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mission 1 俺たち、観光大使じゃない冒険者!

鬼さんこちら!

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side-アーチ 3

 話は、デュエルたちと別行動をした頃にさかのぼる…。

 有能な盗賊たる者、逃げの一手を取るならば人混みに紛れるに限るぜ! オレは後ろの連中と距離を開けないようスピード調整しながら、通りを埋める観光客の波をかき分ける。しかし参ったな。オレ一人で逃げるなら楽勝の相手なんだが、アーシェと弟子、それに鍛冶屋のガキがくっついてやがるから、思うように動けねぇ。あ? ラスファ? バカ言え、奴は自力でどうにかすんだろ! 実際あいつは弟子とアーシェをかばう位置でしっかりとついてきやがる。可愛げねぇわな、ったく。
 しかし、妙な雲行きになってきやがった。確か短剣と行方不明のガキを探してたと思うんだが、挙句にまさか追われることになるとはね!  しかも、当のガキが合流して、逃亡ルートにご同行とは驚きだ。こいつは、面白くなってきやがった!
 とりあえず、オレは後ろに続く連中に声をかける。一応、確認な。
「おいオメーら、ちゃんと付いて来てんだろうな?」
 すかさず、小娘どものがさえずりあう。
「アーちん、早い早い~!」
「師匠、ここは人が多すぎます~!」
 よしよし、付いて来てんな。オレはピイピイとかしましい返事に、肩越しに手を振って答える。もう少し先に馴染みの酒場があった筈だ。たとえ追っ手がいても飛び込んで裏口から出りゃ、まず間違いなく撒けるぜ。あえて言わせてもらうなら、普段っから逃亡ルートを確保しとくのは盗賊のタシナミってやつさ。おい、誰だ? 女関係の修羅場も回避できるなんて言った奴は? いやまあ、そっちにもちょっとは使うけどよ…。
 正直に言わせて貰えば、このルートを弟子たちに公開するとは思わなかったぜ。そうそう、懐にコインは…よっしゃ入ってる! あの店主、通行料と口止め料をださねぇと通してくれねぇんだった。
 その時だった。
「うお!」
 オレのすぐ脇を、短剣の一撃が掠めた。アブねーな、ンな街中で斬りかかるなんてバカはどこのどいつだ? まぁオレには狙われる心当たりなんざ、掃いて捨てるほどあるんだけどよ! いやはや、モテる男は辛いよなぁ! ジョークはともかくこりゃ、間違いなくオレたちに対する追っ手だろうけどな。やっぱ、あのキンキラ野郎にはお仲間がいやがったか。どうせ雇われの三流野郎にゃ間違いねぇけどよ。オレらは観光客をかき分け、ヤツは観光客がドン引いてできた通路をラクラクついて来やがる。こりゃ時間の問題か?
 だがしかし、こいつはそんな三流野郎とはひと味違った。何がどうということもねぇ、単に直感だけどよ。あと殺気のこもり方が半端ねぇ! 一撃を避けるために急停止したオレの背中に張り付くように、続く弟子たちも足を止める。そのチビたちを背にかばって、進み出たラスファがオレと並んでそいつに相対した。がっしり体型で、年と感情が読みづらい黒い瞳がその道のプロを連想させた。…有り体に言っちまえば、不本意ながら盗賊の亜種扱いとされている暗殺者だ。
「なんだ、避けたか。まあいいさ、向こうには二人掛かりだ。どのみち長くは持たんだろう」
 ピクリ、とラスファが反応する。慎重に言葉を選びながら、奴は問いかけた。
「まさか『貴様一人で』この人数を相手するつもりか?」
「必要以上の戦力は無駄だろう?」
 け、見くびってやがるな。後悔させてやんぜ? その答えで確信したらしい。ラスファはさりげなく懐を探りながら、オレに目配せで合図する。
「デュエルの援護に行く。アーシェやラグに傷一つでもつけてみろ、三枚下ろしにするからな?」
 奴はオレだけに聞こえるような小声で言い残すと、逆方向に駆け出して行った。行き掛けの駄賃とばかりにすり抜けざま、何かを奴の顔面に叩きつける。途端に仰け反って咳き込み、苦しみ始める暗殺者モドキ。この匂い…こないだオリジナル調合に失敗した激辛スパイスじゃねェか、えげつねぇ…。ともあれ、現状は助かった! 敵が動けねぇ間に逃げろってことね。わかったよチクショー! 
 走る、走る! オレとガキ三人、とにかく人混みかき分けて走る! 途中いくつかの通りを走り抜け、人波掻き分け広場を横切り、さらに過積載気味な橋を越えてまた人混みに飛び込む。こういう時は人気のすくねぇ場所に逃げ込むのは命取りだ。時たま、後ろを振り返ると人数確認だ。よしよし、付いてきてるな? しかし三枚下ろしとは…サラっと怖ェ事言いやがった! あのシスコン野郎、リアルにやりかねんぜ! 
 だがいつの間にか、敵も追いついてきやがった! ある程度の土地勘あるってか? 下調べしてたのかね、マメなやつ。まあ足手まとい三人付きだからよ、仕方ねぇよな。例の酒場から、ちと遠ざけられちまったな…仕方ねェ、搦め手でも使うかね! 
 オレはテキトーな酒場に飛び込むと大きく息を吸い込み、自慢の喉を張り上げる。 
「噴水通りの広場で、大男とエルフがド派手な大乱闘かましてるぜ! コレを見逃したら一生後悔すんぞ! マジもんの魔法も見えるぜ!」
 酒の入った連中なんざ、ちょろいもんだ。客の大半が平和ボケした観光客って事も幸いした。連中は喜色満面で入り口に殺到し、オレらに続いて店に入った暗殺者モドキを逆方向に押し流す。その隙に、オレらはちゃっかり裏口に滑り込んだ。店主の文句は数枚のコインで黙らせ、そのままかぐわしいドブ川が流れる裏路地を抜ける。その先でギョッとした顔の観光客を全力スルーし、さらに通りを突っ切って走る。 
「ちょっとアーちん、いいの? 兄貴やデュエル、見世物コース一直線じゃん!」
 すぐ後ろからの息切れしかけたアーシェの抗議に、オレは顔をしかめた。
「三枚下ろしの解体ショーよかマシだ! 余計なこと言ってると、息切れすんぜ!」
「三枚下ろし?」
  そりゃ、オメーは知らんわな。いいけどよ、世の中知らんほうがいい事だってあるんさ。オレにとっては切実だけどな。
 だがすでに、弟子は息切れしてるはずだ。一番体力ねェからな。いったん、どこかで休まねぇとあとがつづかねぇな。
 その時だった。地元のモンしかしらねぇような細っそい裏路地から誰かがオレらに手招きしてるのが見えた。迷ってるヒマはねェ、警戒しつつかつ素早くそっちに飛び込む。さりげなく後ろを確認して息をついた。よし、全員いるな。
 そこにいたのは、盗賊ギルドで何度か見覚えのある女だった。年の頃はオレとかわらねぇ。栗色の髪を高い位置で団子に結って、白い肌と厚めの唇が色っぽい美人さんだったから覚えてんだ。基本、女の顔は忘れねぇんだ、オレ。ヤローはどうでもいいけどよ。
 「どう、追っ手は撒けそう?」
 意味ありげに笑うと彼女は、オレにそう聞いてきた。その一言で、オレはナンパモードから引き戻される。どういう訳か知らねぇが、こっちの事情はお見通しってか? 
 一瞬、ティンクから聞いた情報の断片が脳裏をよぎる。まあ、ここは少しばかり警戒しときますかね…ちともったいねぇ気もするが。
「盗賊ギルドにいたよな、美人さん?」
「あら、嬉しいわね。私を知っててくれたなんて」
「こっちの事情を知ってんのか?」
「いいえ、通りすがりに見かけたのよ。おチビさんたちゾロゾロ連れて追っかけられてたの見たから、助けなくちゃって。それにあんた、あたし好みのいいオトコだし」
 後ろでは弟子たちが乱れまくった息を整えるのに忙しそうだ。正直助かったが、どうも胡散臭ェ。
「そっか、嬉しいね。助かったぜ。オレはともかく、こいつらはリタイア寸前だったからな。しかも助けられたのが、そのうち声かけようかと思ってた美人さんだったってのは格別さ。よけりゃ名前と、宿なんかも教えて貰えりゃ嬉しいとこだけどよ?」
 オレのその探りに、彼女はころころと笑う。
「随分とがっついてるのね? いきなり聞くの、それ? 教えられるのは名前だけね。サリチェっていうの。お仲間の皆さん共々、よろしくね」
 言うなり彼女は、オレの背中を意外な強さで叩く。つんのめってる間にサリチェは路地の奥に消えちまった。なかなかのウデだ。
「お知り合いなんですか、師匠?」
 振り返ると、弟子が不安げにオレを見上げている。
「顔見知りってとこだ。名前は今知ったばかりだけどよ。これから仲良くするかもな」
 それを聞くと弟子は、かすかに膨れてそっぽを向いた。なんだそりゃ?
 しかし、何者だ? 『皆さん』ってことは、デュエルやラスファも知ってるってことか? 帝国とは関係なさげだが、ややっこしいことはゴメンだぜ?
  

しばしの休憩の後、裏路地を慎重に進んで宿に向かう。大通りに出たところで、再び鬼ごっこモードでダッシュだ! 遠くに行っていないと踏んでいたのか、奴はすぐに姿を現しやがった。ったく、ンなむっさい野郎じゃ無くて、どうせなら黄色い声のネーちゃんに追っかけられてみたいもんだぜ。ま、ボヤいても仕方ねェさな。ってか、余裕ブッこいてるヒマはねェ! いつの間にか敵はすぐそこに迫ってきてやがる! やっぱ、足手まといにガキども三人はキツかったか。
 オレはガキどもを先に走らせると、暗殺者モドキの刃を自前の短剣で受け流しながら距離を取り、さらに走る。結構キツい体制になるが、この際仕方ねェ。
「さっさとそいつを引き渡したらどうだ?」
 嘲笑う、ヤツの声がムカつく! テメェ、何様のつもりだこの野郎!
「へ、あいにくだったな。今はテメェよりも、厨房エルフの三枚下ろし解体ショーの方が数段おっかねえんだよ! 今さら引き渡してたまるか!」
 オレのセリフに一瞬だけ、ヤツが首をかしげる。偽らざる本音だ、悪かったな!
 だがまあそのやり取りで脱力したのか、一瞬だけヤツの足が鈍った。結果オーライ、このまま撒いてやる!
「アーちん! あたし、こないだ出した精霊獣を試しに召喚してみる!」
 出し抜けにアーシェがそんなことを言ってきた。なんだ、精霊獣って? オレがその疑問を口にするよか早く、アーシェはポケットからカードを取り出すと呪文を詠唱し、背後の雑踏に向かって投げた。
「これで、本契約ね! 『おいでませませ、ツインズぱんさあ』!」
 世にも珍しい脱力呪文に応えて、浮かび上がる赤い魔法陣にギョッとした観光客が後退る。その隙間から二匹の水玉ネコがひょっこりと現れて跳ね回る。
「きゅっきゅー!」
「きゅわきゅっきゅー!」
 歌うような鳴き声と、踊るような足取り。見ると、ヤツの足元にじゃれつき足元を走り回って走行妨害をしている。愉快な見た目の割にやるじゃねェか、でかした!
 もたついている間に、はるか後方から自警団が出てくるのが見えた。こうなりゃこっちのもんだ!
「おーい、こっちだこっち! 刃物持ったヤバいヤツがいたぜ!」
  オレは殊更に大声を張り上げ、自警団に大きく手を振る。そっちに敵の気をそらせる間に、チビどもをさっさと物陰に隠して自分も隠れた。自警団を利用して追う方追われる方が逆転する頃合いに、息を整えたオレたちは念のため知り合いの店に入る。裏口前でわざとらしく咳払いする店長にコインを数枚握らせて、悠々と木戸をくぐり裏路地へ。そこはいつものオレらの定宿、白銀亭の裏口のそば通じている。
 あーー、助かった! 何とか三枚下ろしは免れた!  
 だらしなく床に大の字になって大きく息をつくと、オレはこれからのことを考えた。でもまあ、今は一息ついてもバチはあたらねェよな?
 あとは殺されても死にそうもねェ、後の二人を待つばかり!  
「ジャマだよ!」
「ぐえ」
 その時、通りすがりの女将さんがわざわざオレの腹、踏んづけて行きやがった。
 冒険者ってのも、楽じゃねェよな…。
 
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