勿忘草 ~人形の涙~

夢華彩音

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第十章 雪

~最期2~

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わたしは美由紀の部屋のベッドに腰かけていた。
ベッドにはいつも“ユキ”が置いてあった。わたし
は自分がかつていた場所にそっと手をおいて、ベッドに横になった。


わたしは最初、明梨が嫌いだった。
あれほど強く自由を望んでいた美由紀が娘の未来ために自分を犠牲にする道を選んだから。

わたしはいつもこのベッドに座って、美由紀をずっと一番近くで見てきた。穏やかで上品で…でも自由への憧れは誰よりも強かった。
この家で働いていた幼い裕に、いつも自由の素晴らしさを語っていた。
そして、わたしにも。


“自由になったら、ユキとこの村を出て一緒に暮らすのよ。決めるのは全部自分。そうなったら…幸せよね”

そう言って微笑んでいた。
あんなに穏やかだったのに…役目を果たす度に、彼女は変わっていった。
いつも遠い目をしてて、笑っているのに寂しげで、辛そうで……見ていられなかった。
壊れていく。美由紀の心が壊れていく。
それでもなお、美由紀は明梨に“自由”を教えていた。明梨のために役目を受け入れた。

そして今、美由紀は死へと向かっている。
わたしと一緒に…死ぬ。自分よりも大切な、娘の手によって。
わたしは正直…大好きな美由紀と死ねるなら、辛くはない。でも……明梨と過ごすうちに、明梨が大切な存在になっていた。
子供っぽくて幼いけれど、いつも優しくて…そして何より美由紀と同じ心を持った明梨を、大切だと思うようになってしまった。
そんな明梨に、美由紀と同じ思いをしてほしくない。


美由紀が明梨に望んでいたのは、『大切な人のために自分が何をしたいか考えてほしい。』ということ。
わたしが明梨に望んでいるのは……『自分のために、自分が幸せになれる道を、自分で選んでほしい』ということ。


あの子が幸せになれるなら…どうなってもいい。
村が滅ぶようなことになってもいい。
本当は…あの子が選んだその先を、ずっとずっと見ていたかった。傍にいたかった。
でも、できない。
美由紀がそうすることを許さない。
美由紀の心が悲鳴をあげているから。

      “助けて。もう嫌なの。早く…早く楽になりたい”

って、わたしにすがりついてくる。
だからこそ、わたしを殺したくないと言って泣く明梨を止めた。
泣いている明梨を見ていると、死を受け入れた自分の心が揺らいでしまうから。
けれど、揺らいでしまったその隙に美由紀に体を取られてしまった。

美由紀は母としての想いを明梨に語りかけていた。その想いが強すぎて、わたしは美由紀を抑え込むことができなかった。
あの時、美由紀の様々な感情が見えていたのだ。


     明梨に会いたかった。
     明梨にまだ伝えきれていないことがある。
     もう……死んでしまいたい。
     ユキ、ごめん。もう少しだけでいいから体を貸して。
     娘をもう一度だけ、抱きしめたい。


わたしは……何もできなかった。本当はもう少し美由紀に体を貸していたかったけれど、明梨が怖がっていたから…。
無理やり美由紀を押し込んだ。

自分の心の奥に。


もう…いいんだよ。もう…楽になれるから。
だからあと1年だけ、眠ってて。

そして、一緒に終わろう。





明梨、ごめんなさい。
ご主人様、どうか最期くらい美由紀のことを分かってあげて。
メイ、明梨をよろしくね。
もうあなたしかいないから。



わたしはもうすぐいきます。
大好きな…わたしの持ち主と共に。




-第十章 完-
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