黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第十章 黄金竜の正体

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 目を開けると、ヒカルは見慣れた場所に立っていた。

「ここは……」

 六畳ほどの閑散とした部屋。真ん中に置かれた机には、時計を作るための工具が散らばっている。

「まさか……」

 ヒカルは机の引き出しを乱暴に開けてみた。けれど、そこには自分の知っているピンセットや、受注ファイルは無く空っぽであった。

「誰だ!」

 振り替えると、懐中電灯を持つスーツ姿の男が1人。彼はもちろんヒカルのことは見えていないのだけれど、突然空いた引き出しを怪しみ、くりぬかれた「ひかり時計工房」の隅から隅まで照らし出した。

 誰も居ないことを察した男は「KEEP OUT」のプレートがさがるロープを跨ぐと、もう一度ぐるりと周囲を見渡してから、ヒカルの開けた引き出しをそっと閉めた。

 そして、工房の前に掲げられた「展示」という看板の僅かな傾きを整えると、コツコツと固い音をたてながら廊下を歩いて行った。

 ポツリとひとり残されたヒカル。

 男の背中が見えなくなってしばらくすると、廊下の電気が消えて、真っ暗になった。
 黄金の懐中時計を使い、黄金竜の過去を知るためにタイムスリップした場所は、彼の元職場の模型であったのだ。



 朝になると、今度は高級マンションの一室でヒカルは目を開けた。

  広々としたリビングの真ん中には、ガラスのテーブルとL字の革ソファ。南向きの天井まである大窓からは、その部屋よりも低いビル群が見える。

 大型の液晶テレビからは、アナウンサーがずっと戦争の話をしていた。

「今月で半世紀となる大戦では、各国の死者は一億にも達する見込みで――」
「先月の核爆弾投下により、激しさは増す一向で――」
「23世紀の今、史上最大の大戦は――」

 ヒカルの目に入る風景は見慣れたものでも、耳に飛び込む情報はまるで異世界のものであった。
 戦争、核――ましてや23世紀の現代。いったいこれが黄金竜にどんな関係があるのか、と、ヒカルは懐中時計を手に取った。

 そのとき、ソファで寝ていた男が、あくびをしながら起き上がった。

「しまった……」

 どうやらシャツを着たまま寝落ちしてしまっていたらしい。眠気眼でテーブルに広げられた資料を眺めつつ、男はボリボリと頭を掻いた。

 その男は、昨夜(ヒカルにとっては先ほどだけれども)ひかり時計工房で出会ったスーツの男であった。

 彼はゆっくり立ち上がると、シワシワのシャツを脱ぎ、シャワー室へ向かった。

 ヒカルは聞きたくもないシャワーの音を聞きながら、テーブルに広げられた資料を見る。

 それは時計の設計図であった。

 どれもが精巧に描かれていて、ヒカルは魅了されていた。図案を見ただけで分かる。きっとこれは、滑らかに、そして綺麗に動く腕時計なのだ、と。

 シャワーを浴び終えた男が帰ってくると、彼はテーブルの資料をかき集めて鞄に放り込んだ。
 そしてスーツに着替えると、半渇きの髪もそのままに、そそくさと飛び出して行った。

 ヒカルも後を追う。男が消し忘れたテレビからは、アナウンサーが相変わらず戦争の話をしている。

「呪術的な信仰を行う国もいるとか。専門家の方に来て頂きました――」



 男が入っていったのは、オフィス街のビルであった。

――ひかり時計……株式会社?

 ビルの正面玄関に掲げられた立派な表札。ヒカルはそれを目にして驚きを隠せなかった。

――い、いつから俺の工房は株式会社に?

 六畳一間の狭苦しい工房が、こんな立派な大会社に? あやうく男を見失いそうになり、ヒカルは後ろ髪をひかれる思いで、一緒にビルに入っていく。

 正面玄関を入ったロビーには、分厚い絨毯が敷かれていて、カウンターにはモデルのような女性が二人。男の顔を見たとたん、退屈そうな彼女たちはニコリと笑って挨拶をした。

「おはようございます! 社長」

――社長!?

 その後も、すれ違う社員たちが次々と男に挨拶をしていく。ビルには何十、何百もの社員がいた。

――大会社じゃないか……。

 茫然と、そしてほんの少し恍惚としていたヒカルは、エレベーターを乗り継いで、気がつけばビルの最上階から二つ下のフロアーに来ていた。

 下の階とは違って、すこぶる静かであった。エレベーター横の窓からは、綺麗な青空と、都会のビルに埋もれた森林公園が見えた。

「社長!」

 ヒカルたちを迎えるように、ひとりの男が駆け寄ってくる。少し背が低い中年男。笑うと左頬にだけえくぼができる。
 ヒカルはどこかでその顔を見た気がしたけれど、首に提げたネームバッチの「秘書 河井」という文字に心当たりはなかった。

「おはようございます」
「おはよう」
「今日も寝不足ですか?」

 クマができてますよ、と河井は笑ってみせた。

「うん。昨日も数字とにらめっこだ」
「そんなことは私たちがしますよ。それに、当社は順調です」
「ありがとう。でも、ちゃんと自分の目で見たいんだ」
「いつか体を壊しますよ」

 河井がドアを開けた部屋は社長室であった。ひかり時計工房がすっぽり入るくらいの大部屋。立派な机と、革のソファー。大窓からは、ここからも森林公園が見える。

「13時から定例会議があります。お迎えにあがりますので、それまでにお食事は済ませてくださいね」
「分かった。公会堂だろ?」
「はい。それが?」
「……いや、世間は戦争の最中だ。しょうもない連中に囲まれないかと思って」
「車で向かいますから大丈夫ですよ」

 河井はコーヒーをいれると、机に置いてやった。

「あまり深くお考えにならないでくださいね」
「ああ。しかし、うちの技術を何かに役にたてられないだろうか?」
「昨日も数字を見ていたと言って、どうせそんなことばかり考えていたんでしょう?」

 河井が意地悪く笑うと、男はバツが悪そうに頭をかいた。

「そうだ。昨夜、展示工房の引き出しが開いていたぞ」

 ヒカルが開けた机の引き出しのことだ。

「また工房にいらしたんですか? 本当にお好きなのですね」
「いいじゃないか。それよりセキュリティをしっかりしてくれよ」
「かしこまりました。カメラもチェックします」

 ペコリと頭を下げて、河井は社長室を後にした。残された社長はコーヒーをひと啜りすると、壁面に並べられた本棚から、大きなファイルを一つ抜き出す。

 時計の設計資料だ。ヒカルも覗きこむと、目次には「大槻ヒカル作」の文字が並ぶほか、大槻という名前が続く。

 ひとり驚くヒカルの声は、男には聞こえない。男は大きなため息をつくと、窓の外に視線を逃がした。反射する窓には男がひとりだけ。

 立派な会社に立派な部屋。立派な机に立派な資料――。

  そして、ヒカルはようやく気がついた。

――大槻……ノゾム!?

 机に散らばる名刺や資料には、どれも「取締役社長 大槻ノゾム」とある。

  目の前でため息をつく、社長と呼ばれるこの男は、ヒカルの子孫なのだった。
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