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第五章 i・s・a・h
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ガチャリ――というような、気持ちの良い音はしなかった。
パリパリ、と錆びた金属が壊れる音がしただけ。
でも、お陰でドアは開いた。
奥の部屋はまるで資料庫であった。
灯りがないから、ウインが再び淡い小さな光で部屋を照らしてくれる。狭い部屋に、何列も並ぶ本棚だ。棚の本はほとんど床に落っこちていた。
ヒカルはその一冊をひょいと拾い上げる。見たこともない文字列。裏表紙には、竜が一匹描かれていた。
「なぁ……」
ヒカルがウインの肩を叩く。
「俺たち……行き詰まったんじゃないか?」
「確かに……」
ウインが分厚い本の上に腰を下ろした。
――黄金竜を見た!
きっかけは「マフラー」さんのその言葉だ。結果的には裏切りによる虚言ではあったけれど、ウインもカリンダも、黄金竜はいると肯定している。
鱗ではなく竜がいるのだと。
「でもさ、なんだか近くに感じるんだよね」
「何が?」
「竜神様」
ガラガラガラ……と、部屋の隅っこで音がした。暗闇の中で目を凝らすと、カリンダが本に引っ掛かって転んでしまったらしい。
「きっと、カリンダも同じ事を言うよ。竜神様の気配が近いってね」
「……そもそもさ」
ヒカルも、ウインの隣に腰かけた。
ウインの髪が揺れる。彼の目はリオンやカリンダの様に黄色く光ってはいない。青空のような透き通った綺麗な瞳だ。
「どうして黄金竜に会うの?」
不吉――。今まで晴れていたのに、太陽に雲がかかった。雨は降らずとも、地面に影が充満する。
どうして黄金竜に会うのか?
それを聞いたウインの青い瞳が一瞬曇ったように思われた。
「……少し、ここで休もう」
ウインは床に散らばった本を丁寧にどけて腰をおろした。
正直、ヒカルも座りたかった。身体中に疲れの色が滲んでいる。特に足は酷かった。ウサギが蹴っただけでも折れてしまいそうなくらい、細くて貧相な感覚だった。
目を閉じて壁にもたれ掛かるウインをよそに、ヒカルは暗くて静かな部屋の中を、誰かさんのように転ばぬようゆっくり歩き回った。
棚には色々な本がたくさんあった。
触れたら粉々になってしまいそうな本や、表紙が石で作られたような立派な本。
誰がここに居たのか。何をしていたのか。なんのために? 誰のために?
部屋を一周りするのに時間はかからなかった。
外から溶岩の流れる音が聞こえてくる。
鱗は砕けた――。危機は去ったはずなのに、薄暗いこの部屋の中は、魔物の胃袋のような気がして仕方がない。
――元いた世界?
「じゃあ……この世界は?」
隊長たちともはぐれ、たった3人しかいないから、寂しいだけかもしれない。
鱗との戦いで、ただ疲れているだけかもしれない。
言い様の無い不安がヒカルの心をチクチクとつつく。不安は伝播して、3人はただただ外の溶岩の唸り声を聞くだけだった。
ヒカルがその本を手に取ったのは、本当に偶然だった。
何かに引き寄せられたとか、本が彼に囁いたとか、そういった不可思議な類いのものではなく、誓ってたまたまそこにあったから手を伸ばしただけなのだ。
分厚いそれを、ヒカルはふう、と息を吐いて積もった埃を散らす。黒い表紙は、長い年月がそうさせたのか、元々なのかも分からない。
ただ一つ――表紙に刻まれたその一文が、ヒカルの心身を強く叩いてみせた。
――大槻ヒカル様へ。
見覚えのあるその文字は、彼がこの世界に来る前に見たそれと同じであった。
いよいよおかしい。
この文字を読んで、ヒカルの頭にあれやこれやと考えが巡ったのだけれど、びゅんびゅん消えて行き、最後に残ったのは「ここはどこだ?」の一つだけになった。
ヒカルは無我夢中で本を開いた。
――ここはどこだ?
もしかしたらその答えが全てつまっているのかもしれない。
ただならぬ様子のヒカルに気がついて、ウインとカリンダも顔を覗かせた。
「どうしたの?」
ウインの問いかけもそのままにして、ヒカルはページを捲っていく。
そして気がついた。
「looking for the light……」
道中、大広間にあった大きな爪痕の残る柱に刻まれた「i s a h」――。
それはまさしく英語で書かれた本であった。
through all ages to come……。
here is a home of……。
if Hikari Watch shop & repair……
「ひかり時計工房……?」
つぎはぎだらけ英文の中で、ヒカルにとっては馴染みのある言葉。
ページを捲る度に血が巡る。暑くもないのに汗がでる。息が上がる。
この本には何が書かれているのか。そして自分に何の関係があるのか。
目が熱い。充血しているのかしら。そういえばまばたきってどうするんだっけ?
まるでとりつかれたかのように、本に熱中するヒカルを、ウインはじっと見つめていた。まるで鬼だ――。ウインの顔には驚きの色もあった。
そして、ヒカルの手はあるページで止まった。
見開きに一文だけ。「the Heart」と真ん中に書かれていた。
「心臓……?」
「まさか……」
ヒカルの様子をずっと見ていたウインが、突然声をあげた。
「君は……古代語が読めるのか!」
パリパリ、と錆びた金属が壊れる音がしただけ。
でも、お陰でドアは開いた。
奥の部屋はまるで資料庫であった。
灯りがないから、ウインが再び淡い小さな光で部屋を照らしてくれる。狭い部屋に、何列も並ぶ本棚だ。棚の本はほとんど床に落っこちていた。
ヒカルはその一冊をひょいと拾い上げる。見たこともない文字列。裏表紙には、竜が一匹描かれていた。
「なぁ……」
ヒカルがウインの肩を叩く。
「俺たち……行き詰まったんじゃないか?」
「確かに……」
ウインが分厚い本の上に腰を下ろした。
――黄金竜を見た!
きっかけは「マフラー」さんのその言葉だ。結果的には裏切りによる虚言ではあったけれど、ウインもカリンダも、黄金竜はいると肯定している。
鱗ではなく竜がいるのだと。
「でもさ、なんだか近くに感じるんだよね」
「何が?」
「竜神様」
ガラガラガラ……と、部屋の隅っこで音がした。暗闇の中で目を凝らすと、カリンダが本に引っ掛かって転んでしまったらしい。
「きっと、カリンダも同じ事を言うよ。竜神様の気配が近いってね」
「……そもそもさ」
ヒカルも、ウインの隣に腰かけた。
ウインの髪が揺れる。彼の目はリオンやカリンダの様に黄色く光ってはいない。青空のような透き通った綺麗な瞳だ。
「どうして黄金竜に会うの?」
不吉――。今まで晴れていたのに、太陽に雲がかかった。雨は降らずとも、地面に影が充満する。
どうして黄金竜に会うのか?
それを聞いたウインの青い瞳が一瞬曇ったように思われた。
「……少し、ここで休もう」
ウインは床に散らばった本を丁寧にどけて腰をおろした。
正直、ヒカルも座りたかった。身体中に疲れの色が滲んでいる。特に足は酷かった。ウサギが蹴っただけでも折れてしまいそうなくらい、細くて貧相な感覚だった。
目を閉じて壁にもたれ掛かるウインをよそに、ヒカルは暗くて静かな部屋の中を、誰かさんのように転ばぬようゆっくり歩き回った。
棚には色々な本がたくさんあった。
触れたら粉々になってしまいそうな本や、表紙が石で作られたような立派な本。
誰がここに居たのか。何をしていたのか。なんのために? 誰のために?
部屋を一周りするのに時間はかからなかった。
外から溶岩の流れる音が聞こえてくる。
鱗は砕けた――。危機は去ったはずなのに、薄暗いこの部屋の中は、魔物の胃袋のような気がして仕方がない。
――元いた世界?
「じゃあ……この世界は?」
隊長たちともはぐれ、たった3人しかいないから、寂しいだけかもしれない。
鱗との戦いで、ただ疲れているだけかもしれない。
言い様の無い不安がヒカルの心をチクチクとつつく。不安は伝播して、3人はただただ外の溶岩の唸り声を聞くだけだった。
ヒカルがその本を手に取ったのは、本当に偶然だった。
何かに引き寄せられたとか、本が彼に囁いたとか、そういった不可思議な類いのものではなく、誓ってたまたまそこにあったから手を伸ばしただけなのだ。
分厚いそれを、ヒカルはふう、と息を吐いて積もった埃を散らす。黒い表紙は、長い年月がそうさせたのか、元々なのかも分からない。
ただ一つ――表紙に刻まれたその一文が、ヒカルの心身を強く叩いてみせた。
――大槻ヒカル様へ。
見覚えのあるその文字は、彼がこの世界に来る前に見たそれと同じであった。
いよいよおかしい。
この文字を読んで、ヒカルの頭にあれやこれやと考えが巡ったのだけれど、びゅんびゅん消えて行き、最後に残ったのは「ここはどこだ?」の一つだけになった。
ヒカルは無我夢中で本を開いた。
――ここはどこだ?
もしかしたらその答えが全てつまっているのかもしれない。
ただならぬ様子のヒカルに気がついて、ウインとカリンダも顔を覗かせた。
「どうしたの?」
ウインの問いかけもそのままにして、ヒカルはページを捲っていく。
そして気がついた。
「looking for the light……」
道中、大広間にあった大きな爪痕の残る柱に刻まれた「i s a h」――。
それはまさしく英語で書かれた本であった。
through all ages to come……。
here is a home of……。
if Hikari Watch shop & repair……
「ひかり時計工房……?」
つぎはぎだらけ英文の中で、ヒカルにとっては馴染みのある言葉。
ページを捲る度に血が巡る。暑くもないのに汗がでる。息が上がる。
この本には何が書かれているのか。そして自分に何の関係があるのか。
目が熱い。充血しているのかしら。そういえばまばたきってどうするんだっけ?
まるでとりつかれたかのように、本に熱中するヒカルを、ウインはじっと見つめていた。まるで鬼だ――。ウインの顔には驚きの色もあった。
そして、ヒカルの手はあるページで止まった。
見開きに一文だけ。「the Heart」と真ん中に書かれていた。
「心臓……?」
「まさか……」
ヒカルの様子をずっと見ていたウインが、突然声をあげた。
「君は……古代語が読めるのか!」
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