6 / 47
第一夜
晩餐の席にて
しおりを挟む
夕刻 18:00
薄暗くなっていく外の風景。相変わらず雨粒は窓を叩き続けている。いや、むしろ昼間よりも激しくなっているのかもしれない。暗くなったその分、激しい雨音は際立つように思えた。
長く続く雨の音は、狂気を引き起こすと聞いたことがある。初めてその話を聞いたときは冗談として笑い飛ばしたが…今現在の自分の状況を鑑みると、間違いとは言い切れない気がする。
まあ、明日になったら流石に止むだろうけれど。
執事さんに呼ばれて晩餐の席に着くと、シュゼット嬢がしずしずと現れた。
「お身体の具合はよろしいのですか?」
「ええ、とっても。今宵はお客様もいらしているのですもの。外になかなか出られない私にとって、お客様から聞く外のお話は、何よりの薬ですわ」
そう言って彼女は嬉しそうに微笑む。
その笑みが不幸だったに違いない絵画の中の彼女と、奇妙に重なって見えて一瞬目頭が熱くなる。いけない、シュゼット嬢は彼女と違うというのに。
夕食の席で、俺は請われるままにいろいろな話を聞かせた。
孤児院で育ったこと、駆け出し学者になって、変人な教授について仕事していること。
時々、生まれ育った孤児院で小さな子供達に読み書きなどを教えていること。
そして、得意な機械修理であちこちの時計などを直し、便利屋扱いされていること。
教授とともにやらかしたハデな失敗話のくだりでは、鈴を転がすように笑い声を立てるシュゼット嬢に奇妙な安堵を覚えた。
ふと、何かを思いついたようにシュゼット嬢は笑いを収めた。そしてじっと俺の目を覗き込むと、楽しそうに口を開く。
「カシアン様は、好きな方はいらっしゃるの?」
「え!?」
唐突なその質問は、俺の心臓をはねあげるには十分だった。嫌でも幼馴染みのティアラの笑顔がよぎる。幼くて記憶も曖昧だが、俺の少し後に孤児院にやって来た赤毛の少女。そばかすが似合う素朴な幼馴染み。初めて彼女を意識したのは、いつだろうか?
「ふふ、そのご様子では、いらっしゃるようですね?」
いたずらっぽい笑みで、シュゼット嬢は俺を見つめる。
「私にも、婚約者はいますわ。とっても素敵な人。あなたみたいに、ね」
「え、そんな…俺なんて…」
「ふふ、もっとご自分に自信をお持ちになればいいのに。カシアン様は、とても素敵なかたですわよ」
「そ…それは…どうも…」
あまり持ち上げられると、落ち着かない。
そのタイミングで、目の前に置かれた食後のコーヒーに思わず目を落とした。
「どうぞ。温かいうちにお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます。あ、そうだ! 色々助けていただいたお礼に、何か修理が必要な物はありませんか?」
突然の俺からの提案に、二人とも意外そうにキョトンとして俺を見返す。
「見ての通り、お礼がしたくても何も持ち合わせがありません。せめて、自分に出来る事は機械やからくりの修理くらいですから…」
なんとかお礼をしたいとは考えていたが、さっきの会話で俺に出来ることを思い出した。昔から手先は器用な方だったのと、物の構造について興味があったため…よくいろんなものを分解しては怒られていたっけ。
最初の方こそ組み直す時にネジや部品が余っていたが、段々と正確な組み直しが出来るようになっている。何度か職人組合からのスカウトが来た事もある。それでも学者になったのは学問をもっと知りたい、学びたいという思いあってのこと。この世には、隠された歴史や様々な生き物などがまだまだあり、それらを追究していきたいと思っていたからだ。
「それでしたら…お願いしたいものがありますが、よろしいですか?」
それが、執事さんとシュゼット嬢がそれぞれ出した答えだった。迷うことなく、俺は頷く。
恩には必ず報いること。
それが、俺が育った孤児院での教えでもある。
薄暗くなっていく外の風景。相変わらず雨粒は窓を叩き続けている。いや、むしろ昼間よりも激しくなっているのかもしれない。暗くなったその分、激しい雨音は際立つように思えた。
長く続く雨の音は、狂気を引き起こすと聞いたことがある。初めてその話を聞いたときは冗談として笑い飛ばしたが…今現在の自分の状況を鑑みると、間違いとは言い切れない気がする。
まあ、明日になったら流石に止むだろうけれど。
執事さんに呼ばれて晩餐の席に着くと、シュゼット嬢がしずしずと現れた。
「お身体の具合はよろしいのですか?」
「ええ、とっても。今宵はお客様もいらしているのですもの。外になかなか出られない私にとって、お客様から聞く外のお話は、何よりの薬ですわ」
そう言って彼女は嬉しそうに微笑む。
その笑みが不幸だったに違いない絵画の中の彼女と、奇妙に重なって見えて一瞬目頭が熱くなる。いけない、シュゼット嬢は彼女と違うというのに。
夕食の席で、俺は請われるままにいろいろな話を聞かせた。
孤児院で育ったこと、駆け出し学者になって、変人な教授について仕事していること。
時々、生まれ育った孤児院で小さな子供達に読み書きなどを教えていること。
そして、得意な機械修理であちこちの時計などを直し、便利屋扱いされていること。
教授とともにやらかしたハデな失敗話のくだりでは、鈴を転がすように笑い声を立てるシュゼット嬢に奇妙な安堵を覚えた。
ふと、何かを思いついたようにシュゼット嬢は笑いを収めた。そしてじっと俺の目を覗き込むと、楽しそうに口を開く。
「カシアン様は、好きな方はいらっしゃるの?」
「え!?」
唐突なその質問は、俺の心臓をはねあげるには十分だった。嫌でも幼馴染みのティアラの笑顔がよぎる。幼くて記憶も曖昧だが、俺の少し後に孤児院にやって来た赤毛の少女。そばかすが似合う素朴な幼馴染み。初めて彼女を意識したのは、いつだろうか?
「ふふ、そのご様子では、いらっしゃるようですね?」
いたずらっぽい笑みで、シュゼット嬢は俺を見つめる。
「私にも、婚約者はいますわ。とっても素敵な人。あなたみたいに、ね」
「え、そんな…俺なんて…」
「ふふ、もっとご自分に自信をお持ちになればいいのに。カシアン様は、とても素敵なかたですわよ」
「そ…それは…どうも…」
あまり持ち上げられると、落ち着かない。
そのタイミングで、目の前に置かれた食後のコーヒーに思わず目を落とした。
「どうぞ。温かいうちにお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます。あ、そうだ! 色々助けていただいたお礼に、何か修理が必要な物はありませんか?」
突然の俺からの提案に、二人とも意外そうにキョトンとして俺を見返す。
「見ての通り、お礼がしたくても何も持ち合わせがありません。せめて、自分に出来る事は機械やからくりの修理くらいですから…」
なんとかお礼をしたいとは考えていたが、さっきの会話で俺に出来ることを思い出した。昔から手先は器用な方だったのと、物の構造について興味があったため…よくいろんなものを分解しては怒られていたっけ。
最初の方こそ組み直す時にネジや部品が余っていたが、段々と正確な組み直しが出来るようになっている。何度か職人組合からのスカウトが来た事もある。それでも学者になったのは学問をもっと知りたい、学びたいという思いあってのこと。この世には、隠された歴史や様々な生き物などがまだまだあり、それらを追究していきたいと思っていたからだ。
「それでしたら…お願いしたいものがありますが、よろしいですか?」
それが、執事さんとシュゼット嬢がそれぞれ出した答えだった。迷うことなく、俺は頷く。
恩には必ず報いること。
それが、俺が育った孤児院での教えでもある。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
【完結】百怪
アンミン
ホラー
【PV数100万突破】
第9回ネット小説大賞、一次選考通過、
第11回ネット小説大賞、一次選考通過、
マンガBANG×エイベックス・ピクチャーズ
第一回WEB小説大賞一次選考通過作品です。
百物語系のお話。
怖くない話の短編がメインです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる