底辺家族は世界を回る〜おじさんがくれた僕の値段〜

ROKUMUSK

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第三章

抉られた瑕痕

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 3人は両替商を出て、ミーセスとユリアーナは買い出しに行き、アルベルトは仕事の依頼をすると言って別れた。

 表通りから1本裏に入り、倉庫として利用されている建物の間をすり抜けて行く。

コンコン、ドンドン、ココン。

スッと開いた覗き窓。そこから、まん丸でキラキラしたピンク色の瞳が覗いていた

「あーーっ!アルゥーー!」

勢い良く開いたドア。
飛び掛かって来たその人物をアルベルトはスッと避けて中に入って行った。

ガシャン!ゴロゴロゴロゴロッ!
カン…カン…。

「ラディッツは居るか?」

転がった人物を気にも留めずアルベルトは中を進む。そして周囲の人間は、転がって行った人物を笑っていた。

「ちょっと!アル!私に会いに来たのにヒドいじゃない!」

「ドーソン、ラディッツは居ないのか?」

巻き毛を一つに纏め、フワフワとしたドレスを身に纏った愛らしい……男にアルベルトは至極当然の様に声を掛け、カウンターの奥に目をやった。

「オーナー?今日は遅いかもなー…乱れた生活してるしねー!で、も!私は清く正しく、超一途だよっ!」

「……ドーソン。清く正しい者は女装を常とはしないぞ」

「はぁっ?これ女装じゃないしっ!私は女だもんっ!普段着なんだもんねっ!それにっ!私はドロシーだからっ!」

「そうか。それは済まなかったな……2年前までお前は男だったと思っていたが、女だったのか。俺もヤキが回ったか」

その言葉に、周囲は吹き出しドロシーは顔を赤くして外へ出て行った。

「?」

不思議そうなアルベルトに、カウンターの奥から男が現れアルベルトの肩に腕を回した。

「くくくくっ!おまっ、それ本気か?アイツは中央でお前と分かれた後、あぁなったんだよ」

「…良く分からんな。—— まぁ良い、それよりラディッツに仕事を頼みたい」

アルベルトが自分を頼る事など無いと思っていたラディッツと呼ばれた男は、女を手玉に取る事を何とも思わない、そんな欲深さを含んだ顔でニヤリと笑った。



 カウンターの奥、更に奥の部屋に入り、また別の部屋に入ったアルベルト達。

真っ赤な壁紙に、派手すぎるシャンデリア。光沢のある布団と、過剰な装飾のベッド──まるで、寂れた娼館の残り香を押し込めたような部屋。そこにラディッツは、当然のようにアルベルトの横に腰を下ろした。


「……何故前に来ない」

「え?だってアルベルトだよ?」

「……」

成り立たない会話をどうするべきか。
アルベルトは顳顬を揉みながらルク金貨の入った袋をラディッツに手渡した。

「おおっ、金貨2枚もあるじゃん」

「頼みがある」

「何よ」

ラディッツは袋を懐に入れつつ、アルベルトの太腿に手を置き撫で上げた。さも、触れたく無い過去を呼び起こす様に。

「……触るな」

「何でよ?俺を守ってくれた傷だぞ?そりゃ愛しいさ」

「触るなと言っている……このせいで…」

「そうだよなぁ、これの所為で奴隷堕ちしたんだもんな…ごめーんね!」

ボキッ。

アルベルトはラディッツの肋に拳を入れた。
軽やかに、そして鈍い音を立てて骨が折れたのが分かった。

そしてアルベルトは立ち上がり、股座にドカリと膝を落としてラディッツの首を絞めた。

「エッケルフェリアに連絡を付けろ。4日後の6の刻、ヒルバルで待つとな……ドロシーは魔術道具師として資格を取ったんだろ、必ずエッケルフェリアに連絡を入れろ」

首を締め上げられ、ラディッツは苦しそうにしながらも嬉しそうに嗤った。

「分か……った…、オー…ケー」

「それから、忘れていた過去を思い出させたんだ……詫びの一つは寄越すよな?」

「ゴホッカハッ!ゴホッゴホッ」

「お前の後援者にカッカドールの領主が居るな?そこに別々の戸籍を2つ──家族じゃない、単体の“個人”としての戸籍を用意させ、そしてエッケルフェリアに預けろ。名はここに書いた通りだ。……余計な詮索はするなよ…次は潰せる物全て潰して…」

殺すぞ


赤く染まった様に見えた瞳に、戸惑いも、躊躇も無く、いつでも『殺せる』覚悟が見えた。

「はっ!あーーーっ!!やっぱりアルベルトはそうでなくっちゃ!そうさ、その瞳だよ……すっかり飼い犬みたいに丸くなっちゃってさ…ガッカリしたんだぜ?」

「やれるな……ラディッツ。俺は返事以外の言葉を望んでいない」

「はっ…あぁっ!良いっ!……ふーっ……分かったよ」

その言葉を聞くと、アルベルトは手拭いで手を拭くとラディッツに投げ捨て部屋を出た。


「あー…たまんない。好きだぁ…」

そして床に落ちた紙を拾い上げ、肋を押さえながら匂いを嗅いだ。

「はぁぁっ…良い匂い」

そして2名の名前を見て目を見開いた。

「ユリ…アーナ……は?10歳?」

脇腹の痛みも吹き飛ぶ程の衝撃がラディッツを襲う。そして紙を握りつぶすと、ペーパーナイフで右太腿を突く。アルベルトのそれと、寸分違わぬ位置。まるで──過去を刻み直すかのように。

何度も、何度も。

「お前っ…は、俺のだろうがぁっ!この傷は俺の為だったろうがっ!今更……傷を塞ごうなんて……許さねぇよ」

深く深く息を吐くラディッツ。
そして震えながらグラスに酒を注いで一気に煽った。

「なーにが戸籍だ……子供なんて 拵こさえやがって…奴隷上がりの娘にゃしたくねーってか?嫁の貰い手なんてねーからなぁ……かはっ!あはっ!あはははっ!」

ガシャンと割れるグラスをそのままに、ラディッツは笑顔の仮面を貼り付け部屋を出た。




 路地裏を、壁に凭れながらアルベルトは息も絶え絶え歩いた。苦しみに、息が上手く出来ずに生理的な涙が込み上げる。噛み締めた唇には血が滲み、痛みは無い筈なのに太腿が痛くて思う様に動かせなかった。


「クソッ!クソッ!……ユリ…アーナ」

ダンッ!

裏路地から見る表通りは明るく、アルベルトは今すぐにでもそこに行きたかった。しかし、思う様に動かない体に力が抜けた。

「俺なんかが……望んではいけなかったのか?」









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