底辺家族は世界を回る〜おじさんがくれた僕の値段〜

ROKUMUSK

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第一章

最低な人生

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 僕の記憶にある一番古い物は、何処か知らない世界で殴られている事。夢かと思う事もあったけど、兄さんが怒った時、村の大人が大声を出すと良くこの記憶が蘇るんだ。

 そこはきれいで、とても高価そうな家具に洋服、村長の家にしかない様な用を足すための部屋に、水浴びをする部屋まであった。けれど、まるで村のならず者を閉じ込める為の小屋の周りに漂っていた陰湿な空気が充満していて、嫌な部屋だと思った。しかも僕には子供がいて、その子の親らしい男性と3人暮らしだった。けど…僕はその世界ではいつも泣いていた。

 震える手で小さくて茶色い野菜を無駄に丁寧に洗って、焼いて皮を剥いて湯がいている。別の鍋では肉や赤や緑の野菜を茶色い液で煮ていた。そして葉っぱに何か液体を加えて白っぽい粒々で和えている。料理なのだろうけど、僕の母さんはここまで沢山の料理を一度の食事の為に作ったりはしなかったし、食事の為に沢山の食器を使ったりもしない。

 僕の前世の記憶なのか、いつか誰かが話していた世界の不思議話を記憶と勘違いしているのかは分からない。でも、なぜか僕はその記憶を忘れられない。

「バイヤーとして一流だったかもだけどさ、妻として、母親としては三流な」

どう言う意味なのかは分からないけど、その言葉がずっと僕の心を苦しめている。意味は本当に分からない。でも馬鹿にしてるのは分かる。

「何だよ?殴りたいのかよ…やってみろよ!」

ただ悔しくて握った拳の手首を捻りあげられた。掴まれたその痛みが、まるで僕が経験したかのように痛むんだ。殴られて頬の骨がバキリと音を立てたその音さえも…まだ耳の奥に残っているみたいで嫌な気分だ。

【人を傷つけてはいけない。傷ついて良い人間はいないのだから】

誰かが僕にそう言った。でも、僕じゃ無い僕は殴られ泣いている。僕は傷付いて良い人間と言う事なんだろうか?

 沢山の良い言葉が僕の記憶にはあるけれど、それに僕は何一つ当てはまらない。なのになぜ覚えているのか不思議だ。誰がそんな言葉を僕に教えたんだろうか?僕の母さんや父さん、兄さんはそんな事絶対に言わないから…村の大人かな?でも…記憶の世界が今の僕の世界とは限らないよな?だってこの世界じゃ僕達はいつだって傷つけられる側の人間で、傷つけられる前に逃げるか倒せと教わるから。でも、僕はその言葉がとても良い物の様に思えたんだろうな。傷つけられても文句の一つも言えない僕でも生きていて良いんだって思わせてくれるから。

【誰しもが弱い人間なんだ。初めから強い人間なんて存在しない】

そうだろうか?と思ったりもする。いつだったか、母さんにその言葉を言ったら『そんなのは間違ってるわ』って言われた。何故なら村長は村長の親の親のそのまた親の代から村長だし、その村長に頭を下げさせられるお貴族様も生まれた時からお貴族様なのだから、人間の強さはどんな親から生まれるかで決まっているんだと母さんは言った。だったら殴られている僕は平民以下の親から生まれたのかな?

「ママ…痛い?ねぇ、おじいちゃんの家に行こうよ…こんな家で暮らす必要なんて無いよ!」

僕よりも年上の、綺麗な女の子が僕の肩を抱く。女の子が僕の子供だなんてありえないと思うけれど、なぜか僕の娘なんだと思った。僕もこの子の言う通りだと思うけれど、それが出来ない人が過去の僕の様だ。

 記憶の中の男の人がする様な事を【家庭内暴力】と言うらしい。兄さんと僕は良く喧嘩したけど、それも【家庭内暴力】だろうか?でも、骨を折るまで殴ったり、お腹を蹴って苦しむ姿を楽しむ。そんな最低な理由で喧嘩なんかしないし、家族の苦しむ姿を楽しむ…そんな事どうすればできるんだろと思うよ。僕の父さんは母さんに手を上げたりなんて絶対にしない優しい父さんだったけれど、偉い人の中にはあの男の人の様に奥さんに手を上げる人もいるのを知ってる。僕達の様な平民は強い人にはあらがわない、目を付けられない様に生きていかないと駄目なんだって知っているから、その奥さんを助ける事なんてしないし、本当に嫌なら殺してしまえば良いと思ってる。でも、今の僕の感覚では考えられない声が記憶の中でこだまする。

「パパはママに甘えてるだけなのよ…お仕事が大変だから…疲れているだけよ」

そんなバカな話があるもんか。
父さんはどんなに疲れていても母さんの為なら遠い村まで走って薬を買いに行ったり、人攫いに襲われた時は農具を振り回して追い払った事もあるんだ。仕事が大変だ、なんて事絶対に言わない人だった。

 コップで殴られて、作った料理をぶちまけられた。何か紐で首を絞められたりもしている。ただ泣いて謝るだけの僕は、庇った娘が殴られても謝るだけで助けもしない。もしもこれが僕の前世だったなら…何て最低な人生だろう。僕は父さんや母さんみたいな人間になるんだ。母さんが僕に『愛してるよ』って言ってくれる様に僕に娘が生まれたなら言ってあげるんだ。そう、僕はあんな大人にはならない!


「おい、立ち止まるな……おい…くそっ、暑さで意識が飛んだか?」

バシャッ‼︎

ハッとして僕は顔を上げた。
おじさんに頭から水を掛けられて、その水の甘さに助けられた気分になった。

「おじさん…僕…殴られてないよな?」
「…」
「僕…最低な人間じゃないよな?」
「何を言っているのか分からん」
「…僕の名前…何だっけ」

おじさんの苦虫を噛み潰した様な顔が面白くて、僕は思わず笑ってしまった。

「お前の名など知る訳ないだろ」
「そう言えば聞かれてもなかったな」
「知る必要などない…お前は売り物だからな」


過去も現在も。
僕の人生は最低の様だ。



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