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終章
17歳 -3月-
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あの日は衝撃の強い出来事が多発し、しかも転生とか精霊とか理解しがたい情報が大量で、事故に関する事は全て考えないように無意識のうちに思考の外へと追い出してしまっていました。加えて崖から落ちて死んでしまったのだと長い間思っていた事もあって、むしろ忘れてしまいたいぐらいでした。なのであちらの世界で様々な道具を作るために記憶フレームを見ていた時ですら、当日の記憶は見ないようにしていたぐらいです。だからここまで強くあの時の事を思い出そうとしたのは、実は今回が初めての事でした。
あの時……。
バスの窓を開ける為に中腰になっていた私は、何かを運転手のおじさんに向かって言おうと視線をそちらへと向けたのです。その私の視界に入ったのは、ところどころに雪の名残りがある大岩でした。じつにフロントガラスの大半を占める大きさ岩が、突然現れたのです。
あっ!と思った時には運転手のおじさんは急ブレーキと同時にハンドルを切り、私は車外へと放り出されてしまいました。そして落下中に見えたのは私を驚愕の表情で見ている運転手のおじさんと、バスの前に鎮座する大岩、そして……
(普通に考えてあのサイズの大岩が落ちてきたら、
山の斜面は削られるなり、周囲の木をなぎ倒すなりするよね?)
なのに記憶の中の山の斜面は綺麗なもので、どこも削れたりしていません。あのサイズの岩が落ちるのなら事前に何かしらの異変が起きていそうなものですが、朝一番に山を下りて行った出勤&通学組からそんな連絡が入ってもいません。もちろん前兆は絶対にあるものでもありませんし、連絡だって入れる決まりがあるわけじゃありません。あくまでも「今、思い返してみれば……」という小さな違和感にすぎません。
ただあの時の私の近くにも今の私たちが居て、そして狂神と人知れず相対していたのだとしたら、周囲に被害を出さずにいきなりバスの前に巨大な岩を出現させることも可能だなぁと思ってしまったのです。ここにはそれができる存在……狂神と金さんがいますから。
同時にそれをする為には無から霊力で岩を作り上げるのではなく、実物が必要だろうという事にも思い至ります。あちらの世界と違い、こちらの世界では三太郎さんたちの霊力は有限です。あちらでは自然回復ができますが、こちらではむしろ逆に存在するだけで霊力を消費していくようなのです。それはおそらく狂神も同じで、こちらではあちらほど大きな力は使えないだろうと、龍さんたちは予想しています。あの場所で大きな岩がありそうな場所は山の中か崖の下になりますが、下から持ち上げるよりは上から落とす方が楽なのは明白です。
そういった自分の考えを心話で全員と共有し、進路をバスから山へと変更します。
(風神さんの力が借りられたら良かったんだけど……)
シナトベと呼ばれていた風神さんなら三太郎さんたちのような制限をうけずに霊力を使えると思うのですが、私たちが異物として排除されないように他の神々のところに交渉に行ってくれていて此処にはいません。それに狂神はあちらの世界の事情であり、こちらの世界の神や人にこれ以上迷惑をかけたくないという気持ちが強く、それには三太郎さんや龍さんも同意しています。
これら一連の行動は仮葉の世界だからこそできたことで、本葉だったら今頃私たちは間違いなく討伐対象として攻撃されています。そういう意味ではホッと安心できる要素ではあるのですが、同時に仮の世界だというのならこの先はどうなってしまうのか?この世界で生きているたくさんの命は……と不安にもなってしまいます。
(……だめだめ、今は考えない。まずはアレをどうにかしないと!)
邪念を追い払うように首を振り、一度目をつぶってから周囲を注意深く探ります。もはやアレ扱いの狂神ですが、落石があった場所から察するにこの山にいることは確実です。問題は私には姿が見えない可能性がある事です。なので私が先ほどから探しているのは狂神の姿ではなく、どちらかといえば大きな岩や何かしらの異変だったりします。
大まかな方向は金さんが探ってくれているのですが、それはあちらも金さんの存在に気付いているという事です。まぁ、気付いていてもこちらを気にかけているかどうかは解りませんし、何よりそこまでの理性が残っているのかも怪しく。だからこそ私が過去に遭遇した事故以上の攻撃をしてくる可能性があるのです。
実際、狂神の狙いはこの時点でこの世界の私の命を奪う事です。
ならばバスの前に岩を落とすよりもバスの上に岩を落としたり、あちらの世界でやったように大量の土砂で押しつぶす方が確実です。それだけの霊力が残っていない可能性もありますが、同時にあの時も私たちが此処に来ていて、阻止していたから被害が私だけで済んでいたという可能性もあります。
(……この時点の私の殺害を阻止できなかった場合、
今の私も消えてしまううんだろうなぁ)
と思いますが、どうせ私の寿命は残りわずかです。なので私の死を恐れるよりも、あちらに残してきた家族やこちらの世界で子と孫に先立たれてしまう祖父母の方が心配です。
<近い!>
突如届いた金さんの心話に、三太郎さんたちの纏う空気が変わりました。既に私が乗っていたバスはあの事故地点のすぐ近くまで来ている時間で、早く見つけて対処をしないと大惨事に繋がってしまいます。焦る私の耳に進行方向から
パキ……ピキッ…………
と耳慣れない音が聞こえてきました。同時に地面が鳴動しているような地鳴りの音も聞こえてきます。このあたりだと地震の時は野生の雉が鳴き出すのですが、雉の独特なあの鳴き声は聞こえてきません。つまりかなり狭い範囲で地面が揺れているという事になります。
その異変に三太郎さんと龍さんも気づいたらしく、今までのような周囲を探りながら進むのではなく、スピードを上げて一気に接近します。
「そこまでだ!!」
真っ先に声を上げた桃さんの先、そこは空間が捻じれていました。何かがいる、何かがこちらを害意を持って見ていると解るのに、実体のある何かを見つけることはできません。ですがその捻じれた空間の向こうでは、巨大な岩が徐々に浮かんでいくのが見えます。その大きさは同じ県にある柳生の里の一刀石ぐらい、つまり7メートル四方ぐらいはあります。明らかに私があの時見た岩よりも大きく、あんなのが落ちてきたらバスどころか道路ごと全て破壊してしまいそうです。
「アレは違う! まずいよ!!」
慌ててしまって言葉が圧倒的に足りませんが、そこは約18年連れ添った仲。私の言いたい事を的確に理解した三太郎さんが動きます。
浦さんは私の守りとして残り、桃さんは狂神へ攻撃を開始。そして龍さんは巨大な岩を風で切り裂こうとし、金さんは切り落とされた岩が被害を出さないように、即座に砂へと変えてしまいます。
ところが捨て身の狂神は、全ての霊力を使い切るかのようにもう一つ巨石を持ち上げ始めました。それでなくても元の巨石も霊力で防御力を上げてあるようで、風の力で切り裂いたり割ろうとしてもなかなか思うようにいかないのです。以前の決戦の時もそうでしたが、周囲に気を配りながら戦うのは精神的疲労が激しく、できれば避けたい事態です。それに実体のない狂神に桃さんの攻撃は効果が半減してしまっているようで、桃さんの顔に焦りの色が浮かび始めました。あたりが木々の生い茂る山なだけに、火の力を使えば二次災害が起こってしまいます。自分の世界なら後でどうにでもなると割り切ることもできますが、ここではそれもできません。ならば桃さんと浦さんの役目を交代しようかとも思いましたが、山で大量の水が使われてもそれはそれで災害の元です。
(考えろ……考えろ……戦えない私は考えるしか……)
必死に頭の中であらゆる知識を順に総ざらいしていきます。何か、何か……
<あっ!! 浦さん、水の楔を岩に打ち込んで!>
同時にイメージを浦さんへ渡します。思い出したのは歴史の授業で習った石切り場の光景で、大きな岩に楔を等間隔に打ち込んで割る人の姿でした。
<わかりました。ただ水で思うように効果が出るかどうか……>
そうは言いつつも浦さんは岩の真ん中目掛けていくつもの高圧で細い水流を繰り出し、しかも効果を上げるために水流をキュルキュルと回転させて岩に潜り込ませようとしてくれます。その様子を見ていた龍さんも同じように高圧の風の矢を繰り出し、同じように岩の表面で高速回転させて岩の表面に一直線に穴を開けていきます。そして金さんが全力でその岩を殴りつけると、その穴から穴へと亀裂が繋がって巨石を割ることに成功しました。その後も同じ攻撃を続け、割れた石は金さんが砂に変えて龍さんが遠くへ飛ばすという事を繰り返します。
この場ですべて砂にしてしまわないのは、それでは私があちらの世界へ行けなくなってしまう事と、ここで大量の砂が発生すれば砂が斜面を流れて別の災害につながる可能性があるためです。面倒ですが此処で災害を起こすわけにも、解明できない不思議現象を起こすわけにもいきません。
自分が繰り出す岩が一つは完全に消され、もう一つもサイズが徐々に小さくなっていくにつれ、狂神の狂気はどんどんと加速していきました。そしてとうとう
<きえロ……きえロ……、お……マエさ……エ……オマえさええええ!!!!>
一つの岩が天を裂くようにして山の下へと飛ばされていきます。それを見た狂神は狂ったように笑いだしますが、時を同じくしていつの間にか狂神の背後に回っていた金さんが歪んだ空間の向こう側からその空間の中心に向かって全力の霊力を注ぎ込み、そしてその霊力を再び回収しました。
途端にドサリと膝をつく金さんに、慌てて駆け寄ります。
「大丈夫!?」
「うむ、問題ない。だが少し霊力を落ち着かせる必要がある。
浦、桃、そして龍。解っておるだろが万が一の時は頼む」
事前に決めた、狂神が岩を道の上空まで運び終わるのを見計らって金さんが狂神の霊力を完全吸収する作戦は成功しました。……成功したはずなのですが、何かを頼む金さんに嫌な予感がします。そもそも霊力というよりは穢れの塊となった狂神を吸収するのはリスクが高く、できることならやりたくありませんでした。ですが普通に倒してしまえば、ここに大きな穢れ溜まりが出来上がってしまいます。神々が遠い昔にこの世界を立ち去った結果、霊力の循環の滓、つまり穢れの象徴ともいえる魑魅魍魎たちも徐々に力を失って消えました。なのにこの現代にいきなり魑魅魍魎だけが復活されても困りますし、この世界の神々に申し訳が立ちません。なので金さん曰く「取り込んだ霊力が我に馴染む間、少し眠りにつく可能性がある」との事でしたが、後の無い現状を考えれば仕方がないとこの作戦の決行することになったのです。
「さぁ行け。まだ全てが終わった訳ではない。
我もすぐに追いつくゆえ……」
「絶対だよ! 絶対にすぐに来てね、約束だからね?」
私の言葉に苦し気な表情のまま頷いた金さんに後ろ髪をひかれる思いですが、確かにまだ全てが終わった訳じゃありません。私たちは大急ぎで再び山を下りることにしたのですが、あまりにも時間がない為に仕方なく浦さんと桃さんには中に戻ってもらい、龍さんに抱えてもらって飛ぶことにしました。
そうして上空から見下ろせば、まさに今、バスがけたたましいブレーキ音を立てて大きく回転しているところでした。ただ想定外の事も起こっていました。
「私の落ちる場所が違う?!!」
よく見れば崖下の何もない空間に、龍さんの力と思われる風神門が出来上がっています。ところが私の落下地点とは離れていて、このままでは私は単なる落下死コースです。
「龍さん!!」
「了解じゃ!!」
阿吽の呼吸で龍さんが突風を巻き起こし、それを落下中の私に向かって繰り出します。その結果、制服のスカートをひらめかせながら落ちていた私は、突風に体を煽られてグルリと身体を回転させながら風神門まで飛ばされていきました。その際にこちらを見たような気がしますが、私たちは背中に太陽を背負うような位置をとっているため、あの私からは見えていないはずです。
「ふぅ……。これで……これで終わりかな」
今、風神門をくぐった私からすれば「始まり」でしょうが、私からすれば全てが終わりました。あとは祖父母にお礼の手紙を残し、あちらの世界に戻るだけです。
その時
急ブレーキの音が再び響き、続いて何かが衝突する音。そして誰かの叫び声が谷間に響いたのでした。
あの時……。
バスの窓を開ける為に中腰になっていた私は、何かを運転手のおじさんに向かって言おうと視線をそちらへと向けたのです。その私の視界に入ったのは、ところどころに雪の名残りがある大岩でした。じつにフロントガラスの大半を占める大きさ岩が、突然現れたのです。
あっ!と思った時には運転手のおじさんは急ブレーキと同時にハンドルを切り、私は車外へと放り出されてしまいました。そして落下中に見えたのは私を驚愕の表情で見ている運転手のおじさんと、バスの前に鎮座する大岩、そして……
(普通に考えてあのサイズの大岩が落ちてきたら、
山の斜面は削られるなり、周囲の木をなぎ倒すなりするよね?)
なのに記憶の中の山の斜面は綺麗なもので、どこも削れたりしていません。あのサイズの岩が落ちるのなら事前に何かしらの異変が起きていそうなものですが、朝一番に山を下りて行った出勤&通学組からそんな連絡が入ってもいません。もちろん前兆は絶対にあるものでもありませんし、連絡だって入れる決まりがあるわけじゃありません。あくまでも「今、思い返してみれば……」という小さな違和感にすぎません。
ただあの時の私の近くにも今の私たちが居て、そして狂神と人知れず相対していたのだとしたら、周囲に被害を出さずにいきなりバスの前に巨大な岩を出現させることも可能だなぁと思ってしまったのです。ここにはそれができる存在……狂神と金さんがいますから。
同時にそれをする為には無から霊力で岩を作り上げるのではなく、実物が必要だろうという事にも思い至ります。あちらの世界と違い、こちらの世界では三太郎さんたちの霊力は有限です。あちらでは自然回復ができますが、こちらではむしろ逆に存在するだけで霊力を消費していくようなのです。それはおそらく狂神も同じで、こちらではあちらほど大きな力は使えないだろうと、龍さんたちは予想しています。あの場所で大きな岩がありそうな場所は山の中か崖の下になりますが、下から持ち上げるよりは上から落とす方が楽なのは明白です。
そういった自分の考えを心話で全員と共有し、進路をバスから山へと変更します。
(風神さんの力が借りられたら良かったんだけど……)
シナトベと呼ばれていた風神さんなら三太郎さんたちのような制限をうけずに霊力を使えると思うのですが、私たちが異物として排除されないように他の神々のところに交渉に行ってくれていて此処にはいません。それに狂神はあちらの世界の事情であり、こちらの世界の神や人にこれ以上迷惑をかけたくないという気持ちが強く、それには三太郎さんや龍さんも同意しています。
これら一連の行動は仮葉の世界だからこそできたことで、本葉だったら今頃私たちは間違いなく討伐対象として攻撃されています。そういう意味ではホッと安心できる要素ではあるのですが、同時に仮の世界だというのならこの先はどうなってしまうのか?この世界で生きているたくさんの命は……と不安にもなってしまいます。
(……だめだめ、今は考えない。まずはアレをどうにかしないと!)
邪念を追い払うように首を振り、一度目をつぶってから周囲を注意深く探ります。もはやアレ扱いの狂神ですが、落石があった場所から察するにこの山にいることは確実です。問題は私には姿が見えない可能性がある事です。なので私が先ほどから探しているのは狂神の姿ではなく、どちらかといえば大きな岩や何かしらの異変だったりします。
大まかな方向は金さんが探ってくれているのですが、それはあちらも金さんの存在に気付いているという事です。まぁ、気付いていてもこちらを気にかけているかどうかは解りませんし、何よりそこまでの理性が残っているのかも怪しく。だからこそ私が過去に遭遇した事故以上の攻撃をしてくる可能性があるのです。
実際、狂神の狙いはこの時点でこの世界の私の命を奪う事です。
ならばバスの前に岩を落とすよりもバスの上に岩を落としたり、あちらの世界でやったように大量の土砂で押しつぶす方が確実です。それだけの霊力が残っていない可能性もありますが、同時にあの時も私たちが此処に来ていて、阻止していたから被害が私だけで済んでいたという可能性もあります。
(……この時点の私の殺害を阻止できなかった場合、
今の私も消えてしまううんだろうなぁ)
と思いますが、どうせ私の寿命は残りわずかです。なので私の死を恐れるよりも、あちらに残してきた家族やこちらの世界で子と孫に先立たれてしまう祖父母の方が心配です。
<近い!>
突如届いた金さんの心話に、三太郎さんたちの纏う空気が変わりました。既に私が乗っていたバスはあの事故地点のすぐ近くまで来ている時間で、早く見つけて対処をしないと大惨事に繋がってしまいます。焦る私の耳に進行方向から
パキ……ピキッ…………
と耳慣れない音が聞こえてきました。同時に地面が鳴動しているような地鳴りの音も聞こえてきます。このあたりだと地震の時は野生の雉が鳴き出すのですが、雉の独特なあの鳴き声は聞こえてきません。つまりかなり狭い範囲で地面が揺れているという事になります。
その異変に三太郎さんと龍さんも気づいたらしく、今までのような周囲を探りながら進むのではなく、スピードを上げて一気に接近します。
「そこまでだ!!」
真っ先に声を上げた桃さんの先、そこは空間が捻じれていました。何かがいる、何かがこちらを害意を持って見ていると解るのに、実体のある何かを見つけることはできません。ですがその捻じれた空間の向こうでは、巨大な岩が徐々に浮かんでいくのが見えます。その大きさは同じ県にある柳生の里の一刀石ぐらい、つまり7メートル四方ぐらいはあります。明らかに私があの時見た岩よりも大きく、あんなのが落ちてきたらバスどころか道路ごと全て破壊してしまいそうです。
「アレは違う! まずいよ!!」
慌ててしまって言葉が圧倒的に足りませんが、そこは約18年連れ添った仲。私の言いたい事を的確に理解した三太郎さんが動きます。
浦さんは私の守りとして残り、桃さんは狂神へ攻撃を開始。そして龍さんは巨大な岩を風で切り裂こうとし、金さんは切り落とされた岩が被害を出さないように、即座に砂へと変えてしまいます。
ところが捨て身の狂神は、全ての霊力を使い切るかのようにもう一つ巨石を持ち上げ始めました。それでなくても元の巨石も霊力で防御力を上げてあるようで、風の力で切り裂いたり割ろうとしてもなかなか思うようにいかないのです。以前の決戦の時もそうでしたが、周囲に気を配りながら戦うのは精神的疲労が激しく、できれば避けたい事態です。それに実体のない狂神に桃さんの攻撃は効果が半減してしまっているようで、桃さんの顔に焦りの色が浮かび始めました。あたりが木々の生い茂る山なだけに、火の力を使えば二次災害が起こってしまいます。自分の世界なら後でどうにでもなると割り切ることもできますが、ここではそれもできません。ならば桃さんと浦さんの役目を交代しようかとも思いましたが、山で大量の水が使われてもそれはそれで災害の元です。
(考えろ……考えろ……戦えない私は考えるしか……)
必死に頭の中であらゆる知識を順に総ざらいしていきます。何か、何か……
<あっ!! 浦さん、水の楔を岩に打ち込んで!>
同時にイメージを浦さんへ渡します。思い出したのは歴史の授業で習った石切り場の光景で、大きな岩に楔を等間隔に打ち込んで割る人の姿でした。
<わかりました。ただ水で思うように効果が出るかどうか……>
そうは言いつつも浦さんは岩の真ん中目掛けていくつもの高圧で細い水流を繰り出し、しかも効果を上げるために水流をキュルキュルと回転させて岩に潜り込ませようとしてくれます。その様子を見ていた龍さんも同じように高圧の風の矢を繰り出し、同じように岩の表面で高速回転させて岩の表面に一直線に穴を開けていきます。そして金さんが全力でその岩を殴りつけると、その穴から穴へと亀裂が繋がって巨石を割ることに成功しました。その後も同じ攻撃を続け、割れた石は金さんが砂に変えて龍さんが遠くへ飛ばすという事を繰り返します。
この場ですべて砂にしてしまわないのは、それでは私があちらの世界へ行けなくなってしまう事と、ここで大量の砂が発生すれば砂が斜面を流れて別の災害につながる可能性があるためです。面倒ですが此処で災害を起こすわけにも、解明できない不思議現象を起こすわけにもいきません。
自分が繰り出す岩が一つは完全に消され、もう一つもサイズが徐々に小さくなっていくにつれ、狂神の狂気はどんどんと加速していきました。そしてとうとう
<きえロ……きえロ……、お……マエさ……エ……オマえさええええ!!!!>
一つの岩が天を裂くようにして山の下へと飛ばされていきます。それを見た狂神は狂ったように笑いだしますが、時を同じくしていつの間にか狂神の背後に回っていた金さんが歪んだ空間の向こう側からその空間の中心に向かって全力の霊力を注ぎ込み、そしてその霊力を再び回収しました。
途端にドサリと膝をつく金さんに、慌てて駆け寄ります。
「大丈夫!?」
「うむ、問題ない。だが少し霊力を落ち着かせる必要がある。
浦、桃、そして龍。解っておるだろが万が一の時は頼む」
事前に決めた、狂神が岩を道の上空まで運び終わるのを見計らって金さんが狂神の霊力を完全吸収する作戦は成功しました。……成功したはずなのですが、何かを頼む金さんに嫌な予感がします。そもそも霊力というよりは穢れの塊となった狂神を吸収するのはリスクが高く、できることならやりたくありませんでした。ですが普通に倒してしまえば、ここに大きな穢れ溜まりが出来上がってしまいます。神々が遠い昔にこの世界を立ち去った結果、霊力の循環の滓、つまり穢れの象徴ともいえる魑魅魍魎たちも徐々に力を失って消えました。なのにこの現代にいきなり魑魅魍魎だけが復活されても困りますし、この世界の神々に申し訳が立ちません。なので金さん曰く「取り込んだ霊力が我に馴染む間、少し眠りにつく可能性がある」との事でしたが、後の無い現状を考えれば仕方がないとこの作戦の決行することになったのです。
「さぁ行け。まだ全てが終わった訳ではない。
我もすぐに追いつくゆえ……」
「絶対だよ! 絶対にすぐに来てね、約束だからね?」
私の言葉に苦し気な表情のまま頷いた金さんに後ろ髪をひかれる思いですが、確かにまだ全てが終わった訳じゃありません。私たちは大急ぎで再び山を下りることにしたのですが、あまりにも時間がない為に仕方なく浦さんと桃さんには中に戻ってもらい、龍さんに抱えてもらって飛ぶことにしました。
そうして上空から見下ろせば、まさに今、バスがけたたましいブレーキ音を立てて大きく回転しているところでした。ただ想定外の事も起こっていました。
「私の落ちる場所が違う?!!」
よく見れば崖下の何もない空間に、龍さんの力と思われる風神門が出来上がっています。ところが私の落下地点とは離れていて、このままでは私は単なる落下死コースです。
「龍さん!!」
「了解じゃ!!」
阿吽の呼吸で龍さんが突風を巻き起こし、それを落下中の私に向かって繰り出します。その結果、制服のスカートをひらめかせながら落ちていた私は、突風に体を煽られてグルリと身体を回転させながら風神門まで飛ばされていきました。その際にこちらを見たような気がしますが、私たちは背中に太陽を背負うような位置をとっているため、あの私からは見えていないはずです。
「ふぅ……。これで……これで終わりかな」
今、風神門をくぐった私からすれば「始まり」でしょうが、私からすれば全てが終わりました。あとは祖父母にお礼の手紙を残し、あちらの世界に戻るだけです。
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