交代があったと聞きました。
 余計なお世話かもしれませんが、天の光の帯が消えた事と
 王位の正当性は無関係だと菖蒲様から伝えてほしくてここまで来ました。
 常に空にあったモノが消えて動揺するのは解りますが、
 落ち着いて行動してください……と」

「え、えぇ。解りました」

「それからこの先、この世界に混乱が起こると思います。
 でもそれも特定の人間のせいじゃなくて、神代の昔に決められた事です。
 ただ少しでも被害を抑える為に、1体でも多くの妖を倒してほしいのです」

「……私達に、いえこの世界に何が起こるのですか?
 それに櫻姫……貴女はいったい……」

菖蒲様の声が不安げに揺れていて、その菖蒲様を気遣うように朝顔さんがちらりと様子をうかがいます。

「御前、失礼致します」

朝顔さんはそう言うと、勢い良く顔を上げてから再び平伏し

「我が主は戦うことは不得手ゆえ、
 その御役目は私が請け負わせて頂きたく御願い申し上げ奉りまする」

と、願い出ました。相変わらず多重敬語がすごくて、一瞬理解が追いつきません。母上や叔父上に、華族や王族相手の言葉遣いを学ぶ必要があるとは思っているのに、その度にトラブルが発生してそれどころじゃなくなるんですよね。もう、呪われているとしか思えません。

「朝顔さん、顔を上げてください。
 それに朝顔さんが力を貸してくれるのはとても嬉しいのですが、
 一人や二人で対処出来る事でもないんです。
 何より正確には倒すだけじゃなくて、浄化してもらう必要があって……」

「いや、それは無理がないか?」

朝顔さんが思わず素になって私に返します。

「精霊様方の加護「浄水」「浄土」「浄火」の力を持つ武器を用意する予定です。
 出来るだけ早く用意できるように頑張りますが、
 具体的な日時や本数は未定で……」

「そのようなことが可能なのか?!」

「今から可能にしてきます」

と言ったら、二人共ポカーンとした表情になってしまいました。何はともあれ、話は通しましたし、次はヤマト国です。

(明日の夜明けまで、あと何時間だろう?)

なんだか走れメロスな気分になってくる私でした。
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