黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第九章 道中の夢

1 召喚士ウイン

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 エバーの先導によって、魔の鳥籠からヒカルたちはようやく抜け出すことができた。

 久しく見るジャスパー街道。
 かつて栄えた商業道は、今は閑散とした廃墟道だ。

 ちょうど太陽が地平線から顔を出し始めていた。夜通し歩き続けた疲労は、ヒカルだけのものではなく、ウインやカリンダ、他のパピーたちも皆、すっかり黙りこんでしまっていた。

 一行はこれから、竜の里セイリンを目指す。
 ヒカルの問いとカリンダの答え。そして、何よりも竜の里は竜神信仰の総本山であった。
 山の途中ではぐれた隊長ブリーゲルたちとも、そこで落ち合う予定になっているのだから、見事目的は一致している。

 さらに、セイリンは「水の都」とも呼ばれており、湖に囲まれたその都は、信仰の中枢であるからか、不思議と黄金竜の襲来が無かった。

「なるほど。だから、パピーたちをそこで匿うってことね」
「うん。信仰派の僕たちにとっても、セイリンとはむかしから付き合いもあって、何度か訪れたことがあるんだ。恵みもあるし、土地もある。なにより水も豊富だから、パピーたちもすぐに慣れると思うからさ」

 それに、セイリンの人たちは争い事を避けるから。
 気遣って言ったウインの言葉だろうけど、ヒカルの心をチクリとさせた。

 結局、パピーとボルボルの争いは止められなかった――。多くの犠牲者を出して、深い傷も残したまま追放されてしまったのだから。
 ヒカルは、先頭を歩くエバーをちらっと見た。小さな体で大きな荷物を背負う彼は、今はパピーの王様なのだ。

 実は昨夜、山を降りる前に、ボルボルの兵長であるドンと、少女のザラが訊ねてきた。
 ザラはエバーに食料やらなんやらを詰めた荷物を渡してくれた。
 惜別の時――。エバーは彼女と約束したのだ。必ずまた戻ってくる、と。

 竜の里セイリンには、ジャスパー街道を進んで、山を一つ越えねばならない。

 山を降ってすぐの一行は、ジャスパー街道を突破する前に、ひとまず休憩をすることにした。
 パピーの中には、年寄りや子どもも大勢いる。ましてや人間よりも体が小さいのだ。

 そしてもう一つ。

「ねえ、カリンダ。またしゃべってよ」

 山を降りてからというものの、彼女はまたしても口を閉ざしてしまった。時より返事をしそうになるのだけれど、皆の前、特にウインの目が届くところでは頑なに無視されるのだった。

 一行はジャスパー街道の脇に流れる小川の近くで休むこととなった。
 ヒカルも、川に足を浸けて、冷たい水で顔を洗う。

 このセカイに来てから、いったいどれくらい経ったのだろうか。
 初めてリオンと出会い、巨大な黄金のワニに襲われて、彼女の村は壊れてしまった。
 逃げるようにその村を後にして、そしてバルと出会った。お化けの蛇から逃げて、このセカイで一番の都市オルストンに到着したのだけれど、黄金竜の襲来があって、ヒカルは連れ去られてしまった。

「リオン……バル……」

 争いを無くすと言いながら、誰一人として守ることが出来ていない自分に腹が立つ。
 水面に映る自分の顔が憎たらしくて、叩いてみたけれど、すぐにまた現れてしまった。

――お前に何が出来るの? 結局、これが無かったら何も出来ないじゃないか。

 ヒカルは腰に着けていた黄金の懐中時計を手に取った。
 新しく現れた青色の装飾。これにはいったいどんな秘密が込められているのだろうかと考えてみたけれど、今はどうしてかこの懐中時計が好きになれなかった。
 あれほどまで惹き付けられていた美しい時計なのに、惹き付けられていたからこそ、恐怖を抱いてしまっている。

 いっそのこと捨ててしまおうか、などと本気で思い始めていたその時、ウインに呼ばれて急いでポッケにしまいこんだ。

「そろそろいくよ! 日が暮れるまでには、山の前に到着しておきたいから!」

 ヒカルは水で濡れた重たい足取りで、ウインたちの元に向かった。

 相変わらず、心の奥から声は聞こえてくる。

――お前一人じゃ何も出来やしない。この臆病者め!



 昇った太陽が隠れるころ、一行はちょうど山の麓までやってこれた。

 一日をかけた長旅に、さすがのウインたちも疲れたみたいで、見るからにげんなりしているようであった。

「今日はここで寝よう。ヒカルと僕は交代で見張るようにしようか」
「私もしよう。まだ王らしいことは一つもしてないからな」
「ならば私もだ。王様だけに苦労はさせられないでしょうよ」

 見張り役にエバーとボルネも挙手してくれた。

 王様なら逆に見張り役なんてしなくて良いのに、とヒカルは思ったけれど、人数は多いほうが楽できるから、敢えて口にはしなかった。

 最初の見張りはヒカルになった。
 ウインが火を興してくれている。

「火なんかなくても、月の光だけで充分明るいのに」
「別に明かりが欲しいわけじゃないよ。変な獣たちを追い払うためさ」

 ふーん、とヒカルは生返事をして、一直線に続く広大なジャスパー街道を端から端まで眺めてみる。

 何もない。ときたま雑草が風に揺れるだけ。

「パッチとかリリーとかって、いつもはどうなってるの?」
「なんだい? 急に」
「召喚って分からないことが多いからさぁ。カリンダにも聞いたんだけど、例えば、器の中にパッチが居て、そのまま器が割れちゃったり壊れたりしたらパッチはどうなるんだろう、とか」
「その場合、パッチは死んじゃうね」
「やっぱり? じゃあ死んじゃったパッチはどうなるの?」

 火を着け終えたウインが、ジャラジャラと音をたてながら、ヒカルの隣に座った。

 「前にも説明したけれど、僕たち召喚師は、技術者が造った器の中から、魂を呼び出したり、封じ込めたりするのさ」
「うん、それは聞いたよ」
「疑問に思わなかった? 器に封じ込められた魂が、元々はどこにいたのかって」

 確かに、と、ヒカルは素直に呟いた。

「器の中に封じられた魂たち……それらは皆、元はちゃんとした肉体を持っていたんだよ」

 つまり、パッチやリリーたちは肉体から魂を剥がされて、器の中に閉じ込められているのだ。

「え? じゃあ元の体はどこに!?」
「さあね」
「さあね、って……パッチたちだって、元々は普通に生きて普通に暮らしていたんでしょ?」
「普通じゃないよ。こいつらは皆ワケありなんだ」
「ワケあり?」
「そうさ。だからここに閉じ籠めているのさ」

 ウインは、ためしにジャラジャラと腕輪を振ってみせた。

「な、なら! もしパッチが召喚されているときに、器が壊れたのなら、一体どうなるの?」
「その場合だと、パッチの魂は元の体に戻るね。元の体が有ればだけど」
「無かったら?」
「さ迷うのさ。新しい器を見つけるか、魂が尽きるまで」

 ジャスパー街道を、冷たい夜風が通りすぎる。ウインが焚いてくれた火が、パチパチと揺れる。

「さあ! 僕ももう休むよ。交代の時に呼んでくれ」
「ウインは、どうして召喚士になろうと思ったの?」

 立ち上がったウインの足が止まる。

「他に何もできなかったからだよ。武術も、魔法も、共鳴も」
「そんなことないよ。俺の火傷も治してくれたのに?」
「僕は落ちこぼれなのさ」

 それだけ残すと、ウインはとっとと寝床に行ってしまった。

 ウインが落ちこぼれ? そんなこと考えられないのに……。

 ヒカルは懐中時計を取り出した。
 一時間で交代で良いだろう。

――いつでも俺を使いなよ。また逃げたくなったらさ。

「違う。逃げる訳じゃない」

 心の声に蓋をしたくて、懐中時計を閉じようとした時、新しく現れた青い装飾を思い出す。

 赤色は時間を止める。
 なら、青色は?

 恐る恐る、指で青色の装飾をなぞる。
 そして――。

 カチ――シュルシュル……。

 懐中時計の中で、何かが動いている。見ると、秒針が勢いよく逆回転しているではないか!

 やがて、懐中時計が青く輝きはじめ、ヒカルの意識は、文字盤に吸い込まれていってしまった。
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