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親子
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家に着く。扉がいつもよりも数倍大きく感じられた。開けたくないし、知りたくない。でも、生きることが必ず正しいなんて言えない俺には後悔があっても未練はない。
扉を開く。部屋には父だけがソファーに座っている。
「血脈、俺の部屋に来い。知りたいんだろ?」
父の顔には汗が滲んでいる。
今までに見たこともない真剣な顔。既視感がある。
覚悟を決めた人間の顔だ。
「血脈、お前は生物はどうやって進化したと思う。」
席に着き静かに語り掛ける父。
「……環境に合わせて形を変えた。」
「違う、その環境にあるものを定期的に食べて生きられるようにだ。最初の個体の数が増えると必ずバグは起きてしまう。そのバグはまともに今ある物を食べれない、どうなると思う?」
少し血脈は考えてから答える。
「見捨てられる。」
「正解ではあるんだが補足がある。そいつは生きるために考えてある一つの答えを出した。同じ体なんだから同族を食べればいいってな。見捨てられたんだし文句は言えない。」
まくしたてられるように父は話し続ける。
「バグの体はだんだんと変化し同族を食べられるように特化していく。これが何回か繰り返されると意志はバグを嫌い共存を見出し始める。それが、雌雄を決めることだ。いつか見捨てられたあいつは新たな環境への適合を示すホープとなって活躍を始める。泣ける話だろ?始まりはいつも異端だよ。」
ケラケラと笑う姿は何処か哀れで哀愁を感じさせる。
「その話にどんな関係があるんだよ父さん。」
赤黒い目はこちらを捉えて離さない。間違えであれという俺の心に反して真っすぐすぎる。
「……もう分かってんだろ?俺はそのバグだよ。同族を食べなきゃ生きられない人間のなりそこないだ。」
...分かってた。だけど、日常が、あいつとの思いでが頭にちらついた。
ああ、食べた肉の味が頭の中で反芻される。俺は本当に、人間じゃないのか。
淀む記憶に脳は揺らされ生えた腕が人間じゃないことを表している。
「血脈、お前は俺さえ超える才能を持っている。普通食べても身体能力が上がったり歳が取りずらくなるだけで腕が生え変わるなんて有り得ない。俺と一緒に生きる道を探そう。一度背負った罪を消すなんて出来ないんだから。」
...言葉が耳から抜けていく。どうにも全て嘘くさくて何も聞きたくない。壊された感性は戻らない。
疑問だけが何か解決してくれる気がして言葉が出て行く。
「父さん達は海外で何をしてたの?」
「会社の拡大と仲間を作ってた。俺達の事がバレれば殺されるだろうからな。」
「仲間って何?」
「子供を作ってた。人口の三分の一が目標だ。今は一万人くらいかな。」
「皆俺と同じなの?」
「お前は特別だよ。父さんと同じ体質の母さんから生まれた一番大切な我が子だよ。」
「父さんには子供が何人いるの?」
「数え切れないな。会社で育てたり社員が預かったり養子に出したり何でもしてる。」
「……最終的に何がしたいの?」
父は何のためらいもなく言う。
「生きたい。出来るだけ長く。犠牲とか道徳とか無しにして生きたいから。」
父は昔から素直だった。今も変わらずただ本心を語っている。だが、それは生きることに対してだ。
父は嘘を吐くのが苦手だ。だから、困ったら話さない。ずっと沈黙する。
父は誰かを簡単に信じる。後でどうにでも出来るからだ。
父は……、俺は……誰かの為に命を張らなくても生きていけてしまう。
けど、俺はあいつの幸せを願いたいから。
「死んでくれ父さん。」
バンッ!
辺りに血が広がった。
血脈の額には銃弾一つ分の穴が空いていてそこからどくどくと血が流れ出て行く。
撃ち終わった銃をテーブルに置き、溜息を吐く。
「同じ血を持っているはずだったんだがな。」
彼、相承 異血(そうしょう いけつ)は椅子を回転させながら考える。
血脈が生まれた時、あいつは既に助からない状態で医者には匙を投げられていた。だが、咲恵(血脈の母)の血液を口に含んだ時にあいつは息を吹き返した。
それに安堵したのも束の間、あいつは一年程ほかの子に比べて成長が遅れていた。
その時俺は察した。血はより濃くなって受け継がれたんだと。
それからは歳を一年偽り、成長を見送ることにした。
血脈の顔を見ると俺は尚更生きることを強く考えるようになった。生きることの尊さを実感した。
次第に歳をとることに恐怖を覚え、殺されるかもしれない恐怖に憑りつかれた。
結果、仕事に夢中になり息子との時間は消え、挙句の果てに殺してしまった。けど、
「生きたい。誰よりも若くて健康で笑ってられる日々を過ごしたい。例え世界が俺達みたいな奴らばかりになっても牛も豚も猫も犬も虫もゴキブリだって変わらず生きるんだ。何も変わらないよな?」
「変わるよ。今すぐに。」
目の前を見るとそこには額の風穴が塞がりつつある血脈の姿と、宙に舞う自分の右腕が見えた。
そのままその右腕をキャッチする血脈。
異血はあまりの衝撃に目を見開くだけで動けない。
動けないでいる父を横目に血脈は右腕を骨ごとボリボリ食べ始める。
痛みがやっと戻って来た時には腕は半分以上食べられていた。
「血脈、このままだとお前も俺も殺されるんだぞ?それでもお前はいいのか?」
手の部分を食べ始める所で手を止める血脈。
「父さん、このままだと無限ループだよ。俺達みたいなのが出てきて同じことの繰り返し、いつか食べなくても活動出来るようになるとしてもその時には人の心は残ってない。こんな風にね。」
血脈は父の手をよく噛んで笑顔で呑み込んだ。
異血は始めての食べられる側の恐怖を知る。
「それでも生きることは尊い事だ。俺は最後まで生きる事の正しさを証明する。」
そういうと部屋にあったワインを飲み干していく。
間違いなく血を混ぜた物だ。
異血の右肩から出ていた血は止まり、何年分か若返ったように見える。
血脈の正面に気が付くと拳がとんできていた。だが、血脈は変わらず目の前にいる。
異血が振り切った拳は食べられていた。
血脈は何処か悲しそうに、だけど空元気に、
「生きることが正しい時代は終わったよ父さん。間違ってもないし正しくもない、どっちつかずのおもしろい時代が今なんだよ。」
「……そうかぁ。じゃぁお前はどうやって生きるんだ?」
「あいつの為に死んで、目の前の問題にだけ全力で対処して生きる。三咲の為だけに生きる。」
「……我が子ながらカッコよくて狂ってる。……ただまぁ、心だけは人でいるんだぞ。」
「うん。いただきます、父さん。」
異血はせめてもの笑顔で言う。
「召し上がれ血脈。」
扉を開く。部屋には父だけがソファーに座っている。
「血脈、俺の部屋に来い。知りたいんだろ?」
父の顔には汗が滲んでいる。
今までに見たこともない真剣な顔。既視感がある。
覚悟を決めた人間の顔だ。
「血脈、お前は生物はどうやって進化したと思う。」
席に着き静かに語り掛ける父。
「……環境に合わせて形を変えた。」
「違う、その環境にあるものを定期的に食べて生きられるようにだ。最初の個体の数が増えると必ずバグは起きてしまう。そのバグはまともに今ある物を食べれない、どうなると思う?」
少し血脈は考えてから答える。
「見捨てられる。」
「正解ではあるんだが補足がある。そいつは生きるために考えてある一つの答えを出した。同じ体なんだから同族を食べればいいってな。見捨てられたんだし文句は言えない。」
まくしたてられるように父は話し続ける。
「バグの体はだんだんと変化し同族を食べられるように特化していく。これが何回か繰り返されると意志はバグを嫌い共存を見出し始める。それが、雌雄を決めることだ。いつか見捨てられたあいつは新たな環境への適合を示すホープとなって活躍を始める。泣ける話だろ?始まりはいつも異端だよ。」
ケラケラと笑う姿は何処か哀れで哀愁を感じさせる。
「その話にどんな関係があるんだよ父さん。」
赤黒い目はこちらを捉えて離さない。間違えであれという俺の心に反して真っすぐすぎる。
「……もう分かってんだろ?俺はそのバグだよ。同族を食べなきゃ生きられない人間のなりそこないだ。」
...分かってた。だけど、日常が、あいつとの思いでが頭にちらついた。
ああ、食べた肉の味が頭の中で反芻される。俺は本当に、人間じゃないのか。
淀む記憶に脳は揺らされ生えた腕が人間じゃないことを表している。
「血脈、お前は俺さえ超える才能を持っている。普通食べても身体能力が上がったり歳が取りずらくなるだけで腕が生え変わるなんて有り得ない。俺と一緒に生きる道を探そう。一度背負った罪を消すなんて出来ないんだから。」
...言葉が耳から抜けていく。どうにも全て嘘くさくて何も聞きたくない。壊された感性は戻らない。
疑問だけが何か解決してくれる気がして言葉が出て行く。
「父さん達は海外で何をしてたの?」
「会社の拡大と仲間を作ってた。俺達の事がバレれば殺されるだろうからな。」
「仲間って何?」
「子供を作ってた。人口の三分の一が目標だ。今は一万人くらいかな。」
「皆俺と同じなの?」
「お前は特別だよ。父さんと同じ体質の母さんから生まれた一番大切な我が子だよ。」
「父さんには子供が何人いるの?」
「数え切れないな。会社で育てたり社員が預かったり養子に出したり何でもしてる。」
「……最終的に何がしたいの?」
父は何のためらいもなく言う。
「生きたい。出来るだけ長く。犠牲とか道徳とか無しにして生きたいから。」
父は昔から素直だった。今も変わらずただ本心を語っている。だが、それは生きることに対してだ。
父は嘘を吐くのが苦手だ。だから、困ったら話さない。ずっと沈黙する。
父は誰かを簡単に信じる。後でどうにでも出来るからだ。
父は……、俺は……誰かの為に命を張らなくても生きていけてしまう。
けど、俺はあいつの幸せを願いたいから。
「死んでくれ父さん。」
バンッ!
辺りに血が広がった。
血脈の額には銃弾一つ分の穴が空いていてそこからどくどくと血が流れ出て行く。
撃ち終わった銃をテーブルに置き、溜息を吐く。
「同じ血を持っているはずだったんだがな。」
彼、相承 異血(そうしょう いけつ)は椅子を回転させながら考える。
血脈が生まれた時、あいつは既に助からない状態で医者には匙を投げられていた。だが、咲恵(血脈の母)の血液を口に含んだ時にあいつは息を吹き返した。
それに安堵したのも束の間、あいつは一年程ほかの子に比べて成長が遅れていた。
その時俺は察した。血はより濃くなって受け継がれたんだと。
それからは歳を一年偽り、成長を見送ることにした。
血脈の顔を見ると俺は尚更生きることを強く考えるようになった。生きることの尊さを実感した。
次第に歳をとることに恐怖を覚え、殺されるかもしれない恐怖に憑りつかれた。
結果、仕事に夢中になり息子との時間は消え、挙句の果てに殺してしまった。けど、
「生きたい。誰よりも若くて健康で笑ってられる日々を過ごしたい。例え世界が俺達みたいな奴らばかりになっても牛も豚も猫も犬も虫もゴキブリだって変わらず生きるんだ。何も変わらないよな?」
「変わるよ。今すぐに。」
目の前を見るとそこには額の風穴が塞がりつつある血脈の姿と、宙に舞う自分の右腕が見えた。
そのままその右腕をキャッチする血脈。
異血はあまりの衝撃に目を見開くだけで動けない。
動けないでいる父を横目に血脈は右腕を骨ごとボリボリ食べ始める。
痛みがやっと戻って来た時には腕は半分以上食べられていた。
「血脈、このままだとお前も俺も殺されるんだぞ?それでもお前はいいのか?」
手の部分を食べ始める所で手を止める血脈。
「父さん、このままだと無限ループだよ。俺達みたいなのが出てきて同じことの繰り返し、いつか食べなくても活動出来るようになるとしてもその時には人の心は残ってない。こんな風にね。」
血脈は父の手をよく噛んで笑顔で呑み込んだ。
異血は始めての食べられる側の恐怖を知る。
「それでも生きることは尊い事だ。俺は最後まで生きる事の正しさを証明する。」
そういうと部屋にあったワインを飲み干していく。
間違いなく血を混ぜた物だ。
異血の右肩から出ていた血は止まり、何年分か若返ったように見える。
血脈の正面に気が付くと拳がとんできていた。だが、血脈は変わらず目の前にいる。
異血が振り切った拳は食べられていた。
血脈は何処か悲しそうに、だけど空元気に、
「生きることが正しい時代は終わったよ父さん。間違ってもないし正しくもない、どっちつかずのおもしろい時代が今なんだよ。」
「……そうかぁ。じゃぁお前はどうやって生きるんだ?」
「あいつの為に死んで、目の前の問題にだけ全力で対処して生きる。三咲の為だけに生きる。」
「……我が子ながらカッコよくて狂ってる。……ただまぁ、心だけは人でいるんだぞ。」
「うん。いただきます、父さん。」
異血はせめてもの笑顔で言う。
「召し上がれ血脈。」
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