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第九章 道中の夢
2 召喚士ウイン
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眩しい光がおさまって、ようやく目を開けることができたヒカルは、ここが旧ジャスパー街道ではないことに、すぐに気がついた。
――ここは?
未だぼやける視界の中では、原っぱを駆け回る子供たちがいた。
――さっきは夜だったのに。
ここは広場なのだろうか。学校のグラウンド? 木造の小さな建物が一つ見えた。
子供たちは広場で各々の笑顔を見せていた。その中に交じる、一つの輪の中にヒカルは立っていた。
「やい、でき損ない!」
輪の中心で、小太りの少年が誰かの肩を小突く。色白の、線の細い少年。ヒカルはそれが誰なのかすぐに分かった。
――ウイン?
面影はある。目元の印象は少し違うけれど、鼻や耳の形はそっくりだ。
軽く押されただけなのに、簡単に地面に尻餅をつけてしまった。
キッ、と少年は小太りのいじめっ子を睨み付ける。その目は今のウインにそっくりだった。
「なんだよその目は。何か言いたいことがあるなら言えよ!」
弱虫のくせに!
ウインはゆっくり立ち上がろうとして、何やら小声で呟くと、手のひらが淡く光はじめた。
しかし、小太りのいじめっ子が彼の肩を蹴飛ばしてしまう。
勢いよく地面に倒れこむウイン。手のひらの光も消えてしまった。輪の取り巻きたちがクスクスと嘲笑う。
「砂でも舐めとけよ! 魔導師様!」
「お前が魔導師になれるのなら、俺は神様にでもなれるぜ」
取り巻きたちがどっと笑う。
――ちょっと待てよ!
「おい! 何やってるんだ!」
ヒカルが止めようとした時、一人の青年が輪にむかって走ってきた。
「やべ! 逃げろ!」
小太りのいじめっ子の合図で、ウインを残した連中たちは四方八方に散っていく。
「大丈夫か? ウイン」
「兄さん……」
――隊長!?
駆け寄ってきた青年はウインの兄で、保護派の隊長であるブリーゲルであった。
「立てるか? 怪我をしてるじゃないか。今手当てを」
ブリーゲルが魔法を唱え、怪我をした肩を触ろうとしたけれど、ウインは兄の手を払いのけてしまった。
そして、走り去っていく。
――シュルシュルシュル。
視界が歪む。青く眩しい光がヒカルを包む。
そして、再び目を開けると、今度はどこかの家の中にいた。
部屋の中には、肩を怪我したウインが座っていた。机に本を広げて、魔法を唱える。淡く光った手のひらを肩に当てると、治るのではなく、傷口から小さな白い花がポンと咲いただけであった。
「はぁ……」
ため息をついたウインは、その花を引っこ抜くと、同じ花がいくつも並んだ机の上に、それをつけ加えた。
部屋は広く、窓にはガラスが無かった。
木造だけど木の香りはしない。中には、壁に凭れた少女が一人――カリンダだ。
短い銀髪の、黄色い目をした少女は、一枚の紙を見つめていた。
――何読んでるの?
しかし、彼女からの反応はない。いつもみたいに無視されている訳ではなく、どうやらヒカルの存在に気がついてないみたいだ。
この家にブリーゲルはいなかった。ウインとカリンダの二人だけ。
そこに、見知らぬ顔の男が入ってきた。
「おかえりなさい」
カリンダがそう言うと、男は「ただいま」と微笑んだ。そして、机に向かって白い花を増やすばかりのウインを見つけると、優しい笑みを作って、となりに腰をおろした。
「ほら、これを貼っておきなさい」
「父さん……」
――父さん? この人はウインたちのお父さんなのか!
彼はウインの傷口に布を一枚貼ってやった。
「薬草を染み込ませたものだ。なに、魔法が全てじゃない。知恵があれば、何だってできるのさ」
確かに、雰囲気はどことなくウインに似ている気がする。
「さあ、ご飯にしようか。ウインも手伝ってくれるかい?」
喜ぶカリンダとは反対に、ウインの表情は曇ったままだ。
彼は、父に貼ってもらった布を擦った。ひんやりと、少しだけ湿ったその布からは、薬草の独特な嫌な匂いがした。
〇
原っぱのグラウンドで、ウインはまたもやいじめっこたちに囲まれていた。
肩には大きな布が一枚。結局、傷を治すことは出来なかったのだ。
「魔導師様よ! 今日はどんな魔法を見せてくれるの?」
へらへらと笑う小太り小僧が、輪の中心のウインに詰め寄る。
「うるさい……」
「やられたぁ! 『うるさい』を喰らっちまったよ! 俺はもうしゃべられなぁい」
小太り小僧は両手で口を塞ぎながら、オーバーリアクションをしてみせると、取り巻きたちが笑いあった。
「あーあー! 喋られないよぉ、魔導師様ぁ! どうか助けてくれよぉ」
じっと睨み付けるウインは、笑い声の中で呪文を呟く。
手のひらが淡く光りはじめ、そして――。
ドン!
小太り小僧が倒れる。取り巻きたちは笑うことを止めて、驚いた表情でウインを見ていた。
ウインの手のひらから放たれた光の玉。それが、小太り小僧を突き飛ばしたのだ。
騒然とする取り巻きたち。
ウインも微かな手応えに喜びの笑みを浮かべる。
だが、小太り小僧はむくりと立ち上がると、パンパンとお腹の砂埃を払ってウインの胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ……」
その後のことは、ヒカルは見ることしか出来なかった。いくらウインが殴られても、何度蹴られたとしても、いじめっ子たちに触れられないヒカルは、ただただおさまるまで待つしかなかった。
騒ぎを聞き付けてブリーゲルが来た頃には、いじめっ子たちはもうどこかへ行ってしまっていて、ボロボロになったウインがただ一人ポツンといるだけであった。
「ウイン! しっかりしろ!」
気を失っているのか、ウインは返事をしなかった。顔には大きな青タンがあって、唇は切れて血が出ていた。
ヒカルは、ウインの顔を直視出来なかった。止められなかったこと。すぐ目の前で起きていたのに、どうしていつも上手くいかないのか、と。
ウインは病院らしき建物まで運ばれた。
白いシーツの上に寝かされて、大小の布を全身に貼られてしまった。
ウインが目を覚ましたのは、日が暮れた後だった。途中、病室にカリンダもやってきたのだけれど、相変わらずヒカルのことは見えてないらしく、壁に凭れて本を読んでいた。
――起きた!
「痛てて……」
無理に起き上がろうとするウインだったが、体は正直らしく、すぐに諦めたようであった。
「無理しないで。大怪我なんだから」
カリンダが枕元でウインに言ってやる。ウインは妹の言葉が恥ずかしかったのか、背中を向けてしまった。
やがて、雨が降ってきた。
地面を叩く音が大きくなって、ガラスの無い窓から、雨粒が入り込む。
「ウイン!」
ようやく、ウインたちの父が病室にやってきてくれた。雨に打たれたのか、髪や服は濡れている。「おかえりなさい」とカリンダが言うと、「ウインは?」と聞いて、すぐにベッドまで走っていった。
「無理しやがって」
「だって……悔しかったから」
安心したからか、それとも思い出したからか、幼いウインの声は震えていた。
「お前はもしかしたら魔力に欠けるかもしれない。でもお前は賢い。自分が思っている以上にね」
それに勇気もある。
父はウインの胸元を軽く叩いてやった。
「聞いたよ。やり返したんだってな。凄いじゃないか」
父はおおいに笑ってみせた。自慢の息子を自慢するかのようにして。
ウインも、それが心地よかった。悔しさはあるけれど、父に励まされるのは良いものだ。
「竜神様はきっと見ているよ。祈り続けよう。そうすれば、魔法もきっと身に付くよ」
「竜神様が……?」
「そうさ! 戦争もいつか終わる。竜神様もきっと穏やかになられる。そんな時に必要なのは、お前みたいな勇気ある若者なのさ」
外は相変わらずの土砂降りだ。そのせいなのか、迫りくる足音は雨音に消されて、全く聞こえなかった。
――ここは?
未だぼやける視界の中では、原っぱを駆け回る子供たちがいた。
――さっきは夜だったのに。
ここは広場なのだろうか。学校のグラウンド? 木造の小さな建物が一つ見えた。
子供たちは広場で各々の笑顔を見せていた。その中に交じる、一つの輪の中にヒカルは立っていた。
「やい、でき損ない!」
輪の中心で、小太りの少年が誰かの肩を小突く。色白の、線の細い少年。ヒカルはそれが誰なのかすぐに分かった。
――ウイン?
面影はある。目元の印象は少し違うけれど、鼻や耳の形はそっくりだ。
軽く押されただけなのに、簡単に地面に尻餅をつけてしまった。
キッ、と少年は小太りのいじめっ子を睨み付ける。その目は今のウインにそっくりだった。
「なんだよその目は。何か言いたいことがあるなら言えよ!」
弱虫のくせに!
ウインはゆっくり立ち上がろうとして、何やら小声で呟くと、手のひらが淡く光はじめた。
しかし、小太りのいじめっ子が彼の肩を蹴飛ばしてしまう。
勢いよく地面に倒れこむウイン。手のひらの光も消えてしまった。輪の取り巻きたちがクスクスと嘲笑う。
「砂でも舐めとけよ! 魔導師様!」
「お前が魔導師になれるのなら、俺は神様にでもなれるぜ」
取り巻きたちがどっと笑う。
――ちょっと待てよ!
「おい! 何やってるんだ!」
ヒカルが止めようとした時、一人の青年が輪にむかって走ってきた。
「やべ! 逃げろ!」
小太りのいじめっ子の合図で、ウインを残した連中たちは四方八方に散っていく。
「大丈夫か? ウイン」
「兄さん……」
――隊長!?
駆け寄ってきた青年はウインの兄で、保護派の隊長であるブリーゲルであった。
「立てるか? 怪我をしてるじゃないか。今手当てを」
ブリーゲルが魔法を唱え、怪我をした肩を触ろうとしたけれど、ウインは兄の手を払いのけてしまった。
そして、走り去っていく。
――シュルシュルシュル。
視界が歪む。青く眩しい光がヒカルを包む。
そして、再び目を開けると、今度はどこかの家の中にいた。
部屋の中には、肩を怪我したウインが座っていた。机に本を広げて、魔法を唱える。淡く光った手のひらを肩に当てると、治るのではなく、傷口から小さな白い花がポンと咲いただけであった。
「はぁ……」
ため息をついたウインは、その花を引っこ抜くと、同じ花がいくつも並んだ机の上に、それをつけ加えた。
部屋は広く、窓にはガラスが無かった。
木造だけど木の香りはしない。中には、壁に凭れた少女が一人――カリンダだ。
短い銀髪の、黄色い目をした少女は、一枚の紙を見つめていた。
――何読んでるの?
しかし、彼女からの反応はない。いつもみたいに無視されている訳ではなく、どうやらヒカルの存在に気がついてないみたいだ。
この家にブリーゲルはいなかった。ウインとカリンダの二人だけ。
そこに、見知らぬ顔の男が入ってきた。
「おかえりなさい」
カリンダがそう言うと、男は「ただいま」と微笑んだ。そして、机に向かって白い花を増やすばかりのウインを見つけると、優しい笑みを作って、となりに腰をおろした。
「ほら、これを貼っておきなさい」
「父さん……」
――父さん? この人はウインたちのお父さんなのか!
彼はウインの傷口に布を一枚貼ってやった。
「薬草を染み込ませたものだ。なに、魔法が全てじゃない。知恵があれば、何だってできるのさ」
確かに、雰囲気はどことなくウインに似ている気がする。
「さあ、ご飯にしようか。ウインも手伝ってくれるかい?」
喜ぶカリンダとは反対に、ウインの表情は曇ったままだ。
彼は、父に貼ってもらった布を擦った。ひんやりと、少しだけ湿ったその布からは、薬草の独特な嫌な匂いがした。
〇
原っぱのグラウンドで、ウインはまたもやいじめっこたちに囲まれていた。
肩には大きな布が一枚。結局、傷を治すことは出来なかったのだ。
「魔導師様よ! 今日はどんな魔法を見せてくれるの?」
へらへらと笑う小太り小僧が、輪の中心のウインに詰め寄る。
「うるさい……」
「やられたぁ! 『うるさい』を喰らっちまったよ! 俺はもうしゃべられなぁい」
小太り小僧は両手で口を塞ぎながら、オーバーリアクションをしてみせると、取り巻きたちが笑いあった。
「あーあー! 喋られないよぉ、魔導師様ぁ! どうか助けてくれよぉ」
じっと睨み付けるウインは、笑い声の中で呪文を呟く。
手のひらが淡く光りはじめ、そして――。
ドン!
小太り小僧が倒れる。取り巻きたちは笑うことを止めて、驚いた表情でウインを見ていた。
ウインの手のひらから放たれた光の玉。それが、小太り小僧を突き飛ばしたのだ。
騒然とする取り巻きたち。
ウインも微かな手応えに喜びの笑みを浮かべる。
だが、小太り小僧はむくりと立ち上がると、パンパンとお腹の砂埃を払ってウインの胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ……」
その後のことは、ヒカルは見ることしか出来なかった。いくらウインが殴られても、何度蹴られたとしても、いじめっ子たちに触れられないヒカルは、ただただおさまるまで待つしかなかった。
騒ぎを聞き付けてブリーゲルが来た頃には、いじめっ子たちはもうどこかへ行ってしまっていて、ボロボロになったウインがただ一人ポツンといるだけであった。
「ウイン! しっかりしろ!」
気を失っているのか、ウインは返事をしなかった。顔には大きな青タンがあって、唇は切れて血が出ていた。
ヒカルは、ウインの顔を直視出来なかった。止められなかったこと。すぐ目の前で起きていたのに、どうしていつも上手くいかないのか、と。
ウインは病院らしき建物まで運ばれた。
白いシーツの上に寝かされて、大小の布を全身に貼られてしまった。
ウインが目を覚ましたのは、日が暮れた後だった。途中、病室にカリンダもやってきたのだけれど、相変わらずヒカルのことは見えてないらしく、壁に凭れて本を読んでいた。
――起きた!
「痛てて……」
無理に起き上がろうとするウインだったが、体は正直らしく、すぐに諦めたようであった。
「無理しないで。大怪我なんだから」
カリンダが枕元でウインに言ってやる。ウインは妹の言葉が恥ずかしかったのか、背中を向けてしまった。
やがて、雨が降ってきた。
地面を叩く音が大きくなって、ガラスの無い窓から、雨粒が入り込む。
「ウイン!」
ようやく、ウインたちの父が病室にやってきてくれた。雨に打たれたのか、髪や服は濡れている。「おかえりなさい」とカリンダが言うと、「ウインは?」と聞いて、すぐにベッドまで走っていった。
「無理しやがって」
「だって……悔しかったから」
安心したからか、それとも思い出したからか、幼いウインの声は震えていた。
「お前はもしかしたら魔力に欠けるかもしれない。でもお前は賢い。自分が思っている以上にね」
それに勇気もある。
父はウインの胸元を軽く叩いてやった。
「聞いたよ。やり返したんだってな。凄いじゃないか」
父はおおいに笑ってみせた。自慢の息子を自慢するかのようにして。
ウインも、それが心地よかった。悔しさはあるけれど、父に励まされるのは良いものだ。
「竜神様はきっと見ているよ。祈り続けよう。そうすれば、魔法もきっと身に付くよ」
「竜神様が……?」
「そうさ! 戦争もいつか終わる。竜神様もきっと穏やかになられる。そんな時に必要なのは、お前みたいな勇気ある若者なのさ」
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