わしらはかみさま

水村鳴花

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第六話 たつのかみ

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 医師の言葉に、一同は驚愕した。

「妊娠していらっしゃいますね」

 当の小町は、病院のベッドで眠っている。

「では、また来ます」

 医師は一旦、病室を出ていってしまった。

『これが、わしの言いかけたことやった。多分な、神がこまっちゃんを認めんかった印が、これなんちゃうやろか』

 ミナツチの一言に、皆は顔を見合わせる。

「つまり、妊娠が印?」

『せや。目に見える痣とか刺青やなく、こういう症状のこと言っとったんちゃうん?』

「なるほどな」

 ミナツチに、青葉は頷きかける。

『食い破るってのも、比喩じゃな? 神は〝子供として〟こまっちゃんの体から出るんじゃな』

 カザヒがゆううつそうに、推測を述べた。

「つまり、こまっちゃんのお腹におるんは、神さんってことか」

 穂波の言葉は、静かな病室に、やけにくっきりと響いた。



 青葉は、小町が目覚めるまで椅子に座って付き添っていた。

 ふっ、と小町が目を開ける。

「青葉……?」

「起きたんな。気分はどうや」

 小町の髪を撫で、優しく問いかける。

「……よく、わからない。……青葉」

 小町は横たわったまま、青葉を見上げた。

「私、死ぬの?」

 青葉は答えられなかった。この前、聞かれた時は、死なせないと請け負ったのに……。

「正直に言って」

「今、方法捜しとるけん。穂波が一旦大阪帰って、探し回ってくれるって。ここらは、資料が少ないけんな」

 淡々と説明し、青葉は後ろを振り返る。双つ神はいつの間にか、いなくなっていた。

「私はどうして、倒れたの?」

「……小町、妊娠してしもたらしい」

「ええ!?」

 小町は驚いたように、起き上がった。

「小町の中におった神さんが、小町の中から出よう思て……ここに宿ったんやと」

 青葉はそっと、小町の下腹部に触れた。

「…………何だか、恐ろしい話ね」

 小町は泣きそうな顔になった。

「その衝撃で倒れてしもたんやろ」

「神さまを産んだら、私はどうなるのかしら……」

 青葉が表情を強張らせると、小町は哀しそうに微笑んだ。

「死ぬのね……」

「…………せや」

 目を伏せ、小さな声で肯定する。

「何としても、止めるけん」

「どうして、こうなっちゃったのかしらね」

 小町は青葉の言ったことを聞いていないのか、謳うように呟く。

「どうして、生きることすら許されないのかしらね――」

 小町の肩が震え、涙が落ちる。ぐらついた体を青葉が抱きとめたが、妙な感じがした。

「青葉、帰って……」

「何でな」

「もう、押さえられない……」

 封印が解けてきたのかと思い、青葉は声を張り上げる。

「カザヒさん、ミナツチさん!」

「だめ! お願い、今すぐ帰って! 多分、青葉の霊力で活性化してるのよ。帰ってくれたら、また収まると思うわ」

 小町が腹を押さえて悲痛に叫ぶ光景はあまりに痛々しくて、青葉はすぐに動けなかった。

「帰ってよ! お願いって言ってるでしょう!」

「……わかった」

 カザヒとミナツチが現れないことが、小町が正しいという何よりの証拠だった。

 青葉は急いで病室を出て、戸を閉めた。そして、戸に背を付け、ずるずると座り込む。

 戸越しに泣き声が聞こえ、青葉は両手で顔を覆った。



 眠れないだろうと思いながらも、青葉は布団に入る。

『青葉』

 カザヒとミナツチが、暗い部屋の中に浮かび上がる。

「二人共……どこ行っとったん」

『わしらも、捜しとったんじゃ。色々、聞きまわってみたぞ』

 カザヒは、青葉の近くに舞い降りた。

 他の神々にでも、聞いたのだろうか。青葉は起き上がり、姿勢を正した。

『内におる神は、体におることも確かじゃが、それより心に深くつながっとる』

『んだ。だけん、神を消したら心ごと砕ける可能性がある』

 カザヒの説明に、ミナツチが付け加えた。

「何……やて……」

 青葉はそれだけ、絞り出すように言った。

『しかも、神を消すには本人の覚悟がないといかん。心ごと消すんじゃけん』

「カザヒさん、ちょっと待ってや!」

 青葉は思わず、声を荒らげてしまった。

「他に方法はないんな!?」

『……残念じゃけど』

『他には、あらへん』

 カザヒもミナツチも、落ち込んだように、うつむいた。

 死ぬか、心が消えるか。そんなに酷い選択肢しか、小町には残されていないのだろうか――。

『心は神ごと砕け散って、散らばる。じゃけん、戻る可能性がないこともない。記憶が後から戻る確率もあるけん。じゃけど、もう一度今の〝佐倉小町〟になるって保証は、どこにもないんじゃ』

 カザヒの説明を受け、青葉は黙り込んだ。重苦しい沈黙が、その場に満ちる。

「何で……何で、小町がこいな目に遭わないかんのや……」

 せっかく傷を癒して、ここで生きていくと決めたのに。

 運命は非情に、小町を引きずり落とそうとする。

『こまっちゃんは、傷付きすぎたんかもしれんのう。その哀しみが、神を一層歪めてしまったんかもしれん』

『全部、つながっとったんやな』

 哀しそうにカザヒとミナツチは呟き、青葉を残して消えた。

 あまりの衝撃に動けないまま、青葉はぼんやりと思う。

(何で、助けてやれんのや……)

 ここに来なければ、小町の内に眠る神は大人しいままだったのだろうか。封印が破けることもなかったのだろうか。陰を消したのは、間違いだったのだろうか。

「小町……」

 思わず名を呼んだその時、襖が開いた。

「青葉」

 青葉は目を疑ったが、そこにいたのは紛れもなく小町であった。

「小町? 病院、どしたんな」

 いぶかりながらも、青葉は立ち上がり、小町に近寄ろうとしたが……

『いかん! 青葉、それはこまっちゃんやない!』

『離れ!』

 カザヒとミナツチの声で我に返った時には、もう遅かった。白い手は青葉の額に当てられていた。

「双神の巫女……その霊力もらうぞ」

 薄く笑う小町は、小町であって小町でなかった。

 青葉が詠唱を紡いだ時と、その場に蒼い光が満ちたのは同時だった。







 倒れた青葉を見下ろし、小町に宿る龍神は声高く笑った。
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