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第五章 i・s・a・h
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「古代語……?」
ウイン曰く、その本に書かれている言葉――英語――は、遥か昔にこの世界で栄えた超文明国の言葉らしい。
「今の時代では、研究が行き詰まっているくらい難しくて古い言語の一つなんだ」
「どれくらい昔なの?」
「一説では2000年前、何万年も前だって言う人もいるさ」
ヒカルはウインの顔を見れなかった。本に視線を奪われていたからではなく、彼の……この世界の住人の顔を見ることが怖かったから。
「僕も専攻していたんだけどさっぱりでね。何しろ参考文献が少なくてさ。でも、ここには大量にある。それに……」
ウインはこの部屋をぐるりと見渡して、それからヒカルに視線を戻した。
「君は……」
「俺は!」
ウインの言葉を、ヒカルが大声で遮った。
ずっと感じていた不安。見ないように必死に避けていた不安の種が、今ヒカルの心で芽が出て花を咲かせる。
「俺は……どこから来たんだろうか」
その花は、禍々しくもヒカルを見つめているようであった。
古代語を話してみせたことによって、興奮気味のウインも、ヒカルのその言葉には詰まってしまった。ウインの隣に立つカリンダも、じっとヒカルを見ようとはしなかった。
ヒカルは、答えを探すふりをして、ぺらと「the Heart」と書かれたページをめくる。
虚ろな目に写ったのは、丁寧に描かれた懐中時計の絵だった。
正面と背面と側面――。
ヒカルの背筋に、再び奇妙な感覚が走った。
恐怖ではなく、不安でもない。期待に似た衝動。
ヒカルは、持っていた鞄から急いで懐中時計を取り出した。
解体寸前で不完全な黄金の懐中時計。
「まさか……」
手の中にある懐中時計と、本に描かれたそれとを何度も見返してみるけれど、細部まですべて一致している。
ページをめくっていくと、懐中時計の一部分の絵と英語の文字。
ヒカルは、今度は鞄から工具箱を取り出した。
彼の心に咲いた禍々しい不安の花が、一気に萎んでいく。
「the Heart」から続く内容は、ヒカルが持つ黄金の懐中時計の設計図であったのだ。
ウインとカリンダが目を覚ますころになって、ようやくそれは完成した。
黄金の懐中時計――。
この世界に来るきっかけにもなったそれを、ヒカルは何度も本のページをめくって完成させたのだ。
部品もちゃんと鞄の中に入ってくれていた。魔の鳥籠に入り、マフラーさんの裏切りや、黄金の鱗の死闘を潜り抜けて、一緒についてきてくれたのだ。
カチ――。
心地の良い音がした。
ウインの半開きの眠たそうな目。大あくびをするカリンダの口のなか。
赤く綺麗に光る懐中時計の装飾を再び押すと、ウインは目をつぶって伸びをして、カリンダは開いた口を隠すように手を当てる。
「よし。完成だ」
「綺麗だね」
同じ黄金だ。それに、「the Heart」の文字も気になる。
心臓――この懐中時計が、あの黄金竜とどういう関係にあるのだろうか。
設計図であったこの本を読めばきっと何かが分るのかも知れないのだけれど、残念ながら、「the Heart」以降は破り捨てられていた。
「よく眠れた?」
二度目の欠伸をしたカリンダに向かってヒカルは問いかけた。
相変わらず何も話してはくれないけれど、こくん、とだけ頷いてくれた。
「君も少しは寝た方が良いんじゃないの? ずっと起きていたんだろ?」
「いや、平気だよ」
決して嘘ではなかった。黄金の懐中時計が戻ってきてくれた安心感もあったのかも知れないけれど、彼の心はそれこそ嘘のように晴れていた。
「ずっと考えてた。いや、考えないようにしていたのかな」
ウインの頭の上にハテナが見えた。
――自分はどこから来たのか。
――自分は何のために来たのか。
「俺はこの世界で何がしたいのか」
この世界に来て、初めて出会ったリオンの顔が浮かぶ。
あまりにも現実離れした絶望に触れ、「黄金竜を探します」と取って付けたような中身の無い理由で村から逃げ出した自分は、この世界でいったい何をすれば良いのか?
バルだってそうだ。
争いに巻き込まれ、家族を失った悲劇を背負った少年は、果たして無事なのだろうか。
むかえに行かなくては。
逃げてばかりはもう嫌だ。
「先へ進もう」
――このセカイから争いを無くすために。
「ウイン?」
「なんだい?」
「教えてくれないか? このセカイのことを」
それから黄金竜のことも。
「それは記憶が無くなったから?」
「今はそういうことにしてくれ……」
ヒカルは「the Heart」の書かれた本を鞄にしまって立ち上がる。ウイン、そしてカリンダも続いてくれた。
「何から話せば良いのか……。記憶喪失の人間は初めてだからさ」
「なんでも良いよ」
「じゃあ――」
ウインは息を軽く吸い込むと、少し声を高くしてゆっくり語り始めた。
「この世界には、黄金に輝く竜が棲んでおりました。
青空の中を、黄金竜は今日も一人で飛んでいく。雲と雲の間を上手く通り抜け、いったいどこまで行くのだろう。
優しい黄金竜は、人を愛し、自然を愛し、世界を愛した。
ほらあそこに黄金竜。手を振ってごらん。きっとまた会える日まで。
黄金竜は天高く、大きな翼をいっぱいに広げて、今日も世界中を旅するのさ」
(第六章へつづく――)
ウイン曰く、その本に書かれている言葉――英語――は、遥か昔にこの世界で栄えた超文明国の言葉らしい。
「今の時代では、研究が行き詰まっているくらい難しくて古い言語の一つなんだ」
「どれくらい昔なの?」
「一説では2000年前、何万年も前だって言う人もいるさ」
ヒカルはウインの顔を見れなかった。本に視線を奪われていたからではなく、彼の……この世界の住人の顔を見ることが怖かったから。
「僕も専攻していたんだけどさっぱりでね。何しろ参考文献が少なくてさ。でも、ここには大量にある。それに……」
ウインはこの部屋をぐるりと見渡して、それからヒカルに視線を戻した。
「君は……」
「俺は!」
ウインの言葉を、ヒカルが大声で遮った。
ずっと感じていた不安。見ないように必死に避けていた不安の種が、今ヒカルの心で芽が出て花を咲かせる。
「俺は……どこから来たんだろうか」
その花は、禍々しくもヒカルを見つめているようであった。
古代語を話してみせたことによって、興奮気味のウインも、ヒカルのその言葉には詰まってしまった。ウインの隣に立つカリンダも、じっとヒカルを見ようとはしなかった。
ヒカルは、答えを探すふりをして、ぺらと「the Heart」と書かれたページをめくる。
虚ろな目に写ったのは、丁寧に描かれた懐中時計の絵だった。
正面と背面と側面――。
ヒカルの背筋に、再び奇妙な感覚が走った。
恐怖ではなく、不安でもない。期待に似た衝動。
ヒカルは、持っていた鞄から急いで懐中時計を取り出した。
解体寸前で不完全な黄金の懐中時計。
「まさか……」
手の中にある懐中時計と、本に描かれたそれとを何度も見返してみるけれど、細部まですべて一致している。
ページをめくっていくと、懐中時計の一部分の絵と英語の文字。
ヒカルは、今度は鞄から工具箱を取り出した。
彼の心に咲いた禍々しい不安の花が、一気に萎んでいく。
「the Heart」から続く内容は、ヒカルが持つ黄金の懐中時計の設計図であったのだ。
ウインとカリンダが目を覚ますころになって、ようやくそれは完成した。
黄金の懐中時計――。
この世界に来るきっかけにもなったそれを、ヒカルは何度も本のページをめくって完成させたのだ。
部品もちゃんと鞄の中に入ってくれていた。魔の鳥籠に入り、マフラーさんの裏切りや、黄金の鱗の死闘を潜り抜けて、一緒についてきてくれたのだ。
カチ――。
心地の良い音がした。
ウインの半開きの眠たそうな目。大あくびをするカリンダの口のなか。
赤く綺麗に光る懐中時計の装飾を再び押すと、ウインは目をつぶって伸びをして、カリンダは開いた口を隠すように手を当てる。
「よし。完成だ」
「綺麗だね」
同じ黄金だ。それに、「the Heart」の文字も気になる。
心臓――この懐中時計が、あの黄金竜とどういう関係にあるのだろうか。
設計図であったこの本を読めばきっと何かが分るのかも知れないのだけれど、残念ながら、「the Heart」以降は破り捨てられていた。
「よく眠れた?」
二度目の欠伸をしたカリンダに向かってヒカルは問いかけた。
相変わらず何も話してはくれないけれど、こくん、とだけ頷いてくれた。
「君も少しは寝た方が良いんじゃないの? ずっと起きていたんだろ?」
「いや、平気だよ」
決して嘘ではなかった。黄金の懐中時計が戻ってきてくれた安心感もあったのかも知れないけれど、彼の心はそれこそ嘘のように晴れていた。
「ずっと考えてた。いや、考えないようにしていたのかな」
ウインの頭の上にハテナが見えた。
――自分はどこから来たのか。
――自分は何のために来たのか。
「俺はこの世界で何がしたいのか」
この世界に来て、初めて出会ったリオンの顔が浮かぶ。
あまりにも現実離れした絶望に触れ、「黄金竜を探します」と取って付けたような中身の無い理由で村から逃げ出した自分は、この世界でいったい何をすれば良いのか?
バルだってそうだ。
争いに巻き込まれ、家族を失った悲劇を背負った少年は、果たして無事なのだろうか。
むかえに行かなくては。
逃げてばかりはもう嫌だ。
「先へ進もう」
――このセカイから争いを無くすために。
「ウイン?」
「なんだい?」
「教えてくれないか? このセカイのことを」
それから黄金竜のことも。
「それは記憶が無くなったから?」
「今はそういうことにしてくれ……」
ヒカルは「the Heart」の書かれた本を鞄にしまって立ち上がる。ウイン、そしてカリンダも続いてくれた。
「何から話せば良いのか……。記憶喪失の人間は初めてだからさ」
「なんでも良いよ」
「じゃあ――」
ウインは息を軽く吸い込むと、少し声を高くしてゆっくり語り始めた。
「この世界には、黄金に輝く竜が棲んでおりました。
青空の中を、黄金竜は今日も一人で飛んでいく。雲と雲の間を上手く通り抜け、いったいどこまで行くのだろう。
優しい黄金竜は、人を愛し、自然を愛し、世界を愛した。
ほらあそこに黄金竜。手を振ってごらん。きっとまた会える日まで。
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