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第二章 ネクサス・リンク事件
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「被害者は黒木慎吾、四十八歳。ネクサス・リンク代表取締役社長」
山岸は淡々と読み上げる。
田所は資料をめくりながら、ゆっくり椅子に体重を預けた。写真の中の男は、いかにも成功した経営者らしい顔をしている。高級そうなスーツ、無駄に自信のある笑み。だが、その男は今や、会議室の床に倒れたまま動かない。
「死亡推定時刻は十九時半から二十時。死因は頭部打撲による脳挫傷。机の角に強く頭を打ったらしい」
と説明をする山岸に田所が問う。
「争った形跡は?」
それに山岸が答える。
「なし。凶器もなし。だから警察は最初、事故として処理しかけた」
田所は写真の一枚を指で叩いた。
会議室の様子。大きな楕円形の会議机、その脇に倒れた社長。机の配置は、一見して不自然とは言えないが、どこか落ち着かない。
「でも、ここが変だ」
「どこだ?」
と山岸が聞くと
「机が壁から離れすぎてる。人が通るには広すぎるし、座るには遠い」
と答える田所に対し、山岸は鼻で笑った。
「それだけで事件扱いか?」
田所は神妙な顔で
「“それだけ”って言えるほど、現場は単純じゃない」
と答える。
夏野が資料をめくる。
「関係者は六人ですね。全員、当日社内にいた」
田所は一人ずつ、名前を読み上げた。
副社長・三浦陽介。創業メンバーで、社長とは犬猿の仲。
経理部長・城戸美沙。粉飾決算の疑惑。
営業部長・早乙女良太。社長の独裁に不満。
人事責任者・神崎悟。パワハラ被害者。
秘書・小宮山由紀。不倫関係の噂。
システム管理・甲斐恒一。社内の裏側を知り尽くす男。
「……全員、動機ありすぎだろ」
田所は呆れたように言った。
「これ、殺意の展示会か何かか?」
山岸は肩をすくめて言う。
「社長ってのは、嫌われる仕事だ」
「嫌われるのと、殺されるのは別だ」
そう言いながら田所は別の写真を見る。
会議室の入り口付近、防犯カメラの位置図。
「カメラの死角が多いな」
「会議室の中はほぼ映らない。プライバシー配慮だとさ」
「都合のいい配慮だな」
夏野が問う。
「つまり、犯行現場は“完全な密室”に近いという事ですか?」
「いや、密室じゃない。むしろ“誰でも入れる”」
と答えた田所は指を立てる。
「密室はトリックが必要だが、誰でも入れる場所は“動機の方が重要”になる」
「……全員が怪しいという事ですか?」
「違う。全員が“怪しくなるように設計されてる”」
山岸は眉をひそめて疑問を声に出す。
「設計?」
「この事件、最初から“事故に見せる前提”で作られてる。だから証拠が少なすぎる」
田所は写真の社長の死体を見つめながら言った。
「事故ってのはな、偶然の積み重ねだ。でもこの現場は、偶然が綺麗すぎる」
・凶器がない
・争いの痕跡がない
・カメラに映らない
・全員にアリバイ
・死因が“転倒事故に見える”
「これは偶然じゃない。“偶然っぽく並べられた必然”だ」
夏野が小さく頷き口を開く。
「誰かが“殺しを事故に変換した”…?」
「そう。問題は、誰が、どこまでやったかだ」
と田所が答えたのを聞いて、山岸は腕を組んだ。
「正直に言え。犯人、もう目星ついてるか?」
田所は少し考えてから答えた。
「まだだ。でも一つだけ確かなことがある」
「何だ?」
「この事件、犯人以外にも“余計なことをした人間”がいる」
山岸が目を細める。
「……どういう意味だ?」
田所は机の写真を見つめながら、静かに言った。
「現場が“綺麗すぎる”。綺麗すぎる現場ってのは、大抵“複数の手”が入ってる」
窓の外で、雨が少し強くなった。
新宿の街は相変わらず騒がしいが、この部屋の中だけ、妙に静かだった。
「この事件、単純じゃない」
田所はそう言って、資料を閉じた。
「たぶん、犯人一人だけじゃ、この綺麗さは作れない」
山岸は淡々と読み上げる。
田所は資料をめくりながら、ゆっくり椅子に体重を預けた。写真の中の男は、いかにも成功した経営者らしい顔をしている。高級そうなスーツ、無駄に自信のある笑み。だが、その男は今や、会議室の床に倒れたまま動かない。
「死亡推定時刻は十九時半から二十時。死因は頭部打撲による脳挫傷。机の角に強く頭を打ったらしい」
と説明をする山岸に田所が問う。
「争った形跡は?」
それに山岸が答える。
「なし。凶器もなし。だから警察は最初、事故として処理しかけた」
田所は写真の一枚を指で叩いた。
会議室の様子。大きな楕円形の会議机、その脇に倒れた社長。机の配置は、一見して不自然とは言えないが、どこか落ち着かない。
「でも、ここが変だ」
「どこだ?」
と山岸が聞くと
「机が壁から離れすぎてる。人が通るには広すぎるし、座るには遠い」
と答える田所に対し、山岸は鼻で笑った。
「それだけで事件扱いか?」
田所は神妙な顔で
「“それだけ”って言えるほど、現場は単純じゃない」
と答える。
夏野が資料をめくる。
「関係者は六人ですね。全員、当日社内にいた」
田所は一人ずつ、名前を読み上げた。
副社長・三浦陽介。創業メンバーで、社長とは犬猿の仲。
経理部長・城戸美沙。粉飾決算の疑惑。
営業部長・早乙女良太。社長の独裁に不満。
人事責任者・神崎悟。パワハラ被害者。
秘書・小宮山由紀。不倫関係の噂。
システム管理・甲斐恒一。社内の裏側を知り尽くす男。
「……全員、動機ありすぎだろ」
田所は呆れたように言った。
「これ、殺意の展示会か何かか?」
山岸は肩をすくめて言う。
「社長ってのは、嫌われる仕事だ」
「嫌われるのと、殺されるのは別だ」
そう言いながら田所は別の写真を見る。
会議室の入り口付近、防犯カメラの位置図。
「カメラの死角が多いな」
「会議室の中はほぼ映らない。プライバシー配慮だとさ」
「都合のいい配慮だな」
夏野が問う。
「つまり、犯行現場は“完全な密室”に近いという事ですか?」
「いや、密室じゃない。むしろ“誰でも入れる”」
と答えた田所は指を立てる。
「密室はトリックが必要だが、誰でも入れる場所は“動機の方が重要”になる」
「……全員が怪しいという事ですか?」
「違う。全員が“怪しくなるように設計されてる”」
山岸は眉をひそめて疑問を声に出す。
「設計?」
「この事件、最初から“事故に見せる前提”で作られてる。だから証拠が少なすぎる」
田所は写真の社長の死体を見つめながら言った。
「事故ってのはな、偶然の積み重ねだ。でもこの現場は、偶然が綺麗すぎる」
・凶器がない
・争いの痕跡がない
・カメラに映らない
・全員にアリバイ
・死因が“転倒事故に見える”
「これは偶然じゃない。“偶然っぽく並べられた必然”だ」
夏野が小さく頷き口を開く。
「誰かが“殺しを事故に変換した”…?」
「そう。問題は、誰が、どこまでやったかだ」
と田所が答えたのを聞いて、山岸は腕を組んだ。
「正直に言え。犯人、もう目星ついてるか?」
田所は少し考えてから答えた。
「まだだ。でも一つだけ確かなことがある」
「何だ?」
「この事件、犯人以外にも“余計なことをした人間”がいる」
山岸が目を細める。
「……どういう意味だ?」
田所は机の写真を見つめながら、静かに言った。
「現場が“綺麗すぎる”。綺麗すぎる現場ってのは、大抵“複数の手”が入ってる」
窓の外で、雨が少し強くなった。
新宿の街は相変わらず騒がしいが、この部屋の中だけ、妙に静かだった。
「この事件、単純じゃない」
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「たぶん、犯人一人だけじゃ、この綺麗さは作れない」
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