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第八章 サボテン岩の戦い
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太陽の光が届かない、鬱蒼とした岩影の洞窟にて、ボルボルの少女は震えていた。
火の精霊――ボルボル。
オレンジ色と黄色が混ざったその肌と髪は、火の使者をまさしく体現した姿であった。
「大丈夫。心配ないさ。きっとすぐに終わるから」
少女に優しく声をかけたのは、隣に座るエバーだった。子どもとはいえ、パピーである自分よりずっと小さなボルボルの少女の隣で、エバーはきつく唇を噛んだ。
ボルボルの棲み家は「サボテン岩」と呼ばれる大きな、それは大きな一枚岩だった。
黄金竜も隠れてしまいそうなサボテン岩は、中の至るところが空洞になっていて、まるで一棟の団地のようにボルボルたちは暮らしているのだ。
「怖いの。すごく」
いつもは賑やかなサボテン岩には、夜でもないのに魔の静寂が蔓延っている。
なにせ、パピーたちがやってくるのだ。戦える者は皆、出払っている。
オオオオ!
遠くから、ボルボルたちの雄叫びが聞こえてきた。少女はぎゅっ、とエバーに抱きつく。
エバーもその黄色とオレンジ色の肌の少女に手を回す。ほんのりと暖かいのは火の精霊である証拠だ。
エバーは震える少女の傍らで、心の底から涌き出る怒りを抑え、絞り出すようにして優しく言う。
「大丈夫だよ」
もう何度目になるのだろうか。根拠のない言葉を口にするのは。
怒りの矛先はもちろんパピーたちに向けてだ。
頑固な軍人気質の親父や、都合の良いように真実を隠蔽したがる老人たちに。
ボルボルは自分たちに棲み家を譲ったのではない。奪われたのだ。
その事を知るパピーはもうほとんどいない。まだ若いエバー自信も知らなかったのだから。
ボルボルたちの雄叫びに混じって、微かに地鳴りが聞こえてくる。
パピーたちの行進だ。きっと、もうすぐそこにいるに違いない。
矢の雨が降り、血の雨も降るだろう。
いつかは止むと知ってはいても、傘を持つことの許されない者たちにとっては、いくら安全な屋根の下でも生きた心地はしない。
自分達に明日はやってくるのだろうか。雨が止んで、朝日という平穏な生活を見ることはできるのだろうか。
今は震えることしかできない。何も出来ない自分にも腹が立っていた。
サボテン岩の外では、火の精霊ボルボルたちと、パピーの兵士たちが睨みあっていた。
数はパピーの方が何倍も多い。なにせ彼らは一度ボルボルたちを侵略したのだから。
そのことを知るパピーの一人。現在の王にして一族の兵士を率いるバロン王が先頭に立つ。
「聞け! 火の精霊ボルボルたちよ! お前たちの宣戦布告は確かに受け取ったぞ!」
バロンは、家事で焼け落ちた家の木片を高々に掲げ、両者の間に放り投げた。
「聞け! パピーたちよ! お前たちは我々の聖地を奪い、我が物顔で歩き回っている。先に仕掛けたのはお前たちの方だろう!」
赤い鎧を着け、左腕には黄色とオレンジの布が巻いているボルボルの兵士が答える。
闘志を燃やすボルボルの兵士たちは、サボテン岩に陽炎をつくっていた。
「何だと! 我々が悪だというのか!?」
「正義は我々だ! 子犬どもめ!」
バロンが腰に提げた剣を抜いた。そして、それを空に向かって突き刺す。
「それ以上の侮辱は許さんぞ! 死んで償え!」
バロンが掲げた剣を振り下ろすと、パピー軍は雄叫びをあげて走り出す。
「迎え撃て!」
呼応して、ボルボル兵たちも立ち向かう。
パピー一族とボルボル一族のサボテン岩での戦いが始まったのだ。
〇
「ねえ、カリンダ? さっきはウインと何を話してたの?」
「秘密。君には関係無いことだから」
トリップに教わったボルボルのアジトに向かって、カリンダとパピー姿のヒカルは、ゴツゴツとした岩が散らばる草原を走っていた。
遠くにぼんやり揺れる大きな岩山。サボテン岩と呼ばれるそこに、ボルボルたちはいる。
「ねえ、じゃあどうして急に喋りはじめたの?」
「……もしかして、本当は聞こえてた?」
出会ってからほとんど口を開かなかったカリンダが、ここに来て急に饒舌になった。
どうして今まで黙っていたのか。ウインは何かを知っているようだし、何かを隠している気がする。
「聞こえていないけどさ」
「なら気にしないで」
サボテン岩が見えてきた。同時にパピーたにも。
「もう始まってるわ」
「ウインはもう追い付いたかな?」
「さあね……ここからは慎重に行きましょう。パピー姿の君が見つかったら、こっちにも火の粉が飛んでくるもの」
無口な頃より冷たさが増した気がする。気のせいであって欲しいけれども。
二人は岩影に隠れながら、徐々にサボテン岩へと距離を詰めていく。争いの音が近くなった。
弓矢が飛び、剣と盾のぶつかる音だ。流れ矢が、二人の隠れる岩影のすぐ近くに飛んできた。
「俺たちも急いだ方が良いね」
でも、どうやって?
トリップさんが教えてくれたサボテン岩は目の前にあるのに、二人とそれの間では、傷つき傷つける争いが巻き起こっている。
「そうだ!」
思わず声を出してしまい。慌てて口をふさぐ。
背負った黄金の懐中時計――。
ヒカルはその懐中時計を手に取ると、装飾の一つである赤い宝石を迷わずに押した。
――カチ。
時が止まる。慌ただしくも乱れる戦場から、一気に音が消えた。空中の矢が、振り上げた剣が、降り飛ばされたパピーやボルボルたちが、一斉に止まったのだ。
「さあ、カリンダ! 今のうち――」
勢い良く岩影を飛び出したヒカルは、すぐに気が付いた。
振り向くと、カリンダは岩影でじっと立っている。
当たり前だ。時間が止まった空間で動けるのは自分だけなのだから。カリンダもまた同じ。半目の彼女は、岩影から戦況を見つめたままだった。
「ふぅ……この懐中時計も使い勝手が悪い」
苦労してカリンダをサボテン岩の岩影まで運び終えたヒカルは、ようやく一息つくことが出来た。
なにせ、体はパピーに変えられているのだ。人間の姿なら容易くても、こんな小さな体じゃカリンダを引っ張っていくことも難儀だ。
思わぬ体力を使ったヒカルは、自分とカリンダがちゃんと隠れているのかを確認してから、再び懐中時計の赤く光る装飾を押した。
――カチ。
耳障りの良い音とともに、戦場の喧騒が甦った。空中の矢は地面に突き刺さり、振り下ろした剣は盾に当たり、投げ飛ばされた体は地面に強く打つ。
そうして次なる矢を、剣を、体を。
「え? な、何?」
気がつけばサボテン岩に到着していたカリンダは、戸惑いを隠せぬままヒカルに視線をやった。
「何が起きたの?」
「あの中を通ってきたんだよ」
覚えてないの?
いじ悪く言ったつもりだったけど、カリンダはそれどころではない。
何も反応がないことにヒカルは少しだけ、ほんの少しだけヘソを曲げて、カリンダの手を掴んだ。
「ほら、もう行くよ。トリップさんが言うには、この岩の中には部屋がいくつもあるらしいから」
エバーはこの中に居るのだろうか。
ぽかりと開いた入口。
ヒカルは、未だに頭の整理が追い付けないカリンダの手を引っ張って、ようやくボルボルのアジトであるサボテン岩に潜入することが出来たのだ。
火の精霊――ボルボル。
オレンジ色と黄色が混ざったその肌と髪は、火の使者をまさしく体現した姿であった。
「大丈夫。心配ないさ。きっとすぐに終わるから」
少女に優しく声をかけたのは、隣に座るエバーだった。子どもとはいえ、パピーである自分よりずっと小さなボルボルの少女の隣で、エバーはきつく唇を噛んだ。
ボルボルの棲み家は「サボテン岩」と呼ばれる大きな、それは大きな一枚岩だった。
黄金竜も隠れてしまいそうなサボテン岩は、中の至るところが空洞になっていて、まるで一棟の団地のようにボルボルたちは暮らしているのだ。
「怖いの。すごく」
いつもは賑やかなサボテン岩には、夜でもないのに魔の静寂が蔓延っている。
なにせ、パピーたちがやってくるのだ。戦える者は皆、出払っている。
オオオオ!
遠くから、ボルボルたちの雄叫びが聞こえてきた。少女はぎゅっ、とエバーに抱きつく。
エバーもその黄色とオレンジ色の肌の少女に手を回す。ほんのりと暖かいのは火の精霊である証拠だ。
エバーは震える少女の傍らで、心の底から涌き出る怒りを抑え、絞り出すようにして優しく言う。
「大丈夫だよ」
もう何度目になるのだろうか。根拠のない言葉を口にするのは。
怒りの矛先はもちろんパピーたちに向けてだ。
頑固な軍人気質の親父や、都合の良いように真実を隠蔽したがる老人たちに。
ボルボルは自分たちに棲み家を譲ったのではない。奪われたのだ。
その事を知るパピーはもうほとんどいない。まだ若いエバー自信も知らなかったのだから。
ボルボルたちの雄叫びに混じって、微かに地鳴りが聞こえてくる。
パピーたちの行進だ。きっと、もうすぐそこにいるに違いない。
矢の雨が降り、血の雨も降るだろう。
いつかは止むと知ってはいても、傘を持つことの許されない者たちにとっては、いくら安全な屋根の下でも生きた心地はしない。
自分達に明日はやってくるのだろうか。雨が止んで、朝日という平穏な生活を見ることはできるのだろうか。
今は震えることしかできない。何も出来ない自分にも腹が立っていた。
サボテン岩の外では、火の精霊ボルボルたちと、パピーの兵士たちが睨みあっていた。
数はパピーの方が何倍も多い。なにせ彼らは一度ボルボルたちを侵略したのだから。
そのことを知るパピーの一人。現在の王にして一族の兵士を率いるバロン王が先頭に立つ。
「聞け! 火の精霊ボルボルたちよ! お前たちの宣戦布告は確かに受け取ったぞ!」
バロンは、家事で焼け落ちた家の木片を高々に掲げ、両者の間に放り投げた。
「聞け! パピーたちよ! お前たちは我々の聖地を奪い、我が物顔で歩き回っている。先に仕掛けたのはお前たちの方だろう!」
赤い鎧を着け、左腕には黄色とオレンジの布が巻いているボルボルの兵士が答える。
闘志を燃やすボルボルの兵士たちは、サボテン岩に陽炎をつくっていた。
「何だと! 我々が悪だというのか!?」
「正義は我々だ! 子犬どもめ!」
バロンが腰に提げた剣を抜いた。そして、それを空に向かって突き刺す。
「それ以上の侮辱は許さんぞ! 死んで償え!」
バロンが掲げた剣を振り下ろすと、パピー軍は雄叫びをあげて走り出す。
「迎え撃て!」
呼応して、ボルボル兵たちも立ち向かう。
パピー一族とボルボル一族のサボテン岩での戦いが始まったのだ。
〇
「ねえ、カリンダ? さっきはウインと何を話してたの?」
「秘密。君には関係無いことだから」
トリップに教わったボルボルのアジトに向かって、カリンダとパピー姿のヒカルは、ゴツゴツとした岩が散らばる草原を走っていた。
遠くにぼんやり揺れる大きな岩山。サボテン岩と呼ばれるそこに、ボルボルたちはいる。
「ねえ、じゃあどうして急に喋りはじめたの?」
「……もしかして、本当は聞こえてた?」
出会ってからほとんど口を開かなかったカリンダが、ここに来て急に饒舌になった。
どうして今まで黙っていたのか。ウインは何かを知っているようだし、何かを隠している気がする。
「聞こえていないけどさ」
「なら気にしないで」
サボテン岩が見えてきた。同時にパピーたにも。
「もう始まってるわ」
「ウインはもう追い付いたかな?」
「さあね……ここからは慎重に行きましょう。パピー姿の君が見つかったら、こっちにも火の粉が飛んでくるもの」
無口な頃より冷たさが増した気がする。気のせいであって欲しいけれども。
二人は岩影に隠れながら、徐々にサボテン岩へと距離を詰めていく。争いの音が近くなった。
弓矢が飛び、剣と盾のぶつかる音だ。流れ矢が、二人の隠れる岩影のすぐ近くに飛んできた。
「俺たちも急いだ方が良いね」
でも、どうやって?
トリップさんが教えてくれたサボテン岩は目の前にあるのに、二人とそれの間では、傷つき傷つける争いが巻き起こっている。
「そうだ!」
思わず声を出してしまい。慌てて口をふさぐ。
背負った黄金の懐中時計――。
ヒカルはその懐中時計を手に取ると、装飾の一つである赤い宝石を迷わずに押した。
――カチ。
時が止まる。慌ただしくも乱れる戦場から、一気に音が消えた。空中の矢が、振り上げた剣が、降り飛ばされたパピーやボルボルたちが、一斉に止まったのだ。
「さあ、カリンダ! 今のうち――」
勢い良く岩影を飛び出したヒカルは、すぐに気が付いた。
振り向くと、カリンダは岩影でじっと立っている。
当たり前だ。時間が止まった空間で動けるのは自分だけなのだから。カリンダもまた同じ。半目の彼女は、岩影から戦況を見つめたままだった。
「ふぅ……この懐中時計も使い勝手が悪い」
苦労してカリンダをサボテン岩の岩影まで運び終えたヒカルは、ようやく一息つくことが出来た。
なにせ、体はパピーに変えられているのだ。人間の姿なら容易くても、こんな小さな体じゃカリンダを引っ張っていくことも難儀だ。
思わぬ体力を使ったヒカルは、自分とカリンダがちゃんと隠れているのかを確認してから、再び懐中時計の赤く光る装飾を押した。
――カチ。
耳障りの良い音とともに、戦場の喧騒が甦った。空中の矢は地面に突き刺さり、振り下ろした剣は盾に当たり、投げ飛ばされた体は地面に強く打つ。
そうして次なる矢を、剣を、体を。
「え? な、何?」
気がつけばサボテン岩に到着していたカリンダは、戸惑いを隠せぬままヒカルに視線をやった。
「何が起きたの?」
「あの中を通ってきたんだよ」
覚えてないの?
いじ悪く言ったつもりだったけど、カリンダはそれどころではない。
何も反応がないことにヒカルは少しだけ、ほんの少しだけヘソを曲げて、カリンダの手を掴んだ。
「ほら、もう行くよ。トリップさんが言うには、この岩の中には部屋がいくつもあるらしいから」
エバーはこの中に居るのだろうか。
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