果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第一夜

時を止めた大時計

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夜 20:30

 執事さんが手にした心もとないランプの明かりには、時を止めた玄関の大時計が照らし出されている。長身の執事さんよりも、さらに頭一つ分ばかり高いだろうか?

 ちょうど昼間に見た女主人の肖像画に向かい合う形になっているが、あの時は気にも留めなかった。
 それにしても暗い。昼間はあんなにも輝いて見えたお屋敷だったというのに…。

 一つ大きく息を吸い込むと、耳に感覚を集中する。俺の場合だが…修理に関しては、聴覚に頼るところが大きい。じっと音を聞いて修理箇所を見極めるのが経験上、最も確実なのだ。
 とりあえず執事さんにランプを持ってもらうと、俺は時計のネジを外してカバーを取ると中を見てみた。長く動いていないせいか、埃も錆も溜まっている。慎重に汚れを取って油を注し、歯車の動作を確かめる。おかしな音や軋みがあるように思えない。うん、文字盤の方はこれで異常はなさそうだ。と言うことは、あと残っているのは振り子だろうか?

 文字盤のカバーとネジを戻して残った油の汚れを拭きとると、振り子部分のチェックに取り掛かる。
 振り子の部分を少し揺らして音をチェックすると、かすかに軋んだ音を見つけた。何か止まった原因につながる手がかりが見つかった気がして、自然と笑みが漏れる。
「流石に手際がよろしいですな。手慣れてらっしゃる」
「はは、学院でも便利屋扱いされていましたからね。…そちら側に、針金か何かありますか?」

 数回試して原因の箇所を特定すると軋み具合から考えて、上の方。重厚な振り子の根元付近に、何かが引っかかっている感じに思える。
「すいません、下から照らしてもらえますか?」
「かしこまりました」
 針金の先を曲げて隙間に通し、引っかかった物を引っ張り出そうと試みる。見えているというのに、どうもうまく引っかからない。見たところ、時計のネジか何かだろうか?何かの弾みで落としたものが引っかかって止まったと思われる。

 しばらく悪戦苦闘している間に、執事さんが話しかけてきた。
「…カシアン様は、お嬢様の事をどう思われますかな?」
あまりにも唐突な質問に、俺の手は止まった。執事さんを振り返ると、彼は少し決まり悪そうに咳払いする。
「カシアン様には、お嬢様を幸せにすることはできますか?」
「は?」
 急になんの話だろうか?


「お嬢様は『ずっと待ち続けておられるのです。それはもう、長い長い間』…」
 執事さんに促され、俺は作業を続ける。その間も彼は、独り言のように語り続けた。
 くらり。
 何だろう、さっきから妙なめまいが…。
「お嬢様はご存じないのです…『いくらお待ちになっても、その願いは叶わぬ』ことは…」
  
 そのためらいがちな告白に、再び俺の手が止まった。一瞬、視界がブレるような激しいめまいと耳鳴り。執事さんの話に呼応するようなタイミング。思わず時計の振り子に手をつくが、めまいは治らない。貧血でも起こしたのだろうか? いやいや、女性じゃあるまいし? その間にも執事さんの話はまだ続いている。
「それでもお嬢様は待ち続けておられるのです。いつかきっと、と…。しかしもう既に、それは叶わぬ願い。どうすれば、お嬢様の幸せをお守りすることが出来るのか…」
 彼は苦悩するように片手で顔を覆って俯く。
「幸い、貴方のことをお嬢様はお気に召されたご様子…。よろしければこのまま、ずっとここにいて頂きたく…。一度、お考え頂けますかな?」
 執事さんが言葉を切ると、嘘のようにめまいは収まった。妙なめまいだ。
 彼は、俺の答えを待っている。執事さんなりにお嬢様の事を真剣に考えた結果ということなんだろう。となると、先刻に晩餐の席で出た『婚約者』の話だろうか? だが…。
 俺は、慎重に言葉を選んで答えを返す。

「…シュゼット嬢が、そう望んでいると思えません。それが何かはわかりませんが、彼女にとっての大切な大切な願いでしょう…俺では、その願いの代わりにはなれませんよ」
 俺の答えに、執事さんは眉間にしわを刻む。悩んで、悩んで…それでも答えの出なかった事なんだろう。それでも待ち続けるなんて。今のままで居られるわけがないじゃないか…。

「あの…事実を知らせる、という選択肢はないんですか…?」
 俺の素朴な疑問に、執事さんは目を丸くする。
「その…動かしようのない現実を知ってしまえば、いっときは辛いのかもしれないけれど、それでも事実を受け止めて…強く乗り越えて前に進むことができるようになるのではないのですか? もちろん、お身体の具合が良くなってからの方がいいのでしょうけれど」
「…」
 執事さんは黙ってしまった。さらに、俺は言葉を重ねる。
「辛くても、今のままでずっと事実から置き去りにされるよりも…少しでも前に向けるようになれば…。お辛そうなら、支えてさしあげればいいのです」
 
 そう。俺も、物心ついて両親の不在を疑問に思った時期があった。不安だった。自分は必要ないから、捨てられたんじゃないのかと…。表には出せなかった不安は、やがて俺自身を歪め始めた。
  町で非行を繰り返し、取り返しがつかなくなる前に踏みとどまれたのは、ひとえに周囲の人々のおかげだった。支えてもらったおかげだった。シュゼット嬢にも通じる事だと思う支えの存在が、必要だと思っての言葉だ。
 
 ーーーーチャリン…。

かすかな音に大時計を振り返る。すると、さっきまでビクとも動かなかった文字盤から時を刻む音が鳴り始めた。
 
「おお…久しく動かなかった大時計が…!」
 歓喜に彩られた執事さんの声。俺も笑みを浮かべて大時計を見上げる。さっきのめまいで振り子に手をついた拍子に、引っかかっていたものが落ちたのだろう。
「ありがとうございます…! これで、お嬢様の時も動き出しましょう…」
 意味深なつぶやきに続いて「お嬢様にご報告してまいります」と、綺麗なお辞儀を残して執事さんはシュゼット嬢の寝室に向かったようだ。

そうだ、もう一つ。シュゼット嬢の修理依頼も聞きに行かないと。

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