黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第七章 パピー一族

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 トリップは足を引きずりながら、ヒカルたちのいた社へ向かった。

 竜の金像。彼はその前に膝をつき、両手を差し出して祈る。

「すべては竜神様の御心に。その慈悲深い御心にて、我の足を治してくださいませ」

 すると、竜の左目――填められた宝石が赤く光に始めたではないか。
 その光がトリップの火傷を負った足を包んでいく。

 ヒカルたちはその光景に驚きを隠せなかった。赤い光が収まると、火傷で足を引きずっていたはずのトリップがすくり、と立ち上がった。
 足の火傷は見事に癒えている。

「ボルボルとは、元々この地に住んでいた火の精霊のことです」

 治った足をパンパンとはたくと、トリップはゆっくりと口を開いた。

「我々パピー一族がこの山に逃げてきた際、情け深くもこの地で住まう権利を譲ってくれたのですよ。我々はここで新たに文明を築き、平穏に暮らしておりました」

 ヒカルたちの頭上から、鳥たちの鳴き声が聞こえた。

「ですが、ある日突然、ボルボルたちは我々に攻撃を仕掛けてきました」

――ここから出ていけ。
――侵略者が。

「ボルボルたちには感謝していたのに……。いつの間にか我々は侵略者となっていたようで」
「それとエバーの追放に何が関係があるの?」

 カリンダが黄色い目でトリップを見つめる。

「エバー様……は、お父上である現王のバロン様に向かってこう言ったのです。『ボルボルたちの主張は正しい。我々が出ていくべきだ』と」
「どうして……?」
「ボルボルたちと仲が良かったのですよ。反対にバロン王はボルボルを嫌っておりました。好戦的な性格も合間って、実の息子なのに追放を命じられたのです」
「つまり、エバー様は内通者って見なされたのですね」
「……ええ」

 再び、大空を飛ぶ鳥たちが鳴く。
 透明のヒカルは、彼らの話をあまり聞いておらず、空の鳥たちの声を追っかけていた。

「ねぇ……」

 黙り混むウインたちに向かって、ヒカルはゆっくりと口を開いた。自分が透明になっていることも忘れて。

「どうしてパピーたちはここに逃げてきたの?」

 突然の声に、トリップはあたりをキョロキョロと見渡した。

「ん? 今、どこから声が?」
「さ、さあ? 気のせいでしょう」
「そうですか……」

 納得のいかないトリップを尻目に、ウインの痛い視線が飛んできたけれども、ヒカルは彼と目を合わさなかった。

「それも黄金竜の仕業ですか?」

 トリップは、突如として目の前に現れた一人のパピーに驚いた。

「き、君は……?」

 ヒカルが透明の魔法をかけられたとき、実は「解除用」の呪文――キーワードをウインから教えて貰っていたのだった。

「ごめんねウイン。カリンダも……」

 ヒカルは呪文を解いた。
 カリンダは特に顔色を変えなかったけど、ウインは大いに頭を抱えている。

 カリンダと良い、ヒカルと良い。どうして勝手な行動ばかりするのか、と――。



 再び鐘の音が聞こえてきた。

 今度は太鼓や笛の音も聞こえてくる。
 戦だ――。ウインとカリンダ、そしてトリップもすぐに気が付いた。

 小さな剣と小さな盾。その二つを装備したパピーの兵士たち。綺麗に列を作って行進する先頭では、左目に包帯を巻いた老人パピーが指揮をしている。

「あのお方こそ、この地にパピーの町を築かれたバロン王でございます」

 ついに、戦が始まろうとしている。
 先頭を歩くバロンがその左目の包帯をゆっくり外すと、生々しい火傷の痕が見えた。

 しかめっ面の、いかにも頑固親父のバロン王。怒りや憎しみ。それらを晴らすために暴力を行使してきた顔つきだ、とヒカルは思った。

 トリップは震えていた。突然現れたヒカルのことなど、頭から消えてしまっている。
 兵士たちはおよそ一〇〇人ほど。その中には鎖で手足を繋がれたパピーたちも混じっていた。

「あ!」

 突然、ウインが声をあげた。

「リリー!」

 鎖で繋がれたパピーこ中に、なんとヒカル(パピー姿の)に変身したリリーが紛れ混んでいたのだ。

――奴隷兵士だ!
 エバーの言葉を思い出す。まさか……。

「ヒカル! 僕はリリーを追うよ。君は」
「俺はボルボルたちの所に行ってみる。もしかしたらエバーもそこにいるかもしれないから」
「分かった!」
「私もヒカルについていくわ」

 今にも走り出しそだったウインは、カリンダの言葉を背中で聞いて立ち止まった。

「カリンダはトリップさんと避難してろ」
「ヒカル一人に任せるつもり?」

 険悪な雰囲気。ウインはゆっくりとカリンダへ近づいていく。

「どうして言うことを聞いてくれないの?」
「エバーを見つけないと、ヒカルが元の姿に戻れないのよ?」

 二人のヒソヒソ話はヒカルには聞こえなかったけれど、どうも自分のことを言っているのだろう。

「まさか……覚悟が揺らいだわけじゃないよね?」

 黄色い目のカリンダと目が合う。初めて、その瞳の奥に悲しさの色が隠れているのだと気が付いた。

「……もちろんよ」
「なら、どうして急に口を開くようになったの?」
「パピーとはもう関わることはないでしょう? ここを出るまでだから」

 ウインはカリンダをじっと見つめた。彼女も決して自分から目を反らさない。

 異様な雰囲気はトリップにも伝わったのか、彼は上目遣いで二人を見ている。

「あの、お二方。どういった事情かは分かりませんが、早くしないと兵士たちは行ってしまいますぞ」

 兵士たちの影はすっかり小さくなっていた。

「絶対に無茶はしないでくれよ……ヒカルも」

 そして、再びウインはジャラジャラと音を立てて走り出した。奴隷兵士として戦場に連れていかれるリリーを奪還するために。

「俺たちも早く行こうよ」
「え……ええ」

 ずっとウインの背中を見つめていたカリンダが、ようやく我に帰ってくれた。

 彼女はウインと何を話していたのか。走るウインの背中を見て、何を考えていたのか。ヒカルには分からなかった。

 鳥たちの鳴き声はもう聞こえない。

「さて、トリップさん。ボルボルたちのアジトがどこか案内してくれませんか?」


(第八章へ続く――)
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