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第四話 のろいいし
よん
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蘇芳は、祖父の様子がおかしいことに気付いた。
「おじい?」
蘇芳の言葉にも反応せず、祖父はぶつぶつ呟きながら石を撫で回していた。
「また、呪いとかやっとんちゃうやろな!」
舌打ちして石を取り上げるが、そこには何も書かれていなかった。
「……おじい?」
静かな表情の祖父に寒気を覚え、蘇芳は屈んで視線を合わせる。濁った目が、孫を射る。
「復讐じゃ。双神に復讐するぞ」
「――やめとけ」
「できる。今なら、できる」
祖父の声は狂気を帯びてはいたが、ひどく冷静だった。
「双神に手を出すな。俺らに返ってくるだけや。大体、青葉たちはようしてくれとるやろ。村八分に遭わんの、誰のおかげやと思っとる」
長内は呪われた家。そのため村八分の対象となりかけたこともあるが、双神が今まで通り接してくれているから、村人は長内をそういう対象として見ないのだ。
「双神が、わしらによくするのは当然じゃ。長内がおらんかったら、双神は続かんかった。わしらが、双神を守ってたけん」
「今更、言うてもしゃあないやろ。呪いを浴びたんやけん、俺らはもう元に戻れん」
蘇芳の諦めたような口調に、祖父は憤りを露わにして立ち上がった。
「長内を継ぐ奴が、そいなこと言っとってどないする!」
お前のせいで更に呪いを浴びたんやけんしゃあないやろ、と言いかけて、蘇芳は口をつぐむ。
「まあ、どうせあんたにはもう何の力もないけん、心配はしとらんけど……もう一度言う。双神に手を出すなや」
蘇芳が最後に告げると、祖父は返事もせずに部屋から出ていってしまった。
祖父は、なぜか強い霊力を持って生まれた。もちろん双神の巫女たちに比べれば相当に劣るが、人を呪うくらいの力は持ち合わせていた。
しかし祖父の霊力は、双神を呪った罰として先代の巫女――青葉の祖母によって封じられた。まだ霊や神を見る力はあるらしいが、もう呪うことはできないはずだ。
だから安心して良いとは思いながらも、蘇芳は不安を隠せないでいた。
祖父の霊力が強いのは、双神の血が濃く出たためだと本人は言う。しかし蘇芳は、血の濁りが生み出したものだと思っていた。
(おじいは、歪んどる……)
*
青葉は、レポート用紙を前に苦悩していた。
「あと七枚……って書けるわけないやろ!」
『頑張れ頑張れ』
双つ神は、呑気に応援している。
もうすぐ夏休みだが、その前には怒涛のレポート課題とテストが待っている。
「あああ、明日提出やのに」
『ちゃんと、前もってやっとかんけん悪いんじゃぞ』
青葉の横から、カザヒがレポートを覗き込む。
『青葉は、ぱそこん使わんのか?』
「俺は、パソコンと相性悪いんよ。誰かさんのせいで」
誰かさん、とは当の双つ神のことなのだが、本人たちは気付いていないらしく、きょとんとしている。
「あんたらがパソコンに近付いたら、壊れるやろ」
なぜかは知らないがパソコンと神は相性が悪いらしく、双つ神が近付くとすぐに壊れてしまった。そのため、以前快くパソコンを買ってきてくれた父には悪いことをしたと思っている。
そのため、双神家にはパソコンも携帯電話もない。不便といえば不便だが、壊れるのだから仕方がない。青葉はいつも、レポートを手書きで書いた後、学校のパソコン室にあるパソコンで打ち込み、仕上げることにしていた。
パソコンはともかく、スマホを持っていないと言ったら大学の友人に化石扱いされるのが、青葉の悩みの種であった。
「だけん、パソコンでレポートしとる小町には近付いたらいかんよ。わかった?」
『ほう。それで、お前とこまっちゃんは別々の部屋で〝れぽーと〟しとるんじゃな。なるほどなるほど』
『納得納得』
カザヒとミナツチは謎が解けたのが嬉しいようで、しきりに頷いていた。
「そういうことや。でも、もう小町はレポート全部終わってテスト勉強しとるけん。邪魔したらいかんよ?」
『はいはい』
カザヒとミナツチは同時に返事をする。
「あと、俺のことも邪魔せんとって。つまり、ちょっと黙っといて」
青葉に言われ、カザヒとミナツチは口をつぐんだが、しばらくして、ヨイヨイ踊り出す。
「やかましわ!」
『何も言っとらんじゃろ。踊っとるだけじゃ。なー、ミナツチ』
『んだなー』
「ああもう!」
青葉はため息をついて、立ち上がった。双つ神も、当然のごとく付いていく。
向かったのは、小町の部屋だった。
「小町」
「青葉? 入って良いわよ」
呼びかけて返事が返ってきたので、青葉は襖を開けた。
小町はペンを握ったまま、顔を上げた。
「どうかした?」
「お願いがあるんや!」
青葉は突然、手を合わせる。
「何?」
「神さんたちと、ちょっと遊んだってくれへん? レポート書きたいのに、集中できんくて……」
『何じゃ。わしらを邪魔者みたいに』
『んだ』
カザヒとミナツチは不満そうだ。
「もちろん良いわよ。ちょうど、勉強もひと段落付いたところだし。さあカザヒさん、ミナツチさん。お話ししましょう」
『はーい』
カザヒとミナツチは元気な返事をして、あっという間に青葉から離れてしまった。
「現金なんやけん……。小町、ありがとな」
「いえいえ。レポート頑張ってね」
小町の応援に「ありがと」と手を振り、青葉は小町の部屋を出た。
階段を下りていると、電話の鳴る音が聞こえた。慌てて電話まで走り、取る。
「はい、双神です」
『青葉か?』
蘇芳の声だった。
「蘇芳か。どしたん?」
『まあ、用ってほどでもないんやけど。ちょっと気になることがあってな』
「気になること?」
青葉は、眉をひそめた。
『おじいが、相も変わらず双神を呪う呪う言うてるんやけど、様子が変なんや。えらい、自信持っとるっていうかな』
「自信、なあ」
『俺の勘違いやったらええけど……』
「いや、蘇芳。念のため俺がまた、じいさんとこ訪ねるけん。明日でええか?」
青葉の返事に、蘇芳は安心したようだった。
『ああ、もちろん明日でええよ。すまんな』
「そっちこそ、知らせてくれてありがとな」
『ああ。また明日』
電話が切れてからも、青葉はしばらく考え込んでいた。
まさか封印が破られたのだろうか。いやしかし、双神最強の巫女と言われた祖母の封印が、そう簡単に破られるはずはない。
されど、妙に胸が騒いだ。
*
――来い。
寝る用意をしていると呼ばれた気がして、小町は顔を上げる。
「誰か、いるの……?」
おずおずと、小町は呟く。
――来い。
ただただ、声はそれを繰り返す。
一体誰が呼んでいるのか、と小町は眉をひそめ、そっと部屋を出る。
「青葉」
青葉の部屋まで行って声をかけたが、青葉の返事はない。襖を開けると、机に突っ伏して眠っている青葉が見えた。おそらく、レポートを書いている途中で眠ってしまったのだろう。
双つ神も、青葉の肩に仲良く乗って眠っている。
(青葉や神さまが呼んだわけじゃないのね)
だとしたら、あの不思議な声は誰のものだろう。何となく蘇芳を思い出して、小町は身震いした。
――来い。
身が総毛立つほど強い声がして、小町は膝を付いた。
頭が痛い――。
うずくまっていても、気分は一向にましにならない。そこで、小町は悟った。行くしかないと。
よろよろと立ち上がり、階下に向かう。声に導かれるように。
家を出てすぐ、目に入ったのは蘇芳の祖父だ。
頭の痛みがやみ、小町ははっきりした口調で問う。
「私を呼んだのは、あなた?」
にやりと、老人は笑う。
「巫女。こちらへ来い」
「何を言ってるの?」
動こうとしない小町の腕を、老人は掴む。思ったより強い力に、小町は悲鳴をあげそうになった。
「長内の呪いを解いて欲しいんや」
「呪い……を?」
小町は目を見開いた。
「あんたになら、解ける。来てくれんか」
「え……でも」
小町は逡巡した。脳裏に、蘇芳の顔が浮かぶ。もし本当に自分が呪いを解いてやれるというのなら、協力しても良い気がした。
「本当、なんですか?」
「本当や。あんたは、わしの封印を解いた。ただ、近付くだけで」
「封印を、解いた?」
小町は老人が何を言っているのか、皆目理解できなかった。
「だけん、呪いも解けるはずや。協力してくれんか」
「――よく、わからないわ」
「ええけん、来てくれたら……」
ふと老人は空を仰ぎ、首を振った。
「曇っとるな。せやったら、明日や。約束し」
「約束を?」
「わしに〝力を貸す〟と、繰り返せ」
老人に強く手首を掴まれ、小町は繰り返した。
「〝あなたに……力を貸す〟」
途端に、舌がぴりりと痺れた。
「明日、迎えにくる。呼んだらすぐ来いや」
そう言い残して、蘇芳の祖父は去った。
(……何だったの……?)
全身に酷い疲労感を覚え、小町は部屋に帰ってすぐに眠り込んでしまった。
小町が起きてきた時にはもう、青葉は玄関にいた。寝坊したのか、やけに慌てている。
「あ、青葉。おはよう」
「おはよ小町! 小町は三限からやろ? 俺、今日一限休めんけん、もう行くよ! ちゃんと、一人で行けるな?」
昨日のことを言わなくてはと思ったが、青葉が慌てて靴を履きながら小町にまくしたててきたので、とても言い出せなかった。
「え、ええ。私、今日の三限は休講だから、一日休みよ」
それに子供じゃないんだから一人で行けるわよ、と苦笑して付け加えておいた。青葉は心配性すぎるのだ。
「せやったら良かった! いってきます!」
青葉は振り返ることなく、行ってしまった。
『面白そうじゃけん、付いてこ。行くえ、ミナツチ』
『んだ。こまっちゃん、留守番よろしゅうな』
双つ神も、ふよふよと青葉の後を付いていく。
小町は青葉たちの背を見送り、ため息をついた。結局話せなかったが、青葉が帰ってきてから、話せば良い。
そうして、小町は朝ごはんの匂いに釣られて家の中に戻ったのだった。
自室で、ドイツ語の勉強をしている時、またあの声が響いた。
――来い。
もうすぐ夕方だが、まだ青葉は帰ってきていない。青葉に話すまでは行ってはならないと、本能が警鐘を鳴らす。
――来い。力を貸せ。
しかし、その言葉が繰り返されると共に、小町は激しい頭痛に見舞われた。
(まさか、あの約束……?)
頭を押さえてうずくまりたかったが、小町の手足は意に反して動き、立ち上がって部屋を出た。
長内老人は、昨日のように外で待っていた。老人に続いて、小町はふらつく足で歩く。
「どこまで行くの?」
「……墓まで」
小町の質問に、老人は淡々と答える。
夕方とはいえ、暑さはやわらいでいない。ひたすら歩き続けるのは、楽な仕事ではなかった。
老人は林の中へと入っていき、小町がためらっていると振り返って叫んだ。
「力を貸しに、入ってこい!」
「……はい」
抵抗できない力によって、小町の足はのろのろと動く。
〝力を貸す〟と繰り返したことを、小町は心底後悔し始めていた。
(あの言霊が、私を縛っているんだわ……)
小町ができるだけ遅く進もうとしたため、目的地に着いた時にはもう日が暮れてしまっていた。空に、月が架かっている。
「これや」
老人が示したのは、岩だった。いや、原始的な墓石にも見える。
「長内を呪うた女の、墓や」
説明を聞いて、小町の肌が粟立つ。
「長内を呪って呪って、死んでった。今も、土の下から呪詛が聞こえる……」
老人は小町を振り向く。
「骨になってまで呪い続ける女を、双神の巫女は封じた。もちろん、呪いはこうして残っとるわけやけど」
老人は自分の手を見下ろし、大きなため息をついた。
「だけん、一度女の霊魂を解放してから、霊魂を消して欲しいんや」
「何ですって?」
小町は絶句する。
「でも、そんなの私どうすれば良いかわからないわ。それに、すごく危険に思える……。私じゃなく、青葉に頼んでください。青葉なら、ちゃんとしてくれるわ」
「双神の巫女が、そんな危険な方法を承知するわけないやろ。だけん、わしはあんたに頼んどるんや。〝力を貸せ〟!」
強く叫ばれ、小町は四肢を震わせた。
「いや……」
「わしが、あんたの霊力を引き出したるけん、心配せんでええ。しかし、あんたのは鋭い霊力やな。……ほんまに」
急に不思議そうな顔で、老人は小町を見やる。
「あんたの霊力は、何で封じられたんやろな」
「封じ……られたって?」
小町の問いに答えることなく、老人は小町の肩に手を置いた。
「〝力を貸せ〟」
「ひっ……」
途端、自分の体から何かが噴き出すような心地がして、小町は息を呑む。
老人は右手を小町の肩に置いたまま、もう片方の手を石に当てる。
墓石と長内の老人と小町とが、つながる。
「やめて――」
体の奥で、何かが迸った。
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