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mission 1 俺たち、観光大使じゃない冒険者!

知識の森の賢者

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side-ラスファ 1

 押し寄せる人波に逆らい、私はなんとか小走りで通りを抜ける。だが、急ぎ足で進めたのもここまで。広い通りに出た途端、多すぎる観光客の群れに足止めを食らってしまった。仕方ない、ここからは近道を急ぐか。
 デュエルたちと別行動を取り、私はその足で『賢者の院』に向かった。どうも気になるのだ。あの金庫の中に残っていた魔力の残滓がはっきりしすぎている。具体的に言えば、短剣の形状がうっすらと見えたほどに。あれはどう見てもただの装飾剣じゃない。なんらかの目的を持って盗まれたものと断言できる。そのため、短剣の出どころや持ち主の情報から絞っていく方が確実と考えたのだ。上手くすれば、盗んだ犯人の目的までたどり着けるかもしれない。
 近道に通りかかった異民族街はエルダードの中でも最も古くから移住が進められた一角だそうだ。確かに他の小国に比べて、異種族が身を寄せるのに適した環境ではある。遺跡に寄り添うように建つ歴史を感じさせる建物には、何処と無く懐かしさが滲み出ていた。おそらく、それぞれの故郷を模した建築法に基づいているせいだろう。ここでは誰はばかることなくドワーフ族や獣人族の子供たちが伸び伸びと走り回り、そしてほんのわずかにエルフ族の姿も見られた。
 これまでは閑静な住宅地だったのだろうがしかし、ここにも観光地化の波は押し寄せているらしい。こんなところにまで観光客の姿がかなりの数見受けられ、異民族街最大の混雑ぶりを見せていた。どうせ彼らの目的は『異種族を見に行こうツアー』とかいう奴なんだろう。見世物扱いされる方からしてみれば、たまったものではない。私は無意識に特徴的な細長い耳を隠したバンダナに手をやった。こんな所でエルフ族とバレてしまえば、私もたちまち見世物の仲間入りだ。エルフ族がいかに稀少であるか、ここしばらくの観光客騒ぎでイヤになる程思い知っている。下手すれば売られるような時代でないだけ、マシというものだ。
 そこはかとなく身の危険を感じ、さっさと通り抜けようとしたその時だった。
「そこのお兄さん、ちょっとイイかしら?」
  後ろからいきなり肩を叩かれ、不覚にも一瞬ギクリと肩を震わせる。まさか、もうバレたか? 恐る恐る振り返るとそこにいたのは、限界まで着飾った数人の中年婦人の一団だった。よほど観光が楽しいのか、終始頬を染めた華やかな表情でこちらを見ては互いを肘でつつき合っている。全く、楽しんでもらえて大いに結構だな!
 私の内心の動揺もつゆ知らず、リーダーらしい婦人が地図を開いて寄ってきた。どうでもイイが、近い近い。
「ここって、この地図でいうとどの辺りかしら? 迷っちゃってねえ」
 なんだ…また迷子か。観光客の数が増えるにつれ、道を歩けばやたらと女性ばかりに道を聞かれるようになった。自分で言ってて悲しくなるが、よくまあこんな目つき悪い奴に声をかける気になるものだ。
「できれば案内して欲しいのよう。イイかしら?」
「うふふ、熟女のハーレムよお♪」
 勘弁してくれ。
 頭痛をこらえながら、背後の道を指し示す。
「悪いが、急ぎの用がある。この先に観光案内所があるから、道はそっちで聞いてくれ」
 それだけ言い残すと、可能な限りの全力ダッシュでその場を離れた。悪いが、いちいち付き合っていられない。こんなことが続くせいで、下手な案内人よりも観光案内所の位置に詳しくなってしまった自分が少し嫌だ。
 この街の異民族街は、案外広い。それは冒険者の街として、様々な種族が集まってくる比率の高さと直結している。さらにここで家と職を持ち、完全に定住する者も少なくない。その繰り返しの結果『この街で見られない種族はない』とされている。ほぼ事実だ。
 世界中の全人口の半数以上を占める人間の社会に出てくる者の事情は、人それぞれ。どの街においても種族の違いからくる不安で、同族同士が身を寄せ合うように出来ているようだ。
 

 数組の観光客とすれ違い、細い路地を抜けると目的の『賢者の院』は目の前だった。以前、妹に『遅刻しそうな時の近道』として聞いていたことが役に立った。さすがにここに観光客が来ることは稀らしい。今までとは打って変わってひっそりした静けさに安堵する。
  ちなみに左隣の敷地に建つ建物は大地母神神殿と、それに隣接する施療院に当たる。大地母神の使徒は、主に治癒系の神官呪文に特化していることで知られている。冒険者の必須とされている治癒系呪文だが、他の街の一般人には馴染みが薄い上に、病気に効く呪文などは案外少ない。おかげで病気治療には薬草などに頼ることが大きいのだ。そのせいか大きな施療院は大地母神の神殿と、研究施設を兼ねた賢者の院のそばに建てられていることがほとんどだった。ただ、小さな施療院は街のあちこちに点在しているのだが。
 同じように賢者の院と魔術師ギルドは、どこの街でもほぼ同じ敷地内に隣接して建てられている。方向性は違えど『学び舎』としての機能を重視しているためだ。魔術師見習いの学生と賢者の院で学ぶ神官候補生達は、よく机を並べて講義を聞くそうで…例えるなら、同じ学校の学科違いに等しい。建物の外観は双方とも、遠慮がちにツタが絡みついた重厚な石造り。ただし魔術師ギルドは高くそびえる時計塔が目につく印象で、賢者の院は大きな図書館が並んでいる。今回の目的地はここだ。
 調べ物でよく訪れる図書館は荘厳な石造りで、古めかしくツタが絡んだ門を抜けると苔むした不気味な石像の番人が通る者を威圧している。この街に多くある、遺跡を改造した建物だそうだ。
 図書館の扉をくぐると、物音が消えるような錯覚に陥った。外の喧騒が嘘のようだ。古い書物が醸し出す、独特の匂いと雰囲気。不謹慎だがこの先、たまに休ませてもらうのもありかもしれない。
 窓のない壁は、魔術の明かりで照らされていた。重要な資料を扱う場所ということで、書物を傷める日光を遮った上で火気の持ち込みも厳禁となっているためだ。あちこちで書物を漁る学生と、資料を片付ける司書が行き交っている。蔵書量は相当なものらしく、増えた書物が限界に達すると魔術で地下階層を一階分沈めて蔵書スペースを確保するとかしないとか。今では地下書庫の階層もどこまでかわからず、噂では迷宮化している場所もあるという。完全に書物の箇所を把握しているのはただ一人。私は、個人的な知り合いでもある彼の姿を探すことにした。今頃なら多分、受付にいることだろう。
「おや、ラスファさん、お久しぶりですね。今日はどんなレシピをお探しですか?」
 幸い、向こうから見つけてくれたようだ。数少ないエルフ族の知り合いである彼の名はユークリッド。エルダードにおける文字通りの生き字引だ。癖のない長めの黒髪を背に流し、常に穏やかな笑みを絶やさない。ちなみに彼の眼鏡は、書物の検索をする際に使われる魔術具だそうだ。
「悪いが急ぎの仕事でな。聞きたいことがあるんだが、時間はあるか、ユークリッド?」
「ええ、大丈夫ですよ。…それよりそのバンダナ、観光客対策ですか?  せめてここでは取ったらどうです? 窮屈でしょう」
 言うなり彼は、耳を隠したバンダナを解いてしまった。一瞬慌てたが、ここではあまり関係ないことに気づいて彼に倣う。実際、少し窮屈なのも事実だ。この辺りは、同族にしかわからないことだろう。
  ここでは事情は話せないので、とりあえず奥に促した。
「いつ来ても、ここは静かでいい。表の観光客騒ぎが嘘のようだ」
「いえいえ、逆に世間の流れにおいていかれた気分ですよ。外で何が起きているのか、ここの宿舎住まいの僕には届きませんからね。楽しそうで羨ましいですよ。もう少しこの体が丈夫なら、もっと世の中に出ていけるのですが」
 考えてみれば奇妙なことだ。書物という情報を管理しながら、現在の外の情報が入ってこないというのは。だがまあ、彼の場合はその方がいい。彼のような病弱なエルフ族が外で観光客に囲まれでもしたら、それだけで倒れてしまうだろう。
 図書館の片隅にある、人気の少ない場所で大まかな事情を明かした。さらに件の品は、強力な魔力のかかった品ということも。ユークリッドは俯きながらしばらく考えていたが、やがてポツリと尋ねてきた。
「残留魔力でうっすらと見えた形、というのは?」
「ああ、こんな形だ」
 記憶にある限り、できるだけ詳しく図に書いて示す。渡されたそれを見ると、彼は一言キッパリと言い切った。
「ラスファさん…案外、絵は下手ですね」
「放っとけ。で、この紋章に見覚えはないか?」
 うっすらと見える中で、特に重要そうな紋章を中心に覚えた結果だ。まあ、確かに絵は得意ではないが。
「盾の中に交差した二本の剣、ですか?」
「いや、片方は槍だった。紋章だけ見れば元の持ち主は、どこかの武門の出のようだが…」
 ユークリッドはひとつうなづくと、メガネを押し上げ小さく呟く。すなわち、メガネの力を引き出す呪文を。
「『汝が真実、この場に示せ。あるべき姿のそのままに』」
 傍目には、何一つ変わらない。だが、今の彼の視界ではあらゆる言葉と情報が次々と押し寄せていることだろう。膨大な情報が持ち主にもたらされるため、扱いには高い知識と専門性が要求される。以前に好奇心から一度試してみたが、押し寄せる情報量を整理しきれず情報過多でめまいに倒れる羽目に陥った。見た目は地味だが、高度な魔術具なのだ。
「ふむ、こちらですね」
 奥の本棚に向かってしばらく。一冊の本を手に、彼は帰って来た。
「これですね。五十年前に実在したエルダードの英雄、ラドフォード卿が使っていた紋章に間違いありません」
 彼の示したページには、確かに私が見たものと同じ紋章が記されている。
「五十年前というと、ちょうど僕が行き倒れ同然にここに来た頃ですよ。あの頃から体は丈夫じゃなかったもので…。この方はとある大きな災厄を封じたと伝えられています。詳しくその情報が書かれた書物があれば話は早かったのですが、今はこれだけですよ」
「当のラドフォード卿は、どこに?」
「それがどうも、災いを封じた時に相打ちとなってお亡くなりになったそうです。形見として武具数点が当時の仲間に伝えられたのですが、その後についてはまったく不明です」
  ふむ、思ったより最近…五十年前というと、ついこの間のことだ。しかしその頃はまだ私もエルダードに来ていないので、知らなかったのも仕方ないか。
 そうなると、当時の仲間に当たるのが妥当だろう。かすかに残った文書の中から、短剣を受け継いだ仲間…女司祭の居場所を割り出すと図書館の出口に向かった。
「忙しい時にすまなかったな」
「いえいえ、またお時間がある時でも、外の話を聞かせてください。僕にとっては同族の方と話すのは貴重なんですよ。引き合わせてくれたラグランジュさんには、感謝してもしきれません」
「そうだな」
 ユークリッドとの出会いは、ラグの気遣いから始まった。いきなり「図書館に行きませんか?」と呼び出されて引き合わされたのがきっかけだった。後で聞くと「ユークリッドさんは同族の方と接する機会がないと聞きましたもので…」と言われれば、返す言葉もない。こういう形で長い付き合いになっていることは、悪くないが。
 集合時間まで、まだ時間はある。アーシェとラグを呼びに行く時間はありそうだ。そう思いながらバンダナを結び直して出口に向かうと、思わぬところから声がかけられた。
「あ、やっぱり兄貴だ。また新メニューのレシピ探し?」
 そこにいたのは、当のアーシェだった。ちょうど帰るところで図書室に寄ったらしく、すぐ後ろにはラグとあと数人…何故かポカンとした同年代の少女たちが続いている。探す手間が省けて助かった。荷物もほとんどないようだし、このまま待ち合わせ場所に連れて行って支障なさそうだ。
「ちょうどいい。一つ依頼が入ったところだ。図書館に用があるなら、さっさと済ませてくれ。このまま行くぞ」
 それだけ言うと、アーシェの目が輝いた。
「え、仕事? 今回の依頼料の交渉ってどうなってる? こないだみたく貧しい村の魔物退治だからって、極端に安く仕事請けてないよね? あの後女将さんに揃って絞られたばっかりなんだから、しっかりしてよね!」
 …こいつ、なかなかませたこと言うようになったな…。しっかりしてくれるのはいいが、何となくウラがある気がしてならない。
「お前な。まず気にするとこ、ソレか? いいから早く用事済ませて来い」
「ぷー! 別に用事なんかないから、このまま行くもん!」
 そのまま友人達に手を振ると、アーシェとラグはさっさと出口に向かった。女子ばかりの集団で特に用事などないなら、何しに来てたんだ?


「あの…お仕事って、どんな…?」
 待ち合わせ場所に行く道すがら、ラグは不安そうに聞いて来た。
「ああ、一言でいうと、盗難品の捜索だ。今回は情報収集がメインだから、普通なら荒事はないと思うぞ」
 荒事が苦手な彼女の一番の心配事を察して伝えると、明らかにホッとしたようなため息が聞こえた。荒事はないと言ってしまったが、どうも気がかりはある。確かに『普通』に考えたら荒事にはならない。だが、あの強力すぎる魔力の痕跡はタダでは済まない気がしてならない。ただの盗難事件などではないと、直感が告げている。思わず無言になった私が気になるのか、無邪気にアーシェが問いかけた。
「どしたの、兄貴? なんか深刻なことでもあった?」
「いや、なんでもない。そろそろ待ち合わせの時間だ。行くぞ」
 妹にあっさりと不安を見透かされたことに少し焦りながら、私は二人を促した。その時、時告げの鐘が鳴った。まずは合流して、デュエル達が掴んだ情報を聞かなくては。
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