黄金竜のいるセカイ

にぎた

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終章 セカイに光あれ

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「ついに始まったか」

 竜保護派の総本山である竜の里セイリンにて、ネムの胸で眠る賢者が呟いた。

 恐れていたこと、いや、むしろ救いかもしれん。

 賢者はセイリンの空を見上げていた。分厚い雲がかかった鉛色の空を。この光景を見るのは二度目であった。だからこそ、これから起きる災厄が分かる。
 セカイは再び光に包まれる。しかし、その光とは別の――希望の光もまた、小さくではあるが、確かに存在するのだ。

 かつて、日本の東京でも見た浄化の光を止める、唯一の希望。

 賢者は「大槻社長」と呟くと、ゆっくり目をとじた。

――あなたが憧れた先代が、今、竜に向かっておられますよ。



カチ――
――カチ。

 竜の側(しかも胎内)では使うべきではないかも知れなかったが、ヒカルは懐中時計の赤色の装飾を押して、白い影の集団からカリンダを引っ張り出した。

 リオンとカリンダの母は足を止め、くるりとヒカルたちの方を見た。

 影たちに飲み込まれたはずが、いつの間にか脱出しているではないか。

「ほぅ……」聞きなれない老人の声。

 ヒカルの持つ黄金の懐中時計は淡く光っていた。まるで、何かに呼応するかのように。

「それをどこで手にいれた?」
「ある人に貰ったんだ」

 白い人影たちは、今は沈黙していた。どうやらリオンたちの指示がないと動けない、操り人形のようだ。

「なるほど。しかし、厄介だな」
「知っているぞ。お前たちもこれを持っているだろ? しかも完成版を」
「だとしたら?」
「それを壊して竜を止める」

 リオンとカリンダの母は、互いに顔を見合わせた。

「たしかに厄介ね」リオンがリオンの声で呟いた。
「ならば、どうしましょう」今度はカリンダの母が、綺麗な女性の声で答えた。

 きっと、彼女自身の声なのだろう。
 老人になったり元の声になったりと、ヒカルの頭は混乱する。それはカリンダも同じ。彼女は母親の姿をじっと睨み付けていた。

「どうした? また時間を止めて時計のところまで行けば良いだろう?」

 老人の声で二人が同時に口を動かす。

「実証済みだ。それでもあんたたちは追い付いてくる」
「利口ね……」リオンが答える。
「ならば、こちらから行かせてもらうわ」

 リオンが右手をあげる――カチ!
 竜の胎内に、その音が不気味に響き渡った。

 ヒカルの持つ黄金の懐中時計が、激しく点滅する。彼も慌てて赤い装飾を押す――カチ。

 時間が止まった。

 その中で動けるのは、ヒカルと目を赤く光らせたリオンだけ。

「竜の浄化はもう始まった。はたして貴方に止められるかしら?」

 向かってくるリオン。その手には黄金の短刀ナイフを持っていた。



 目を赤く光らせたリオン。

 彼女は容赦なく持っていた短刀ナイフを振り下ろしてくる。

 ヒカルはギリギリのところでそれを避けていくしかなかった。ウインやブリーゲル、パッチのような武術はまるっきりなのだ。

「どうしたの? 反撃もしないで」

 それに「この声」もヒカルの頭を混乱させた。初めてこのセカイで出会った少女リオン。さっきまでは老人の不気味な声だったのに、今は彼女自身の少しだけハスキーな声。
 そうなれば、ヒカルはリオンがリオンにしか見えなかった。

 止まった時間の、薄暗い竜の胎内に黄金短刀の残像がキラキラ光る。

 ヒカルは思案していた。
 竜の中にさえ入ってしまえば、あとは簡単だと思っていた。口から長い首の通路を抜け、腹部の広間に出る。それから梯子を昇り、今度は両翼と連結している背中部の通路を抜けた先に中核部メインシステムの部屋があるのだ。

 リオンの攻撃を避けつつ、ヒカルは視界の端で梯子を見つけていた。学校の体育館にあるような短いキャットウォークにまで繋がっていて背中へと続く通路への扉もあった。

 なんとかしてあそこまで。

 ヒカルの目的はリオンを倒すことではない。メインシステムへ行き、竜を止めることなのだ。

「良いことを教えてあげる」

 リオンの攻撃がピタリと止む。それから彼女が不気味な笑みを浮かべて見せた。

「黄色い目をした人たちのこと。きっと他にもたくさん見てきたはずよ。そこの彼女のように」

 リオンは止まっているカリンダを指差した。

「それがどうした?」
「ふふ……彼女たちの役割は何か知ってるかしら?」

 黄色い目をした人たち。
 黄金竜と共鳴ができて、気配を感じ取れる「竜の子」とカリンダたちは言っていた。過去で見た柊ティアナも確か黄色い目をしていたはず。

 ふふふ……、とリオンはまた笑った。

「黄色い目をした人たちはね、造られた人間なのよ」

 造られた? 誰に? 何のために?

「正確には造られた人間の子孫たちなのよ。この体の少女だって」

 リオンは両手をめいいっぱいに広げ、自らの体を見せつけた。

「役割は2つ……。ひとつは竜の襲来を告げる警報器として」

 竜との共鳴――浄化された後のセカイで再び竜が牙を剥いた時に、人々が事前に避難できるためのサイレンなのだ、とリオンは語った。

「もうひとつは?」
「そう、もうひとつ……黄色い目をした人は、私たちの新たな器になるのよ」

 ふふふふ……、と不快な笑み。

 遥か昔、ヒカルも見たノゾムたちが生きる時代で金色こんじきの竜は造られた。付属品も一緒に。それが黄色い目をした人間なのだと、竜が浄化した後のセカイで再来の警笛を鳴らすため、そして、方舟で眠る乗組員クルーたちの新たな肉体――「器」のために。

 ヒカルはリオンを思い出していた。初めて出会った本物のリオンのことを。雲ひとつ無い綺麗な青空に、視界いっぱいの草原で出会った少女。

「最初、会った時は怒られたっけ……」

 突然の独り言に、リオンは怪訝な顔をして見せた。

 どうしてか――ヒカルはえらく自分が客観的に見えたのだ。その原因は1つの疑問からだ。

「あんたがリオンに乗り移ったのなら、元々のリオンの魂は今どこで何をしている?」
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