黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第三章 「すべては竜神様の御心に」

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 ドボン。

 暗く、夜の冷たい海にヒカルは着水した。浜はすぐ近く。上空から目で距離を測っていたから、難なく辿り着きそう。

 波も止まってくれているから泳ぎやすい。

 蜂の固い黄金の足から逃げ出す際に、左の肩を引っ掻いてしまった。塩水がしみる。イテテテ……。

 砂浜に着くと、背負っていたリュックを放り投げ、黄金の懐中時計の紅く光る装飾を指で押す。

 カチ――。
 途端に、波の音が聞こえてきた。
 さっきまでヒカルを掴んでいた黄金の蜂が、再び動き出して頭上を通り過ぎていく。

 浜辺のすぐ後ろには、背の低い木が立ち並ぶ林が見えた。暗い闇が口を開けているみたい。月光の侵入は許さないのに、ご馳走なら大歓迎ですよ、と。

 夜の森はもう懲り懲りだ。

 ヒカルは地平線の向こうを見つめた。どれほど遠くへ連れてこられたのか分からない。

 大都市オルストンにて突如起こった争い。竜討伐派の本拠地であるオルストンに、保護派が奇襲を仕掛けてきたのだ。

 そして、飛来した黄金の竜。

 やがて収まりつつあったはずの戦場へ、竜は無差別に、そして無秩序に何十もの鱗を落とし始めた。鱗は黄金の蜂となり、オルストンにいた人々を襲っていく。

 ヒカルも捕まった。黄金の懐中時計でなんとか脱出できたものの、他の人々がいったいどこまで連れていかれるのか分からない。

 水平線が薄らと赤く光っている。太陽の光ではない。オルストンに訪れた災害たちによる烈火だ。

「バル……」

 バルは無事だろうか。

 ひとりぼっちにしない――。
 約束したはずなのに。まだ小さな少年を、あの戦場に残したまま、ヒカルの心はざわついた。

「迎えに行かなくちゃ」

 そのためにはなんとかして海を渡らなくてはならない。

 でも、どうやって?
 暗黒色をした深い海だ。砂浜に船はない。時間を止めたところで泳ぎきれる距離ではない。

 幼い少年は泣いているだろうか。自分を探して、声を枯らして走り回っているのだろうか。

 焦燥は苛立ちへ。こうして考えている間も、バルは危険な都市にいるのだから。

「クソっ!」

 どうすれば良い?

 うろうろと砂浜に足跡を残すことしか出来ない自分に腹が立つ。

 いや、運命に、だ。

 この世界に来て思うようにいった例ためしがない。ヒカルは、まるでこの世界から嫌がらせを受けているのだと思わずにいられなかった。

 誰もいない浜辺の砂を蹴る。この世界への小さすぎる反発だった。

 寒い……。
 濡れた服が冷えてきた。砂を蹴られたお返しとばかりに、この世界はヒカルに追い討ちをかける。

 すると突然、首がチクリとした。
 何かが刺さった。ぐるん、と視界が回転する。

 そのままヒカルは、誰もいないはずの砂浜に一人で倒れこんでしまった。



 目を開けると、固く冷たい石の、狭い牢屋の中であった。

 唯一ある小さな窓から、朝日の筋が入り込んできている。

「起きた……」

 木の格子を挟んだ向こう側には、黄色い甲冑をきた背の高い男と、青みがかった銀髪の少女が立っていた。

 何が起こった? 思案するヒカルは、少女の隣に置かれた自分の鞄を見つけると、すぐに記憶が追い付いてきてくれた。

「バル!」

 立ち上がろうとしたけれど、体が若干痺れていて上手く動いてくれない。
 よろよろと、感覚の鈍い手足に力を入れて、なんとかして格子に寄りかかる。

「ここから出ひてくれ!」

 呂律が回らないがお構い無し。

「助けたひやしゅが居るんだ! 迎へに行かなひと!」

「だめ」銀髪の少女が冷たく言う。

「お、黄金竜に襲われたんだ! 家族も戦争で失って……。だから俺が側にいるんだって! 約束ひたんだ!」

 助けてやらないと。
 木の格子を力なく叩く。何度も何度も。拳の皮が剥け、血が出る。それでも、目の前の少女は何も言わずにヒカルをみつめるばかり。

「出してくれってば!」

 ラチがあかない。
 今度は少女の隣で腕組をしている大男に目を向ける。

「おい、あんた! 俺をここからだしてくれ! 行かなきゃならない、助けたいやつがいるんだ!」
「静かにしろ。心配しなくても出してやるから」

 腕組を解くと、大男は静かにそう言った。

「本当!?」
「ああ。だが、お前が共和国の人間じゃなければな」
「共和国?」

 共和国って何?――ヒカルは少女に目で問い掛ける。

 変わらない表情。
 濡れてるように光沢のある白い肌。銀髪の長い前髪が目にかかってよく見えないけれど、目の前のヒカルを珍しがらずに、また恐れることもなく淡々と見つめている。

 人ではなく、まるで物でも見ているかのよう。不要ならぽいと捨ててしまう。そんな雰囲気があった。

「どこから来た?」

 大男が威圧的に責める。

「オルストン……」

 その答えは、二人を納得させられたのか。じわりじわりと汗が出る。

「オルストンだと? そこで何をしていた?」
「……旅を」
「何のために?」

 黄金竜をさがして――喉の奥まで出た言葉を押し込める。

「仕事を探して……。俺は技術者なんだ」

 大男の眉ねがあがる。

「技術者だと?」

 ヒカルが力なく頷く。それを見て、ふん、と男が笑った。

「本当ならば、仕事には困らないだろうに」

 明らかに疑っている。ヒカルが、この若輩者があの技術者だと? 猫がワンと鳴くほうがあり得る話だ。

「行くぞ」

 少女を連れて、大男が去っていく。

「待ってくれ! 本当なんだ。 だから早くここから出ひてくれ! 俺は行きゃなきゃならないんだ!」

 格子を掴み、必死になって二人の背中に叫ぶ。

「ほら! これを見てよ!」

 左腕を格子の隙間から伸ばして、腕時計を二人に見せつける。

「時計って言う時間をはかれる便利なものなんだ! 俺が作ったんだぞ! 信じてくれ。俺は技術者なんだ!」

 少女がちらりと振り返った。前髪が揺れる。隙間から見えたその目は、リオンと同じように黄色く光っていた。
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