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第九章 道中の夢
7 討伐派の夢
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ウタに連れられてやってきたのは、オルストンとノリータのちょうど中間地点にある簡素な集落だった。
バルは、露骨に嫌な顔をした。丸っこい鼻にシワがよる。
「ついたよ。ここがオルストンとノリータが管轄する西本部だよ。討伐軍の中でも大切な進軍の拠点地なんだ」
大切な拠点地?
バルはざっと集落を見渡した。ジャスパー街道から逸れた川沿いで、木の藁と石で出来た小さな建物がポツポツと建っていて、腰に剣を提げた兵士たちが間を往来している。
小さな鍵の着いてない井戸は砂埃を被っている。バルは自分の生まれ育った村を思い出した。きっと、ここにも村人たちが平和に暮らしていたに違いない。
だが、今は代わりに鎧を着た兵士たちばかり。
目玉を左から右に動かしただけで、集落の隅から隅まで見渡せるとは、バルは「ほんと大層な拠点地だね」と嫌味を言った。
「こっちが指令室だよ」
ウタに連れられて入った指令室とやらの中は驚くほど暗く、蝋燭の火が一つ揺れているだけであった。
「おお! ウタよ」
ウタが纏っていた絨毯を脱ぐと、中にいた兵士の一人が快く迎えたくれた。
暗がりだからかも知れないけれど、その兵士には左腕が無かったように見えて、バルは思わずゾッとした。
「隊長たちは!?」
「ダメでした……」
はぁ、と兵士はため息をつく。
「隊長は私であろう」
女性の声だった。暗闇の奥から現れた彼女はウタの前にやってくると、膝を折って目線を合わせる。凛とした表情かお。黄色い目が、ウタと後ろのバルを見つめる。
「ご苦労だったな。他の者たちはやられたのか……」
「いえ、兵士たちは皆、召されてしまいたして」
「何!? 日が出たのか」
「はい。黄金竜が現れまして……」
ガタっと鳴った。さっきの腕無し兵士が机を叩いたのだ。
「なんだと! 竜がまたオルストンに!?」
ウタは黄金竜のオルストン再襲来について、詳しく説明した。
オルストンは前の竜襲来によって、見るも無惨な瓦礫の山と化していたこと。虫と鰐と猿の鱗が同時に現れたこと。兵士たちは果敢に攻め立てたけれど、突然の竜の襲来により、分厚い雲が晴れてしまったこと。
そして、竜は眠ったかのように瓦礫のオルストンで沈黙していること。
きっとバルと同じ歳くらいなのに、驚くほど冷静に事務的なウタの説明を聞いて、バルはなぜだか悲しくなった。
同じ少年なのに、と。
「分かった。本当にご苦労だったな」
ウタの言葉にいちいち慌てる腕なし兵士とは違い、女隊長は静かに聞いていてくれた。
「鱗たちは追ってこなかったのか?」
「はい。まるで眠る竜を守っているみたいでした」
「そうか。妙だな……鱗が守りに入るとは」
「隊長。これを……」
ウタは、脳みそ兵士が使っていた剣を差し出した。鉄仮面だった彼女の目が、みるみる大きくなる。希望の光りだ。
「まさかこれは」
女隊長が剣を鞘から抜くと、暗闇の中なのに、刀身がきらりと光った。
「僕たちがノリータに向かったのも、その剣を回収するためでした。鱗たちを圧倒し、猿の腕を落としました。これならば、黄金の竜であっても」
「ああ。竜が沈黙しているとならば、攻めるときは今であろう。それに鬼おにの復活も近いだろうから」
――オニ。
バルはその言葉を知っていた。
かつて、黄金竜と唯一肩を並べたと言われるほど、凶暴なヤツだ。
「ところで、その少年もノリータの生き残りか?」
アンデッドでは無さそうだけれど、と、女兵士は剣を鞘に納めてから、顔をマジマジと見つめる。
近い。凛とした気の強そうな彼女の目尻には、細いシワが入っていることに気が付いた。
「オルストンで出会った生き残りです。名前はバル。道中、何も話してくれませんでした。多分、襲われた恐怖で心を奪われたのかと」
半分正解、半分間違い。バルは確かにオルストンの生き残りではあるけれど、何も竜が怖くて無口になった訳ではない。ただ、兵士たちとは壁を作っているだけなのだ。
「そうか。生き残りには初めて会えた。お前も災難だったな。だが、もう大丈夫だ。竜を討伐し、もうすぐ再び平和が訪れる」
女隊長はニコリと笑って「リー」と名乗った。
子供を安心させるための仮面だ。そのくらい、バルにもすぐに分かった。
「隊長! 失礼します!」
外から兵士の声が聞こえると、ウタと腕無し兵士が急いで毛布にくるまる。
「よし、入れ!」
慌てた兵士が一人、駆け込んできた。バルが出入口付近にいたからなのか、兵士の分厚い足にぶつかりそうになった。
「旧ジャスパー街道より北表の町ミレイナにて、保護派が接近しております!」
「相手の数は!?」
「およそ……五〇から六〇ほどかと」
「ちっ、ミレイナまで。なんとかして進軍を止めろ。援軍は――」
その時、リーの言葉を遮るようにして、他の兵士が慌てて飛び込んできた。
「隊長! 保護派たちが……」
「しっかりしろ。保護派がミレイナに向かっていることなら聞いたぞ」
「いえ! ミレイナではございません! 保護派たちは、ここグラダにも迫っております!」
呆れ顔のリーの表情が、みるみる曇っていく。
「なんだと? ここにもか?」
「は、はい! 数はおよそ一〇〇から一五〇にも及びます!」
チッ、とリーが舌打ちをした。
「ミレイナにいる兵士はどれくらいだ?」
「三〇と少し、男なら四〇はいるかと……」
「グラダには?」
「五〇にも行きません」
リーは唇に指を当てて、しばらく考え込む。
数ではどちらも不利。ミレイナだけなら援軍は可能だが、保護派の連中はこちらにも来ている。
「軍曹!」
「は、はい!」
リーの呼び声に、腕無し兵士が返事をする。
「ミレイナには援軍は送れない。我々の目的は竜の討伐派だ。オニの復活を待っていたが、こうなってしまえば時間との戦いとなる。私は少数を率いてオルストンに向かい、竜討伐を決行する。なんとしてでも、保護派たちの侵入を許すな。この剣さえあれば、容易ではないが必ず成し遂げてみせる。だから……」
だから――。
あくまでも、目的は黄金竜討伐。苦渋の選択だ。
リーは腕無し兵士を見つめた。彼もまた、隊長の言わんとしていることを、ちゃんと理解していた。
「ご武運を」
「すまないな」
「ボケた保護派の連中がいくら束になろうとも、我々大国には敵いませんよ」
そうだな、とリーは力無く笑う。
「オニが目覚めればすぐにオルストンに向かわせます!」
「戦況に応じては戦わせても良い。そこはまかせたぞ。軍曹」
そして、リーはバルたちの方を向いた。
「ウタ、そしてオルストンの生き残りバルよ。お前たちは避難しなさい。西の山を越えると砦がある。保護派の連中も、逃げる子どもまで追ってこないだろう」
バルはリーと目が合った。隊長ではなく、優しい母性のこもった眼差しだ。
「巻き込んですまないな。だが、もう少しの辛抱だ。必ず黄金竜を討つ。さすれば、再び平和なセカイが戻ってくるのだ」
このセカイは今、黄金竜のいるオルストンを中心に大きな渦を巻いている。
瓦礫となったオルストンに鎮座する黄金竜を目指し、進行する保護派たち。それらを食い止め、竜を討つべく進行する討伐派たち。
どちらの願いが叶うのか。いずれにしろ、終わりは近いのだ。
物語を動かすのは、必ずしも両者だけではない。討伐派と保護派の激突を見守るようにして沈黙する黄金竜も、このセカイを一掃するために動き始めるのだから。
(第十章へつづく――)
バルは、露骨に嫌な顔をした。丸っこい鼻にシワがよる。
「ついたよ。ここがオルストンとノリータが管轄する西本部だよ。討伐軍の中でも大切な進軍の拠点地なんだ」
大切な拠点地?
バルはざっと集落を見渡した。ジャスパー街道から逸れた川沿いで、木の藁と石で出来た小さな建物がポツポツと建っていて、腰に剣を提げた兵士たちが間を往来している。
小さな鍵の着いてない井戸は砂埃を被っている。バルは自分の生まれ育った村を思い出した。きっと、ここにも村人たちが平和に暮らしていたに違いない。
だが、今は代わりに鎧を着た兵士たちばかり。
目玉を左から右に動かしただけで、集落の隅から隅まで見渡せるとは、バルは「ほんと大層な拠点地だね」と嫌味を言った。
「こっちが指令室だよ」
ウタに連れられて入った指令室とやらの中は驚くほど暗く、蝋燭の火が一つ揺れているだけであった。
「おお! ウタよ」
ウタが纏っていた絨毯を脱ぐと、中にいた兵士の一人が快く迎えたくれた。
暗がりだからかも知れないけれど、その兵士には左腕が無かったように見えて、バルは思わずゾッとした。
「隊長たちは!?」
「ダメでした……」
はぁ、と兵士はため息をつく。
「隊長は私であろう」
女性の声だった。暗闇の奥から現れた彼女はウタの前にやってくると、膝を折って目線を合わせる。凛とした表情かお。黄色い目が、ウタと後ろのバルを見つめる。
「ご苦労だったな。他の者たちはやられたのか……」
「いえ、兵士たちは皆、召されてしまいたして」
「何!? 日が出たのか」
「はい。黄金竜が現れまして……」
ガタっと鳴った。さっきの腕無し兵士が机を叩いたのだ。
「なんだと! 竜がまたオルストンに!?」
ウタは黄金竜のオルストン再襲来について、詳しく説明した。
オルストンは前の竜襲来によって、見るも無惨な瓦礫の山と化していたこと。虫と鰐と猿の鱗が同時に現れたこと。兵士たちは果敢に攻め立てたけれど、突然の竜の襲来により、分厚い雲が晴れてしまったこと。
そして、竜は眠ったかのように瓦礫のオルストンで沈黙していること。
きっとバルと同じ歳くらいなのに、驚くほど冷静に事務的なウタの説明を聞いて、バルはなぜだか悲しくなった。
同じ少年なのに、と。
「分かった。本当にご苦労だったな」
ウタの言葉にいちいち慌てる腕なし兵士とは違い、女隊長は静かに聞いていてくれた。
「鱗たちは追ってこなかったのか?」
「はい。まるで眠る竜を守っているみたいでした」
「そうか。妙だな……鱗が守りに入るとは」
「隊長。これを……」
ウタは、脳みそ兵士が使っていた剣を差し出した。鉄仮面だった彼女の目が、みるみる大きくなる。希望の光りだ。
「まさかこれは」
女隊長が剣を鞘から抜くと、暗闇の中なのに、刀身がきらりと光った。
「僕たちがノリータに向かったのも、その剣を回収するためでした。鱗たちを圧倒し、猿の腕を落としました。これならば、黄金の竜であっても」
「ああ。竜が沈黙しているとならば、攻めるときは今であろう。それに鬼おにの復活も近いだろうから」
――オニ。
バルはその言葉を知っていた。
かつて、黄金竜と唯一肩を並べたと言われるほど、凶暴なヤツだ。
「ところで、その少年もノリータの生き残りか?」
アンデッドでは無さそうだけれど、と、女兵士は剣を鞘に納めてから、顔をマジマジと見つめる。
近い。凛とした気の強そうな彼女の目尻には、細いシワが入っていることに気が付いた。
「オルストンで出会った生き残りです。名前はバル。道中、何も話してくれませんでした。多分、襲われた恐怖で心を奪われたのかと」
半分正解、半分間違い。バルは確かにオルストンの生き残りではあるけれど、何も竜が怖くて無口になった訳ではない。ただ、兵士たちとは壁を作っているだけなのだ。
「そうか。生き残りには初めて会えた。お前も災難だったな。だが、もう大丈夫だ。竜を討伐し、もうすぐ再び平和が訪れる」
女隊長はニコリと笑って「リー」と名乗った。
子供を安心させるための仮面だ。そのくらい、バルにもすぐに分かった。
「隊長! 失礼します!」
外から兵士の声が聞こえると、ウタと腕無し兵士が急いで毛布にくるまる。
「よし、入れ!」
慌てた兵士が一人、駆け込んできた。バルが出入口付近にいたからなのか、兵士の分厚い足にぶつかりそうになった。
「旧ジャスパー街道より北表の町ミレイナにて、保護派が接近しております!」
「相手の数は!?」
「およそ……五〇から六〇ほどかと」
「ちっ、ミレイナまで。なんとかして進軍を止めろ。援軍は――」
その時、リーの言葉を遮るようにして、他の兵士が慌てて飛び込んできた。
「隊長! 保護派たちが……」
「しっかりしろ。保護派がミレイナに向かっていることなら聞いたぞ」
「いえ! ミレイナではございません! 保護派たちは、ここグラダにも迫っております!」
呆れ顔のリーの表情が、みるみる曇っていく。
「なんだと? ここにもか?」
「は、はい! 数はおよそ一〇〇から一五〇にも及びます!」
チッ、とリーが舌打ちをした。
「ミレイナにいる兵士はどれくらいだ?」
「三〇と少し、男なら四〇はいるかと……」
「グラダには?」
「五〇にも行きません」
リーは唇に指を当てて、しばらく考え込む。
数ではどちらも不利。ミレイナだけなら援軍は可能だが、保護派の連中はこちらにも来ている。
「軍曹!」
「は、はい!」
リーの呼び声に、腕無し兵士が返事をする。
「ミレイナには援軍は送れない。我々の目的は竜の討伐派だ。オニの復活を待っていたが、こうなってしまえば時間との戦いとなる。私は少数を率いてオルストンに向かい、竜討伐を決行する。なんとしてでも、保護派たちの侵入を許すな。この剣さえあれば、容易ではないが必ず成し遂げてみせる。だから……」
だから――。
あくまでも、目的は黄金竜討伐。苦渋の選択だ。
リーは腕無し兵士を見つめた。彼もまた、隊長の言わんとしていることを、ちゃんと理解していた。
「ご武運を」
「すまないな」
「ボケた保護派の連中がいくら束になろうとも、我々大国には敵いませんよ」
そうだな、とリーは力無く笑う。
「オニが目覚めればすぐにオルストンに向かわせます!」
「戦況に応じては戦わせても良い。そこはまかせたぞ。軍曹」
そして、リーはバルたちの方を向いた。
「ウタ、そしてオルストンの生き残りバルよ。お前たちは避難しなさい。西の山を越えると砦がある。保護派の連中も、逃げる子どもまで追ってこないだろう」
バルはリーと目が合った。隊長ではなく、優しい母性のこもった眼差しだ。
「巻き込んですまないな。だが、もう少しの辛抱だ。必ず黄金竜を討つ。さすれば、再び平和なセカイが戻ってくるのだ」
このセカイは今、黄金竜のいるオルストンを中心に大きな渦を巻いている。
瓦礫となったオルストンに鎮座する黄金竜を目指し、進行する保護派たち。それらを食い止め、竜を討つべく進行する討伐派たち。
どちらの願いが叶うのか。いずれにしろ、終わりは近いのだ。
物語を動かすのは、必ずしも両者だけではない。討伐派と保護派の激突を見守るようにして沈黙する黄金竜も、このセカイを一掃するために動き始めるのだから。
(第十章へつづく――)
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