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第二章
閑話休題 懐かしさと新しき物
しおりを挟むアルベルトの母国、エルセンティア。
約15年前のガザンとレークイスとの戦いで、内戦に乗じて滅ぼされた国である。北の大半を占めるレークイスと、大陸中央を横長に支配していた大国ガザン。その間に挟まれる様にエルセンティアとサザンガードはあった。
閉鎖的で高圧的、協力を支配と履き違えている事に気付かない独善的な王国レークイスと、経済的にも軍事力としても最高峰にあったガザン帝国にサザンガードとエルセンティアは其々、友好関係にあった。
レークイスが魔法兵器で自国から距離のあるガザンを攻撃するなど当時は誰も想像すらしていなかったが、それが実際の物となると人海戦術を主としたガザンは呆気なく滅び、友好国も敵国と見做したレークイスにエルセンティアは横腹を刺される事となりガザンと同時期に滅ぶ事となった。
既に歴史の中に消えたエルセンティアを偲ばせる物を、もう誰も記憶してはいないだろうし、残った物は全て他国の文化として姿を変えてしまった。
たまにアルベルトは思う。
全て奪われた。けれど、たった一つ。残った物があったな、と。
広げる事は出来ても誰にも奪う事の出来ない物が、
彼の中に残っている。
それは愛した妻が作っていた懐かしき故郷の味である。
「で、こっからはどーすんの?」
オアシスの外れに設けられた調理場にアルベルトとユリアーナは立っていた。
器用に狩猟ナイフで野菜の皮を剥いたり刻んだりしているアルベルトは、隣に立つユリアーナを見下ろし顎で荷物を指した。
「荷物なー。了解ー」
小さな手鍋にはルーグル肉の脂身と、加熱すると食欲を増進させる香りと香ばしい味わいを齎すガリラの実。そして臭みを取り、塩気を加えるテッテというハーブや、甘味ととろみを付けるカンズーという果実の肉厚な皮が炒められていた。
次第に、溶けた脂にガリラの香りがフワリと漂い始めた。そして次にテッテやカンズー、他にも野菜やルーグル肉独特の香りが辺りに広がってゆく。
「ユリアーナ、中から黒い筒を出せ」
「んーっ!いー匂いっ!甘くて、すっぱい感じもあってー、お肉の匂いっ!あ~唾でるっ!じわーって!」
「ユリアーナ…筒を」
「あっ、うんっ!はいっ!」
手の平程の黒い琺瑯で出来た筒。その蓋をゆっくりと開けるアルベルト。
密閉度の高いその蓋を開けるにはコツが必要であった。
じわじわ開ける。それだけなのだが、背後から見ていたユリアーナにはアルベルトが困難している様に見えていた。
「アルおじさんっ!駄目だよっこう、こうだよーっ!」
「馬鹿野朗っ!おいっ!やめっ‼︎」
スパンッ
中身全てが舞い上がり、色とりどりの粉が鍋の辺りに散乱した。
黒い筒の中身はミックススパイスだった。
サナが生前、軍の野営料理は味気無かろうと調合してくれた物だった。
良い事があった日、孤独に耐えれそうに無い日。
ほんの少しだけ摘んで口にする。
それだけで心が少し癒されていた。
後生大事にチビチビそれを使っていたアルベルト。
最後の1缶だった。
咄嗟の怒りに、罵倒しそうになった——その時。
「っ‼︎」
フワリと香りが鼻をくすぐる。
——懐かしい。
正真正銘、サナが作っていたエルセンティアの郷土料理、『トゥーガ』の香りだった。
アルベルトは妻の残したレシピ通りに、何度もこの料理を作ってきた。しかしいつまで経っても、あの味には辿り着けなかった。
密封された容器に入っていたとはいえ、10年の歳月は風味を奪っていたのだろう。分量通りに作っても、どこかが違っていた。
——だが。
幸か不幸か、この瞬間にだけ、懐かしい我が家の匂いが漂った。
—— スパイスの量が足りて無かったのか…。
「わーっ!アルおじさんごめんっ!」
縋り付くユリアーナの顔は青ざめていたが、アルベルトはその体を片手で抱き寄せ鍋に近付けた。
そしてスンッと香りを2人で嗅いだ。
「アルおじさん…」
「お前のおかげだ…良い匂いだろ」
もう2度とサナのスパイスは手に入らない。
だが、味を知ったユリアーナと共にいつか作れたら良い、
そうアルベルトは思った。
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