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第十二章 決戦
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――カチ。
バルとウタは驚いた。
一瞬のうちに、瓦礫の山の一部分が吹き飛んでいたから? 違う。ついさっきまで瓦礫の隙間から見ていたヒカルが、消えたかと思うとすぐ目の前に立っていたからだ。
「久しぶりだね。バル」
無事で良かった。
驚きのせいで、安堵が徐々にやってきた。やっと会えた。そう思うと、バルの目から自然と涙が溢れていく。少年の心が戻ってきたのだ。塞き止めていた頑丈の扉に閉じ込められていたけれど、鍵は開けられた。
「もしかして、ずっとここにいたの?」
「ううん。いろいろあってまたオルストンに来たんだ」
「俺もだよ……そしてその子は?」
ヒカルはローブを纏ったウタを指差した。
「こいつはウタ。ノリータのアンデッドだよ」
「アンデッド?」
ウタはぎこちなく、そして恥ずかしながらペコリと頭をさげた。
足音――カリンダがやってきた。
「何が起きたの!?」
「旧友との再会……と新しい友達もできたとこ」
「そうじゃなくて……突然居なくなったと思ったら、瓦礫は吹っ飛んでるし、遠くに行っちゃってるし。血も出てるじゃない」
カリンダは服の袖で、ヒカルの頭の血を拭ってやる。「動かないの」「いてっ!」――。
「プッ!」
2人を見ていたバルは思わず吹き出す。ウタも続いてクスクスと笑った。
「何だよ?」
「何よ?」
ヒカルとカリンダは少年たちに目を向ける。
「だって、夫婦みたいに仲良しだから」
笑い涙を拭いながら、バルはニヤニヤと答えた。とたんにカリンダの顔が赤くなる。
「お似合いですよ」
ウタの一言がとどめとなったのか、膨らませていた頬が縮み、威勢もおさまり、ちぢこまってしまった。
赤面のカリンダを見て、ヒカルも少しだけ恥ずかしくなった。
コホン――と咳払いをひとつ。
「茶化すのはそこまで。いい? ここはすごく危険なところなんだ。だから安全なところまで2人で避難しろ」
「君は?」
バルが不安な表情で見つめてくる。そんな顔、反則じゃないか。
「大丈夫。俺は今から黄金竜を止める。討伐するでもなく、保護するのでもなく」
「そんなこと、君ができるわけないじゃない」
今度はカリンダがヒカルの腕を掴んだ。それは私の役目なのよ、と。
「カリンダの覚悟は、賢者から聞いたよ」
「え?」
「信じてくれ。俺なら黄金竜を止められる」
驚きの色が混じったカリンダの黄色い眼差し。「全部聞いたの?」と力なく彼女は言った。
「うん。おかげですっきりした。試練の前にどうして泣いていたのか。カリンダが他の人たちと必要以上に関わりを持たないわけも」
母の二の舞を防ぐため。カリンダは心を閉ざしていたのだ。それは刺々しい鍵穴なのだと、ようやく分かった。
「君に何ができるのよ……」
「何でもできるさ。俺は竜に選ばれたからね」
そうでしょ? と、ヒカルは笑ってみせた。カリンダはもう何も言わなかった。不満と不安の影に隠れてしまったのだ。
「あ!」バルが突然声をあげた。
「どうした? お前らは早く逃げろよ」
「思い出したんだ!」
バルはヒカルの手をぎゅっと引っ張った。
「君の大切なもの! ここにまだあるはず!」
〇
「雲が広がった」
セカイは大きく変わろうとしているのだ。竜の里セイリンにて、老師ネムは空を見上げて呟いた。
その胸に宿す「賢者」は、ヒカルを見送って以来沈黙のまま。賢者は呼ばれても起きない。常に我々が呼ばれる立場なのだ。
だが、ヒカルの呼び掛けには応えた。
今まで多くの贄たちの魂を竜に捧げてきた。怒りを納め、平和を望む意思をもった魂たち。竜は器だ。だが、誰もがセカイを救うことはできなかった。愛する者、愛する国を思う邪心が、セカイを霞めてしまう。カリンダの母がそうしたように。竜信仰の総本山であるセイリンもそのひとつだ。おかげで、鱗の襲来は無くなった。綺麗な青空を仰ぐ日々が続いた。しかし、ネムはその心の底に、にわかに畏れを抱いていた。
「どうなるのですか? このセカイは……」
賢者は応えない。
ネムは再び空を仰いだ。
いびつな雲が広がっていく。オルストンの方角から、きっとその中心には竜がいるのだろう。
竜の里セイリン――永く続いた平穏が足元から崩れていくような、そんな思いがネムの心を蝕んでいった。
◯
西の砦村グラダでの紛争は、いよいよ激しく乱れ始めていた。
オルストンへ向かうべく進行する「保護派軍」と、それを阻止するための「討伐軍」。
保護派軍の方が多勢。討伐派たちは前線から圧され、保護派たちが猛威を奮う。
かつ、後方からの侵略の報せもあった。ブリーゲル隊長率いる保護派たちの援軍だ。
腕なしアンデッド軍曹は、門兵の報せに気付いていた。この劣勢の中、挟み撃ちは避けたい。もはや時間との戦いとなっていた。オルストンに向かったリー隊長が、竜を撃つまでの時間稼ぎ。我々は邪魔者たちを塞き止めるダムなのだ。だからこそ、逆流する邪魔者たちを早めに食い止めるため、少数の兵士たちを送った。しかし、聞こえてきたのは大きな破裂音だけであった。
オニが来た――。目覚めたのだ。
それは逞しくも巨体の兵器だ。6つの魂を込めた器の兵器。鋼のような滑らかな体。顔の無いオニ。
それと小さな体の獣も見えた。燃え盛る炎を身に纏い、10倍もある大きさのオニに、果敢に何度も挑んでいた。
その都度、オニは最小限の素早い動きで払い除ける。
地面に打ち付けられてはまた立ち上がり。幾ら繰り返そうとも、オニの歩みすら止められなかった。
オニは腕なし軍曹の前で立ち止まった。
見上げる軍曹。その体は近くで見ると、光沢をもっていた。叩くとコツンと音がするような。姿だけで圧倒される禍々しさもあった。
討伐派の希望。
ダムは強大な堰せきを手にいれたのだ。
「オニよ……よくぞ目覚めた。さぁ! 思う存分あばれ――」
腕なしアンデッド軍曹が最期に見たのは、オニが拳を振り上げた姿だった。
希望は時に残酷だ。
刹那、振り下ろされたオニの拳は、腕なしアンデッドをこなごなに砕いてしまったのだ。
飛び散る肉片は、日差しを受けて煙となって消える。
6つの魂を宿したオニは、無惨にも軍曹を守っていたローブを踏み、乱れる渦中へと進んでいく。
保護派、討伐派の両軍は、その異様な兵器に戸惑いを隠せなかった。
オニは目覚めた。
再び眠りにつくのは、生けとし生ける者すべてを破壊した後なのだろうか。
バルとウタは驚いた。
一瞬のうちに、瓦礫の山の一部分が吹き飛んでいたから? 違う。ついさっきまで瓦礫の隙間から見ていたヒカルが、消えたかと思うとすぐ目の前に立っていたからだ。
「久しぶりだね。バル」
無事で良かった。
驚きのせいで、安堵が徐々にやってきた。やっと会えた。そう思うと、バルの目から自然と涙が溢れていく。少年の心が戻ってきたのだ。塞き止めていた頑丈の扉に閉じ込められていたけれど、鍵は開けられた。
「もしかして、ずっとここにいたの?」
「ううん。いろいろあってまたオルストンに来たんだ」
「俺もだよ……そしてその子は?」
ヒカルはローブを纏ったウタを指差した。
「こいつはウタ。ノリータのアンデッドだよ」
「アンデッド?」
ウタはぎこちなく、そして恥ずかしながらペコリと頭をさげた。
足音――カリンダがやってきた。
「何が起きたの!?」
「旧友との再会……と新しい友達もできたとこ」
「そうじゃなくて……突然居なくなったと思ったら、瓦礫は吹っ飛んでるし、遠くに行っちゃってるし。血も出てるじゃない」
カリンダは服の袖で、ヒカルの頭の血を拭ってやる。「動かないの」「いてっ!」――。
「プッ!」
2人を見ていたバルは思わず吹き出す。ウタも続いてクスクスと笑った。
「何だよ?」
「何よ?」
ヒカルとカリンダは少年たちに目を向ける。
「だって、夫婦みたいに仲良しだから」
笑い涙を拭いながら、バルはニヤニヤと答えた。とたんにカリンダの顔が赤くなる。
「お似合いですよ」
ウタの一言がとどめとなったのか、膨らませていた頬が縮み、威勢もおさまり、ちぢこまってしまった。
赤面のカリンダを見て、ヒカルも少しだけ恥ずかしくなった。
コホン――と咳払いをひとつ。
「茶化すのはそこまで。いい? ここはすごく危険なところなんだ。だから安全なところまで2人で避難しろ」
「君は?」
バルが不安な表情で見つめてくる。そんな顔、反則じゃないか。
「大丈夫。俺は今から黄金竜を止める。討伐するでもなく、保護するのでもなく」
「そんなこと、君ができるわけないじゃない」
今度はカリンダがヒカルの腕を掴んだ。それは私の役目なのよ、と。
「カリンダの覚悟は、賢者から聞いたよ」
「え?」
「信じてくれ。俺なら黄金竜を止められる」
驚きの色が混じったカリンダの黄色い眼差し。「全部聞いたの?」と力なく彼女は言った。
「うん。おかげですっきりした。試練の前にどうして泣いていたのか。カリンダが他の人たちと必要以上に関わりを持たないわけも」
母の二の舞を防ぐため。カリンダは心を閉ざしていたのだ。それは刺々しい鍵穴なのだと、ようやく分かった。
「君に何ができるのよ……」
「何でもできるさ。俺は竜に選ばれたからね」
そうでしょ? と、ヒカルは笑ってみせた。カリンダはもう何も言わなかった。不満と不安の影に隠れてしまったのだ。
「あ!」バルが突然声をあげた。
「どうした? お前らは早く逃げろよ」
「思い出したんだ!」
バルはヒカルの手をぎゅっと引っ張った。
「君の大切なもの! ここにまだあるはず!」
〇
「雲が広がった」
セカイは大きく変わろうとしているのだ。竜の里セイリンにて、老師ネムは空を見上げて呟いた。
その胸に宿す「賢者」は、ヒカルを見送って以来沈黙のまま。賢者は呼ばれても起きない。常に我々が呼ばれる立場なのだ。
だが、ヒカルの呼び掛けには応えた。
今まで多くの贄たちの魂を竜に捧げてきた。怒りを納め、平和を望む意思をもった魂たち。竜は器だ。だが、誰もがセカイを救うことはできなかった。愛する者、愛する国を思う邪心が、セカイを霞めてしまう。カリンダの母がそうしたように。竜信仰の総本山であるセイリンもそのひとつだ。おかげで、鱗の襲来は無くなった。綺麗な青空を仰ぐ日々が続いた。しかし、ネムはその心の底に、にわかに畏れを抱いていた。
「どうなるのですか? このセカイは……」
賢者は応えない。
ネムは再び空を仰いだ。
いびつな雲が広がっていく。オルストンの方角から、きっとその中心には竜がいるのだろう。
竜の里セイリン――永く続いた平穏が足元から崩れていくような、そんな思いがネムの心を蝕んでいった。
◯
西の砦村グラダでの紛争は、いよいよ激しく乱れ始めていた。
オルストンへ向かうべく進行する「保護派軍」と、それを阻止するための「討伐軍」。
保護派軍の方が多勢。討伐派たちは前線から圧され、保護派たちが猛威を奮う。
かつ、後方からの侵略の報せもあった。ブリーゲル隊長率いる保護派たちの援軍だ。
腕なしアンデッド軍曹は、門兵の報せに気付いていた。この劣勢の中、挟み撃ちは避けたい。もはや時間との戦いとなっていた。オルストンに向かったリー隊長が、竜を撃つまでの時間稼ぎ。我々は邪魔者たちを塞き止めるダムなのだ。だからこそ、逆流する邪魔者たちを早めに食い止めるため、少数の兵士たちを送った。しかし、聞こえてきたのは大きな破裂音だけであった。
オニが来た――。目覚めたのだ。
それは逞しくも巨体の兵器だ。6つの魂を込めた器の兵器。鋼のような滑らかな体。顔の無いオニ。
それと小さな体の獣も見えた。燃え盛る炎を身に纏い、10倍もある大きさのオニに、果敢に何度も挑んでいた。
その都度、オニは最小限の素早い動きで払い除ける。
地面に打ち付けられてはまた立ち上がり。幾ら繰り返そうとも、オニの歩みすら止められなかった。
オニは腕なし軍曹の前で立ち止まった。
見上げる軍曹。その体は近くで見ると、光沢をもっていた。叩くとコツンと音がするような。姿だけで圧倒される禍々しさもあった。
討伐派の希望。
ダムは強大な堰せきを手にいれたのだ。
「オニよ……よくぞ目覚めた。さぁ! 思う存分あばれ――」
腕なしアンデッド軍曹が最期に見たのは、オニが拳を振り上げた姿だった。
希望は時に残酷だ。
刹那、振り下ろされたオニの拳は、腕なしアンデッドをこなごなに砕いてしまったのだ。
飛び散る肉片は、日差しを受けて煙となって消える。
6つの魂を宿したオニは、無惨にも軍曹を守っていたローブを踏み、乱れる渦中へと進んでいく。
保護派、討伐派の両軍は、その異様な兵器に戸惑いを隠せなかった。
オニは目覚めた。
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