わしらはかみさま

水村鳴花

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第四話 のろいいし

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  通された部屋で、小町はじっと待っていた。

 しばらくして、蘇芳は冷たいお茶の入ったグラスを盆に載せて持ってきてくれた。彼が盆を畳の上に置いたところで、小町は小さく「ありがとう」と礼を述べた。

「おじいは寝かせてきた。……で、何でうちのおじいを追ったんや?」

 小町の前に座り、蘇芳はどこか卑屈な笑みを浮かべる。

「――私、あなたのおじいさんに会ったことがあるの」

「へえ?」

 そうして、小町は老人が庭にいたことを語った。

「今日、双神の家に来てたから……何だか引っかかっちゃって」

「なるほどな。どうせ、何かいらんことしとったんやろ」

 蘇芳は煙草をくわえ、火を点けた。

「おじいはな、双神の家を恨んどる」

「何ですって?」

「それでもって最近、認知症になっとんや。だけん、そんなことしたんもわかる」

 蘇芳の吐き出した煙に咳き込みながら、小町は疑問を呈した。

「でも、おかしいわ。双神を恨んでいるんなら、何で私を見て逃げたりするの?」

「言ったやろ。最近ボケとるって。多分、あんたを双神の巫女と間違えたんや。青葉が巫女なこと、知っとるはずやけど……ともかく、そう思い込んだんやな」

「どうして、双神を恨んでいるの?」

 小町が問うと、蘇芳は遠くを見つめるような目をして煙を吐き、続けた。

「逆恨みや。かつてこの家……長内は、双神と並ぶ村の主やった。双神が祭祀を担当して、長内は他の実質的なことを担当してた。二つの家あっての、村やった。やけど、おじいの父……ひいじいさんが、とんだ放蕩者でな」

 蘇芳は短くなった煙草を灰皿に押し潰し、また新しい煙草を箱から取り出した。

「家の金を全部使ってしもてな。双神にも借金しとったらしいんやけど、最後には双神の当主も呆れて見捨ててしもたんや。それから、長内の家は没落した」

「でも、こんなに大きな家なのに?」

「この家だけは残ったけど、他に持っとった山とか土地とか全部売ってしもとる。この家も、双神が援助して残してくれたんや」

 蘇芳は他人事のように、肩をすくめた。

「おじいはな、事業を起こした時に双神が援助してくれたら、何とかなったのにって思っとるんや。結果的に、事業は失敗して借金かさんだだけやったけど」

「本当にそれ、逆恨みね。そこまで助けられたのに、どうして今も恨んでるのかしら」

 小町は腹を立てるあまり、強い語調で言い切った。

「おじいは、長内と双神が一心同体やと思っとるんやろ。だけん、見捨てたんが許せんのや。一応、二家は親戚やしな」

 蘇芳の言葉に、小町は眉をひそめる。

「親戚?」

「せや。長内には、双神の血が入っとる。一応、長内は双神の傍系でもあるんや。双神の血筋は特別でな。特に双神の女は皆が巫女の素質を持っとるけん、神聖な血や。長内は、いわば村の俗世側を守る家や。つまり、汚いこと引き受けるんは長内で、そういうことやってると次第に血も穢れていくらしくてな。だけん、たまに双神から嫁を取ることがあったんやと」

「血を入れて、浄化したってこと?」

「せやな。それ関連で、おじいが双神を恨む理由もある」

 思い出したように、蘇芳は小町に指を突き付けた。

「長内の没落ぶりは、双神の血が薄まったせいやって感じる者がおったらしい。で、嫁に来るように頼んだんやけどな……青葉の祖母は、断った」

「当たり前でしょ。青葉のおばあさんは、巫女さんだったんだから」

「でも、婿を取った」

 ぴしゃりと言われたが、小町は尚も言い募った。

「だって、双神の直系だもの。双神の血が絶えたら、神さまたちは消えちゃうのよ? そんなの、できるわけないじゃない」

「嫁に来たからって、血は絶えん。というより、おじいが婿に行こうかって意見もあったんや。もういっそ、双神と長内を一緒にしてまおかって。――でも、双神はそれを一蹴して他から婿を取った。けれど双神がそこまで断ったのには、理由がある」

「どんな?」

「それが、あんたが俺を怖がる理由でもあると思うんやけど?」

 いきなり手首を掴まれ、小町は飛び上がるほど驚いた。恐怖が、いや増す。

「……長内は、呪われとる。女児が生まれんのや」

「女の子が、生まれない? でも、それって呪いになるの?」

 男児が生まれなくなるような呪いの方が、多いはずだ。昔の日本では、男児だけが跡継ぎになり得たからである。

「長内では、なるんや。さっき、言うたやろ。長内の血を浄化するため、双神の嫁を取るって。それと同時に、長内で生まれる女児も双神の血を濃く引くけん、一族を浄化するんや。血というよりは、空気を浄化さすんやけど」

「つまり、女児が生まれないと浄化されないのね?」

「せや。だからといって、双神から嫁を取り続けるわけにはいかん。血が濃くなり過ぎるけん」

「だから、長内の血は穢れていった……」

 長内の家を食い潰した男は、穢れた血の末路だろうか。

「青葉のおばあさんは、呪われた家と結婚することを拒んだのね」

「そういうことや。呪われた理由も、かつての長内当主が悪いことしたせいらしいけん、自業自得やな」

 自分の家のことなのに怒った様子も哀しむ様子も見せず、蘇芳はひたすらに淡々と話し続ける。

「あんたが俺を怖いと感じるのは、俺が呪われた血を持つせいや。あんた、霊力あるんやろ? 呪いを感じるんやろ」

「でも、それだったらどうして青葉は平気なの? 青葉の方が、霊力強いのに」

「青葉は双神や。そして、俺も双神の傍系や。……そのせいか知らんけど、最近双神にも同じ呪いが現れとるやろ」

 そこで、小町ははっと気付いた。

 双神家には二代に渡って、男児しか生まれていないのだ。光枝の子供は、総一郎と宗次の息子二人。それぞれの子供もまた、息子だ。

「これが呪い……なの?」

「呪いや。青葉は俺と同じ呪い持っとるけん、俺に何も感じんのやろ。多分、長内にかかってるのよりは弱いけん、あんたも感じんのやろけど。……双神にとって、女児が生まれへんのは死活問題や。青葉みたいに霊力の強い男が生まれるんは、双神家でもそんなに多いことやないらしいけん」

「そうなの?」

 聞き返しかけたが、皆が青葉は特別だと口を揃えて言っていたことを思い出す。そんな青葉でも、巫女を務めるのは大変なのだ。

「青葉の親父や叔父みたいに、霊力を全く持たん男児が生まれ続けたら、双神は終わってまう」

「そんな――……」

 小町は思わず、手で口を覆った。

 カザヒとミナツチの姿が、脳裏に浮かぶ。

「何とか、呪いを解く方法はないの?」

「あるんやったら、もうやっとるやろ」

 それもそうだと、小町は渋々引き下がった。

「何で、泣くんや?」

 指摘され、小町は自分が泣いていることに気付く。

「私、神さまたち大好きだから……哀しくて」

 こんな自分を受け入れてくれた双つ神。彼らがいなければ、今日の自分はなかっただろう。

「あんたも、巫女なんか?」

「いえ、私はちょっと霊力があるだけだと思う」

「そうか? 普通の奴で、そこまで霊力強いんも珍しいで。おじいも、だけん間違えたんやろ」

 蘇芳は、指で小町の顎を持ち上げた。

「しかもあんた、負の霊力やな。俺に過剰反応示すんも、両方が負の霊力やけんか?」

「……負?」

 しかし、思い当たる節があった。かつて自分が生み出した陰。あれを負と言わず、何と言うのだろうか。

「双神には、悪影響やろな。双神だけやない。青葉にも、悪影響や」

 蘇芳にそう告げられて、小町は怯みながらも言い返した。

「そんなこと、青葉は何も言わなかったわ!」

「青葉は優しいけん、言わんだけやろ」

 蘇芳の言葉を、否定できない。たしかに青葉は優しい。小町のことを思って、真実を言わない可能性がある。

(私が……双神家に悪影響……?)

 心の中で呟いた途端、苦しみが小町を襲った。

 混乱して頭を抱える小町の肩を、軽く蘇芳が叩く。

「大丈夫か?」

「大丈夫なわけないわ! 何で……こんな……もう、二度とあそこに帰れない!」

(やっと見付けたと思った居場所を、私はずっと穢していた?)

「俺は本当のことしか言っとらん。あんたは本当に、双神の害や」

 蘇芳の顔が、引き歪む。

「俺が呪われていることを、再自覚させよって。同じくらい、呪われた存在のくせに!」

 彼は、ずっと怒っていたのだろう。小町があの拒絶反応を示したことを。

 彼が持っていた傷を、小町は抉ってしまったのだ。

「ごめんなさい……」

「謝って済むか!」

 怒鳴られて胸倉を掴まれる。振り上げられた拳を見た瞬間、本能的な恐怖が小町を支配し、ガタガタと体が震えてしまった。

「青葉……」

「青葉は助けてくれんよ。俺は、お前みたいな女が一番嫌いや。他人に頼って、そのくせ偽善者面して他人を傷付ける。一番嫌いな人種や」

 蘇芳はおかしそうに、笑った。

「カザヒさん……ミナツチさん……」

 小町がそう呟いた時、小町の体から光が放たれた。双つ神が、小町に授けてくれた〝守り〟だ。

 蘇芳が目を押さえて悶えている隙に、小町は立ち上がって走り、長内の家から転がり出たのだった。



 振り返りもせず、ひたすらに走り続けた。途中で靴が脱げても、走り続けた。足の裏が石で裂けても、小町は足を止めなかった。

 よろよろ走り続けていると、急に目の前が明るくなった。

「――小町」

 懐中電灯を持った青葉と、双つ神がそこにいた。

「どしたん? 神さんたちが、小町に施した守りが発動したって言うけん、捜しにきたんよ」

「青葉……」

 安心して、涙が出る。

 けれど、自分から青葉に近付くことはできなかった。

「小町?」

 青葉は眉をひそめて小町に近付き、彼女の酷い有様に気付く。

「靴、脱げとる。ああ、血出とるやん! ……一体、どしたんよ」

 答えない小町に痺れを切らし、青葉は小町の手を引いた。

「ともかく、帰るよ?」

 声をかけられ、小町は小さく頷いた。

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