魔神の最凶妻の自由気ままな鏖殺ライフ

麻呂館廊

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フォルタン地区編

第1話 最凶の復活

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 眼前に広がる青天井。
 雲一つない快晴、少し傾いた日の光が眩い。

 地面に仰向けに寝ている女は寝ぼけ眼をこするよりも速く魔力探知の網を、自身を中心に半径数キロにわたって広げる。

 五感よりもはるかに効率的に周囲の状況が把握できる。

 天を衝く霊峰と山脈、それらを取り囲む岩と雪しかない殺風景な大地。

 その景色を視た瞬間、彼女は自身の最期を思いだす。

「死に損ねた…」

 そんな呟きが口を衝いて出る。

 死後の世界がどんな景色であるのか楽しみにしていたのに。

 彼女は肩を落としながら、仰向けに寝転んでいた身体を起こそうとする。

 違和感。
 腰が軽い。
 代わりに胸部がやけに重く、起き上がるにつれて、生前には感じたことのなかった肩の負担を感じる。

「なんと…妙なことだ…」

 彼女は自身の肉体にも魔力探知を行う。

 視えたのは、齢20は越えるかといったほどの小娘であった。
 驚くのも無理はない。
 生前の彼女は、肉体年齢80歳のヨボヨボおばあちゃんであったのだから。

 老体の時と違い、羽根のごとき軽い身体に感動を覚えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 胸元がきつい。
 服が伸びきってしまっている。
 これは、生前の皺だらけな干し柿の如き垂乳根に合わせた採寸の衣服であったためである。

 加えて、その女——ロスタタルゲェノは世界の六原種の一種、ティタン種であることも一因である。
 ティタン種の雌は他種と比較して乳房が大きいのだ。

 とりあえず彼女が理解できたことは、再びこの世界に生を受けつつ、おまけに若返った肉体を得たことだった。


 ◆◇◆


 己の肉体について少し分析していたところ幾つか分かったことがあった。


 ひとつ目に、肉体には魔法がかけられていること。

 確かにこの地で息絶えたはずの彼女が蘇生した原因がそれである。
 調べたところ、肉体年齢を自在に変化できるようだ。

 ちなみに、彼女は幼女になってみたり、赤子になってみたりして暫くはしゃいでいた。


 ふたつ目に、彼女は時間遡行したのだと思われること。

 魔法の詠唱文が分からないため断言はできないが、身体にかけられた魔法が肉体年齢を自在に変更できることに拠る考察である。

 時間遡行説が正しいとすれば、今は何年だろうか。
 肉体年齢が20歳ほどなので…実年齢は2000歳ちょいであるから——


 彼女が思考の海に深く潜ろうとしたその時。


 突如、咆哮が大気を震わせ、引き摺るような音が接近してくる。

 魔力探知でその咆哮の主の存在を捉えたロスタタルゲェノは更に、後を追って視覚でそれを見た。

 凄まじい勢いで爬行しているのは、蛇の胴、三つに別れた蛇の頭をもつヒュドラである。

「先程から遠くをうろちょろしていると思えば、とうとう来たか」

 全長三十メートルはあろうかという巨躯のヒュドラは前進しながら、その三つの首から毒を放つ。
 その毒はビームの如く一直線に彼女のもとへ届き、衝突する。

 勢いゆえに、毒は弾けて空に舞い上がり、黒紫色の毒雨が降り注ぐ。
 毒雨は地面を溶かし、無数のクレーターを生み出した。

 ヒュドラの毒は鉄であろうが人であろうが、お構い無しに喰い溶かす。
 かつて彼女の部下が使役していたが、縄張りに毒沼をつくる習性のせいで自領がどんどん溶けて侵食されるため、かなり手を焼いていた。

 そんな毒の前に、人の身であるロスタタルゲェノは例外なく倒れるだけである。


 しかし。


「ふむ、魔力の操作感はいつも通り。蘇生魔法が原因で、直接的な魔力操作に害が生まれるかもと思ったが、問題ないね」

 彼女の頭上に落ちようとしていた毒の雨粒は、頭の数センチほど上部でぶつかる。
 そして、雨粒は、まるで透明の雨合羽が存在しているかの如く、肌の数センチ先の見えぬ壁を伝っていく。

 しかし、ヒュドラは止まらない。
 己の毒で溶けぬ獲物がいることに何ら疑問を抱かぬほどの興奮状態にあるようだ。

 早馬を超える速度で前進するヒュドラ。

 前進の勢いはそのままに、獲物の女にタックルを食らわせようとする。
 ヒュドラの皮膚は硬いため、ただの突進でさえ脅威となる。

 ヒュドラがロスタタルゲェノに肉薄せんとしたその瞬間、二者間に見えぬ斬撃が飛ぶ。
 ヒュドラの左頭部は慣性に従い、クルクル回転しながら背後に飛んでいく。

 しかし、ヒュドラは気に留めない。

 ヒュドラが彼女を取り巻く不可視の壁に激突する。
 しかし、勢い止まらず躓くと彼女の背後へ吹っ飛んでいく。

「とても活きがいいね。余程空腹だったとみえる」

 冷静な彼女を前に、毒のヨダレをダラダラと垂れ流しながらムクリと起き上がるヒュドラ。

 驚いたことに、その毒蛇の切断された左の首は既に生えかかっていた。

「おお、その再生力。伝承のヒュドラのそれと相違ないね」

 ヒュドラはシャァァァ!!!と威嚇しながら毒を飛ばすが、彼女の余裕な態度は少しも崩れない。

「魔力操作に違和感がないのは分かったし、次は魔法の使用感の確認だね」

 斬られた首を生やし終えた大蛇は、またもや毒を吐きながら突進してくる。

「再生力の高い相手には火炎魔法で対応するのが定石」

 そう呟くと、

「火打石、サラマンダー、赫炎、火柱、劫火、黒灰————」

 彼女は悠々と何かの文言を唱えだす。

 その声は何故か徐々に速くなり、やがては電子音のごとき甲高い音の線と化す。

 その声は既に常人やヒュドラの可聴域を逸脱していて聞こえはしない。
 しかし、彼女自身は唱えた言葉の意味を聞き取り、理解しながら最後の言葉を紡ぐ。

「『黒染めの大炎Laissant des cendres noires』」

 刹那、ヒュドラの身体が何の火種も無しに炎上する。

「ジィギィェェェェェェ!!!!」

 やかましい断末魔を上げ、岩が溶けてマグマと化した地面でバシャバシャとのたうち回る。

「うん、魔法の使用に支障はないようだ」

 にこやかに微笑みながら、ロスタタルゲェノはヒュドラを見下ろす。

 ヒュドラは炎の中で身を焦がし、ボロボロの黒灰と化すと、マグマに飲み込まれて跡形もなく消え去った。

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