4 / 94
第一章 黄色い目をした少女
3
しおりを挟む
草原はどこまでも続いていて、雲一つない青空と地平線でまじりあっていた。
原付バイクもそのままだ。
カギは刺さっているのに、エンジンがかかっていない。
そうだ。夢を見ているんだ。やっと追いついてきた思考が出した答えは、ごく平凡なものだ。
「夢……だよな?」
意図せず出た言葉が、澄んだ空気に溶けていく。誰も聞いていない。ヒカル自身さえにも届いていない。
時計の音は止まっていた。
「ゼンマイが止まったのかな?」
そんなことはどうでも良いのに、ヒカルはなんでも良いから「答え」を探した。木の枝を宙に放り投げたらどうなるか? 答えは「落ちてくる」だ。何でも良い。要はリハビリ。ゼンマイを動かすと時計が動くように、マヒした頭を動かすための練習問題。信号は何色で渡る? 魚は何呼吸?
そして――。
「ここはどこ?」
これが本番。けれども、いくらリハビリをしたところでこの問題は難しすぎる。
ヒカルは、ようやく一歩一歩と足を進めることが出来た。小包を抱えながら、どこへ進めば良いのかも分からない。だけど答えを出すには何かをしなければならない。
葉っぱの付いていない痩せた木が点々と立っていて、よく見ると、草の中には白や黄色の小さな花もあった。
ついさっき11時を指していた腕時計は、今は15時35分を指している。それから腕時計が16時を指すころになって、遠くの方に人影を発見した。
やっと見つけた! 答えを出すための大ヒントが!
急いで駆け寄ってみると、それは人ではなく、ただのカカシのような人形だとすぐに気が付いた。割烹着のような黄色い服を着ていて、顔の部分には花の目と葉っぱの口があった。残念でした、とまるでヒカルを笑っているよう。
呆然とするヒカルは、思わずそのカカシを蹴飛ばしてしまえとも思った。
「はあ……」裏切られた気分。
ヒカルは、カカシの横に座りこんでしまった。
どこからか、鳥の鳴き声が聞こえてきた。そのまま仰向けで寝転がると、目の前には深い色の青空がどこまでも見える。
その中に、一点の影を見つけた。
「鳥?」
にしては大きいすぎるような。キラキラと翼が光っていた。
それは、まるで黄金に輝いている様――。
優雅に上空を飛ぶその姿を見て、ヒカルはどこか神秘的な何かを感じた。今度は足音が聞こえてきた。人形ではなくちゃんとした人の気配なのに、空の上のそれに釘付けで、ヒカルは起き上がることが出来なかった。
「誰?」
その声は、細くて高い、少女の声であった。
〇
少女は「リオン」と名乗った。
三つ編みのおさげにした赤毛の少女を見て、自分よりも年下だろう、とヒカルは感じた。カカシのような黄色い服を着ている。
「ここはどこ?」
当り前の質問に、リオンは「何を言っているの?」と首を少し捻った。
「……もしかして知らないで来たの?」
眉間に小さな皺を寄せながら、リオンはヒカルの顔をまじまじと見つめた。長いまつ毛の目立つ大きな目だ。その瞳には、わずかに黄色が混じっている。
顔が近い。恥ずかしくなったヒカルは、思わず顔を逸らしてしまった。
「旅の人? だったら、早く出て行った方が良いよ」
――もうすぐ来るから。
その言葉だけ、声に重たい響きがあった。
薄く、淡いピンク色の唇からは、到底想像もできないくらい、重たく、そして怒りに満ちた声だった。
「な、なにが来るの!?」
今度こそ、リオンは大きなため息をついた。
「何って、決まっているでしょう!」
腰に手を当て、まるで悪戯をした子どもを叱りつけるように、リオンはきゅっとヒカルを睨みつけたる。思わず、「ごめんなさい」と言いそうになった。
「鱗よ!」
「うろこ?」
「そう!」
待って! と先にリオンは叫んだ。「うろこって何?」とヒカルが言う前に。
「もしかして、本当に何も知らないの?」
捲し立てる口調から、ゆっくりとした言葉になっていく。
「はい……」
リオンは、さっきよりも小さなため息をついた。子どもしかりつける目から、憐みの目へと変わっていく。
「君。今までどこで暮らしてきたのよ?」
リオンが再びヒカルを見つめた。
何も言ってくれない。品定めのようにジロジロと見つめられるだけ。先ほどとは違う居心地の悪さがその眼差しにはあって、ヒカルは「何か言ってくれよ」と困惑した。
サー、と風が草原を掛けいく。二人の間も通り過ぎた。リオンの赤毛もひっぱられていく。
「とにかく、ここはあぶないから。君は早く逃げ――」
言いかけた言葉を投げ捨てて、リオンはさっと後ろを振り返った。
「来たわよ」
瞬間。ドンっと大きな音がして、地面が揺れる。
「地震!?」
「逃げて!」
リオンに腕をひっぱられて、ヒカルは無理やり走り出した。揺れはすぐに収まったけれども、リオンに促されて、ヒカルはどんどんスピードを上げていく。
ゴオオオ――。
大きな音が響く。まるで獣の咆哮だ。
「今の何!?」
一目散に走るリオン。
ヒカルはちらと後ろを振り返ってみた。綺麗な緑色の草原に、砂埃が遠くに見えた。その中で、大きな何かが動いている。キラキラと輝いてもいた。
砂煙に包まれた大きな何かは、金色に光る四本足の化け物だ。
ヒカルの目が、化け物の赤い目と合ってしまう。すると、化け物は猛スピードでこちらにを向かってくるではないか。
原付バイクもそのままだ。
カギは刺さっているのに、エンジンがかかっていない。
そうだ。夢を見ているんだ。やっと追いついてきた思考が出した答えは、ごく平凡なものだ。
「夢……だよな?」
意図せず出た言葉が、澄んだ空気に溶けていく。誰も聞いていない。ヒカル自身さえにも届いていない。
時計の音は止まっていた。
「ゼンマイが止まったのかな?」
そんなことはどうでも良いのに、ヒカルはなんでも良いから「答え」を探した。木の枝を宙に放り投げたらどうなるか? 答えは「落ちてくる」だ。何でも良い。要はリハビリ。ゼンマイを動かすと時計が動くように、マヒした頭を動かすための練習問題。信号は何色で渡る? 魚は何呼吸?
そして――。
「ここはどこ?」
これが本番。けれども、いくらリハビリをしたところでこの問題は難しすぎる。
ヒカルは、ようやく一歩一歩と足を進めることが出来た。小包を抱えながら、どこへ進めば良いのかも分からない。だけど答えを出すには何かをしなければならない。
葉っぱの付いていない痩せた木が点々と立っていて、よく見ると、草の中には白や黄色の小さな花もあった。
ついさっき11時を指していた腕時計は、今は15時35分を指している。それから腕時計が16時を指すころになって、遠くの方に人影を発見した。
やっと見つけた! 答えを出すための大ヒントが!
急いで駆け寄ってみると、それは人ではなく、ただのカカシのような人形だとすぐに気が付いた。割烹着のような黄色い服を着ていて、顔の部分には花の目と葉っぱの口があった。残念でした、とまるでヒカルを笑っているよう。
呆然とするヒカルは、思わずそのカカシを蹴飛ばしてしまえとも思った。
「はあ……」裏切られた気分。
ヒカルは、カカシの横に座りこんでしまった。
どこからか、鳥の鳴き声が聞こえてきた。そのまま仰向けで寝転がると、目の前には深い色の青空がどこまでも見える。
その中に、一点の影を見つけた。
「鳥?」
にしては大きいすぎるような。キラキラと翼が光っていた。
それは、まるで黄金に輝いている様――。
優雅に上空を飛ぶその姿を見て、ヒカルはどこか神秘的な何かを感じた。今度は足音が聞こえてきた。人形ではなくちゃんとした人の気配なのに、空の上のそれに釘付けで、ヒカルは起き上がることが出来なかった。
「誰?」
その声は、細くて高い、少女の声であった。
〇
少女は「リオン」と名乗った。
三つ編みのおさげにした赤毛の少女を見て、自分よりも年下だろう、とヒカルは感じた。カカシのような黄色い服を着ている。
「ここはどこ?」
当り前の質問に、リオンは「何を言っているの?」と首を少し捻った。
「……もしかして知らないで来たの?」
眉間に小さな皺を寄せながら、リオンはヒカルの顔をまじまじと見つめた。長いまつ毛の目立つ大きな目だ。その瞳には、わずかに黄色が混じっている。
顔が近い。恥ずかしくなったヒカルは、思わず顔を逸らしてしまった。
「旅の人? だったら、早く出て行った方が良いよ」
――もうすぐ来るから。
その言葉だけ、声に重たい響きがあった。
薄く、淡いピンク色の唇からは、到底想像もできないくらい、重たく、そして怒りに満ちた声だった。
「な、なにが来るの!?」
今度こそ、リオンは大きなため息をついた。
「何って、決まっているでしょう!」
腰に手を当て、まるで悪戯をした子どもを叱りつけるように、リオンはきゅっとヒカルを睨みつけたる。思わず、「ごめんなさい」と言いそうになった。
「鱗よ!」
「うろこ?」
「そう!」
待って! と先にリオンは叫んだ。「うろこって何?」とヒカルが言う前に。
「もしかして、本当に何も知らないの?」
捲し立てる口調から、ゆっくりとした言葉になっていく。
「はい……」
リオンは、さっきよりも小さなため息をついた。子どもしかりつける目から、憐みの目へと変わっていく。
「君。今までどこで暮らしてきたのよ?」
リオンが再びヒカルを見つめた。
何も言ってくれない。品定めのようにジロジロと見つめられるだけ。先ほどとは違う居心地の悪さがその眼差しにはあって、ヒカルは「何か言ってくれよ」と困惑した。
サー、と風が草原を掛けいく。二人の間も通り過ぎた。リオンの赤毛もひっぱられていく。
「とにかく、ここはあぶないから。君は早く逃げ――」
言いかけた言葉を投げ捨てて、リオンはさっと後ろを振り返った。
「来たわよ」
瞬間。ドンっと大きな音がして、地面が揺れる。
「地震!?」
「逃げて!」
リオンに腕をひっぱられて、ヒカルは無理やり走り出した。揺れはすぐに収まったけれども、リオンに促されて、ヒカルはどんどんスピードを上げていく。
ゴオオオ――。
大きな音が響く。まるで獣の咆哮だ。
「今の何!?」
一目散に走るリオン。
ヒカルはちらと後ろを振り返ってみた。綺麗な緑色の草原に、砂埃が遠くに見えた。その中で、大きな何かが動いている。キラキラと輝いてもいた。
砂煙に包まれた大きな何かは、金色に光る四本足の化け物だ。
ヒカルの目が、化け物の赤い目と合ってしまう。すると、化け物は猛スピードでこちらにを向かってくるではないか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
東京ダンジョン物語
さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。
大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。
ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。
絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。
あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。
やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。
スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。
無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる