黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第十章 黄金竜の正体

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 月の光が、青いセイリンをより際立たせていた。

 立ち入り禁止の森の中にて、試練は行われるらしい。
 あの後、荷ほどきでひと息ついたエバーが来てくれた。彼もまた試練のことは知っていたようで、ヒカルが挑むと知ったとたん、驚きの表情を露にした。

「頼んだよ」

 その一言は、期待ではなく健闘の意だけが込められていたことに、ヒカルはすぐに気がついた。
 なるほど。やっぱり自分が試練を成功させるなんて、誰も思ってはいないんだな、と。

「ねぇ、カリンダ?」

 ヒカルは今、カリンダとネムの二人と一緒に青白く光る森の中を歩いている。石畳が敷かれた一本道には、木々の隙間から差し込む月光と影が落ちていた。幻想的な森の中では、コツコツという足音と一緒に、耳を済ませば、キラキラと聞こえてきそうな気がした。

 先頭をネムが歩く。カリンダは口を閉ざしたままだった。歩く度に、試練に近づくにつれて、彼女の顔は曇っていく。

「カリンダってば」

 ポン、と肩を叩いてやると、カリンダは我に返ることが出来たのか、驚いたように振り向いた。

「そんなに不安? 俺と試練に挑むことが」
「ううん。そうじゃないの」
「そうじゃないの、って……さっきからそればっかりじゃないか」
「ごめんなさい」

 ネムが足を止めた。気がつけば森の中枢――セイリンに流れる小川へと続く泉までやって来たのだ。
 木々たちが広がる中に、小さな泉が月の明かりをキラキラと反射している。

「綺麗だね」
「……うん」

 ネムが振り替える。その胸元には、今も賢者が眠っているのだろうか。

「到着しましたよ。カリンダ、そしてヒカル」

 内容はシンプルです。
 ネムは、指を一本立てて見せた。

「二人があの泉に入り、カリンダの落とした心を欠片パートナーであるヒカルが回収する。心は泉の中の貝殻にしまわれております。ただそれだけでございます」

 心は貝殻の中で眠っている――。
 これも、すでにカリンダから聞いていた。

「ただし、心は非常に繊細でございます。大切に扱わねば、それはすぐに崩壊し、カリンダは永久に闇の中です」

 だからこそ、本当ならウインが適任なのだ。召喚士として魂を扱う者だから。きっと、ウインが召喚士になったのも、この試練のためなのではと、ヒカルは今さら勘づいた。

「それと、もう一つ忠告です」

 ネムがもう一本指を立ててみせた。

「いくら大切に扱っても、カリンダ自身の思いが揺れてしまえば、心は崩壊します。それはヒカルも同様。確固たる一つの強い意思がなければなりません。泉はすべてを見透かす。竜神様に代わって、貴方たちの覚悟が真実なのか、しっかり見極める」

 それがこの試練なのです。
 ネムは立てた指をしまうと、優しく笑った。

「覚悟は決まりましたか? カリンダ」
「はい」
「ヒカルも。貴方は竜神様に選ばれたのです。自信をもちなさいね」
「……はい」

 カリンダと目を合わせる。
 正直言うと、ヒカルは不安でいっぱいだった。けれども、このセカイのために、それから目の前の黄色い目をした少女のためにも、必ず試練を乗り越えるのだ、と覚悟は決まっていた。

 カリンダに手をひかれ、泉に向かってゆっくりと歩いていく。

 草を踏む足音が、妙に耳にへばりついた。

 目の前には、まるで鏡のような青い泉が夜空の月を写している。

 いざ、このセカイのために、試練に挑もうではないか!

「ねぇ」
「何?」
「私がいなくなったら……どう思う?」
「そんなことはさせないよ。ウインとも喧嘩別れしたままだし。この試練を成功させてさ、皆で笑って過ごせるセカイにしよう」
「みんなで……か」
「そうだよ。カリンダも」
「そう」
「どうしたの?」

 鏡の泉が揺れる――。

「ううん! なんでもないの。必ず成功させましょう。みんなで笑いあえるために」
「も、もちろんだよ! 黄金竜をとめて、そして――」

 ヒカルは気がついた。
 カリンダの綺麗な黄色い瞳から、一筋の涙が零れていたことに。

「さぁ、行きましょう! 3、2、1――!」

 ぐい、と手を引っ張られて、ヒカルはカリンダと一緒に飛び込んだ。
 青く幻想的な泉の中。ヒカルはなぜカリンダが涙を流していたのか分からない。分からないけど、ひとつだけ分かったことはある。

 カリンダは嘘をついている。

――いざとなれば俺を使いなよ。そしてまた逃げれば良いんだから。

 二人はそのまま、泉の中をどんどんと潜っていった。

 泉の中は、いよいよ暗くなってきた。
 意志が揺れてしまえば、心は崩壊する。
 ネムの言葉を思い出し、必死に集中するのだけれど、ヒカルはあのカリンダの顔が忘れられなかった。

 ずっと息を止めていたヒカルの肩を、カリンダが優しく叩く。

「もう大丈夫だよ」
「ぶはぁ!」

 泉の中でも息ができる。これもカリンダから事前に聞いていたことだけれど、水の中でも息ができる、というのは、なんだか不思議な感じだ。

「もうすぐよ。準備は良い?」
「うん」

 どうして泣いていたの? とは、ヒカルは言えなかった。

 すると、泉の中でキラキラと動く何かを見つけた。

「魚?」
「うん。この泉を守る泡魚様よ」

 泡魚と呼ばれた小魚は、虹色に光っていた。群れではなく点々と水の中を舞い、二人を案内するかのようにして、ゆらゆらと泳いでいる。

 やがて、水底につく。浮遊感もなく、陸地のように歩くことができた。

「さて……はじめるわよ」
「……わかった」

 カリンダはニコリと笑うと、静かに目を閉じた。ふわりと彼女の体が少しだけ浮かぶ。

「カリンダ?」

 ヒカルは試しに彼女の手を軽く引っ張ってみた。けれど、反応はない。

 心は解かれた――。
 虹色の泡魚たちが静かに泳ぐ泉の中で、ヒカルは一人。

「さて、貝殻を探そう」

 ヒカルは、水中に漂うカリンダの手を優しくひきながら、泉の中を歩き始めた。



 竜神信仰の大本山。

 追われたパピーたちを匿う大広間にて、エバーを始め、皆が試練の様子を見守っていた。
 大きな鏡に映し出されたヒカルの姿を、皆は静かに見つめている。

 試練は始まったばかり。カリンダの落とした心を見つけ、彼女に返してやる。
 心は大きな貝殻の中だ。見つけることは簡単。しかし、扱うのは至難。

 パピーたちの中には、手を組んで祈っている者もいた。夜泣きをする子どもパピーをあやすために、いそいそと広間から出る者もいた。

 彼らの――いや、セカイの運命はヒカルに託されている。

 黄金竜を止め、このセカイから争いを無くし、平和を取り戻す。そう約束してくれた勇者なのだ。

 鏡の中のヒカルは、ゆっくりと歩いていた。連れたカリンダのことを、時々確かめながら。

「あったよ! 貝殻だ!」

 皆が見守る中で、子どもパピーたちが指をさす。騒ぐ子どもたちを誰も咎めることはしない。ただ、固唾を飲むだけ。

 鏡に写る勇者は、ゆっくりと貝殻を開けた。中には、白く輝く小さな光の玉がひとつ。
 パピーたちはどよめいた。その眩しさに。その清らかさに。

 ヒカルがそっと手を伸ばす。パピーのなかで、エバーだけは何も言わずに見守っていた。

 すやすやと眠る子どもを抱えた母親パピーが戻ってくると、近くの者に「どうなったの?」と聞く。

「心を見つけましたよ。立派で、綺麗な御心です」

 母親パピーは安堵の顔を浮かべ、それが伝播したのか、周りの緊張もほぐれていく。

「もう少しだぞ!」
「頑張れ!」

 応援のヤジが飛ぶ中で、鏡に写るヒカルはカリンダの心をゆっくりと拾う。

 あとはこれをカリンダの身体に戻せばおしまい。パピーたちは、もはや試練は成功したと思っていた。

 だが――。

「あ!」

 子どもパピーの一人が声をあげた。

 鏡の中のヒカルが持つカリンダの心が、もう少しで元の身体に触れようとしたその時――白く輝く心の光は、ヒカルの手から零れていくではないか。

 パピーたちの声がピタリと止んだ。
 勇者を見守る大広間では、再び起きてしまった幼いパピーの泣き声だけが響いていた。
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