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mission 1 俺たち、観光大使じゃない冒険者!

裏社会の情報屋にご案内~!

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side-アーチ 2

デュエルたちと別れた後、オレは一度宿に戻ってあるものを取ってくると足取りも軽く薄暗い路地に向かった。当然だが、こんなヤバげな場所に来る観光客もいるはずねぇわな。途中にあるスラムでは浮浪者や汚ねぇカッコしたガキがウロついて、ヤバげな雰囲気に拍車をかけていた。実はそいつらも、盗賊ギルド子飼いの情報源だったりするんだぜ。そしてその一角に、目的の場所はあった。一見すれば閉店寸前の薄汚ねェ雑貨屋だが、入り口の男に合言葉という呪文をかければあら不思議。地下への階段が現れるって寸法よ。そこから先はもう、裏社会のパラダイス! 階段の先で刺青だらけの荒くれ男や色っぽい女狐とすれ違い、その奥にある『情報屋』の扉がオレを待っていた。怪しいピンクのペンキで殴り書きされた文字は『小悪魔の部屋』とある。ここの主の二つ名だ。
「ようティンク! 久し振りだな!」
 勝手知ったる盗賊ギルド。建てつけ悪りィ扉を蹴破る勢いのオレの挨拶に、奥から小柄な人影が姿を見せた。
「アーチ…アンタぐらいよ、情報部門の幹部であるあたしの部屋にノックのひとつもしないで入って来るのは。レディの部屋だってわかってるの?」
 悪態とともに出てきたのは、自称レディの童女だった。派手なピンクに染めた長い髪をツインテールに結って、見た目はどう見ても十代前半。ちんちくりんで緑のタレ目じゃ、幹部らしき威厳なんぞカケラもねぇ。だが彼女は、紛れもなくギルドの幹部だ。この姿はオレがこの街に来て初めて出会った時から、全く変わっちゃいねぇ。不老不死の秘薬を飲んだともエルフ族の血を引いているとも噂されているが、どうも真相は後者のようだとよ。成長期に突然時を止めた身体を嘆くことなく、その見た目を最大限に生かした道を彼女は選んだ。つまりは、盗賊ギルドの情報屋だ。大抵の奴はこの幼い見た目に油断して、重大な秘密をうっかりと漏らしちまう。それをすかさず拾い集めてギルドに報告することでのし上がってきたわけだ。ちなみに彼女の本当の年を聞くことは、ギルド最大の禁忌らしく、そのせいでうっかり消された奴もいるとかいないとか…ああおっかねぇ!
「堅ェこと言うなよ。せっかく土産もあるんだからよ、茶でも入れてくれや。ああ、ついでに皿もな」
 オレがもったいぶって中身を見せた紙袋には、ウチの料理長が腕をふるった特製スイーツが入っている。幹部サマが最近、こっそりと部下に買って来させるほどご贔屓にしていることを知ってのことさ。一度宿に帰ったのは、こっそりとこいつを取って来るのが目的だったからよ。仕方ねぇだろ? こちとらこんな商売だ、相手の情報は最大限に利用しとかねぇとな。
「そ、それは…行列必至の『白銀の戦斧亭』特製・季節限定フルーツタルト!?」
 案の定、ティンクは目の色変えるといそいそと茶の準備をし始めた。よ~く見りゃこっそりとヨダレ拭いてやんの。へへ、チョロいぜ!
「で、今日は何なの? アンタが手土産持参って珍しいじゃないの。仕事がらみ?」
 茶を淹れる手を止めることなく、ティンクは振り返る。さすがに器用だなこいつ。
「話が早ェな、助かるぜ。ちっとばかし聞きてぇことがあってよ?  ここニ~三日中で、闇市に出た商品の中に、装飾の豪華な短剣が出たって話はあるか?」
「アンタね、闇市に毎日、どんだけの品数が流れてると思ってんのよ? まさかそれ、知らないわけじゃないでしょうね? 一日に限定したって、荷車数台ぶんよ?」
「オレが聞きてぇのは、ンなザコ商品じゃねぇよ。週イチのペースであるんだろ? 後ろ暗ーい大金持ち相手の、ヤバ~い裏オークションがよ」
 そこでティンクは茶が入ったカップを持って戻ってきた。ほほう、この香り。結構いい茶葉使ってやがるな? ティンクはさっさと座り込むと紙袋から出した果物てんこ盛りタルトに目を輝かせた。一口パクつくと、一瞬だけ年相応に見える幸せそうな顔して「やっぱ白銀亭のスイーツに限るわ~」と小声で漏らした。直後、我に帰ったのか真顔に戻る。情報屋の顔だ。
「ふ、ふーン。アンタも命知らずね、裏オークションの品物に手を出すなんてさ。正直言って、オススメできないわよ?」
 闇市の中でも特にヤバい品が扱われるというのが、件の裏オークション。決して表に出せねぇ禁制品や危険物…聞いた話じゃ人身売買もあったっていうから驚きだ。とんでもねぇ額が飛び交う上に、叩けばいっくらでもホコリが出る類の大金持ちが大いに絡むってんで関わり合いになりたくねぇってのが本音なんだがね。今回の賊は保護店に盗みに行った割には、他のものが全く手付かずだって点が引っかかった。こいつは明らかに一点狙いの盗みだ。売るにしたってンな品なんざ、一般の闇市なんかで売るはずもねぇ。他の目的でもなきゃ、裏オークションにかけるだけの価値があると踏んでのことだったと考えるのが自然だ。ただもしそれが『売ること前提で』盗んだってことならだがね?
「おいおい、人の話は最後まで聞けよな? 誰が手ェ出すって言ったよ? オレが来たのは確認のためさ」
「確認?」
「ああ、そうさ。広場通りの繁華街にある武器屋って知ってるだろ? 保護扱いになってるその店に、わざわざ盗みに入ったバカがいやがるらしいんで、調査依頼が舞いこんできちまった。まあオメーなら、当然耳に入ってんだろ?」
 ティンクは香茶を一口飲むと、渋~い顔してため息をついた。話しにくいって顔だな。まあいいや。いつの間にか空になった彼女の皿を見て、オレは自分の前に置かれた手付かずのタルトを情報量の追加とばかりに無言でティンクに押しやる。すると少しばかり彼女は饒舌になった。
「…まあ、一通りはね。犯人もギルドで捕まえてるんだけど、どうも証言が要領を得なくって。肝心の盗品も行方が分からないし、手がかりすら見つからない有様よ。掟破りには見せしめとしての懲罰を行わないと、こっちとしても示しがつかないってのに。なんでわざわざ、保護扱いの店に盗みになんか入っちゃうのよ…。信用問題だわ。カラスさんにどう報告すりゃイイの?」
 ここでいう『カラスさん』ってのは、ここのギルドのトップのことだ。『見えざる鴉』って二つ名を持つそうだが、どんな奴なのか正体を知ってる奴はごくわずか。一応の幹部候補生であるオレですら知らされちゃいねぇが、知らずとも仕事はできるってことで特に気にしちゃいねぇがよ。ともかく犯人が捕まってるってのは、話が早くてありがたい。あとでちょーっとお話しさせてもらやイイんだからよ。オレは茶を一口飲んで話題を戻す。うん、マジでイイ茶だ。
「まあそういうわけで、なんか情報がねぇか頼ってみたわけなんだよな」
「…悪いんだけど掟だから裏オークションの内容は言えないけどね、少なくとも豪華な装飾付きの短剣が出たって話は聞かなかった。オークションについて言えるのは、ギリギリここまで」
「ああ、充分だ」
 カップを干して立ち上がろうとしたオレをティンクが引き止める。
「まあフルーツタルト二つぶんのお礼にはちょっと足りないから、サービスでもう一つ情報をあげるわ。関係あるか分からないけど、最近の観光客ラッシュに紛れて『帝国』の連中がエルダードに紛れ込んでるみたいよ。ロクでもない目的なのは間違いないわね」
「帝国ってあのマジョーレ帝国が? なんだってこんな平和ボケした観光地に?」
 マジョーレ帝国とは、子供でも知ってる軍事大国だ。昔から周辺諸国に侵略戦争を繰り返し、勢力を伸ばしてきたために小国群にとっては結構な脅威となってるらしい。こういうことは、元傭兵のデュエルの方が詳しいはずだ。しかし、最近おとなしかったから国土拡大に飽きたと思われてたんだけどな。
 さらに引き止めるためにか、オレのカップには香茶のお代わりが注がれた。差し出された砂糖とミルクを断ると、ティンクに続きを促す。
「観光客誘致が目的じゃないことは確かね。ホント、イイ加減にして欲しいわ。こっちは自分のテリトリーを荒らされたくないのよね。もうそろそろ、自分の国土だけで満足して欲しいわ。せめて連中の情報か目的をつかめれば、すっごく楽なんでしょうけどね? 噂じゃ、有能な奴を狙ってるらしいけど」
 つらつらと愚痴を吐き出した挙句、ティンクは意味ありげにオレを横目で見る。ああ、そういうわけね?
「それができねぇから、近隣の小国群に『悪の帝国』なんて呼ばれてんだろ? まあ、ツワモノ揃いのエルダードに手を出せるもんなら出してみな、だけどな。まー、帝国原産のスカウトマンなら、上手くすりゃ炙り出せるんじゃねぇの?」
ニヤリと笑うオレの答えに向かって、これ見よがしにため息をつくティンク。
「あたしら穏便な盗賊と違ってあんたら冒険者は、血の気が多い連中が揃ってるもんねェ。例えていうなら、アンタんとこのリーダーが最もヤバい奴の筆頭なんじゃないの? そんな連中にスカウトでもされたらたまったもんじゃないわ」
 意味ありげに話題を振るが、オレは鼻先で笑い飛ばした。
「デュエルのことか? 確かにあいつの強さはヤバいが、オレと違って人間ができすぎてるからな。奴はンなチンケな誘いに乗るタマじゃねェよ。しかしナンパひとつしたことねぇって、何が人生の楽しみなんだろうな?」
 ティンクは答えず、ただクスクスとちいさく笑い声を立てる。無邪気な少女の姿なのに、こんな時だけは妙に妖艶に見えるから不思議だ。…デュエルもそうだが、こいつの人生の楽しみってのも謎だよなぁ…。成長途上で年齢を止めてしまった身体が恨めしいだろうに。せめてもう少し育ってりゃ、マトモに大人として扱われてただろうによ…。いかんいかん、仕事の話だったな。オレは話題を無理やり引き戻した。
「そういや、犯人は捕まったんだよな? ちっと尋問してもイイか?」
 その一言に笑みをしまい込むと、情報屋の顔に戻って彼女はうなづいた。


「オメーが保護扱いの店に盗みになんか入ったバカか。悪りぃけどちっとだけ、話聞かせてくれや」
 ここはギルドの懲罰房。なんの臭いか考えたくもねぇが、どこか饐えたような酸っぱい臭いが満ちている。地下深いだけに真っ暗な中で、蝋燭の灯りが不気味さを上塗りしている。イイ演出だよな、ホントによ。
  ラッキーなことに頑丈な石造りの檻の前にいた見張りは、ギルドでちょっとした顔見知りだ。おかげでしばらく人払いしてもらえるぜ。オレは努めて表面上、にこやかにしながらごっつい檻に近づいた。
 檻の中にいた男は、痩せて傷だらけだった。どうやらギルドの荒っぽい連中に、すでに軽く拷問付きで尋問されちまってるらしい。久々に聞く見張り以外の声が懐かしいようで、その男は檻に縋るようにしてこっちを見上げる。
「もしかして…アーチボルトさん? やっぱり、アーチボルトさんだ!」
 そいつは檻の中から手を伸ばして訴えかけてきた。よく見りゃこいつ、見覚えがある。確か、後輩なんだがスゲー優秀な鍵師として世話になった男だ。だいぶ昔、遺跡から持ち帰ったお宝の鍵が複雑すぎて、当時としてはお手上げだったんだが、鍵についてだけはマジでイイ腕の持ち主ってことでギルドで紹介された。こいつの腕は本当に本物だった。しかも盗賊にしとくには惜しいぐれぇのできた奴で「イイ経験になりました」の一言で礼も受け取らずに帰っちまった。何でも代々鍵師の実家が没落して、技術を極めるそのためだけに盗賊ギルドに入ってきたっつー変わり種だったからよく覚えてるぜ。
「よく見りゃ…オメー、マイルズか? 前に世話ンなった、イイ腕した鍵師の?」
 なんてこった。よりにもよって犯人が顔見知りとは! こいつにゃ昔に少なからず借りがある。蝋燭の灯りだけでは分かりづらかったが、確かにマイルズだ。
「アーチボルトさん! 俺、俺は何もわからないんだ! あの武器屋の前を通りかかって、気が遠くなったかと思ったら…気がついたらここにいたんだ…。なあ、信じてくれよ! もうここにいるのも尋問されるのもたくさんなんだ! 頼むよ…信じてくれよ…頼むよ…」
 おいおい…こんな状態になるまで尋問したのかよ…! 
「何があったか、一から話しちゃくれねぇか? 悪いようにはしねぇからよ」
 ふと見ると、拷問されたにもかかわらず腕だけが無傷なことに気づいた。こりゃ…拷問ではなく単に看守の憂さ晴らしっぽいな。同時に腕の良さを認められている証拠だ。
 彼の話はこうだ。ギルドの帰り道で例の武器屋のそばを通った際に『何か』の声を聞いたんだとよ。その時点で危険かどうかの判断力も失われており、なす術もなかったそうだ。そこから先の記憶は完全に抜け落ち、気がつきゃギルドの懲罰房ってわけだ。
 なんだそりゃ?
 ティンクが渋い顔するのもわかる気がする。ンなあやふやな証言じゃ、信憑性もクソもねぇ。下手すりゃ共犯者に短剣を託して、助けが来るまでの時間稼ぎでもしていると思われかねん。こんな報告、誰にすりゃイイんだかなぁ…。
 だが、他のやつならともかくこいつはオレと違って人間が出来すぎてるマイルズなんだ。オレと違って嘘のつけねぇマイルズなんだ。話し終えて鼻をすすり青くなって震えるその姿に、柄にもなく助けてやりたくなってきやがった。
「あ、あの…俺、まさか腕を切られたりするのか? なあ、助けてくれよ…記憶にないことで死にたくない!」
 制裁の厳しさを知ってる者の言葉だ。オレは奴の手を取り言ってやった。
「少しばかりの辛抱だ。今、オレらがこの件を調べてるとこだ。本来なら事実関係が明らかになるまで制裁は下されねぇはずなんだからよ。アンタは腕のいい鍵師だから、ギルドもそう簡単には手放せねぇはずなんだ。くれぐれも、ヤケを起こすなよ? 」
 深々と頭を下げるマイルズに、今はどうにも出来ねぇ自分にムカつく。スッキリしねぇから…助け舟だしてやるか。
 オレは遠ざけていた見張りを呼び戻した後、そばにいた位の高そうな番人を呼び止める。神経質そうなやつだが、こういうタイプの方が却って扱いやすいんだぜ?
「なあなあ、ちっとばかしイイか?」
 怪訝そうに振り返る番人に、オレは笑って手を振る。そこから反論を許さねぇ勢いでまくし立てた。
「どうもこのヤマ、魔術絡みっぽいんだよな。ちょうどオレの仲間にそっち方面詳しい奴がいるから、しばらく調査は任せてくんねぇ? 結果出るまで尋問や拷問も控えてやってくれよ。こいつがここで捕まってること、内密にしてェだろ?」
 思った通り、番人は食いついてきやがった。
「脅迫するつもりか、この盗賊ギルドを?」
「まっさかァ! オレ、どんだけ大それたことをするって思ってんの?  しかもエリート真っしぐらのアンタと違ってオレ、しがない下っ端なんだぜ? だがなあ…知ってると思うが、すでに自警団は動いてる。こっち側の事情を悟られねぇようにするのも、大変なのよ。…アンタが有能だっていう噂は聞いてるぜ? だからこそ、あんたにしか言えなかったんだよな…頼めるよな?」
 最後の一言は、質問じゃなくて確認だ。こういう奴は、適当にプライドくすぐって持ち上げてやれば大抵の場合は上手くいく。その予想通り、もったいぶった咳払いの後で尋問中止の確約は得られた。ついでに、鍵師に気まぐれな虐待を加えた奴を厳罰に処するともな。へへ、やっぱオレ様有能♪
 おっといけねえ、そろそろ合流する時間ギリギリだ。あいつらもなんか収穫あったんだろうな? オレは早足で待ち合わせ場所に向かった。この情報がどんな役に立つかは知らねぇが、他の連中の情報と合わせて初めて見えてくるものもあるだろうぜ。
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