黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第十章 黄金竜の正体

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 まだ小さな「ひかり時計工房」をここまで大きくしたのは、紛れもなく大槻ノゾムの実力であった。

 国内の時計シェアトップランカーに入る「ひかり時計工房」。技術力と時代性を存分に活かし、広告費、宣伝活動と大勝負に出た結果、見事に会社は躍進した。

 ノゾムは勝負に強かった。学校でもビジネスの本ばかり読んでいた。時計をいかに巧みに造るかではなく、会社をいかに大きくするのか、と。
 夢は叶ったものの、ノゾムには時計は造れない。知識や手腕はあっても技術がない――この御時世だからなのか、彼は技術の無い自分を呪い始めたのだ。

 戦争に支配された時代でも、この国では人権が生き続ける。いや、世界中も同じだろう。それが戦争を長引かせる大きな要因の一つなのだから。

 どうにか戦争の役に立てないだろうか。
 頭の中はそのことでいっぱいだった。テレビをつけると、世界中の悲惨な現状が飛び込んでくる。自分がコーヒーを啜っている間、どこかでは血や泥水を啜る兵士がいるのだから。

 ノゾムは「ひかり時計工房」の展示工房へ足を運ぶようになった。創始者、大槻ヒカルが築いた工房。彼と同じ血が流れる先人の一歩目に、何かの助けを求めるようにして。

 終戦活動にも関わったが、どれもが当社の技術を「戦力」へする考えしかもたないしょうもない連中ばかりだ。

 だからこそ、ノゾムは考えていた。平和のために何ができるのか、と。

 ノゾムは、「ひかり時計工房」の開いていた引き出しを思いだていた。
 「KEEP OUT」のロープを跨いで、いったいとどこの誰が開けたのだろうか。

「社長……大槻社長!」

 河井に名前を呼ばれ、大槻ノゾムは今が定例会議の最中だということに気がついた。

 コホン、と咳払いをひとつ――。ノゾムは姿勢を整えた。

「それで、各百貨店のポップアップストアの準備は?」
「媒体は出来上がっております。顧客名簿へDMを500通。当日朝刊の折り込みチラシは14万部ほどで……」

 ガラス張りの会議室には、髭を生やした老人役員や、盛んな有力若手たちが座っている。モニター越しに参加する者もいた。

「ですが、やはり来店数はかなり落ち込んでいます」
「消費よりも生産の時代か……」

 今まで、幾度なく問題を打開できていたひかり時計株式会社であったけれど、トップであるノゾムが「平和」に支配されはじめてから、階段を掛け登るスピードは遅くなっていった。

 今日の会議も近況報告のみで終わった。問題は山積みになのに、ジェンガのように丁寧に優しくあらたな問題を積み上げるだけだった。

「お疲れ様です」

 会議室を出ると、河井がさっと近づいてきた。

「お疲れさま」
「どうされたのですか? なんだからしくありませんが」
「別に。ちょっと疲れただけだ」
「戦争のことですか?」

 核心であるからこそ、ノゾムは返事をしなかった。

「このあと、アポがひとつあります」
「聞いてないぞ」
「ええ。本当は門前払いの予定でしたから」

 河井がポケットから手帳を取り出すと、そこに挟んでいた名刺を一枚ノゾムに見せてやった。

「AllStone協会?」

――オールストーン……って、オルストン!?

「何者なんだ? 宗教か?」
「さぁ……なんでも、戦争を終わらせて平和な世界に導くとかなんとか」
「やっぱり宗教じゃないか」
「毛嫌いはダメですよ。それに貴方が仰ったんじゃありませんか。停戦、終戦、平和のための活動団体へは積極的に話を通せ、と」
「積極的に、とは言ったものの、全てを、とは言ってないぞ」

 言い出した初めの方こそ、選りすぐりなく様々な団体に顔を出したが、兵器生産、終末思想などどれもノゾムの思惑とは掛け離れたものだった。

 ノゾムは渡された名刺を河井に返したが、秘書はそれを受け取らなかった。

「ですが、これを見てください」

 新しく取り出した資料。それは時計の設計図だった。

「これを当社に作って欲しいのだとか……」

 ノゾムは歩みを止めた。技術は無くても、長年過去の設計図を見続けた彼にはすぐに分かった。これは「ひかり時計工房」の技法に類似しているものだと。
 違和感――この団体がどうして時計を作りたがっているのか。戦争や平和と何の関係があるのか。興味と、少しばかりの希望が混じる違和感がノゾムを襲った。

「分かった」

 話を聞くだけ、とノゾムは再び歩きだす。

――オルストン? それにあの設計図は……。

 ヒカルは黄金の懐中時計を取り出した。紛れもない。あの設計図は、この懐中時計の設計図だ。



 時間を支配する「黄金の懐中時計」、そして黄金竜に滅ばされた「大都市オルストン」。

 ひかり時計工房が株式会社となったこの時代に、それらの2つのキーワードが入り込んできた。

 黄金竜のいるセカイ同じく、争いに支配されたこの世界で、ノゾムもまた、争いを止める思想を持っているのだ。
 ノゾムたちが向かった先は、郊外の住宅地に立つ古びた西洋風の建物だった。

 教会とは違うのは、ステンドグラスや大きな十字架が無いくらい。
 チャイムも無く、ガラス窓のドアをノックするとすぐにドアが開いた。

「必ず来てくれると思っておりました」

 出迎えたのは杖をついた背の低い老人と、ショートカットの若い女性だった。赤毛が混じっているのか、ヒカルはその女性を見てリオンを思い出した。

 「渡邉」と名乗った老人は、ニコやかにノゾムと河井(そしてヒカルも)を協会の中へと招き入れてくれた。木のテーブルと木の椅子。木の食器棚と、それらを照らす小さな窓が2つ。今時珍しい質素な部屋の中は、妙に浮き世離れした雰囲気があった。

「ひとまずお礼を申し上げたい。ありがとうございます」

 渡邉老人に進められ、ノゾムたちは椅子に座った。赤毛の女性が紅茶を出してくれた。

「まだ何も聞いていませんが……。貴方たちが何者で何をしているのか」

 ノゾムのトゲのある言葉にも、渡邉老人は笑みを崩さすに答えた。

「失礼致しました。我々AllStone協会は、アジア中の都市に存在します。上海、香港、ソウル、インドネシア、と。ここはいわゆる東京支部と申しますか、私は相談役をしております」
「相談役?」
「ええ。トップ……とまではいきませんが、こうして我々の願い、世界の平和のためになる方々へのいわば窓口担当でございます。そして彼女は私の部下――ティアナです」

 ティアナ・ヒイラギ……柊ティアナと申します、と、赤毛の女性は頭を下げて席についた。

「それで、あなた方は何をして平和を願っているのですか? そして、それに当社の技術が何になると?」

 ノゾムは、河井から渡された時計の設計図を机の上に出した。黄金の懐中時計のものだとヒカルが予想した設計図。対面に座る渡邉老人は「これを作って欲しい」とだけ言った。

「作る? この設計図通りに?」
「ええ」
「それだけ? この時計は何なのですか?」
「それは申し上げられません」

 笑顔のままツンとはねのける老人を前に、ノゾムと河井は顔を見合わせた。

「この時計は戦争と関係が無い、と?」
「いえいえ、大アリです! これが最後のピースなのですから」

 はぁ、とノゾムはため息をついた。
 この老人は何を言っているのか。何が目的なのか。その気持ちの悪い笑みの仮面を剥がすと、どんな禍々しい顔があるのだろうか。

「時計と平和の関係は秘密、と?」
「申し訳ございません」
「ならば、当社もお力にはなれません。今まであなた方と同じような人たちに会ってきた。しかし、どれも平和を願うと上部だけの思想で、その思想を剥がしてみれば、兵器を造れと金儲けのことばかり」

 きっと、老人たちも同じ考えだ。時計が戦争と何の関係があるのだ。
 時計の設計図を見てから抱いていた小さな「希望」が、とたんにバカらしくなってきた。

「それではこれにて――当社も忙しいもので」

 席を立とうとするノゾムに、老人は笑顔のままそっと呟く。

「竜を見たことはありますか?」
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