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食べる。
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幼い頃、家族以外の人を見て人間だと思った。
同じ人間なのに《人間》だと思う。これは違和感だ。
まるで自分がその人と同じじゃないみたいって当たり前だけどなんかしっくりこない。
気が付くと夢中になってその子の足を見ていた。
生え始めの歯がチクりと足に刺さると充満してくる赤い液体。
銜えていたおしゃぶりの味なんてしなかった。これは...形容しがたい不味い何かだ。
泣いたその子を横目に血を「ペッペッ。」として口直しに何となく自分の腕を噛んで啜ってみた。
さっきと変わらずうまくはない。だが、味は全くの別物に感じた。
「明日も明後日もいらなくない?」
暴論を吐きながら俺の席にどどんと構えながら席に座るその子は小学生ながらに大人のような事を言う。
「三咲、一学期始まって直ぐにそんな事いうな。気が滅入る。」
「だけどさ血脈、休み明けの授業程おっくうな物なかなかないぜ。」
男のくせに長い目にまで掛かる髪をなびかせながら言うコイツのセリフは妙な説得力がある。
「というかお前いい加減髪切ったらどうなんだ。お前俺が子供の頃から髪型変わんねえよな。」
もう何度目かと呆れたように言う。
「家の方針であり僕の意志だ。それに、お前はそんな事で友達辞めたりしねぇだろ?」
「腐れ縁・・・なんかで収まんないよな俺達。」
「そりゃぁそうよ。お前が僕を噛んだ日から戦いは始まったんだよ!」
「悪いって言ってんじゃん許してくれよ~。」
「黙れ。祟るぞゴラァ。」
「巫女が言うと説得力が違うなぁ。」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴ると同時に立っていた生徒が一斉に席に着く。
生徒の数は二組合わせて45人、全校生徒は300人いかないくらいの田舎の学校。
今年で俺は六年生となり来年には中学生だ。
「え~突然ですが皆さんに転校生の紹介です。さあ入ってきて...ていない。」
「先生背中に誰か張り付いてます。」
「え?(クル)うわっ!何やってんの春日部さん!降りて自己紹介して!」
先生の背中にはセミのように張り付いて震えている女の子が青ざめてくっついていた。
「先生~家に帰りたいです。」
「このままだと先生と一緒に土に帰るよ!早く降りて!」
仕方がないといわんばかりにシュタッと降りると直ぐに先生の後ろに隠れ黒板に震えながら字を書き始めた。
春日部 七夏
「か、かすかべしちかです。好きな物は虫です。よ、よろしくお願い致します。」
「は、拍手~!」
先生の拍手により締められた彼女の自己紹介はこうして終わった。
転校生がこの時期に入ってくるというのはかなり酷な話で、既にまとまりきったグループに知らねえ奴を入れるというのはかなりしんどい。が、それは趣味が合わなかったりグループが分裂する可能性があるグループの時である。
二人組には関係ない。
「(ガシ)虫、好きなんだよね。俺達も好きなんだよねどんなのが好き?」
ヤバい奴を見る目から類は友を呼ぶような目をして笑顔で言った。
「セミ!」
そんなこんなで虫繋がりにより友達が増えた。
放課後、下校する事になったので一緒に帰ることになった。
「い、いきなりなんだけどさ、な、何で三咲君は髪を伸ばしてるの?」
流石に日が浅いので寺で授かった営業スマイルで言う。
「僕寺生まれなんだけどさ、坊主かロン毛か選べって言われて坊主嫌だったからロン毛にしたんだよねー。変?」
顔と手を左右にブンブン振ってヘアバンドで深くなった前髪が揺れる。
「そ、そんなことないよ!た、ただ髪が綺麗だからいいなって。」
三咲は顔を赤くして俯いた。
珍しく照れている。追い込むか。
「ああそうだ。春日部さんの言う通り本当いつも艶やかで綺麗だよなぁ三咲の髪は。」
更に赤面する。
「・・・やめろ。」
「そ、そうです!先生の背にくっ付いてた時から本当綺麗で見とれました。」
いつからくっついてたんだこの子。
「ッ!!・・・・・・家ちょっと寄ってけよ。」
「い、いきなり悪いですよ。」
「大丈夫、大丈夫。こいつの癖だからお言葉に甘えよ。」
しばらく歩くと長い階段が見えてくる。
「此処三咲の寺に続く階段きついけど大丈夫?」
「よ、余裕です。」
「じゃぁ俺達先に上にいるからゆっくり来てね。よーいドン!」
そういうと三咲と血脈は階段をダッシュした。
「は、はぁ?...はっ!わ、私も急がなきゃ!」
圧倒的速さで血脈が先に、続いて三咲、遅れて春日部がゴール。
「はぁ、はぁ、やっぱり早すぎるだろお前!」
「まぁいつもの事だろ。不足はなしだ。」
「な、何してるんですか二人とも。急に走って。」
息が整ってきて冷静さを取り戻した三咲が説明する。
「僕達は昔から二人で勝負をしてるんです。赤ん坊の時に噛まれた事に腹を立てて謝るだけじゃ済ませたくなくて血脈に勝負を申し込み屈辱を味合わせたくて何度も挑戦してます。」
「まぁ一度も俺に勝ててないんだけどな。」
「クッ!」と吠えながら三咲は言う。
「勝者は相手の願いを何でも聞くという事で何度も屈辱を味わいました。日に日に上がっていく家事スキルにイライラします。家庭科で敵なしになったって嬉しくない!」
三咲のランドセルから巫女服のようなエプロンを出しながらピースサインを血脈がだす。
「そんなわけで感情が爆発すると人っていつもより力出せるじゃないですか、それでいつも感情が爆発した時に挑んでます。」
「そ、それって体力勝負以外でも駄目なんですか?」
苦虫を噛み潰したような顔で三咲は言う。
「はい。...何してもダメなんです。学校の教科全般に虫取り、カラオケ、早食い等々・・・何やってもギリギリ勝てないんです。第三者に決めてもらう事はもう諦めました。」
「俺何故か自分が苦手なことは全く逆の事をすると存外うまくいくんだよね。自分が不味いと思って作った料理を相手に出すと100点が貰える。俺が食べるとまずいけどね。」
「こ、怖すぎますねその才能。」
「というわけでなんか甘い物作ってくれ。」
「仕方ない、とりあえず部屋で待ってろ。」
裏口から家に入り三咲は台所に行き二人は三咲の部屋に移動した。
三咲の部屋は小奇麗で本棚には本がびっしりと入っていて勉強机の上には虫かごにカブトムシが入っていた。部屋の中央には四角い机が置いてあ向かいあう形で二人は座った。
勢いできてしまった春日部は初めて入った男子の部屋に緊張していた。
とりあえず気まずい空気を換える為に疑問をぶつけた。
「そ、そういえば三咲君の家族はどうしたんですか?」
「三咲には姉がいるんだけどさ、巫女修行で両親付きっ切りで今はいないんだよね。お守りとかはバイトさんが入って売ったりしてるよ。ちなみに皆巫女服っぽいのは趣味らしいよ。雰囲気出るしいいよね。」
春日部は人間の奇行を知った。
「そ、それにしてもこのカブトムシカッコいいですね!やっぱ角がいいです!後この光沢も特に良い!」
「分かる分かる!やっぱさぁカッコいいよねその角!武将ぽさっが特に良い!」
勉強机から中央の机に持ってきたカブトムシの話で盛り上がる。
ふと春日部が虫かごの裏に名前シールが貼ってある事にきずく。
「み、三咲君カブトムシに名前つけてるんですね。何て名前なんでしょう?」
ふと血脈が固まる。
「見ないほうがいいよ。」
今まで何に対しても動じなかった血脈が目をそらしたことに春日部は好奇心が湧く。
「な、名前なんて皆変ですしそんな気にする事じゃないですよ。私も飼ってたセミに《無気力な一生》て付けましたし。」
ゆっくりと虫かごを回転させる。
「忠告はしたからね。」
《けつみゃく》赤い文字で血脈君の名前が平仮名で書かれていた。
春日部は今日二度目の人間の奇行を知った。
「パンケーキ作ってきたよー。何ジャムかハチミツかバターかマーガリンか何で食べるー?」
春日部はタイミングよく現れたエプロン姿の三咲にビクッとして机の下に虫かごを置いた。
「俺はケチャップかな~。」
「味覚バカめ。……春日部さんはどうする?」
机にパンケーキを置きながら三咲が聞く。
「わ、私はハチミツで。」
聞き終えると三咲はハチミツとケチャップ、ナイフとフォークをとりに台所に向かった。
「ど、ドキドキした。な、なんか見ちゃいけない物を見た感じ。」
「そんなことはないさ。本人に聞けば普通に答えてくれるよ。来たら聞けば?」
既にお腹はいっぱいなので話に困ったら聞くことにしようと思った。
三咲は直ぐに戻り二人はパンケーキをご馳走になる。
「み、三咲君は食べないの?」
「残ったら食べるよ。僕は人が食べてるの見るの好きだからその後でいい。」
そんな話をしている内に血脈はケチャップをドバドバかけてパンケーキを食べていた。
「やっぱ三咲の料理はおいしいな。俺が作るより五倍パンケーキがふわふわだ。」
「お前がおかしな食べ方さえしなけば少しは喜べるんだがな。」
「で、でも本当に美味しいです。何も付けずに食べても味がある。」
「……もしかして僕が可笑しいのか?パンケーキにはハチミツとかバターとかをかけるもんじゃないの?」
「そ、素材の味を楽しんでからかけるタイプです。」
「元の味を潰して食べるタイプです。」
「うん、個性が強すぎる。」
むしゃむしゃ二人が食べるのを見終わると食器を片付けに台所に三咲が向かい、食器を洗うという事で血脈が入れ違う形で部屋に三咲と春日部が残った。
「どうだった?」
唐突に三咲が聞く。
「な、何がですか?」
少し照れくさそうに聞く
「パンケーキ美味しかった?僕あいつ以外にあんまり料理しないからおいしくできたか自信なくて。。。」
「だ、大丈夫です!わ、私なんかと比べ物にならない程美味しかったです!」
「なんか肯定しずらいけどそれならよかった。……あいつ僕の事なんか言ってた?」
カブトムシの名前がよぎる。
「い、いえ別におかしなことはいっ、言ってないですぅ。」
「そう?ならよかった。僕あんまり……というか友達あいつしかいないから友達が増えて嬉しいよ。」
「と、友達?」
「?違った?」
「い、いや友達です。」
「よかった。よろしく!」
「よ、よろしくお願いいたします。」
お互いにっこにっこで変な空間の中血脈が戻る。
「おわったよ~……って、何で二人ともニコニコなんだ。なんか怖い!」
その後三人で虫談義をしていると五時の鐘がなった。
「わ、私そろそろ帰ります。ひ、引っ越してから直ぐで家もバタバタしてますし。」
「じゃぁ途中まで送ってくよ。行くぞ血脈。」
「いや俺も今日は帰るからそのセリフに俺は含まれないぞ。お前が俺も送るんだ。」
「地獄に送るぞ?」
階段を降り切った所で三咲は二人を見送る。
「春日部さんはこの道真っすぐ行くの?俺は右なんだけど。」
「わ、私は真っすぐ行って曲がるだけだから気にしないで。」
「そっか。じゃぁ学校で二人ともまたね。」
そうして三人は各々の道で帰った。
三咲は二人がいなくなった部屋でカブトムシに語り掛けた。
「今日もお前に負けた。一体いつ勝てるのかな僕。来年には僕はあいつと離れないといけないのに。」
三咲は餌の昆虫ゼリーをあげながら春の到来を拒み机に突っ伏した。
春日部は初めて出来た友達に心を躍らせた。
部屋には虫の研究をしている両親の影響で沢山の標本が並べられている。
「いつもより明日が楽しみなのは久しぶりだな~。そうだ決めかねていたセミに名前を付けよう。何がいいかな~う~ん……。《刹那の希望》にしよう。」
部屋の片付けを済ましベッドで寝転びながら母の夕食までルンルン過ごした。
血脈はマンションの最上階にいつもと変わらない面持ちで帰る。
両親は仕事で海外を飛び回っている都合上顔を合わせることはない。
先の二人と比べて面白味もない普通の部屋。
「お帰りなさいませ坊ちゃん。」
「ただいま使懐《しかい》。別に名前で呼んでもいいのにいつも頑なだね。」
「情で仕事を疎かには出来ません。」
いつもどうりの頑固者だ。ポニーテールにメイド服。趣味なのだから驚きだ。
「学校はどうでしたか坊ちゃん?」
「新しい友達が出来たよ。」
「それは大変喜ばし事ですね。坊ちゃん友達作りたがりませんから。」
「その一言は余計だ。……雰囲気が三咲に似てる子でさ、とっつきやすいと思ったから。」
「ちなみに女の子ですか?男の子ですか?」
「女の子。」
「不安です。坊ちゃんデリカシーあります?」
「お前は本当ズバズバ言うな。」
我が家のルールで帰ってからは三十分間は家族と雑談をしなくてはいけない。
特に変わりなくこのルールで今まで生きてきた。
きっと何も変わらずこののまま生きるのだろう。
そう考えて眠りに着く。
一学期、三咲との勝負を日常的にこなしていく。
全戦全勝、勝ち続けると三咲の精神が崩壊し一週間程無視をきめられるのだが春日部が間に入り夏休みまで無事に過ごす事ができた。
滅茶苦茶ありがたい。
「お前もう人の心ないだろ。もうさぁ毎回ルールのギリギリ攻めてんじゃん。」
キレ気味に突っかかってくる三咲に慣れた様子で血脈は言う。
「だっていきなり『明日は髪の長さ対決だ!』って言って次の日どうしろってんだよ。俺の髪を見られる前にお前の頭に桂被せたほうがいいじゃん。そんで次の日も同じ勝負をすることになったらもう俺が被るしかないじゃん。どう思うよ春日部さん。」
「ど、どっちも大人げない。そ、そのやる気を別の事に活かしたほうがいいんじゃない?」
「「だって負けたら悔しいじゃん。」」
息ピッタリかよと春日部は思った。
「よし血脈、今度は数学のテストだ。」
「後悔して病んでも責任はとらないぞ。」
血脈君はえげつなすぎると改めて思う春日部だった。
結果、三咲はいつものように負けた。点数の差は三点。三咲君のミスだ。
「もう、……もう、……盛るしかないのか毒を。」
「死んで勝負どころじゃなくなるよ俺。」
「じゃぁ八百長でもいいから勝たせてくれよ!」
「代償が重すぎるんよ。勝ったら俺合法的に殺されそうな勢いじゃんお前。意地でも勝たせない。」
糞がー!!と地面に拳を叩きつける姿はあまりに悲惨だった。
その姿があまりに可哀そうだったので春日部は勇気付けずにはいられなかった。
「み、三咲君。わ、私の両親から聞いた言葉なんだけど、『意志は能動的で体は受動的』って言葉なんだけどどういう意味だと思う?」
いきなりの質問に悔しんでいた事を忘れて考える。
「心は体の原動力?」
「わ、私も最初そう思ったけど両親いわく、生物は生きる為に目的一つじゃ足りなくなったから体を変えてしまう程の沢山の感情が必要だったって事らしいよ。よ、要するに、強く想えば体が応えてくれるから敵なしってこと。想いで負けなきゃいつか勝てるよ!」
「僕がいった事とそんな変わってないけど励ましてくれてる事だけは分かるよ。ありがとう!」
目に涙を浮かべながら春日部の手を掴んで上下にブンブン三咲は手を振っている。
春日部の言葉はもっとグロテスクな意味なのだろうが血脈はは二人の様子を見てそっと口をつぐんだ。
夏休み、三人にとって虫が大量に取れるビックイベント。
三人は三咲の家でのお泊まり会を計画。夏休みが始まって二週間目に停まる予定を立てた。
「って言ってもさ、暇だからほぼ毎日三咲の家で虫取してたから実感わかないな。」
唯一いつもと違う事は泊る為に大きなカバンをしょってきている事。
最後に遅れた春日部を部屋で待っている。
「血脈は宿題何処まで終わらせた?」
「全部終わらせてきた。」
「全部!?朝顔と日記はどうしたんだよ!?」
「使懐に夏休み始まる前に育てさせて、使懐のいつもと変わらない日常を観察して使懐の未来を決めてきた。別に自分の日常日記なんて書いてないしいいだろ。全部自分で書いたんだし文句はないはずだ。」
えぇーー……。コイツに常識はないのか。
「使懐さんはなんて言ってたの?」
「『坊ちゃんは大物になりますね。』って澄んだ瞳で言ってた。」
情緒が分からないのが怖い。
「お前は聞かなくても分かる。ゆっくりコツコツやってんだろ。いい主婦にお前はなるな。」
「……なんかムカつく。」
雑談をダラダラしているとチャイムがなった。
荷物を置いたら直ぐに近くで虫取なので二人で虫かごとアミを持って迎えに行く。
ドアを開けると白ワンピースにサンダル、ヘアバンドで前髪を止めたパッチリした目の知らない人が立っていた。
「誰ですか?」
「うぇっ!」と悲鳴をあげて驚いた姿は二人にとって何処か見覚えがあった。
「あ、あの……春日部です。」
二人は雷に打たれたような衝撃を受ける。
「ほ、本当にあの春日部さん?前髪がタランチュラのようだった春日部さん?」
「は、はいあの春日部です。」
「セミを一日で百匹消費してそうなあの春日部さん?」
「そ、そんなことしてないけどあの春日部です。」
再び二人に雷が落ちたかの衝撃走る。
春日部は転校初日からズボンを愛用していたので男子に近い恰好をし、水が苦手という理由でプールを休んでいた。だが、血脈は三咲の影響もあり性別に関しては鑑定士並みに目が肥えていた。
それに比べて三咲は肥えた目を持っていないため今まで男なんじゃないかと思っていた。敬語を使っていたのは付き合いが浅くビビっていたのもあり、丁寧な人付き合いを求めた結果である。
「春日部さん夏だからイメチェンしたの?似合ってるね。」
「い、いえ夏は暑いので学校以外では前髪をあげてるんです。こ、この服は母に無理やり……。」
三咲は今まで男子だと思っていたので接し方に迷っているようだ。小声で血脈が耳打ちする。
「きずいてなかったのか?」
三咲は血脈の言葉で正気を取り戻す。
「お前は知ってたのか?春日部さんが女子だって。何で教えてくれなかったんだよ!」
小声で話す三咲に血脈も小声で返す。
「友達が欲しかっただろ。俺もお前も。何より性別なんかで見る目変わったりしないだろ俺達。」
「それはそうだけどどう接すればいいか……。」
「いつもと何も変わらないよ。お前と俺が勝負してお前を慰める。」
「お前が勝つ前提なのが気に入らない。」
だが、確かに見る目なんて変わらない。春日部さんは春日部さんだ。
「ど、どうしたんですか二人とも。わ、私なんかしました?」
「な、なんでもないいぃ~……。僕より可愛いぃぃぃぃ!」
三咲に女性耐性はなかった。
「・・・とりあえず荷物置いて虫取りにでも行こう。」
三咲の家から直ぐの山に移動し木々がうっそうと茂る中を歩いていく。
セミの鳴き声と木陰から漏れる陽が夏を感じさせる。
「しっかしセミの鳴き声が鬱陶しい。春日部さんには悪いけど俺は好きになれないな。」
「で、でも七日しか生きられないからこんな一生懸命鳴いてるんですよ?必死に生きてる人はカッコよく見えるじゃないですか。」
「そんな事言ってるけどあそこで鳴いてるん奴にはなんて名前つける?」
「け、健気な一生。」
「カッコ良さは何処に言ったんだ。」
二人が雑談をしている中三咲は何で勝負しようか考えていた。
正直もう正攻法で勝てる気がしない。ならば、
「血脈、虫取りで勝負だ!ただし、お前対僕と春日部さんだ!」
いきなりの発言だが、いつものかと二人は思った。
「普通にズルじゃん。それで勝って嬉しいのか?」
「うるせぇ!厚顔無恥とは僕のことだ!」
三咲には既に捨てられる恥などなかった。
「わ、私虫取りあまり得意じゃないけど大丈夫?」
「数に優る物などないよ春日部さん!僕はいい加減勝ちたい!」
気持ちだけは勝ってるんだけどなー、と春日部は思った。
「……しょうがないそこまで言うなら二対一でいいよ。その代わり、お前は春日部さんの分の願いももちろん聞くんだろうな?」
「謹んで受けよう。」
「決まりだな。いつもより深く精神崩壊しても知らないぞ。」
「勝ちが前提のお前の鼻をへし折ってやる。」
制限時間は一時間。どれだけセミを取れえるかの勝負が始まった。
「み、三咲君はどんな作戦セミを捕まえるの?せ、セミはあんな風に所かまわず鳴いてるけど警戒心は強いよ。」
「大丈夫。それでも単純に二手に分かれて取ってれば人数差で勝てるよ。今まで一人で挑んできたけど二人なら今回は負けないよ。」
「そ、そうかなぁ。」
春日部は短い付き合いだが血脈の手段を選ばないあり方を理解していた。
三十分後、膨らんだ虫かごを持って三人は集合場所に集まった。
どう考えても血脈の虫かごは二人が足した物よりも少ない。
三咲は今度こそ勝ったのを確信して口火を切る。
「僕達は合わせて59匹だ!見て分かるがどう考えてもお前の虫かごはそれより下!だよね春日部さん!」
「そ、そうだね三咲君!」
「僕達の勝ちだよ血脈!」
二人はなんだかんだで滅茶苦茶二人で協力して楽しんで虫取りしてたので仲が深まり変なテンションだった。
「結果を見ずに勝ちを宣言するなんて甘々だなお前ら。確かに俺の虫かごに入ってるのは25匹程だ。だがな、虫かごだけが虫を入れる入れ物じゃないんだぜ。」
血脈はその場で土を掘り始めた。
「「な、なにぃー!?」」
二人が土の中を見るとセミの幼虫が何匹も埋まっていた。
「お前が二対一を宣言した時からまともにコツコツ集めるなんて無理だと諦めた。樹液が沢山出てる涼しい辺りに目を付け掘り続けていたのだ!」
「そんないるかも分からない博打に賭けるなんてイカレテやがる!」
「イカレテルのは二対一を最初に提示したお前だ。」
「そ、それを言ったら駄目だよ血脈君。」
「占めて70匹!お前の負けだ三咲!」
ジー、ジー、鳴くセミ達の中で血脈はセミを一匹三咲に投げつける。
投げられたセミは髪の上から三咲の額近くに留まった。
「……また、負けたのか僕は。春日部さんと折角協力して頑張ったのに・・・。」
放心した三咲を見て二人は暫く戻ってきそうにないので捕まえたセミを逃がし始める。
それでも有り余って長いこと放心しているので二人は三咲の手を引いて三咲の家に戻った。
「そういえば、春日部さんセミ取ってこなくてよかったの?」
「わ、私はまだ一匹飼ってるので大丈夫です。」
「名前は?」
「せ、刹那の希望。」
「尖りすぎだよ春日部さん。」
三咲の意識がクーラーにより戻った。
「三咲ぃ、忘れてなよなさっきの勝負。」
「情けは人の為ならずだよ血脈。」
「情けは最初にかけたよ三咲。二度目はない。」
にじみ寄る血脈に後ろを向いて目をつぶる春日部。
三咲はとても嫌な予感がした。
「来るな、……来るなぁぁぁぁーー!!」
三咲は春日部が明日着る予定だった白ワンピースを着せられヘアピンで前髪を止められた。
「その恰好で一日過ごすのが一つ目だ。はい鏡。」
血脈は鏡で三咲の今の自分の姿を見せる。
「うぅ~、横暴がすぎるぞお前!春日部さんにも悪いし。」
「お、お構いなく。個人的には眼福です。」
いい笑顔で春日部はそう言った。
「二人がかりで挑んだのだから間接的に春日部さんに迷惑がかかるのは仕方がない。」
「だからと言ってこれは...。」
鏡の前で赤面する三咲。
「わ、私は気にしてませんよ?姉妹が出来たみたいで嬉しいですし、こんなに可愛い妹なら言う事なしです。」
春日部は思ったよりもノリノリだった。
「春日部さんそんなに見ないで下さい・・・。せめて弟がいいです。」
三咲の一日女装が決まりその後は大乱闘ブラザーズ等のゲームをして夕食まで時間が流れる。
「春日部さんこんなに風通しのいい服着て平気なんてすごいね。未だに落ち着かない。」
「わ、私も平気じゃないけど夏場は涼しいから。」
「三咲は巫女服着てたけどそれとは違うのか?」
「布面積が違い過ぎるだろうが。」
「だとしてもゲームでの敗北の理由にはならないからな。」
苦い顔を三咲はした。
三咲の部屋の扉からトントントンと、ノックの音がした。
「皆~、ご飯出来たけど夕食は何処で食べる?」
三咲の母親が現れた。
眼鏡にロングヘアーでエプロン姿、三咲にそっくりだ。
「あら~三咲どうしたのその恰好、お人形さんみたいね。写真撮っていい?」
顔面蒼白になる三咲に慌てる春日部、当事者の血脈は笑いを堪える。
「母さん写真は論外として姉ちゃんと父さんには伝えるなよ!特に姉ちゃんには!」
「ハイハイ分かりました。(カシャカシャ)それで夕食は?」
後で絶対消させなければ・・・。三咲はそう思った。
「三人で話したんですけど中止になった修学旅行の弔いがしたくて決まったお泊りですから三咲の部屋で食べることにします。」
「そうよね。まさか連続で台風が直撃するなんてついてないわよね~。先生なんててるてる坊主生徒の数作ってたらしくて、それを自分の車につるして『体当たりをしてでも止める!』って言って突っ込んで後悔してたんでしょ?止めてあげなさいよって思ったわ。」
そうなのだ。先生が一度目の台風で気を落としてだんだん狂っていくのを皆で見ていた。
6学年でも変な一体感に押されて止められなかった。
この人なら本当にやってくれんじゃないかと皆が期待して信じていた。
結果は惨敗。車はボロボロになり先生は右腕骨折。
涙なしでは語れないあるべき教師の姿がそこにはあった。
まあそれとは特に関係なく悔しいので三人でお泊まり会をすることにした。
「それじゃぁおばさん夕食持ってくから楽しみにしててね。」
そう言って台所に戻っていった。
「み、三咲君のお母さん改めて見ると本当綺麗な人だね。き、緊張して喋れなかった。」
「僕とは違って明るいから勢いに負ける事は僕もある。……にしても不安だ。母さんはまだしも姉ちゃんには知られたくない。悪寒がする。」
「お前の姉ちゃんお前とは性格真逆だものな。俺より破天荒な人を見たのは初めてだ。」
「け、血脈君破天荒な認識あったんだね。」
そんなこんなで夕食はカレーだった。
美味しく頂いた三人は食器を片付け、お風呂に入る事にした。
一番は春日部、次に三咲で最後に血脈。順番はじゃんけんで勝った順である。
「こういう時に限って勝つことばっかりだな僕。」
「春日部さん待つ間トランプでもするか。」
「二人だけのトランプって楽しいか?」
「ビビってんの?」
「やってやんよてめぇ!」
三咲は春日部が来るまでに五回全部負けた。
「あ、揚がりました。」
三咲がもう一回コールをしている内に春日部がお風呂から揚がる。
パジャマ姿で髪を結んいる。
「それじゃぁ春日部さんに勝ったらチャレンジさせてやるよ。俺はシャワー浴びてくる。」
「春日部さんトランプしよう。そして、あわよくば全勝させて!」
「や、八百長はどんなことでも楽しくないよ?」
春日部はババ抜きを始めてきずく。三咲は顔に出やすいタイプだった。
最後に揃えば勝ちが決まる状態までババ抜きは進む。
「こ、こっちかな~、それともこれかな~。」
手を左右に動かせば三咲の目はキョロキョロと縦横無尽に動き続ける。
「み、三咲君目が泳ぎすぎだよ。わ、私から見て左でしょジョーカー。」
そう言って無情にも右のカードを引く春日部。
「血脈の奴今までこのこと黙ってたのか許せない。僕だけよくトランプで負けるのはこれが原因だったのか。」
「え、え~、今まで誰も教えてくれなかったの?」
「春日部さんが初めてだよ。」
私が可笑しいのか?そんなわけないよね?と春日部は思った。
「フッ、それが分かった今僕はもう負けないよ春日部さん。」
「しょ、勝負はフェアが一番だからね。」
結果、3対2で三咲がなんとか勝ち越した。
「いける、いけるぞ。これなら今度こそ血脈に勝てる!」
「た、確かに今の勢いならいけるかも。」
丁度風呂から揚がった血脈が戻ってきた。
ジャージ姿に肩にタオルをかけている。
「次は三咲の番だぞ。」
「その前に僕とババ抜きで賭けありで勝負だ!」
「え、春日部さんまさか三咲に負けたの。コイツに?」
「そ、そうなんだよね~。さ、3対2の接戦だったんだけどね。」
血脈は何とも嘘くさいなという目線で春日部を見た後、とりあえず勝負を受けた。
勝負は最後の1枚を引き当てるまでに持ち込まれた。
三咲は春日部に教えられた事を活かし今度はジョーカーとは逆のカードで目を泳がせる。
結果、三咲は負けた。
「な、何故だ、何故こうもあっさりと負けたんだ。春日部さんの教えを聞いたのに……。」
「これで課し2だな。今は思いつかないからまた今度。とりあえず風呂に行け。」
トボトボと悲しみが滲み出る背中を血脈は見送った。
「け、血脈君本当にババ抜き強かったんだね。正直驚いた。」
ポカーンとして直ぐに正気に戻る血脈。
「そんなわけないじゃん。俺が強いんじゃなくてあいつが弱すぎるんだよ。」
「え?で、でも三咲君の目を一発看破してたでしょ?」
「あいつは嘘を吐くとき耳がぴくぴく動くんだよ。本命はそっち。目は関係ない。」
「き、きずかなかった。」
「まぁ普通キョロキョロ動いてたら目に目線はいくし仕方ないね。けど、本人には言わないでくれよ。勝てなくなるから。」
「しょ、勝負はフェアが一番だよ。」
「手厳しいね。じゃぁ俺が勝ったら言わないで?」
「わ、私が勝ったら血脈君も女装してくれる?」
「……普通にトランプしよっか!」
三咲が戻ってくる。
血脈と同じジャージ姿でポニーテールに髪を縛っている。
「あれ?白ワンピは?」
「明日返さないといけないから洗濯機の中。」
「か、可愛かったのに・・・。」
「止めて春日部さん、また着る羽目になりそうで怖い。」
3人はトランプをた後10時を過ぎたあたりで睡魔に襲われた。
話し合いにより、春日部に三咲の部屋を譲り血脈と三咲はリビングで眠ることにした。
「いちよう聞くけど春日部さんはけつみゃくと一緒で大丈夫?」
「ま、紛らわしい言い方しないでよ血脈君!か、カブトムシの方でしょ!虫は大丈夫なの知ってるくせに。」
「春日部さん知ってたのかカブトムシの名前……。日頃の鬱憤を晴らすといいよ。」
「ま、曲がってるね三咲君。」
じゃんけんで負けた血脈は床で、三咲はソファーで眠る。
「お前は本当に賭けない時はじゃんけんが強いな。」
「大事な時に不甲斐ないって言われてるみたいで腹立つ。」
「ばれた?」
「本当に嫌なやつだなお前は。」
ふてくされて早めに眠ろうとする三咲。
「だけどお前の変に真面目なところは大好きだ。」
「……ありがとう。」
その言葉を境目に二人は眠りについた。
朝、三咲はぼさぼさの髪を直すために洗面所に向かう。血脈は寝ている。
昨日けつみゃくに昆虫ゼリーをあげ忘れた事を思い出し三咲は寝ぼけた様子で自分の部屋に向かう。
丁度その頃起きた春日部は睡眠キャップとアイマスクを外し着替えようとしていた。
ガチャッ、扉が開く音が聞こえた。
今までふわふわしていた意識が半ば強制的に覚醒する。脱ぎ始めたパジャマに掛けていた手が止まる。
寝ぼけて目をつぶったままの三咲がトコトコ歩いて勉強机のけつみゃくにゼリーをあげる。
「!!?」
春日部は驚いて声も出さずに固まる。
餌をあげ終るとそのまままたトコトコ歩いて三咲はソファーに戻り二度寝した。
「な、なんだったの?」
ソファーにドスンと寝た三咲の音により血脈が目を覚ます。
目を覚ますがいつもの癖で目覚まし時計を探すふりをしてない事を確認し、二度寝した。
春日部は三咲を追ってパジャマのまま様子を見ていた。
春日部はまた人の奇行を知った。
春日部は二人を起こし、二人の意識が覚醒し始めると三咲が朝食を作りピクニックに向かう。
「2日目の予定未定だったけどピクニックに決まってよかったな。」
「春日部さんが起こしてくれたから家族の誰よりも早く起きてサンドイッチ作れてよかった。」
「ら、ラジオ体操の習慣で起きてたんだけど二人は行かないの?」
「僕は毎日行くけど今日くらいはいいかな。」
「俺は使懐が背負って連れて行ってくれる。日記に書いてたからな。今日は筋トレしてるよ多分。」
二人は使懐に対しての同情でいっぱいだった。
30分程歩くと芝生が広がった公園に着いた。
ブルーシートを広げてサンドイッチを食べる。
時間は朝の7時、ランニングをしている人がちらほらいる程度で他に人は見当たらない。
「サンドイッチうまい!けど、なんか物足りない。」
「お願いだから普通に食べてくれ。」
「ほ、本当美味しいです!素材の味だけでも食べてみたい。」
「美味しいだけじゃどうしても駄目なの?」
あっという間にサンドイッチはなくなってしまう。
「今日この後どうする?」
「確か夏祭りやるんじゃなかったっけ今日。」
「ひ、人混みは苦手です。」
「じゃぁ食べたいものだけ買って三咲の家で食べよう。人少ないうちに行っちゃおうぜ。」
「そ、それならギリギリ。」
「んじゃぁ電車乗っていこう。」
3人は一度三咲の家に戻りおこずかいを持って夏祭りに向かう。
「春日部さん着物はないけど巫女服はあるから着る?」
「な、何そのパワーワード……。み、三咲君も着るなら……。」
「三咲、着るしかないよ。」
「横暴だ~!」
血脈の課しにより三咲はしぶしぶ巫女服を着た。
「何で僕だけエプロン風なんだ!」
「数がないんだから仕方ない。」
「お、お揃いです。へへ。」
電車に乗り九時半頃祭り会場到着。
会場には既に沢山の人でごった返しになっていた。
クラスの人をちらほら見かける中、射的屋でお面を頭に乗せ片手に食べ物や景品をぶらつかせる見知った人物がいた。使懐だった。
すぐそこの屋台で水風船を取り使懐に近づく血脈。
「おねぇさん凄いね!百発百中だ!」
「ちょろいですよこんなの。私にかかれば店主の命さえ思いのままです。」
並んでいた子供の前でドやる使懐。
「おい使懐。」
「なんです?」と振り返ると同時に水風船が顔面に直撃した。
「何してるんだお前?新手のストライキか?」
「そ、その声は坊ちゃん!?何故ここに!?」
「こっちのセリフだが?」
後から追いついた二人が声を出す。
「あ、あれが使懐さん?は、初めて見たけどおどけた人だね。」
「いつもはちゃんとしているんだよ。いつもは。」
話を聞くために四人は屋台を離れ端に移動する。
「失礼しました皆さん。私、坊ちゃんの家政婦をしております捨鉢 使懐《すてばち しかい》と申します。」
いつものメイド服とは違いスポーツウェアのメイドはお辞儀を深々として向き直る。
「それで、何でお前がここにいるの?」
「そ、それはですね、坊ちゃんの日記の通り日課の筋トレをしてたのですが最後の一文に【夏祭りをたのしむかも?】と書かれておりましたのでこれは行くしかないなと思いまして。」
「あっ。」
そういえばそんなこと書いてたな~。祭りの事忘れないために書いた気がする。
「それで私なりに楽しみ方を見出した結果敬われる立ち回りをして自尊心でも満たそうかなと。」
「俺が悪いけどさ、お前もお前でなかなかだよ。」
「取り合えず私はもう楽しめたので帰ります。それと坊ちゃん、お腹は空きませんか?」
「昼も近いしそりゃぁね。」
「では私が取った景品で欲しい物を皆さんどうぞ。」
「い、いいんですか?」
「ええ、走って帰るには多すぎますから。」
春日部は狐のお面、三咲は綿あめとスーパーボールを、血脈はかき氷を貰った。
「それでは皆さん坊ちゃんを今後ともよろしくお願いします。では。」
そういうと使懐はあっという間に行ってしまった。
「……にしても血脈がそんなに楽しみにしていたとはね。正直驚いた。」
「わ、私もあんな『暇だからしょうがないか~」感を出してたのに楽しみにしてたなんて驚きだよ。」
「止めて春日部さん、言わないで……。」
照れる血脈を二人がニヤニヤ見つめる。
「に、にしても使懐が全部くれたからもう買うものなんてなくない?」
「わ、私気になってたんだけどさ、あの赤い車先生のじゃない?」
二人が振り向くと、そこには改修しても消せなかった接合部が見える車があった。
「間違いないね……。探すか。」
辺りを見渡すと先生らしき人の声が聞こえた。
声のする方を振り向くと焼きそばを豪快に焼いていた先生がいた。
いつもは眼鏡をかけており穏やかな雰囲気なのだが、眼鏡は曇り鼻に掛かっているだけで眼鏡の意味をなしていない。腕を捲くり豪快で活き活きしている姿は普段とはかけ離れていた。
「先生何してるの~?」
声を聴いて服で眼鏡を拭いて三人に気づく。
「ああ、君達三人か。祭りを楽しみに来たのかい?仲がいいね。先生はね~・・・」
言えない。酔った勢いで無理やり会場に連れてこられて手伝わされてるなんて。
まさかあの飲み会が人で不足の祭りの人員を足すための公務員をつる作戦だったなんて誰が信じてくれようか。子供にこんな汚い社会を教えるわけにはいかない。
本当は釣りに行きたいなんて口が裂けても言えるはずがない。
「じ、慈善事業だよー。地域活性化の為にも必要だからね!折角だから焼きそば買ってきなよ。」
「「「いらない。」」」
「……そっかぁ。お祭り楽しむんだよ!」
先生と話した後その先でお好み焼きやクレープを買って岐路につく。
「先生活き活きしてたね。眼に涙まで浮かべて。」
「ぜ、絶望の向こう側って感じのいい笑顔だった。」
「絶望に向こう側なんてないだろ。」
「どうかな……。」
13時に三人は三咲の家に戻ってくる。
「取り合えず花火まで時間あるし歩き疲れたか僕はゲームを所望します。」
「異議なし。」
「さ、賛成。」
買ってきた物を食べながら三咲の部屋でゲームに興じる。
「血脈これは協力ゲームだぞ!お前僕を落とそうとするな!」
「すまん……。協力は苦手なんだ俺。敵と味方の区別がつかない。」
「ち、致命的すぎるよ血脈君……。」
ゲームをしているとドタドタとだんだんと足音が近づいてくる。
何かを感じ取りクローゼットに入った布団を取り出しくるまる。
「たーだいまー三咲ー!お姉ちゃんが帰ってきたぞ!吸わせろ!」
金髪のツインテールに巫女服、有り得ないくらい欲求に素直な発言、間違いなく三咲の姉だった。
「ぬーお~、血脈君と……誰かな?まあ可愛いからよし!ちょっとごめんね!」
二咲はめいいっぱい息を吸い込んで動物の匂いを嗅ぐように息を吸い始めた。
「え、ええ!な、何するんですかこの人!助けてー!」
二人はめいいっぱい聞こえないふりを続けた。
「ふ~、落ち着いた~。見知らぬ美少女よ、ありがとう。私は二咲、欲求に素直な女子だ!よろしくな!」
ニコっと沈黙した春日部に笑いかけた。
「ところで可愛いの権化である弟を知らないかい血脈君!?白ワンピを見てから興奮が収まらないのだが!」
「三咲はあの、その、野暮用って言って外に出ていきました。」
「そうか、ありがとう!出来れば血脈君も吸いたのだが、駄目か!?」
「ダメです。」
「そうか!では弟を探してくる!またな!」
嵐が去った。三人はそう思った。
「み、三咲君が隠れる意味が分かったよ。あ、あれは通り魔だ。」
「ま、まさか全国で舞を踊って修行していた二咲がこんなにも早く帰ってくるとは……。」
「いつみても高校二年生とは思えんパワフルさだぜ。対応を間違えたら死ぬ。」
「花火大会ももうそろそろだしそろそろ外で待とう。猛獣が帰ってくる前に。」
三人は外にでて、お賽銭をする場所で座って待つことに。
「しっかし姉弟でこうも違うかね。」
「あれよかマシだ。ただし、あれより悩みも多いけどな。」
「や、やばいよ。ど、どんどん音が近づいてきてない?か、隠れなぴゃ!?」
話している間に春日部が消えた。
まずい!!二人は各々が最善の選択をする。
「手を離せ血脈!今はこんな事をしてる場合じゃない!」
「お前が離せよ三咲ぃ!そうすれば俺は離す。」
「お前が後ろから俺を抑えて二咲に売り渡そうとする魂胆が見え見えじゃ!姉のロリコンは生粋だ、お前もくらうがいい姉の雑食を!」
どちらも手を取っ組み合わせて離そうとしない。
そうこうしている内に春日部の叫びが弱々しくなっていき途絶えた。
来る!!二人がそう思った瞬間血脈は思い出す。
「三咲!課し1だ!」
三咲の動きがピタッと止まる。
震えながらも覚悟を決めた三咲は仁王立ちで血脈の前に立つ。
「僕は、姉(の欲)を信じてる。僕一人で満足するわけがない。だから、先に地獄で待ってるぜ!」
丁度その時最初の花火が打ち上げられた。
一人の少年の叫びが火花とともに散っていく。
俺は花火を黙ってみていることしか出来なかった。
次々と揚げられる花火が終わりがないことを表すように獣はこちらににじみ寄る。
最後に絞り出たのは、
「ごめん。」
謝罪だけだった。
くたくたになった三人は服装も髪型も乱されボロボロだった。
なんとか階段に横に座って花火を眺める。
「き、綺麗だね。」
「そうだね。」
「本当に。」
ぽろぽろと一人一人感想が零れていく。
「ら、来年もまた三人で見られるといいな。」
「「猛獣がいなけばね。」」
こうして三人の夏休みは終わりを迎えていった。
二学期、小学生最後の運動会が始まる。
春日部は最近になって気づいた。二人は女子に人気があるのだと。そして、私は男の子だと思われていたことに。
確かに今もズボンを履いてるし前髪も戻したけど正直マジかよだよ。だから女子から話しかけられなかったのか。
まぁこんな私の最近の発見なんて前部どうでもよくて困っていることがある。それは、二人の仲が険悪だという事だ。
話を聞けば、この時期はお互いあまり話さないらしい。普段は仲がいいのに不思議だ。
そうこうしている内に血脈君が動く。
「頼む三咲、俺に大縄跳びの飛び方を教えてくれ!」
「嫌だ!!」
春日部「!!????」
どうやら血脈君の協力が苦手なことが原因らしい。
運動会で個人競技など基本ない。血脈君は大縄跳びなら全員押し出し、玉入れならあらぬ方向に。人呼んで確定している裏切り者と呼ばれている。
毎回この時期になると三咲君に教えを乞うのが恒例になっている。
「み、三咲君教えるだけなら教えてあげればいいんじゃい?へ、減る物でもないし同じクラスだよ。」
「そうは言うけど僕は毎年教えてるけど成功したことないよ?もう僕は無理だと思う。」
三咲君らしくない弱腰に姿勢、どれだけの物なんだ……。
「最悪春日部さんでもいいから教えてくれると助かるんだけど。」
「み、三咲君にも出来ないことを私が出来るわけないよ。……そうだ、もし教えることが出来たら課し1にできるってのはどう?こ、これなら三咲君もやる気出るんじゃない。」
露骨に嫌そうな顔をする血脈、その横で笑顔を見せる三咲。
「フッ、だが俺の協力オンチは伊達じゃない。本気を出した三咲でも流石に無理だろ。」
「ほ、誇れることじゃないよ血脈君。」
「まあでもそれなら僕も手伝おう。絶対に体に覚えさてやる。」
いつもの調子に戻った三咲。若干ビビる血脈。
「せめて課し0.5くらいで手を打ってくれない。精神的ダメージをくらわないくらいのでお願いします。」
「了承だ。じゃあ早速休み時間から特訓だ!」
そこから三咲君の鬼のような特訓が始まった。
リレーのバトンの受け渡し。
「どうしてバトンを投げるんだアホ!」
「投げた方が早く渡せるじゃん。」
「競技が砲丸投げになるだろうが!」
大縄跳び。
春日部がサッカーゴールに縄の一方を結び回し役を担う。
「い、行くよー。せーの!」
二人が中で飛び始める。だんだんと三咲をポスト側に追い込んでいく。
「わざとか?わざとやってんのかお前!」
高くなる縄にギリギリで跳ぶ三咲。
「動きながら跳んだ方が縄に合わせやすくないか?」
「来る縄に対して垂直に跳ばないとはみ出るだろうが!ぐあっ!」
引っかかって三咲は転倒する。
ボロボロになった三咲をみて血脈の手ごわさを春日部は理解した。
「だ、大丈夫三咲君?わ、私が悪かったよ。あ、あれはまさに確定してる裏切り者だ。」
少し考えてから三咲は春日部につい言葉を零す。
「僕、多分あいつとは違う中学に行くんだ。」
いきなりの発言に戸惑う春日部。だが、直ぐに耳を傾ける。
「それをあいつにまだ伝えられてなくて……だから、どうしても一回だけ勝って伝えたいことがあるんだ。」
し、知らなかった。三咲君にそんな事情があったなんて。てっきり復讐だと思ってた。
「な、なら意地でもこのアドバンテージは取らないとね。勝つために頑張ろう三咲君!」
「うん!」
そこから二人は血脈に協力の大切さを教えた。が、なかなか結果はでなかった。
諦めかけていたその時、ゲームの配管工ブラザーズで血脈がクリア出来ないステージで自分身を投げ売って三咲を助ける行動をした。
「血脈、今お前なんで僕を助けた?」
「何でって、そうしないとお前亀踏めなかったじゃん。必要な犠牲だろ?」
「それだ血脈!」
運動会当日、学校にて完璧に協力して大縄跳びを跳んでいる血脈の姿があった。
「ど、どうしたの血脈君!完璧に縄跳び跳べてるよ。跳んでるのに空中じゃ直立不動だよ。凄い!」
「昨日三咲に言われたんだ。『敵を倒すために血脈は自分を押し殺せ』ってな。」
「え、……なんかすごい危ない思想。」
「血脈は基本自分が辛いとか痛いとかのデメリットを負わない事を基本に動く。だから、少しの痛みで有り余る利益を得られる事を知ったのさ春日部さん。まさか配管工に助けられるなんて思わなかったよ。」
すっごい笑顔の三咲が血脈の後ろから現れた。
「だ、大丈夫その方法?あ、後から壊れたりしない血脈君?」
「大丈夫、直ぐに反動が来るよ。」
「は、反動?」
血脈は明後日の方向を向いて泣いた。
「勝てたの嬉しい~。けど、次もやるのヤダー!春日部さんも三咲も可愛いね。可愛すぎるだろうが!」
「情緒が不安定になる。」
「ま、マッドサイエンティストみたいだね三咲君。」
「マッドなのはあそこで応援してる姉だけで十分だよ。」
横を見ると三咲の姉の二咲が手を振っていた。片手には先生が首を持たれてグダっとしていた。
その横では使懐がビデオカメラを片手に親指を立てている。よく見ると後ろに血脈の両親もいる。
春日部の両親は反対で春日部に手を振っている。
お昼、沢山の保護者が校庭にテントを張って横に長い楕円のようで中央はぽっかりと空いている。
三人はそれぞれのテントでご飯を食べる。
「あっ、春日部さんご飯食べ終わったの?血脈のテント探しに行こう。」
二咲が周りに目が奪われている内に抜けてきた三咲は血脈と春日部を探していた。
「い、いいよ。あっ、お菓子持ってくるからちょっと待って。」
両親からお菓子を貰ってくると春日部と三咲は血脈を探した。
「あっ、いた!」
見つけた三咲はテントに近づく。
中には二十代後半に見える男女と血脈、使懐がいた。
男はワイシャツにズボンを着こなした金髪で赤黒い目が特徴的だった。
女はリクルトートスーツを着た出来るOLのような恰好で短髪のショートヘアーの女性だった。
「こんにちは。いつ見ても若々しいですね血脈君の両親は。」
「ありがとう三咲君。君はだんだん可愛くなってくね。本当に男?」
「会うたびですねそのくだり。血脈、お菓子交換しに行こうぜ。」
「おん。」
そう頷くと血脈はお菓子を持って出て行こうとする。
「血脈、後で話があるから今日は真っすぐ家に帰って来るんだぞ。」
「おう。」
血脈はテントを後にした。
「使懐、血脈の様子はどうだ?」
「坊ちゃんはいつも通りお変わりなく元気に過ごしています。最近は友達も増えて幸せそうです。」
「そうか……。」
「元気そうで良かったわ本当に。子の親離れは早いものね……。私は少し寂しいくらいよ。」
「使懐、これからも息子を頼む。」
「……はい。」
その頃3人はお菓子の奪い合いを繰り広げていた。
「わ、私の勝ち~。ツイてる~。」
運動会も大詰めに入り最後は赤組白組のリレ-対決。
人数は各学年から三人づつ選ばれ赤組白組代表として36人が走る。
楕円を半周したら次の人にバトンを渡す形式だ。
六年生の赤組として走る三人は血脈、三咲、春日部だ。
正直春日部の足は女子では速い方だがそこまで速くない。二人といたので期待値で選ばれたのだった。
春日部本人は辞退したかったが二人の雰囲気がそれを許さなかった。
「春日部さん大丈夫?顔が青いよ。」
心配して駆け寄る三咲。髪を縛りやる気を示している。
「だ、大丈夫大丈夫。さ、さっき食べたお菓子が私に会いたがってるだけ。」
お腹を抱えてうずくまる春日部。緊張しているのが伝わってくる。
「心配しなくて大丈夫だよ春日部さん。負けてもチーム全体の落ち度さ。」
春日部は思う。「励ましになってない!」と。
そんな春日部の心境とは裏腹にリレーはスタートする。
まずは一年生から始まり二年生へとバトンが渡っていく。
三人がいる赤組が若干有利という形でとうとう春日部の番が来た。
バトンを受け取ろうする所でラインギリギリを攻めすぎてバトンを落としてしまう。
ごたついてしまうバトンの受け渡し。抜いていく白組。
最悪。やってしまった。大事な時に。周りの視線が痛い。
涙を眼に浮かべながら走る春日部。既に白組に10メートル程の差をつけられている。
何とか三咲にまでバトンを届けるが。
「ごめん三咲君……。もう……」
そう口にしかけたのを三咲が遮る。
「君の落ち度は僕の落ち度だ。大丈夫、追いつくさ。」
三咲はいつもよりも力を入れて走る。追うのが日常茶飯事な三咲にとって追いつくのは難しくない。
三咲は自身の二メートル範囲内に相手を捉えた。
相手がアンカーに渡し終えた所で三咲は血脈にバトンを託す。
「頼んだ!最高にらしくな!」
「分かってる。」
お互いの組で遂にアンカーにバトンが渡りきる。
アンカーは一周分を走りきらなければならず白組のアンカーはめいいっぱい血脈から逃げる。
流石にアンカーなだけあってお互い早い。だが、差は少しづつ縮まっていく。
最後の直線、二人は並んだが白組のアンカーの方が歩幅2歩分前に出ている。
ゴールまでは残り二メートル、血脈は狙っていたかのようにそこで大きく前に跳躍した。
最初にラインを切ったのは、
「完全勝利だ。」
血脈だった。
「「「うおぉおおお!!」」」
「「「よくやったよ~。ドンマイ。」」」
湧き上がる赤組の歓声、健闘を称える白組の声。
左手を腰にあて顔の右横に右手を持っていき手のひらを開きドやっている血脈。
「やったな血脈!正直無理だと思ってた。後、そのポーズ何。」
「バトンを貰った後は個人競技だ。負けはない。ちなみにこれは喜びの表現。」
二人が話していると泣きじゃくった春日部がやって来た。
「ありがとうぅぅぅ三咲君!私のせいで負けるとこだったぁぁぁぁ!かっこよすぎ!」
「俺が追いついたのもお前が何とか距離を詰めてくれたおかげだ。かっこよかったぞ三咲。」
「……照れる。」
こうしてリレーの点数により赤組の勝利で最後の運動会は幕を閉じた。
血脈は家に帰ると珍しく使懐以外の人間に驚く。
「お帰りなさい血脈。お父さんが部屋で待ってるわ。」
珍しくいる両親にどことなく緊張してしまう。両親は
父の部屋には鍵がかかっており父が居る間しか開いておらず、基本入る事はない。
部屋には本棚に本がびっしりと並びんでおり、空いている棚の部分にはワインが置かれている。社長が使ってそうな机にはPCが一台とワイングラスがある。中央にはソファーが一つ。
椅子に座りワインを嗜む姿は背伸びする子供のようだ。
「お帰り。最近の調子はどうだ?寂しくないか?父親らしいかな俺?」
父を見るたび若すぎて驚く、発言まで何処か若くて胡散臭い。けど、父だと分かる。
グラスにワインが入ってることから少し酔っているのが窺えた。
「一つ一つ話すには時間がかかるから一言で済ますよ。満足してる。」
「……そうか、ならいいんだ。じゃぁお前の話を聞かせてくれ。」
血脈は一通りいつもの日常を語る。振り返ると自然に話が弾んでいった。
「三咲君はいつも本当面白いな。春日部ちゃんとは仲良くな。」
「分かってるよ。」
少しの沈黙。呑み込んだ言葉を父は吐き出す。
「血脈は今どうなりたい?漠然とした質問だけど具体的に答えてくれないか。」
迷いなく答える血脈。
「そうか。・・・出来れば一緒に住めたら良かったんだが、もうちょっと先だな。大晦日にまた来るよ。」
「うん、楽しみにしてる。」
血脈の両親は一緒に食事をした後仕事の関係でまた海外に向かった。
「使懐はずっと一緒にいてくれるか?」
「もちろんです、私の人生は貴方のお父様に買われましたから。」
「父が去っても?」
「坊ちゃんはもう家族ですよ。手のかかる弟のようです。」
答えを聞く前に血脈は眠ってしまう。
使懐は血脈をベッドに運び一日が終わった。
冬休み、三人は寒さに身悶えしていた。
今年は珍しく早くから雪が降り世界は一面銀世界、それを活かして三咲は計画を練っていた。
運動会の件で手に入れた課し0.5を使い、どうにか血脈に勝てないかという事だ。
明らかなズルは大体拒否される。最近だと警戒して勝負を断られる事もある。そこで、春日部さんと協力して雪を使った勝負を挑みあいつの虚を突く。
最初は雪で釜倉とか雪だるまを作り油断させ、その中に春日部さんが隠れ奇襲をしかけその間に僕が勝つ。ズルだと血脈が言ったところで課し0.5を使い黙らせる。ズルで負けたのだからあいつの心は傷つかない(多分)。
僕は作戦を春日部さんに早速電話で連絡して明日に三人で遊ぶ約束を取り付けた。
今まで大事にしてきたなけなしの0.5を使うのは雪の日と決めていた。それまで何度も挑み恥辱を味わい春日部さんに慰められる日々。いい加減僕は勝つ!
「さ、寒い寒いと思ってたらまさか雪が降るなんて思わなかったよね。」
ダウンジャケットに耳当て、マフラーを巻き手袋をした完全装備の春日部は寒さに身を震わせる。
「久々に両親が帰って家族水入らずでコタツでウダウダしてたかったんだがな。」
春日部と同じく完全装備の血脈は白い吐息を三咲に向かって吐きながら愚痴を吐露する。
「けど来てくれたじゃん。」
「そ、それは皆が行けっていうから……。」
しどろもどろに答えを濁らす。
「す、素直じゃないね血脈君。」
血脈の様子を見てほっこり笑う春日部。
「それより、今日は何すんだよ三咲。なんもしないならこのまま帰るぞ。」
「フフフ、心配するな血脈、今日は雪を使って釜倉とか雪だるまを作るぞ。」
「勝負はする?しない?」
「なしだ。この寒い中は流石の僕も厳しい。最初は体を動かして体を温めてからだ。」
「...結局しそうだな。」
三人は協力したり個人で思い思いの物を作った。
最初は釜倉。
「出来たな釜倉、水で固めないと厳しかったが中は結構温いな。」
血脈は基本協力が出来ないので一人で二人より少し小さい釜倉を作った。
「ランプと七輪が家にあるから後で取ってくるよ。」
「な、何焼くのかな?せ、セミ?」
「春日部さん流石の俺達にも限度はあるよ?」
次に雪だるま。
春日部は血脈にバレないように小声で話す。
「み、三咲君、やっぱり雪だるまは沢山あった方がいい?」
「うん、そうだね。あればあるほど違和感はなくなるから沢山あるに越したことはないかな。」
「わ、分かった……。み、三咲君もしこの作戦が成功したらさ、これからは名前で呼んでくれない?」
いきなりの発言に驚きと戸惑いをみせる三咲。
「ど、どうして?」
照れて下向きになりながら春日部はごにょごにょ喋る。
「ふ、二人が名前で呼び合ってるのに私だけ苗字だからズルい……。」
三咲は何がズルいかは分からかったが可愛い事は分かった。
「分かった、二人で勝って血脈を分からせよう。」
「(なんか違うとは思ったけど)うん!」
そんな話を二人がしてる間に血脈は『俺のことはいい、先に行け!』雪だるまを真剣に作っていた。
最後は個人個人の芸術表現。
三咲は釜倉の中にランプを置き夜景を表現した。見方によっては手抜きだが確かに綺麗だった。
一番最初に作り終わったので血脈が作った釜倉を使って七輪でマシュマロを焼いて食べた。
煙が籠もるので無慈悲に天井に小さな穴を空けた。
血脈は雪だるまシリーズが気に入ったのか『無事か?』と仲間を守るために腹を貫かれた雪だるまを作りその後も数々の作品を作ったが、最後は張った水が凍っているバケツの中に親指を立てた左腕を作って終わった。
あいるびーばっ~く。
何故か三咲は涙なしでは見られなかった。
最後まで遅れた春日部は50センチ程のセミの幼虫から成虫までの軌跡を雪で表現した。
二人は釜倉で暖まりながら生命の神秘を感じた。
三人は遊びつくすと釜倉の中に雪で作った椅子に座って暖まる。
「ふ、不安なんだけど釜倉溶けないよね?」
「穴空けて温さ半減してるし大丈夫だと思う。」
串に突き刺したマシュマロを焼きながら会話する春日部と血脈。
「二人ともこの寒い中あそこまでよく作れるね。手痛くないの?」
二人の様子を見ながら手を七輪にかざす三咲。
「作り出したら止まらない。」
「さ、再現度はそのまま好きに比例するから。」
体が温まるまで釜倉でジッとする。
「よし、血脈。鬼ごっこで勝負しよう。」
とうとう来たかと思いながら血脈は応える。
「お前が不利だけどいいの?」
「僕は追う方が得意だからね。」
鬼ごっこののルールは三つ。
一つ目は三咲の家の敷地内で行い家に隠れるのはなし。
二つ目は制限時間三十分以内に捕まえること。
三つ目は鬼は追いかける前にその場で目を瞑って六十秒声に出して数える。
ルールをあらかた説明した三咲は目をつぶって数を声に出して数える。
「いきなりだな全く……。」
血脈は察したので急いでその場から離れ始める。
「あっ、言い忘れたけど僕が勝ったら春日部さんの願いも今回は聞いてくれ。春日部さん勝負に関係ないけど。」
「別に春日部さんの頼みならある程度元から聞くけど、負けたらお前は二つだぞ?」
そう言って血脈は釜倉からでて隠れ場所を探す。
春日部は血脈を見送った後三咲に耳打ちする。
「み、三咲君ありがと。」
「必ず勝とう春日部さん。」
春日部も残り二十秒というところで釜倉を出る。
「さ~ん、に~ぃ、い~ち、ぜろ。」
数え終えた三咲は早速血脈を探しに行く。
時刻は16時半、終わる頃には丁度五時の鐘が鳴る時間帯だ。
三咲が動くタイミングで偶然雪がパラパラと降り始める。足跡が消えてしまうので気をつけなけばいけない。
三咲はまずは場所を把握するために音を立てずらくするため忍び足で家を見て回る。
その様子を三咲達が作った釜倉の裏で左側から血脈は覗いていた。
二人が作った釜倉の右横には春日部が作ったセミが二体並んでいて右からでは見ずらかった。
春日部の姿も確認したが雪だるまを吟味しているだけで特に何もしていなかったので本当に関係ないのだろう。
血脈の作戦は≪逆尾行作戦≫。追う側を逆に監視して見つからないようにする作戦だ。
この作戦の利点は足跡と音が被ることでバレずらいという事。
流石は個人戦では敵なしの血脈、下法に関して右に出るものはいない。
三咲が十五分かけて慎重に家と寺の裏まで確認したが血脈は見つからない。
普段ならこのまま走って炙りだす方法を取るのだが今日の三咲は冴えていた。
つけられてる事に気づき一度釜倉雪だるま地帯に戻ることにした。
釜倉を作った場所には雪だるまが数体点々と存在している。
足跡を確認するとやはり血脈の足跡は規則的に繋がっていた。
血脈は最初に家と寺を一周して釜倉に戻りその後、二人の釜倉に隠れこちらを監視していたんだ。僕が出るとこを見て足跡を追うのを確認したら自由に隠れられる。だが、音がしなかった。という事は追ってきて足音を重ねてゴマかしたのか?
結論を出した三咲は視点が絞られる雪だるまの位置を探し賭けに出る。
三咲を体が隠せる位置から見ていた血脈は三咲が走る姿を見て直ぐに自分も走りだす。
視点的に雪だるまで隠れてしまうが三咲の足跡は走るのを止めない勢いがあった。そのまま走り続ける。
その雪だるまの近くまで近づくと三咲が目の前から飛び出してきた。
「!?」
出した足を捻って咄嗟に横に避ける血脈。
勢い余って雪に突っ込む三咲。
三咲の恰好は完全装備ではなく真冬にスポーツウェアというイカレタ恰好だった。
「しくった!まだだぞ血脈!」
直ぐに二人は体勢を立て直し三咲は追って血脈は逃げる。
スポーツウェアを着てるだけあって初速が速い三咲は手が届きそうで届かない位置まで血脈に近づく。
それでもまだ血脈の方が速いのでだんだん離されてしまう。
近くの雪だるまを挟み追いかけ逃げ合う二人。
「はぁ、はぁ、頭を使ったな三咲!まさかその場で足踏みして離れるフリをするとは思わなかった!」
「お前程じゃないよ血脈!はぁ、はぁ、最初に一周するくらい走ったのに吐息が見えなかった。口に雪でも含んでたんだろ?はぁ、はぁ。」
「正解だ三咲!俺は今回も勝つぞ!はぁ、はぁ、お前の恥辱が俺の生きる意味だ!」
「くそ野郎がぁ!!」
血脈もだんだんとジャケットやマフラーなどを脱ぎ捨てて逃げる。
この鬼ごっこもだんだんと終わりの時間が近づいてきた。
残り時間は三分。
何とか作った雪だるまを使って距離を縮める三咲。もうあとがない。
残り時間は残り二分。
三咲の腕に付けられた腕時計は無情にも時を刻む。
残り一分。
血脈が三咲達が作った釜倉に近づいた瞬間、
「をばぁ!!」
横に作られたセミの幼虫の中から春日部が突然出てくる。
「はあぁぁぁ!?」
驚いた血脈は足を滑らせて釜倉の中に突っ込む。
それを見た三咲も驚いてそのまま釜倉にホールインする。
残り時間三秒前、三咲は血脈に触れる。
「血脈捕まえた!僕の、僕達の勝ちだぁあああー!!!」
この日三咲は始めて血脈に勝った。
流れる五時の放送が、三咲には勝利のファンファーレに聞こえた。
春日部は隠れていたセミの抜け殻が雪で埋まり体が冷えたので三咲に風呂を借りた。
二人は脱いだジャケットを拾って二人で突っ込んだ釜倉の中で休んでいた。
疲れで黙って釜倉の中の吊るされたランプをじっと見てしまう。
「...なぁ、俺出来れば痛いのとか、辛いのとか嫌なんだけど駄目か?」
痺れを切らしたのか血脈が口を開く。
「僕をなんだと思ってるんだ。そんなことするか。」
「じゃぁ何すんだよ。」
口篭もる三咲。暫くすると決心したように三咲は話す。
「実はさ、僕お前とは違う中学に行くことになったんだ。」
発言に驚く血脈。
「……そうか、でももう二度と会えなくなるわけじゃないだろ。お互いこれから頑張らないとな。……心配なのはお前に友達が出来るかだけだよ。」
血脈らしくない優しい言葉に笑顔、三咲は血脈が話を理解した事が分かった。
三咲の心臓は痛いほど早くなる。三咲は痛みに押されて吐き出すように言葉を出す。
「僕の最初で最後の願いだ。血脈、僕はお前が好きだ!ずっと一緒にいろ!」
「……え、えええぇ!」
声を出して血脈は慌て始める。
「それ、本気か?」
「僕はお前とずっとに居たいし、...あ、愛してるが聞きたぃょ。」
今までの比にならないくらい赤面する三咲。言ってから俯き表情が見えない。
血脈はどうにもズルいと思いながらも答えは決まっていた。
「今まで言った好きに嘘なんて一つもない、俺も愛してるよ。・・・ズルいんだよバカ・・・。」
三咲の髪をかき揚げキスをする。
その時、脳裏に甘い感覚と鼻腔をくすぐる匂いがした。
思わず三咲を押し倒す。
血脈の目は赤みを増しよだれが止まらなくなる。
「どうしたんだ血脈?」
様子がおかしいことを察したのか三咲が不安に駆られる。
血脈は三咲の肩に噛みつき肉を食いちぎる。
血脈の脳裏には春日部が言った言葉が浮かんでいた。
「意志は能動的で体は受動的。」それは、どちらかが異常をきたせばどちらかが対応せざるを得ないという事。三咲の肉は信じられないくらい美味しい、俺の体は本当に人なのか?
こんなに好きで愛してるのに俺の体は言う事を聞かない。
自然に流れる涙に対して三咲を掴んだ腕はうんともすんとも言わずに掴んで離れない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
日常が音を立てて壊れていく。
雪が血で染められニチャニチャとした肉を噛む音だけが聞こえる。
「血脈、僕も愛してるから……。」
最後に伝えたい事を言うと三咲はあまりのショックにこと切れる。
『ッ!!!!!」
血脈は覚悟を決めた。
お風呂上りの春日部が雪が酷くなっていることを危ぶみ二人を呼びに来た。
春日部は吹雪の中で釜倉から出てくる影に近づく。
「ふ、二人とも、雪が強くなってきたから家に...!!」
春日部は絶句する。
血脈が三咲の首元の服の部分を噛んで引きずっていた。
血脈は両腕から血を垂れ流し今にも死にそうだ。
春日部の姿を見かけると血脈は三咲を優しく置いて言う。
「三咲を頼む。」
血脈はそのまま自分の家に向かって必死に走る。
春日部はその背中があまりにも物悲しくて、
「ぜ、絶対また三人で会おうね!課し1だから!」
そう言って急いで三咲の看病に取り掛かる。
「はぁ、はぁ、くそ!」
血脈の手は少しすると徐々に生え始める。
「生きたかった……。」
血脈の声は吹雪でかき消された。
同じ人間なのに《人間》だと思う。これは違和感だ。
まるで自分がその人と同じじゃないみたいって当たり前だけどなんかしっくりこない。
気が付くと夢中になってその子の足を見ていた。
生え始めの歯がチクりと足に刺さると充満してくる赤い液体。
銜えていたおしゃぶりの味なんてしなかった。これは...形容しがたい不味い何かだ。
泣いたその子を横目に血を「ペッペッ。」として口直しに何となく自分の腕を噛んで啜ってみた。
さっきと変わらずうまくはない。だが、味は全くの別物に感じた。
「明日も明後日もいらなくない?」
暴論を吐きながら俺の席にどどんと構えながら席に座るその子は小学生ながらに大人のような事を言う。
「三咲、一学期始まって直ぐにそんな事いうな。気が滅入る。」
「だけどさ血脈、休み明けの授業程おっくうな物なかなかないぜ。」
男のくせに長い目にまで掛かる髪をなびかせながら言うコイツのセリフは妙な説得力がある。
「というかお前いい加減髪切ったらどうなんだ。お前俺が子供の頃から髪型変わんねえよな。」
もう何度目かと呆れたように言う。
「家の方針であり僕の意志だ。それに、お前はそんな事で友達辞めたりしねぇだろ?」
「腐れ縁・・・なんかで収まんないよな俺達。」
「そりゃぁそうよ。お前が僕を噛んだ日から戦いは始まったんだよ!」
「悪いって言ってんじゃん許してくれよ~。」
「黙れ。祟るぞゴラァ。」
「巫女が言うと説得力が違うなぁ。」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴ると同時に立っていた生徒が一斉に席に着く。
生徒の数は二組合わせて45人、全校生徒は300人いかないくらいの田舎の学校。
今年で俺は六年生となり来年には中学生だ。
「え~突然ですが皆さんに転校生の紹介です。さあ入ってきて...ていない。」
「先生背中に誰か張り付いてます。」
「え?(クル)うわっ!何やってんの春日部さん!降りて自己紹介して!」
先生の背中にはセミのように張り付いて震えている女の子が青ざめてくっついていた。
「先生~家に帰りたいです。」
「このままだと先生と一緒に土に帰るよ!早く降りて!」
仕方がないといわんばかりにシュタッと降りると直ぐに先生の後ろに隠れ黒板に震えながら字を書き始めた。
春日部 七夏
「か、かすかべしちかです。好きな物は虫です。よ、よろしくお願い致します。」
「は、拍手~!」
先生の拍手により締められた彼女の自己紹介はこうして終わった。
転校生がこの時期に入ってくるというのはかなり酷な話で、既にまとまりきったグループに知らねえ奴を入れるというのはかなりしんどい。が、それは趣味が合わなかったりグループが分裂する可能性があるグループの時である。
二人組には関係ない。
「(ガシ)虫、好きなんだよね。俺達も好きなんだよねどんなのが好き?」
ヤバい奴を見る目から類は友を呼ぶような目をして笑顔で言った。
「セミ!」
そんなこんなで虫繋がりにより友達が増えた。
放課後、下校する事になったので一緒に帰ることになった。
「い、いきなりなんだけどさ、な、何で三咲君は髪を伸ばしてるの?」
流石に日が浅いので寺で授かった営業スマイルで言う。
「僕寺生まれなんだけどさ、坊主かロン毛か選べって言われて坊主嫌だったからロン毛にしたんだよねー。変?」
顔と手を左右にブンブン振ってヘアバンドで深くなった前髪が揺れる。
「そ、そんなことないよ!た、ただ髪が綺麗だからいいなって。」
三咲は顔を赤くして俯いた。
珍しく照れている。追い込むか。
「ああそうだ。春日部さんの言う通り本当いつも艶やかで綺麗だよなぁ三咲の髪は。」
更に赤面する。
「・・・やめろ。」
「そ、そうです!先生の背にくっ付いてた時から本当綺麗で見とれました。」
いつからくっついてたんだこの子。
「ッ!!・・・・・・家ちょっと寄ってけよ。」
「い、いきなり悪いですよ。」
「大丈夫、大丈夫。こいつの癖だからお言葉に甘えよ。」
しばらく歩くと長い階段が見えてくる。
「此処三咲の寺に続く階段きついけど大丈夫?」
「よ、余裕です。」
「じゃぁ俺達先に上にいるからゆっくり来てね。よーいドン!」
そういうと三咲と血脈は階段をダッシュした。
「は、はぁ?...はっ!わ、私も急がなきゃ!」
圧倒的速さで血脈が先に、続いて三咲、遅れて春日部がゴール。
「はぁ、はぁ、やっぱり早すぎるだろお前!」
「まぁいつもの事だろ。不足はなしだ。」
「な、何してるんですか二人とも。急に走って。」
息が整ってきて冷静さを取り戻した三咲が説明する。
「僕達は昔から二人で勝負をしてるんです。赤ん坊の時に噛まれた事に腹を立てて謝るだけじゃ済ませたくなくて血脈に勝負を申し込み屈辱を味合わせたくて何度も挑戦してます。」
「まぁ一度も俺に勝ててないんだけどな。」
「クッ!」と吠えながら三咲は言う。
「勝者は相手の願いを何でも聞くという事で何度も屈辱を味わいました。日に日に上がっていく家事スキルにイライラします。家庭科で敵なしになったって嬉しくない!」
三咲のランドセルから巫女服のようなエプロンを出しながらピースサインを血脈がだす。
「そんなわけで感情が爆発すると人っていつもより力出せるじゃないですか、それでいつも感情が爆発した時に挑んでます。」
「そ、それって体力勝負以外でも駄目なんですか?」
苦虫を噛み潰したような顔で三咲は言う。
「はい。...何してもダメなんです。学校の教科全般に虫取り、カラオケ、早食い等々・・・何やってもギリギリ勝てないんです。第三者に決めてもらう事はもう諦めました。」
「俺何故か自分が苦手なことは全く逆の事をすると存外うまくいくんだよね。自分が不味いと思って作った料理を相手に出すと100点が貰える。俺が食べるとまずいけどね。」
「こ、怖すぎますねその才能。」
「というわけでなんか甘い物作ってくれ。」
「仕方ない、とりあえず部屋で待ってろ。」
裏口から家に入り三咲は台所に行き二人は三咲の部屋に移動した。
三咲の部屋は小奇麗で本棚には本がびっしりと入っていて勉強机の上には虫かごにカブトムシが入っていた。部屋の中央には四角い机が置いてあ向かいあう形で二人は座った。
勢いできてしまった春日部は初めて入った男子の部屋に緊張していた。
とりあえず気まずい空気を換える為に疑問をぶつけた。
「そ、そういえば三咲君の家族はどうしたんですか?」
「三咲には姉がいるんだけどさ、巫女修行で両親付きっ切りで今はいないんだよね。お守りとかはバイトさんが入って売ったりしてるよ。ちなみに皆巫女服っぽいのは趣味らしいよ。雰囲気出るしいいよね。」
春日部は人間の奇行を知った。
「そ、それにしてもこのカブトムシカッコいいですね!やっぱ角がいいです!後この光沢も特に良い!」
「分かる分かる!やっぱさぁカッコいいよねその角!武将ぽさっが特に良い!」
勉強机から中央の机に持ってきたカブトムシの話で盛り上がる。
ふと春日部が虫かごの裏に名前シールが貼ってある事にきずく。
「み、三咲君カブトムシに名前つけてるんですね。何て名前なんでしょう?」
ふと血脈が固まる。
「見ないほうがいいよ。」
今まで何に対しても動じなかった血脈が目をそらしたことに春日部は好奇心が湧く。
「な、名前なんて皆変ですしそんな気にする事じゃないですよ。私も飼ってたセミに《無気力な一生》て付けましたし。」
ゆっくりと虫かごを回転させる。
「忠告はしたからね。」
《けつみゃく》赤い文字で血脈君の名前が平仮名で書かれていた。
春日部は今日二度目の人間の奇行を知った。
「パンケーキ作ってきたよー。何ジャムかハチミツかバターかマーガリンか何で食べるー?」
春日部はタイミングよく現れたエプロン姿の三咲にビクッとして机の下に虫かごを置いた。
「俺はケチャップかな~。」
「味覚バカめ。……春日部さんはどうする?」
机にパンケーキを置きながら三咲が聞く。
「わ、私はハチミツで。」
聞き終えると三咲はハチミツとケチャップ、ナイフとフォークをとりに台所に向かった。
「ど、ドキドキした。な、なんか見ちゃいけない物を見た感じ。」
「そんなことはないさ。本人に聞けば普通に答えてくれるよ。来たら聞けば?」
既にお腹はいっぱいなので話に困ったら聞くことにしようと思った。
三咲は直ぐに戻り二人はパンケーキをご馳走になる。
「み、三咲君は食べないの?」
「残ったら食べるよ。僕は人が食べてるの見るの好きだからその後でいい。」
そんな話をしている内に血脈はケチャップをドバドバかけてパンケーキを食べていた。
「やっぱ三咲の料理はおいしいな。俺が作るより五倍パンケーキがふわふわだ。」
「お前がおかしな食べ方さえしなけば少しは喜べるんだがな。」
「で、でも本当に美味しいです。何も付けずに食べても味がある。」
「……もしかして僕が可笑しいのか?パンケーキにはハチミツとかバターとかをかけるもんじゃないの?」
「そ、素材の味を楽しんでからかけるタイプです。」
「元の味を潰して食べるタイプです。」
「うん、個性が強すぎる。」
むしゃむしゃ二人が食べるのを見終わると食器を片付けに台所に三咲が向かい、食器を洗うという事で血脈が入れ違う形で部屋に三咲と春日部が残った。
「どうだった?」
唐突に三咲が聞く。
「な、何がですか?」
少し照れくさそうに聞く
「パンケーキ美味しかった?僕あいつ以外にあんまり料理しないからおいしくできたか自信なくて。。。」
「だ、大丈夫です!わ、私なんかと比べ物にならない程美味しかったです!」
「なんか肯定しずらいけどそれならよかった。……あいつ僕の事なんか言ってた?」
カブトムシの名前がよぎる。
「い、いえ別におかしなことはいっ、言ってないですぅ。」
「そう?ならよかった。僕あんまり……というか友達あいつしかいないから友達が増えて嬉しいよ。」
「と、友達?」
「?違った?」
「い、いや友達です。」
「よかった。よろしく!」
「よ、よろしくお願いいたします。」
お互いにっこにっこで変な空間の中血脈が戻る。
「おわったよ~……って、何で二人ともニコニコなんだ。なんか怖い!」
その後三人で虫談義をしていると五時の鐘がなった。
「わ、私そろそろ帰ります。ひ、引っ越してから直ぐで家もバタバタしてますし。」
「じゃぁ途中まで送ってくよ。行くぞ血脈。」
「いや俺も今日は帰るからそのセリフに俺は含まれないぞ。お前が俺も送るんだ。」
「地獄に送るぞ?」
階段を降り切った所で三咲は二人を見送る。
「春日部さんはこの道真っすぐ行くの?俺は右なんだけど。」
「わ、私は真っすぐ行って曲がるだけだから気にしないで。」
「そっか。じゃぁ学校で二人ともまたね。」
そうして三人は各々の道で帰った。
三咲は二人がいなくなった部屋でカブトムシに語り掛けた。
「今日もお前に負けた。一体いつ勝てるのかな僕。来年には僕はあいつと離れないといけないのに。」
三咲は餌の昆虫ゼリーをあげながら春の到来を拒み机に突っ伏した。
春日部は初めて出来た友達に心を躍らせた。
部屋には虫の研究をしている両親の影響で沢山の標本が並べられている。
「いつもより明日が楽しみなのは久しぶりだな~。そうだ決めかねていたセミに名前を付けよう。何がいいかな~う~ん……。《刹那の希望》にしよう。」
部屋の片付けを済ましベッドで寝転びながら母の夕食までルンルン過ごした。
血脈はマンションの最上階にいつもと変わらない面持ちで帰る。
両親は仕事で海外を飛び回っている都合上顔を合わせることはない。
先の二人と比べて面白味もない普通の部屋。
「お帰りなさいませ坊ちゃん。」
「ただいま使懐《しかい》。別に名前で呼んでもいいのにいつも頑なだね。」
「情で仕事を疎かには出来ません。」
いつもどうりの頑固者だ。ポニーテールにメイド服。趣味なのだから驚きだ。
「学校はどうでしたか坊ちゃん?」
「新しい友達が出来たよ。」
「それは大変喜ばし事ですね。坊ちゃん友達作りたがりませんから。」
「その一言は余計だ。……雰囲気が三咲に似てる子でさ、とっつきやすいと思ったから。」
「ちなみに女の子ですか?男の子ですか?」
「女の子。」
「不安です。坊ちゃんデリカシーあります?」
「お前は本当ズバズバ言うな。」
我が家のルールで帰ってからは三十分間は家族と雑談をしなくてはいけない。
特に変わりなくこのルールで今まで生きてきた。
きっと何も変わらずこののまま生きるのだろう。
そう考えて眠りに着く。
一学期、三咲との勝負を日常的にこなしていく。
全戦全勝、勝ち続けると三咲の精神が崩壊し一週間程無視をきめられるのだが春日部が間に入り夏休みまで無事に過ごす事ができた。
滅茶苦茶ありがたい。
「お前もう人の心ないだろ。もうさぁ毎回ルールのギリギリ攻めてんじゃん。」
キレ気味に突っかかってくる三咲に慣れた様子で血脈は言う。
「だっていきなり『明日は髪の長さ対決だ!』って言って次の日どうしろってんだよ。俺の髪を見られる前にお前の頭に桂被せたほうがいいじゃん。そんで次の日も同じ勝負をすることになったらもう俺が被るしかないじゃん。どう思うよ春日部さん。」
「ど、どっちも大人げない。そ、そのやる気を別の事に活かしたほうがいいんじゃない?」
「「だって負けたら悔しいじゃん。」」
息ピッタリかよと春日部は思った。
「よし血脈、今度は数学のテストだ。」
「後悔して病んでも責任はとらないぞ。」
血脈君はえげつなすぎると改めて思う春日部だった。
結果、三咲はいつものように負けた。点数の差は三点。三咲君のミスだ。
「もう、……もう、……盛るしかないのか毒を。」
「死んで勝負どころじゃなくなるよ俺。」
「じゃぁ八百長でもいいから勝たせてくれよ!」
「代償が重すぎるんよ。勝ったら俺合法的に殺されそうな勢いじゃんお前。意地でも勝たせない。」
糞がー!!と地面に拳を叩きつける姿はあまりに悲惨だった。
その姿があまりに可哀そうだったので春日部は勇気付けずにはいられなかった。
「み、三咲君。わ、私の両親から聞いた言葉なんだけど、『意志は能動的で体は受動的』って言葉なんだけどどういう意味だと思う?」
いきなりの質問に悔しんでいた事を忘れて考える。
「心は体の原動力?」
「わ、私も最初そう思ったけど両親いわく、生物は生きる為に目的一つじゃ足りなくなったから体を変えてしまう程の沢山の感情が必要だったって事らしいよ。よ、要するに、強く想えば体が応えてくれるから敵なしってこと。想いで負けなきゃいつか勝てるよ!」
「僕がいった事とそんな変わってないけど励ましてくれてる事だけは分かるよ。ありがとう!」
目に涙を浮かべながら春日部の手を掴んで上下にブンブン三咲は手を振っている。
春日部の言葉はもっとグロテスクな意味なのだろうが血脈はは二人の様子を見てそっと口をつぐんだ。
夏休み、三人にとって虫が大量に取れるビックイベント。
三人は三咲の家でのお泊まり会を計画。夏休みが始まって二週間目に停まる予定を立てた。
「って言ってもさ、暇だからほぼ毎日三咲の家で虫取してたから実感わかないな。」
唯一いつもと違う事は泊る為に大きなカバンをしょってきている事。
最後に遅れた春日部を部屋で待っている。
「血脈は宿題何処まで終わらせた?」
「全部終わらせてきた。」
「全部!?朝顔と日記はどうしたんだよ!?」
「使懐に夏休み始まる前に育てさせて、使懐のいつもと変わらない日常を観察して使懐の未来を決めてきた。別に自分の日常日記なんて書いてないしいいだろ。全部自分で書いたんだし文句はないはずだ。」
えぇーー……。コイツに常識はないのか。
「使懐さんはなんて言ってたの?」
「『坊ちゃんは大物になりますね。』って澄んだ瞳で言ってた。」
情緒が分からないのが怖い。
「お前は聞かなくても分かる。ゆっくりコツコツやってんだろ。いい主婦にお前はなるな。」
「……なんかムカつく。」
雑談をダラダラしているとチャイムがなった。
荷物を置いたら直ぐに近くで虫取なので二人で虫かごとアミを持って迎えに行く。
ドアを開けると白ワンピースにサンダル、ヘアバンドで前髪を止めたパッチリした目の知らない人が立っていた。
「誰ですか?」
「うぇっ!」と悲鳴をあげて驚いた姿は二人にとって何処か見覚えがあった。
「あ、あの……春日部です。」
二人は雷に打たれたような衝撃を受ける。
「ほ、本当にあの春日部さん?前髪がタランチュラのようだった春日部さん?」
「は、はいあの春日部です。」
「セミを一日で百匹消費してそうなあの春日部さん?」
「そ、そんなことしてないけどあの春日部です。」
再び二人に雷が落ちたかの衝撃走る。
春日部は転校初日からズボンを愛用していたので男子に近い恰好をし、水が苦手という理由でプールを休んでいた。だが、血脈は三咲の影響もあり性別に関しては鑑定士並みに目が肥えていた。
それに比べて三咲は肥えた目を持っていないため今まで男なんじゃないかと思っていた。敬語を使っていたのは付き合いが浅くビビっていたのもあり、丁寧な人付き合いを求めた結果である。
「春日部さん夏だからイメチェンしたの?似合ってるね。」
「い、いえ夏は暑いので学校以外では前髪をあげてるんです。こ、この服は母に無理やり……。」
三咲は今まで男子だと思っていたので接し方に迷っているようだ。小声で血脈が耳打ちする。
「きずいてなかったのか?」
三咲は血脈の言葉で正気を取り戻す。
「お前は知ってたのか?春日部さんが女子だって。何で教えてくれなかったんだよ!」
小声で話す三咲に血脈も小声で返す。
「友達が欲しかっただろ。俺もお前も。何より性別なんかで見る目変わったりしないだろ俺達。」
「それはそうだけどどう接すればいいか……。」
「いつもと何も変わらないよ。お前と俺が勝負してお前を慰める。」
「お前が勝つ前提なのが気に入らない。」
だが、確かに見る目なんて変わらない。春日部さんは春日部さんだ。
「ど、どうしたんですか二人とも。わ、私なんかしました?」
「な、なんでもないいぃ~……。僕より可愛いぃぃぃぃ!」
三咲に女性耐性はなかった。
「・・・とりあえず荷物置いて虫取りにでも行こう。」
三咲の家から直ぐの山に移動し木々がうっそうと茂る中を歩いていく。
セミの鳴き声と木陰から漏れる陽が夏を感じさせる。
「しっかしセミの鳴き声が鬱陶しい。春日部さんには悪いけど俺は好きになれないな。」
「で、でも七日しか生きられないからこんな一生懸命鳴いてるんですよ?必死に生きてる人はカッコよく見えるじゃないですか。」
「そんな事言ってるけどあそこで鳴いてるん奴にはなんて名前つける?」
「け、健気な一生。」
「カッコ良さは何処に言ったんだ。」
二人が雑談をしている中三咲は何で勝負しようか考えていた。
正直もう正攻法で勝てる気がしない。ならば、
「血脈、虫取りで勝負だ!ただし、お前対僕と春日部さんだ!」
いきなりの発言だが、いつものかと二人は思った。
「普通にズルじゃん。それで勝って嬉しいのか?」
「うるせぇ!厚顔無恥とは僕のことだ!」
三咲には既に捨てられる恥などなかった。
「わ、私虫取りあまり得意じゃないけど大丈夫?」
「数に優る物などないよ春日部さん!僕はいい加減勝ちたい!」
気持ちだけは勝ってるんだけどなー、と春日部は思った。
「……しょうがないそこまで言うなら二対一でいいよ。その代わり、お前は春日部さんの分の願いももちろん聞くんだろうな?」
「謹んで受けよう。」
「決まりだな。いつもより深く精神崩壊しても知らないぞ。」
「勝ちが前提のお前の鼻をへし折ってやる。」
制限時間は一時間。どれだけセミを取れえるかの勝負が始まった。
「み、三咲君はどんな作戦セミを捕まえるの?せ、セミはあんな風に所かまわず鳴いてるけど警戒心は強いよ。」
「大丈夫。それでも単純に二手に分かれて取ってれば人数差で勝てるよ。今まで一人で挑んできたけど二人なら今回は負けないよ。」
「そ、そうかなぁ。」
春日部は短い付き合いだが血脈の手段を選ばないあり方を理解していた。
三十分後、膨らんだ虫かごを持って三人は集合場所に集まった。
どう考えても血脈の虫かごは二人が足した物よりも少ない。
三咲は今度こそ勝ったのを確信して口火を切る。
「僕達は合わせて59匹だ!見て分かるがどう考えてもお前の虫かごはそれより下!だよね春日部さん!」
「そ、そうだね三咲君!」
「僕達の勝ちだよ血脈!」
二人はなんだかんだで滅茶苦茶二人で協力して楽しんで虫取りしてたので仲が深まり変なテンションだった。
「結果を見ずに勝ちを宣言するなんて甘々だなお前ら。確かに俺の虫かごに入ってるのは25匹程だ。だがな、虫かごだけが虫を入れる入れ物じゃないんだぜ。」
血脈はその場で土を掘り始めた。
「「な、なにぃー!?」」
二人が土の中を見るとセミの幼虫が何匹も埋まっていた。
「お前が二対一を宣言した時からまともにコツコツ集めるなんて無理だと諦めた。樹液が沢山出てる涼しい辺りに目を付け掘り続けていたのだ!」
「そんないるかも分からない博打に賭けるなんてイカレテやがる!」
「イカレテルのは二対一を最初に提示したお前だ。」
「そ、それを言ったら駄目だよ血脈君。」
「占めて70匹!お前の負けだ三咲!」
ジー、ジー、鳴くセミ達の中で血脈はセミを一匹三咲に投げつける。
投げられたセミは髪の上から三咲の額近くに留まった。
「……また、負けたのか僕は。春日部さんと折角協力して頑張ったのに・・・。」
放心した三咲を見て二人は暫く戻ってきそうにないので捕まえたセミを逃がし始める。
それでも有り余って長いこと放心しているので二人は三咲の手を引いて三咲の家に戻った。
「そういえば、春日部さんセミ取ってこなくてよかったの?」
「わ、私はまだ一匹飼ってるので大丈夫です。」
「名前は?」
「せ、刹那の希望。」
「尖りすぎだよ春日部さん。」
三咲の意識がクーラーにより戻った。
「三咲ぃ、忘れてなよなさっきの勝負。」
「情けは人の為ならずだよ血脈。」
「情けは最初にかけたよ三咲。二度目はない。」
にじみ寄る血脈に後ろを向いて目をつぶる春日部。
三咲はとても嫌な予感がした。
「来るな、……来るなぁぁぁぁーー!!」
三咲は春日部が明日着る予定だった白ワンピースを着せられヘアピンで前髪を止められた。
「その恰好で一日過ごすのが一つ目だ。はい鏡。」
血脈は鏡で三咲の今の自分の姿を見せる。
「うぅ~、横暴がすぎるぞお前!春日部さんにも悪いし。」
「お、お構いなく。個人的には眼福です。」
いい笑顔で春日部はそう言った。
「二人がかりで挑んだのだから間接的に春日部さんに迷惑がかかるのは仕方がない。」
「だからと言ってこれは...。」
鏡の前で赤面する三咲。
「わ、私は気にしてませんよ?姉妹が出来たみたいで嬉しいですし、こんなに可愛い妹なら言う事なしです。」
春日部は思ったよりもノリノリだった。
「春日部さんそんなに見ないで下さい・・・。せめて弟がいいです。」
三咲の一日女装が決まりその後は大乱闘ブラザーズ等のゲームをして夕食まで時間が流れる。
「春日部さんこんなに風通しのいい服着て平気なんてすごいね。未だに落ち着かない。」
「わ、私も平気じゃないけど夏場は涼しいから。」
「三咲は巫女服着てたけどそれとは違うのか?」
「布面積が違い過ぎるだろうが。」
「だとしてもゲームでの敗北の理由にはならないからな。」
苦い顔を三咲はした。
三咲の部屋の扉からトントントンと、ノックの音がした。
「皆~、ご飯出来たけど夕食は何処で食べる?」
三咲の母親が現れた。
眼鏡にロングヘアーでエプロン姿、三咲にそっくりだ。
「あら~三咲どうしたのその恰好、お人形さんみたいね。写真撮っていい?」
顔面蒼白になる三咲に慌てる春日部、当事者の血脈は笑いを堪える。
「母さん写真は論外として姉ちゃんと父さんには伝えるなよ!特に姉ちゃんには!」
「ハイハイ分かりました。(カシャカシャ)それで夕食は?」
後で絶対消させなければ・・・。三咲はそう思った。
「三人で話したんですけど中止になった修学旅行の弔いがしたくて決まったお泊りですから三咲の部屋で食べることにします。」
「そうよね。まさか連続で台風が直撃するなんてついてないわよね~。先生なんててるてる坊主生徒の数作ってたらしくて、それを自分の車につるして『体当たりをしてでも止める!』って言って突っ込んで後悔してたんでしょ?止めてあげなさいよって思ったわ。」
そうなのだ。先生が一度目の台風で気を落としてだんだん狂っていくのを皆で見ていた。
6学年でも変な一体感に押されて止められなかった。
この人なら本当にやってくれんじゃないかと皆が期待して信じていた。
結果は惨敗。車はボロボロになり先生は右腕骨折。
涙なしでは語れないあるべき教師の姿がそこにはあった。
まあそれとは特に関係なく悔しいので三人でお泊まり会をすることにした。
「それじゃぁおばさん夕食持ってくから楽しみにしててね。」
そう言って台所に戻っていった。
「み、三咲君のお母さん改めて見ると本当綺麗な人だね。き、緊張して喋れなかった。」
「僕とは違って明るいから勢いに負ける事は僕もある。……にしても不安だ。母さんはまだしも姉ちゃんには知られたくない。悪寒がする。」
「お前の姉ちゃんお前とは性格真逆だものな。俺より破天荒な人を見たのは初めてだ。」
「け、血脈君破天荒な認識あったんだね。」
そんなこんなで夕食はカレーだった。
美味しく頂いた三人は食器を片付け、お風呂に入る事にした。
一番は春日部、次に三咲で最後に血脈。順番はじゃんけんで勝った順である。
「こういう時に限って勝つことばっかりだな僕。」
「春日部さん待つ間トランプでもするか。」
「二人だけのトランプって楽しいか?」
「ビビってんの?」
「やってやんよてめぇ!」
三咲は春日部が来るまでに五回全部負けた。
「あ、揚がりました。」
三咲がもう一回コールをしている内に春日部がお風呂から揚がる。
パジャマ姿で髪を結んいる。
「それじゃぁ春日部さんに勝ったらチャレンジさせてやるよ。俺はシャワー浴びてくる。」
「春日部さんトランプしよう。そして、あわよくば全勝させて!」
「や、八百長はどんなことでも楽しくないよ?」
春日部はババ抜きを始めてきずく。三咲は顔に出やすいタイプだった。
最後に揃えば勝ちが決まる状態までババ抜きは進む。
「こ、こっちかな~、それともこれかな~。」
手を左右に動かせば三咲の目はキョロキョロと縦横無尽に動き続ける。
「み、三咲君目が泳ぎすぎだよ。わ、私から見て左でしょジョーカー。」
そう言って無情にも右のカードを引く春日部。
「血脈の奴今までこのこと黙ってたのか許せない。僕だけよくトランプで負けるのはこれが原因だったのか。」
「え、え~、今まで誰も教えてくれなかったの?」
「春日部さんが初めてだよ。」
私が可笑しいのか?そんなわけないよね?と春日部は思った。
「フッ、それが分かった今僕はもう負けないよ春日部さん。」
「しょ、勝負はフェアが一番だからね。」
結果、3対2で三咲がなんとか勝ち越した。
「いける、いけるぞ。これなら今度こそ血脈に勝てる!」
「た、確かに今の勢いならいけるかも。」
丁度風呂から揚がった血脈が戻ってきた。
ジャージ姿に肩にタオルをかけている。
「次は三咲の番だぞ。」
「その前に僕とババ抜きで賭けありで勝負だ!」
「え、春日部さんまさか三咲に負けたの。コイツに?」
「そ、そうなんだよね~。さ、3対2の接戦だったんだけどね。」
血脈は何とも嘘くさいなという目線で春日部を見た後、とりあえず勝負を受けた。
勝負は最後の1枚を引き当てるまでに持ち込まれた。
三咲は春日部に教えられた事を活かし今度はジョーカーとは逆のカードで目を泳がせる。
結果、三咲は負けた。
「な、何故だ、何故こうもあっさりと負けたんだ。春日部さんの教えを聞いたのに……。」
「これで課し2だな。今は思いつかないからまた今度。とりあえず風呂に行け。」
トボトボと悲しみが滲み出る背中を血脈は見送った。
「け、血脈君本当にババ抜き強かったんだね。正直驚いた。」
ポカーンとして直ぐに正気に戻る血脈。
「そんなわけないじゃん。俺が強いんじゃなくてあいつが弱すぎるんだよ。」
「え?で、でも三咲君の目を一発看破してたでしょ?」
「あいつは嘘を吐くとき耳がぴくぴく動くんだよ。本命はそっち。目は関係ない。」
「き、きずかなかった。」
「まぁ普通キョロキョロ動いてたら目に目線はいくし仕方ないね。けど、本人には言わないでくれよ。勝てなくなるから。」
「しょ、勝負はフェアが一番だよ。」
「手厳しいね。じゃぁ俺が勝ったら言わないで?」
「わ、私が勝ったら血脈君も女装してくれる?」
「……普通にトランプしよっか!」
三咲が戻ってくる。
血脈と同じジャージ姿でポニーテールに髪を縛っている。
「あれ?白ワンピは?」
「明日返さないといけないから洗濯機の中。」
「か、可愛かったのに・・・。」
「止めて春日部さん、また着る羽目になりそうで怖い。」
3人はトランプをた後10時を過ぎたあたりで睡魔に襲われた。
話し合いにより、春日部に三咲の部屋を譲り血脈と三咲はリビングで眠ることにした。
「いちよう聞くけど春日部さんはけつみゃくと一緒で大丈夫?」
「ま、紛らわしい言い方しないでよ血脈君!か、カブトムシの方でしょ!虫は大丈夫なの知ってるくせに。」
「春日部さん知ってたのかカブトムシの名前……。日頃の鬱憤を晴らすといいよ。」
「ま、曲がってるね三咲君。」
じゃんけんで負けた血脈は床で、三咲はソファーで眠る。
「お前は本当に賭けない時はじゃんけんが強いな。」
「大事な時に不甲斐ないって言われてるみたいで腹立つ。」
「ばれた?」
「本当に嫌なやつだなお前は。」
ふてくされて早めに眠ろうとする三咲。
「だけどお前の変に真面目なところは大好きだ。」
「……ありがとう。」
その言葉を境目に二人は眠りについた。
朝、三咲はぼさぼさの髪を直すために洗面所に向かう。血脈は寝ている。
昨日けつみゃくに昆虫ゼリーをあげ忘れた事を思い出し三咲は寝ぼけた様子で自分の部屋に向かう。
丁度その頃起きた春日部は睡眠キャップとアイマスクを外し着替えようとしていた。
ガチャッ、扉が開く音が聞こえた。
今までふわふわしていた意識が半ば強制的に覚醒する。脱ぎ始めたパジャマに掛けていた手が止まる。
寝ぼけて目をつぶったままの三咲がトコトコ歩いて勉強机のけつみゃくにゼリーをあげる。
「!!?」
春日部は驚いて声も出さずに固まる。
餌をあげ終るとそのまままたトコトコ歩いて三咲はソファーに戻り二度寝した。
「な、なんだったの?」
ソファーにドスンと寝た三咲の音により血脈が目を覚ます。
目を覚ますがいつもの癖で目覚まし時計を探すふりをしてない事を確認し、二度寝した。
春日部は三咲を追ってパジャマのまま様子を見ていた。
春日部はまた人の奇行を知った。
春日部は二人を起こし、二人の意識が覚醒し始めると三咲が朝食を作りピクニックに向かう。
「2日目の予定未定だったけどピクニックに決まってよかったな。」
「春日部さんが起こしてくれたから家族の誰よりも早く起きてサンドイッチ作れてよかった。」
「ら、ラジオ体操の習慣で起きてたんだけど二人は行かないの?」
「僕は毎日行くけど今日くらいはいいかな。」
「俺は使懐が背負って連れて行ってくれる。日記に書いてたからな。今日は筋トレしてるよ多分。」
二人は使懐に対しての同情でいっぱいだった。
30分程歩くと芝生が広がった公園に着いた。
ブルーシートを広げてサンドイッチを食べる。
時間は朝の7時、ランニングをしている人がちらほらいる程度で他に人は見当たらない。
「サンドイッチうまい!けど、なんか物足りない。」
「お願いだから普通に食べてくれ。」
「ほ、本当美味しいです!素材の味だけでも食べてみたい。」
「美味しいだけじゃどうしても駄目なの?」
あっという間にサンドイッチはなくなってしまう。
「今日この後どうする?」
「確か夏祭りやるんじゃなかったっけ今日。」
「ひ、人混みは苦手です。」
「じゃぁ食べたいものだけ買って三咲の家で食べよう。人少ないうちに行っちゃおうぜ。」
「そ、それならギリギリ。」
「んじゃぁ電車乗っていこう。」
3人は一度三咲の家に戻りおこずかいを持って夏祭りに向かう。
「春日部さん着物はないけど巫女服はあるから着る?」
「な、何そのパワーワード……。み、三咲君も着るなら……。」
「三咲、着るしかないよ。」
「横暴だ~!」
血脈の課しにより三咲はしぶしぶ巫女服を着た。
「何で僕だけエプロン風なんだ!」
「数がないんだから仕方ない。」
「お、お揃いです。へへ。」
電車に乗り九時半頃祭り会場到着。
会場には既に沢山の人でごった返しになっていた。
クラスの人をちらほら見かける中、射的屋でお面を頭に乗せ片手に食べ物や景品をぶらつかせる見知った人物がいた。使懐だった。
すぐそこの屋台で水風船を取り使懐に近づく血脈。
「おねぇさん凄いね!百発百中だ!」
「ちょろいですよこんなの。私にかかれば店主の命さえ思いのままです。」
並んでいた子供の前でドやる使懐。
「おい使懐。」
「なんです?」と振り返ると同時に水風船が顔面に直撃した。
「何してるんだお前?新手のストライキか?」
「そ、その声は坊ちゃん!?何故ここに!?」
「こっちのセリフだが?」
後から追いついた二人が声を出す。
「あ、あれが使懐さん?は、初めて見たけどおどけた人だね。」
「いつもはちゃんとしているんだよ。いつもは。」
話を聞くために四人は屋台を離れ端に移動する。
「失礼しました皆さん。私、坊ちゃんの家政婦をしております捨鉢 使懐《すてばち しかい》と申します。」
いつものメイド服とは違いスポーツウェアのメイドはお辞儀を深々として向き直る。
「それで、何でお前がここにいるの?」
「そ、それはですね、坊ちゃんの日記の通り日課の筋トレをしてたのですが最後の一文に【夏祭りをたのしむかも?】と書かれておりましたのでこれは行くしかないなと思いまして。」
「あっ。」
そういえばそんなこと書いてたな~。祭りの事忘れないために書いた気がする。
「それで私なりに楽しみ方を見出した結果敬われる立ち回りをして自尊心でも満たそうかなと。」
「俺が悪いけどさ、お前もお前でなかなかだよ。」
「取り合えず私はもう楽しめたので帰ります。それと坊ちゃん、お腹は空きませんか?」
「昼も近いしそりゃぁね。」
「では私が取った景品で欲しい物を皆さんどうぞ。」
「い、いいんですか?」
「ええ、走って帰るには多すぎますから。」
春日部は狐のお面、三咲は綿あめとスーパーボールを、血脈はかき氷を貰った。
「それでは皆さん坊ちゃんを今後ともよろしくお願いします。では。」
そういうと使懐はあっという間に行ってしまった。
「……にしても血脈がそんなに楽しみにしていたとはね。正直驚いた。」
「わ、私もあんな『暇だからしょうがないか~」感を出してたのに楽しみにしてたなんて驚きだよ。」
「止めて春日部さん、言わないで……。」
照れる血脈を二人がニヤニヤ見つめる。
「に、にしても使懐が全部くれたからもう買うものなんてなくない?」
「わ、私気になってたんだけどさ、あの赤い車先生のじゃない?」
二人が振り向くと、そこには改修しても消せなかった接合部が見える車があった。
「間違いないね……。探すか。」
辺りを見渡すと先生らしき人の声が聞こえた。
声のする方を振り向くと焼きそばを豪快に焼いていた先生がいた。
いつもは眼鏡をかけており穏やかな雰囲気なのだが、眼鏡は曇り鼻に掛かっているだけで眼鏡の意味をなしていない。腕を捲くり豪快で活き活きしている姿は普段とはかけ離れていた。
「先生何してるの~?」
声を聴いて服で眼鏡を拭いて三人に気づく。
「ああ、君達三人か。祭りを楽しみに来たのかい?仲がいいね。先生はね~・・・」
言えない。酔った勢いで無理やり会場に連れてこられて手伝わされてるなんて。
まさかあの飲み会が人で不足の祭りの人員を足すための公務員をつる作戦だったなんて誰が信じてくれようか。子供にこんな汚い社会を教えるわけにはいかない。
本当は釣りに行きたいなんて口が裂けても言えるはずがない。
「じ、慈善事業だよー。地域活性化の為にも必要だからね!折角だから焼きそば買ってきなよ。」
「「「いらない。」」」
「……そっかぁ。お祭り楽しむんだよ!」
先生と話した後その先でお好み焼きやクレープを買って岐路につく。
「先生活き活きしてたね。眼に涙まで浮かべて。」
「ぜ、絶望の向こう側って感じのいい笑顔だった。」
「絶望に向こう側なんてないだろ。」
「どうかな……。」
13時に三人は三咲の家に戻ってくる。
「取り合えず花火まで時間あるし歩き疲れたか僕はゲームを所望します。」
「異議なし。」
「さ、賛成。」
買ってきた物を食べながら三咲の部屋でゲームに興じる。
「血脈これは協力ゲームだぞ!お前僕を落とそうとするな!」
「すまん……。協力は苦手なんだ俺。敵と味方の区別がつかない。」
「ち、致命的すぎるよ血脈君……。」
ゲームをしているとドタドタとだんだんと足音が近づいてくる。
何かを感じ取りクローゼットに入った布団を取り出しくるまる。
「たーだいまー三咲ー!お姉ちゃんが帰ってきたぞ!吸わせろ!」
金髪のツインテールに巫女服、有り得ないくらい欲求に素直な発言、間違いなく三咲の姉だった。
「ぬーお~、血脈君と……誰かな?まあ可愛いからよし!ちょっとごめんね!」
二咲はめいいっぱい息を吸い込んで動物の匂いを嗅ぐように息を吸い始めた。
「え、ええ!な、何するんですかこの人!助けてー!」
二人はめいいっぱい聞こえないふりを続けた。
「ふ~、落ち着いた~。見知らぬ美少女よ、ありがとう。私は二咲、欲求に素直な女子だ!よろしくな!」
ニコっと沈黙した春日部に笑いかけた。
「ところで可愛いの権化である弟を知らないかい血脈君!?白ワンピを見てから興奮が収まらないのだが!」
「三咲はあの、その、野暮用って言って外に出ていきました。」
「そうか、ありがとう!出来れば血脈君も吸いたのだが、駄目か!?」
「ダメです。」
「そうか!では弟を探してくる!またな!」
嵐が去った。三人はそう思った。
「み、三咲君が隠れる意味が分かったよ。あ、あれは通り魔だ。」
「ま、まさか全国で舞を踊って修行していた二咲がこんなにも早く帰ってくるとは……。」
「いつみても高校二年生とは思えんパワフルさだぜ。対応を間違えたら死ぬ。」
「花火大会ももうそろそろだしそろそろ外で待とう。猛獣が帰ってくる前に。」
三人は外にでて、お賽銭をする場所で座って待つことに。
「しっかし姉弟でこうも違うかね。」
「あれよかマシだ。ただし、あれより悩みも多いけどな。」
「や、やばいよ。ど、どんどん音が近づいてきてない?か、隠れなぴゃ!?」
話している間に春日部が消えた。
まずい!!二人は各々が最善の選択をする。
「手を離せ血脈!今はこんな事をしてる場合じゃない!」
「お前が離せよ三咲ぃ!そうすれば俺は離す。」
「お前が後ろから俺を抑えて二咲に売り渡そうとする魂胆が見え見えじゃ!姉のロリコンは生粋だ、お前もくらうがいい姉の雑食を!」
どちらも手を取っ組み合わせて離そうとしない。
そうこうしている内に春日部の叫びが弱々しくなっていき途絶えた。
来る!!二人がそう思った瞬間血脈は思い出す。
「三咲!課し1だ!」
三咲の動きがピタッと止まる。
震えながらも覚悟を決めた三咲は仁王立ちで血脈の前に立つ。
「僕は、姉(の欲)を信じてる。僕一人で満足するわけがない。だから、先に地獄で待ってるぜ!」
丁度その時最初の花火が打ち上げられた。
一人の少年の叫びが火花とともに散っていく。
俺は花火を黙ってみていることしか出来なかった。
次々と揚げられる花火が終わりがないことを表すように獣はこちらににじみ寄る。
最後に絞り出たのは、
「ごめん。」
謝罪だけだった。
くたくたになった三人は服装も髪型も乱されボロボロだった。
なんとか階段に横に座って花火を眺める。
「き、綺麗だね。」
「そうだね。」
「本当に。」
ぽろぽろと一人一人感想が零れていく。
「ら、来年もまた三人で見られるといいな。」
「「猛獣がいなけばね。」」
こうして三人の夏休みは終わりを迎えていった。
二学期、小学生最後の運動会が始まる。
春日部は最近になって気づいた。二人は女子に人気があるのだと。そして、私は男の子だと思われていたことに。
確かに今もズボンを履いてるし前髪も戻したけど正直マジかよだよ。だから女子から話しかけられなかったのか。
まぁこんな私の最近の発見なんて前部どうでもよくて困っていることがある。それは、二人の仲が険悪だという事だ。
話を聞けば、この時期はお互いあまり話さないらしい。普段は仲がいいのに不思議だ。
そうこうしている内に血脈君が動く。
「頼む三咲、俺に大縄跳びの飛び方を教えてくれ!」
「嫌だ!!」
春日部「!!????」
どうやら血脈君の協力が苦手なことが原因らしい。
運動会で個人競技など基本ない。血脈君は大縄跳びなら全員押し出し、玉入れならあらぬ方向に。人呼んで確定している裏切り者と呼ばれている。
毎回この時期になると三咲君に教えを乞うのが恒例になっている。
「み、三咲君教えるだけなら教えてあげればいいんじゃい?へ、減る物でもないし同じクラスだよ。」
「そうは言うけど僕は毎年教えてるけど成功したことないよ?もう僕は無理だと思う。」
三咲君らしくない弱腰に姿勢、どれだけの物なんだ……。
「最悪春日部さんでもいいから教えてくれると助かるんだけど。」
「み、三咲君にも出来ないことを私が出来るわけないよ。……そうだ、もし教えることが出来たら課し1にできるってのはどう?こ、これなら三咲君もやる気出るんじゃない。」
露骨に嫌そうな顔をする血脈、その横で笑顔を見せる三咲。
「フッ、だが俺の協力オンチは伊達じゃない。本気を出した三咲でも流石に無理だろ。」
「ほ、誇れることじゃないよ血脈君。」
「まあでもそれなら僕も手伝おう。絶対に体に覚えさてやる。」
いつもの調子に戻った三咲。若干ビビる血脈。
「せめて課し0.5くらいで手を打ってくれない。精神的ダメージをくらわないくらいのでお願いします。」
「了承だ。じゃあ早速休み時間から特訓だ!」
そこから三咲君の鬼のような特訓が始まった。
リレーのバトンの受け渡し。
「どうしてバトンを投げるんだアホ!」
「投げた方が早く渡せるじゃん。」
「競技が砲丸投げになるだろうが!」
大縄跳び。
春日部がサッカーゴールに縄の一方を結び回し役を担う。
「い、行くよー。せーの!」
二人が中で飛び始める。だんだんと三咲をポスト側に追い込んでいく。
「わざとか?わざとやってんのかお前!」
高くなる縄にギリギリで跳ぶ三咲。
「動きながら跳んだ方が縄に合わせやすくないか?」
「来る縄に対して垂直に跳ばないとはみ出るだろうが!ぐあっ!」
引っかかって三咲は転倒する。
ボロボロになった三咲をみて血脈の手ごわさを春日部は理解した。
「だ、大丈夫三咲君?わ、私が悪かったよ。あ、あれはまさに確定してる裏切り者だ。」
少し考えてから三咲は春日部につい言葉を零す。
「僕、多分あいつとは違う中学に行くんだ。」
いきなりの発言に戸惑う春日部。だが、直ぐに耳を傾ける。
「それをあいつにまだ伝えられてなくて……だから、どうしても一回だけ勝って伝えたいことがあるんだ。」
し、知らなかった。三咲君にそんな事情があったなんて。てっきり復讐だと思ってた。
「な、なら意地でもこのアドバンテージは取らないとね。勝つために頑張ろう三咲君!」
「うん!」
そこから二人は血脈に協力の大切さを教えた。が、なかなか結果はでなかった。
諦めかけていたその時、ゲームの配管工ブラザーズで血脈がクリア出来ないステージで自分身を投げ売って三咲を助ける行動をした。
「血脈、今お前なんで僕を助けた?」
「何でって、そうしないとお前亀踏めなかったじゃん。必要な犠牲だろ?」
「それだ血脈!」
運動会当日、学校にて完璧に協力して大縄跳びを跳んでいる血脈の姿があった。
「ど、どうしたの血脈君!完璧に縄跳び跳べてるよ。跳んでるのに空中じゃ直立不動だよ。凄い!」
「昨日三咲に言われたんだ。『敵を倒すために血脈は自分を押し殺せ』ってな。」
「え、……なんかすごい危ない思想。」
「血脈は基本自分が辛いとか痛いとかのデメリットを負わない事を基本に動く。だから、少しの痛みで有り余る利益を得られる事を知ったのさ春日部さん。まさか配管工に助けられるなんて思わなかったよ。」
すっごい笑顔の三咲が血脈の後ろから現れた。
「だ、大丈夫その方法?あ、後から壊れたりしない血脈君?」
「大丈夫、直ぐに反動が来るよ。」
「は、反動?」
血脈は明後日の方向を向いて泣いた。
「勝てたの嬉しい~。けど、次もやるのヤダー!春日部さんも三咲も可愛いね。可愛すぎるだろうが!」
「情緒が不安定になる。」
「ま、マッドサイエンティストみたいだね三咲君。」
「マッドなのはあそこで応援してる姉だけで十分だよ。」
横を見ると三咲の姉の二咲が手を振っていた。片手には先生が首を持たれてグダっとしていた。
その横では使懐がビデオカメラを片手に親指を立てている。よく見ると後ろに血脈の両親もいる。
春日部の両親は反対で春日部に手を振っている。
お昼、沢山の保護者が校庭にテントを張って横に長い楕円のようで中央はぽっかりと空いている。
三人はそれぞれのテントでご飯を食べる。
「あっ、春日部さんご飯食べ終わったの?血脈のテント探しに行こう。」
二咲が周りに目が奪われている内に抜けてきた三咲は血脈と春日部を探していた。
「い、いいよ。あっ、お菓子持ってくるからちょっと待って。」
両親からお菓子を貰ってくると春日部と三咲は血脈を探した。
「あっ、いた!」
見つけた三咲はテントに近づく。
中には二十代後半に見える男女と血脈、使懐がいた。
男はワイシャツにズボンを着こなした金髪で赤黒い目が特徴的だった。
女はリクルトートスーツを着た出来るOLのような恰好で短髪のショートヘアーの女性だった。
「こんにちは。いつ見ても若々しいですね血脈君の両親は。」
「ありがとう三咲君。君はだんだん可愛くなってくね。本当に男?」
「会うたびですねそのくだり。血脈、お菓子交換しに行こうぜ。」
「おん。」
そう頷くと血脈はお菓子を持って出て行こうとする。
「血脈、後で話があるから今日は真っすぐ家に帰って来るんだぞ。」
「おう。」
血脈はテントを後にした。
「使懐、血脈の様子はどうだ?」
「坊ちゃんはいつも通りお変わりなく元気に過ごしています。最近は友達も増えて幸せそうです。」
「そうか……。」
「元気そうで良かったわ本当に。子の親離れは早いものね……。私は少し寂しいくらいよ。」
「使懐、これからも息子を頼む。」
「……はい。」
その頃3人はお菓子の奪い合いを繰り広げていた。
「わ、私の勝ち~。ツイてる~。」
運動会も大詰めに入り最後は赤組白組のリレ-対決。
人数は各学年から三人づつ選ばれ赤組白組代表として36人が走る。
楕円を半周したら次の人にバトンを渡す形式だ。
六年生の赤組として走る三人は血脈、三咲、春日部だ。
正直春日部の足は女子では速い方だがそこまで速くない。二人といたので期待値で選ばれたのだった。
春日部本人は辞退したかったが二人の雰囲気がそれを許さなかった。
「春日部さん大丈夫?顔が青いよ。」
心配して駆け寄る三咲。髪を縛りやる気を示している。
「だ、大丈夫大丈夫。さ、さっき食べたお菓子が私に会いたがってるだけ。」
お腹を抱えてうずくまる春日部。緊張しているのが伝わってくる。
「心配しなくて大丈夫だよ春日部さん。負けてもチーム全体の落ち度さ。」
春日部は思う。「励ましになってない!」と。
そんな春日部の心境とは裏腹にリレーはスタートする。
まずは一年生から始まり二年生へとバトンが渡っていく。
三人がいる赤組が若干有利という形でとうとう春日部の番が来た。
バトンを受け取ろうする所でラインギリギリを攻めすぎてバトンを落としてしまう。
ごたついてしまうバトンの受け渡し。抜いていく白組。
最悪。やってしまった。大事な時に。周りの視線が痛い。
涙を眼に浮かべながら走る春日部。既に白組に10メートル程の差をつけられている。
何とか三咲にまでバトンを届けるが。
「ごめん三咲君……。もう……」
そう口にしかけたのを三咲が遮る。
「君の落ち度は僕の落ち度だ。大丈夫、追いつくさ。」
三咲はいつもよりも力を入れて走る。追うのが日常茶飯事な三咲にとって追いつくのは難しくない。
三咲は自身の二メートル範囲内に相手を捉えた。
相手がアンカーに渡し終えた所で三咲は血脈にバトンを託す。
「頼んだ!最高にらしくな!」
「分かってる。」
お互いの組で遂にアンカーにバトンが渡りきる。
アンカーは一周分を走りきらなければならず白組のアンカーはめいいっぱい血脈から逃げる。
流石にアンカーなだけあってお互い早い。だが、差は少しづつ縮まっていく。
最後の直線、二人は並んだが白組のアンカーの方が歩幅2歩分前に出ている。
ゴールまでは残り二メートル、血脈は狙っていたかのようにそこで大きく前に跳躍した。
最初にラインを切ったのは、
「完全勝利だ。」
血脈だった。
「「「うおぉおおお!!」」」
「「「よくやったよ~。ドンマイ。」」」
湧き上がる赤組の歓声、健闘を称える白組の声。
左手を腰にあて顔の右横に右手を持っていき手のひらを開きドやっている血脈。
「やったな血脈!正直無理だと思ってた。後、そのポーズ何。」
「バトンを貰った後は個人競技だ。負けはない。ちなみにこれは喜びの表現。」
二人が話していると泣きじゃくった春日部がやって来た。
「ありがとうぅぅぅ三咲君!私のせいで負けるとこだったぁぁぁぁ!かっこよすぎ!」
「俺が追いついたのもお前が何とか距離を詰めてくれたおかげだ。かっこよかったぞ三咲。」
「……照れる。」
こうしてリレーの点数により赤組の勝利で最後の運動会は幕を閉じた。
血脈は家に帰ると珍しく使懐以外の人間に驚く。
「お帰りなさい血脈。お父さんが部屋で待ってるわ。」
珍しくいる両親にどことなく緊張してしまう。両親は
父の部屋には鍵がかかっており父が居る間しか開いておらず、基本入る事はない。
部屋には本棚に本がびっしりと並びんでおり、空いている棚の部分にはワインが置かれている。社長が使ってそうな机にはPCが一台とワイングラスがある。中央にはソファーが一つ。
椅子に座りワインを嗜む姿は背伸びする子供のようだ。
「お帰り。最近の調子はどうだ?寂しくないか?父親らしいかな俺?」
父を見るたび若すぎて驚く、発言まで何処か若くて胡散臭い。けど、父だと分かる。
グラスにワインが入ってることから少し酔っているのが窺えた。
「一つ一つ話すには時間がかかるから一言で済ますよ。満足してる。」
「……そうか、ならいいんだ。じゃぁお前の話を聞かせてくれ。」
血脈は一通りいつもの日常を語る。振り返ると自然に話が弾んでいった。
「三咲君はいつも本当面白いな。春日部ちゃんとは仲良くな。」
「分かってるよ。」
少しの沈黙。呑み込んだ言葉を父は吐き出す。
「血脈は今どうなりたい?漠然とした質問だけど具体的に答えてくれないか。」
迷いなく答える血脈。
「そうか。・・・出来れば一緒に住めたら良かったんだが、もうちょっと先だな。大晦日にまた来るよ。」
「うん、楽しみにしてる。」
血脈の両親は一緒に食事をした後仕事の関係でまた海外に向かった。
「使懐はずっと一緒にいてくれるか?」
「もちろんです、私の人生は貴方のお父様に買われましたから。」
「父が去っても?」
「坊ちゃんはもう家族ですよ。手のかかる弟のようです。」
答えを聞く前に血脈は眠ってしまう。
使懐は血脈をベッドに運び一日が終わった。
冬休み、三人は寒さに身悶えしていた。
今年は珍しく早くから雪が降り世界は一面銀世界、それを活かして三咲は計画を練っていた。
運動会の件で手に入れた課し0.5を使い、どうにか血脈に勝てないかという事だ。
明らかなズルは大体拒否される。最近だと警戒して勝負を断られる事もある。そこで、春日部さんと協力して雪を使った勝負を挑みあいつの虚を突く。
最初は雪で釜倉とか雪だるまを作り油断させ、その中に春日部さんが隠れ奇襲をしかけその間に僕が勝つ。ズルだと血脈が言ったところで課し0.5を使い黙らせる。ズルで負けたのだからあいつの心は傷つかない(多分)。
僕は作戦を春日部さんに早速電話で連絡して明日に三人で遊ぶ約束を取り付けた。
今まで大事にしてきたなけなしの0.5を使うのは雪の日と決めていた。それまで何度も挑み恥辱を味わい春日部さんに慰められる日々。いい加減僕は勝つ!
「さ、寒い寒いと思ってたらまさか雪が降るなんて思わなかったよね。」
ダウンジャケットに耳当て、マフラーを巻き手袋をした完全装備の春日部は寒さに身を震わせる。
「久々に両親が帰って家族水入らずでコタツでウダウダしてたかったんだがな。」
春日部と同じく完全装備の血脈は白い吐息を三咲に向かって吐きながら愚痴を吐露する。
「けど来てくれたじゃん。」
「そ、それは皆が行けっていうから……。」
しどろもどろに答えを濁らす。
「す、素直じゃないね血脈君。」
血脈の様子を見てほっこり笑う春日部。
「それより、今日は何すんだよ三咲。なんもしないならこのまま帰るぞ。」
「フフフ、心配するな血脈、今日は雪を使って釜倉とか雪だるまを作るぞ。」
「勝負はする?しない?」
「なしだ。この寒い中は流石の僕も厳しい。最初は体を動かして体を温めてからだ。」
「...結局しそうだな。」
三人は協力したり個人で思い思いの物を作った。
最初は釜倉。
「出来たな釜倉、水で固めないと厳しかったが中は結構温いな。」
血脈は基本協力が出来ないので一人で二人より少し小さい釜倉を作った。
「ランプと七輪が家にあるから後で取ってくるよ。」
「な、何焼くのかな?せ、セミ?」
「春日部さん流石の俺達にも限度はあるよ?」
次に雪だるま。
春日部は血脈にバレないように小声で話す。
「み、三咲君、やっぱり雪だるまは沢山あった方がいい?」
「うん、そうだね。あればあるほど違和感はなくなるから沢山あるに越したことはないかな。」
「わ、分かった……。み、三咲君もしこの作戦が成功したらさ、これからは名前で呼んでくれない?」
いきなりの発言に驚きと戸惑いをみせる三咲。
「ど、どうして?」
照れて下向きになりながら春日部はごにょごにょ喋る。
「ふ、二人が名前で呼び合ってるのに私だけ苗字だからズルい……。」
三咲は何がズルいかは分からかったが可愛い事は分かった。
「分かった、二人で勝って血脈を分からせよう。」
「(なんか違うとは思ったけど)うん!」
そんな話を二人がしてる間に血脈は『俺のことはいい、先に行け!』雪だるまを真剣に作っていた。
最後は個人個人の芸術表現。
三咲は釜倉の中にランプを置き夜景を表現した。見方によっては手抜きだが確かに綺麗だった。
一番最初に作り終わったので血脈が作った釜倉を使って七輪でマシュマロを焼いて食べた。
煙が籠もるので無慈悲に天井に小さな穴を空けた。
血脈は雪だるまシリーズが気に入ったのか『無事か?』と仲間を守るために腹を貫かれた雪だるまを作りその後も数々の作品を作ったが、最後は張った水が凍っているバケツの中に親指を立てた左腕を作って終わった。
あいるびーばっ~く。
何故か三咲は涙なしでは見られなかった。
最後まで遅れた春日部は50センチ程のセミの幼虫から成虫までの軌跡を雪で表現した。
二人は釜倉で暖まりながら生命の神秘を感じた。
三人は遊びつくすと釜倉の中に雪で作った椅子に座って暖まる。
「ふ、不安なんだけど釜倉溶けないよね?」
「穴空けて温さ半減してるし大丈夫だと思う。」
串に突き刺したマシュマロを焼きながら会話する春日部と血脈。
「二人ともこの寒い中あそこまでよく作れるね。手痛くないの?」
二人の様子を見ながら手を七輪にかざす三咲。
「作り出したら止まらない。」
「さ、再現度はそのまま好きに比例するから。」
体が温まるまで釜倉でジッとする。
「よし、血脈。鬼ごっこで勝負しよう。」
とうとう来たかと思いながら血脈は応える。
「お前が不利だけどいいの?」
「僕は追う方が得意だからね。」
鬼ごっこののルールは三つ。
一つ目は三咲の家の敷地内で行い家に隠れるのはなし。
二つ目は制限時間三十分以内に捕まえること。
三つ目は鬼は追いかける前にその場で目を瞑って六十秒声に出して数える。
ルールをあらかた説明した三咲は目をつぶって数を声に出して数える。
「いきなりだな全く……。」
血脈は察したので急いでその場から離れ始める。
「あっ、言い忘れたけど僕が勝ったら春日部さんの願いも今回は聞いてくれ。春日部さん勝負に関係ないけど。」
「別に春日部さんの頼みならある程度元から聞くけど、負けたらお前は二つだぞ?」
そう言って血脈は釜倉からでて隠れ場所を探す。
春日部は血脈を見送った後三咲に耳打ちする。
「み、三咲君ありがと。」
「必ず勝とう春日部さん。」
春日部も残り二十秒というところで釜倉を出る。
「さ~ん、に~ぃ、い~ち、ぜろ。」
数え終えた三咲は早速血脈を探しに行く。
時刻は16時半、終わる頃には丁度五時の鐘が鳴る時間帯だ。
三咲が動くタイミングで偶然雪がパラパラと降り始める。足跡が消えてしまうので気をつけなけばいけない。
三咲はまずは場所を把握するために音を立てずらくするため忍び足で家を見て回る。
その様子を三咲達が作った釜倉の裏で左側から血脈は覗いていた。
二人が作った釜倉の右横には春日部が作ったセミが二体並んでいて右からでは見ずらかった。
春日部の姿も確認したが雪だるまを吟味しているだけで特に何もしていなかったので本当に関係ないのだろう。
血脈の作戦は≪逆尾行作戦≫。追う側を逆に監視して見つからないようにする作戦だ。
この作戦の利点は足跡と音が被ることでバレずらいという事。
流石は個人戦では敵なしの血脈、下法に関して右に出るものはいない。
三咲が十五分かけて慎重に家と寺の裏まで確認したが血脈は見つからない。
普段ならこのまま走って炙りだす方法を取るのだが今日の三咲は冴えていた。
つけられてる事に気づき一度釜倉雪だるま地帯に戻ることにした。
釜倉を作った場所には雪だるまが数体点々と存在している。
足跡を確認するとやはり血脈の足跡は規則的に繋がっていた。
血脈は最初に家と寺を一周して釜倉に戻りその後、二人の釜倉に隠れこちらを監視していたんだ。僕が出るとこを見て足跡を追うのを確認したら自由に隠れられる。だが、音がしなかった。という事は追ってきて足音を重ねてゴマかしたのか?
結論を出した三咲は視点が絞られる雪だるまの位置を探し賭けに出る。
三咲を体が隠せる位置から見ていた血脈は三咲が走る姿を見て直ぐに自分も走りだす。
視点的に雪だるまで隠れてしまうが三咲の足跡は走るのを止めない勢いがあった。そのまま走り続ける。
その雪だるまの近くまで近づくと三咲が目の前から飛び出してきた。
「!?」
出した足を捻って咄嗟に横に避ける血脈。
勢い余って雪に突っ込む三咲。
三咲の恰好は完全装備ではなく真冬にスポーツウェアというイカレタ恰好だった。
「しくった!まだだぞ血脈!」
直ぐに二人は体勢を立て直し三咲は追って血脈は逃げる。
スポーツウェアを着てるだけあって初速が速い三咲は手が届きそうで届かない位置まで血脈に近づく。
それでもまだ血脈の方が速いのでだんだん離されてしまう。
近くの雪だるまを挟み追いかけ逃げ合う二人。
「はぁ、はぁ、頭を使ったな三咲!まさかその場で足踏みして離れるフリをするとは思わなかった!」
「お前程じゃないよ血脈!はぁ、はぁ、最初に一周するくらい走ったのに吐息が見えなかった。口に雪でも含んでたんだろ?はぁ、はぁ。」
「正解だ三咲!俺は今回も勝つぞ!はぁ、はぁ、お前の恥辱が俺の生きる意味だ!」
「くそ野郎がぁ!!」
血脈もだんだんとジャケットやマフラーなどを脱ぎ捨てて逃げる。
この鬼ごっこもだんだんと終わりの時間が近づいてきた。
残り時間は三分。
何とか作った雪だるまを使って距離を縮める三咲。もうあとがない。
残り時間は残り二分。
三咲の腕に付けられた腕時計は無情にも時を刻む。
残り一分。
血脈が三咲達が作った釜倉に近づいた瞬間、
「をばぁ!!」
横に作られたセミの幼虫の中から春日部が突然出てくる。
「はあぁぁぁ!?」
驚いた血脈は足を滑らせて釜倉の中に突っ込む。
それを見た三咲も驚いてそのまま釜倉にホールインする。
残り時間三秒前、三咲は血脈に触れる。
「血脈捕まえた!僕の、僕達の勝ちだぁあああー!!!」
この日三咲は始めて血脈に勝った。
流れる五時の放送が、三咲には勝利のファンファーレに聞こえた。
春日部は隠れていたセミの抜け殻が雪で埋まり体が冷えたので三咲に風呂を借りた。
二人は脱いだジャケットを拾って二人で突っ込んだ釜倉の中で休んでいた。
疲れで黙って釜倉の中の吊るされたランプをじっと見てしまう。
「...なぁ、俺出来れば痛いのとか、辛いのとか嫌なんだけど駄目か?」
痺れを切らしたのか血脈が口を開く。
「僕をなんだと思ってるんだ。そんなことするか。」
「じゃぁ何すんだよ。」
口篭もる三咲。暫くすると決心したように三咲は話す。
「実はさ、僕お前とは違う中学に行くことになったんだ。」
発言に驚く血脈。
「……そうか、でももう二度と会えなくなるわけじゃないだろ。お互いこれから頑張らないとな。……心配なのはお前に友達が出来るかだけだよ。」
血脈らしくない優しい言葉に笑顔、三咲は血脈が話を理解した事が分かった。
三咲の心臓は痛いほど早くなる。三咲は痛みに押されて吐き出すように言葉を出す。
「僕の最初で最後の願いだ。血脈、僕はお前が好きだ!ずっと一緒にいろ!」
「……え、えええぇ!」
声を出して血脈は慌て始める。
「それ、本気か?」
「僕はお前とずっとに居たいし、...あ、愛してるが聞きたぃょ。」
今までの比にならないくらい赤面する三咲。言ってから俯き表情が見えない。
血脈はどうにもズルいと思いながらも答えは決まっていた。
「今まで言った好きに嘘なんて一つもない、俺も愛してるよ。・・・ズルいんだよバカ・・・。」
三咲の髪をかき揚げキスをする。
その時、脳裏に甘い感覚と鼻腔をくすぐる匂いがした。
思わず三咲を押し倒す。
血脈の目は赤みを増しよだれが止まらなくなる。
「どうしたんだ血脈?」
様子がおかしいことを察したのか三咲が不安に駆られる。
血脈は三咲の肩に噛みつき肉を食いちぎる。
血脈の脳裏には春日部が言った言葉が浮かんでいた。
「意志は能動的で体は受動的。」それは、どちらかが異常をきたせばどちらかが対応せざるを得ないという事。三咲の肉は信じられないくらい美味しい、俺の体は本当に人なのか?
こんなに好きで愛してるのに俺の体は言う事を聞かない。
自然に流れる涙に対して三咲を掴んだ腕はうんともすんとも言わずに掴んで離れない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
日常が音を立てて壊れていく。
雪が血で染められニチャニチャとした肉を噛む音だけが聞こえる。
「血脈、僕も愛してるから……。」
最後に伝えたい事を言うと三咲はあまりのショックにこと切れる。
『ッ!!!!!」
血脈は覚悟を決めた。
お風呂上りの春日部が雪が酷くなっていることを危ぶみ二人を呼びに来た。
春日部は吹雪の中で釜倉から出てくる影に近づく。
「ふ、二人とも、雪が強くなってきたから家に...!!」
春日部は絶句する。
血脈が三咲の首元の服の部分を噛んで引きずっていた。
血脈は両腕から血を垂れ流し今にも死にそうだ。
春日部の姿を見かけると血脈は三咲を優しく置いて言う。
「三咲を頼む。」
血脈はそのまま自分の家に向かって必死に走る。
春日部はその背中があまりにも物悲しくて、
「ぜ、絶対また三人で会おうね!課し1だから!」
そう言って急いで三咲の看病に取り掛かる。
「はぁ、はぁ、くそ!」
血脈の手は少しすると徐々に生え始める。
「生きたかった……。」
血脈の声は吹雪でかき消された。
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