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第4話 金髪団長は洗濯で服を全滅させる
「マチルダさん! 聞いたッスよ!」
重い木製の扉が乱暴に開け放たれ、元気な声が玄関ホールに響き渡った。
ドタドタという遠慮のない足音が、私がこれから片付けようと思っていた靴の山を容赦なく蹴散らしていく。
「俺たちの新しい寮母が決まったって本当ッスか!? かすみさんって誰ですか!?」
声の主が、談話室の入り口でピタリと足を止めた。
埃っぽく、薄暗い魔境のような寮の玄関に、ふわりと陽だまりのような明るい空気が流れ込んできた気がした。
そこに立っていたのは、まぶしいほどの金髪を揺らす、背の高い青年だった。
年齢は二十代の後半くらいだろうか。
透き通るような青い瞳に、彫刻のように整った顔立ち。
童話の絵本からそのまま抜け出してきたような、非の打ち所がない『王子様』という表現がぴったりの美青年だ。
彼は、立派な銀色の鎧を身に纏っていた。
その鎧は、この汚い寮の有様が嘘のようにピカピカに磨き上げられ、腰に下げた長剣の柄には、指紋一つ、泥一つついていない。
「あ……」
圧倒的な存在感と美しさに、私は思わず言葉を失った。
青年は、きょとんとした顔で私を見下ろした。
そして、パァァッと顔を輝かせ、大きな犬が尻尾をちぎれんばかりに振るような勢いで私に近づいてきた。
「あなたが、かすみさんですね!」
「あ、はい。今日からこちらの寮母として……」
「俺、第七分隊の部隊長をしてる、ルーカス・ヴァレンタインです! かすみさん、これからよろしくお願いしますね!」
ルーカスと名乗った青年は、私の両手をがっしりと握りしめ、ぶんぶんと上下に振った。
手が大きくて、温かい。
剣を握り続けてきたのだろう、その手のひらには硬いタコがいくつもあったけれど、私に向ける笑顔は屈託のない子どもように純粋だった。
――この人が、部隊長。
王国最強のエリート集団のトップ。
確かに、この完璧な容姿と、一点の曇りもない武具の手入れを見れば、彼がどれほど有能な騎士であるかは想像がつく。
マチルダさんは「生活能力が壊滅的」と言っていたけれど、この青年に限ってはそんなことないのでは?
きちんと挨拶もできるし、身だしなみだって(少なくとも鎧は)完璧だ。
「ちょうど今、魔物討伐の遠征から帰ってきたところなんです! いやあ、泥だらけになっちゃって。……あれ? かすみさん、どうかしましたか?」
「……いえ。なんでもありません」
私は曖昧に微笑んだ。
彼のような眩しいエリート騎士が、私のような地味な三十五歳の女を「寮母」としてすんなり受け入れてくれたことに、少し戸惑っていたのだ。
前世の夫である健一は、私より稼ぎが良く、役職が上であるというだけで、私を常に見下していた。
『俺は外で戦ってるんだ。家で寝てるだけの専業主婦は、黙って言うことを聞け』
そんな風に言われ続けてきたから、外で戦う立派な男性から、こんなに真っすぐな敬意と歓迎の目を向けられることに慣れていなかった。
「とりあえず、俺、この重い鎧を脱いできますね! あと、遠征前に洗濯しておいた制服を取り込まないと!」
ルーカスさんは爽やかな笑顔を残し、長い脚で階段を二段飛ばしで駆け上がっていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
よかった。
なんだか少しホッとした。
靴の山や生乾きの洗濯物はあるけれど、あんなに礼儀正しくて明るい人が隊長なら、話し合いで少しずつ生活環境を改善していけそうだ。
私がそう安堵し、散乱したブーツの左右を揃え始めた、その時だった。
「うわああああああああっ!?」
二階から、悲鳴ともつかない絶叫が響き渡った。
「えっ!?」
心臓が跳ね上がった。
敵の襲撃? それとも寮の中に魔物が入り込んでいたのだろうか。
私は手に持っていた革靴を放り出し、エプロンの裾を握りしめて慌てて階段を駆け上がった。
「ルーカスさん! どうしました、大丈夫ですか!?」
声のした部屋のドアを勢いよく開ける。
そこには、魔物も刺客もいなかった。
ただ、鎧を脱いで薄着になったルーカスさんが、部屋の真ん中で絶望的な表情を浮かべて立ち尽くしていた。
「か、かすみさん……」
彼は、震える手で『何か』を掲げていた。
それは、本来なら彼のような大柄な青年が着るはずの、王国騎士団の立派な紺色の制服――のはずだった。
「俺の服が……」
ルーカスさんが半泣きで掲げているその服は。
どう見ても、五歳児が着るようなサイズにまで、ギュウギュウに縮み上がっていた。
「……えっと。それは?」
私は目を瞬かせた。
何か新しい魔法の実験でもしたのだろうか。
「遠征に行く前、ちゃんと洗っておいたんです! なのに、乾いたらこんな……こんなことに!」
「洗った、って……どうやって洗ったんですか?」
嫌な予感がして、私は恐る恐る尋ねた。
ルーカスさんは、真剣そのものの顔で答えた。
「遠征中、ずっと着ていく大事な制服ですからね! 絶対に汚れや菌を残したくなくて、一番大きな鍋にお湯を沸かして、全部の服を入れて、ぐらぐらに煮込んだんです!!」
「煮込んだ」
「はい! 鎧の関節部分の油汚れを落とす時も、熱湯で煮るのが一番きれいになるので! 布も同じだと思って、たっぷり一時間!」
私は、言葉を失った。
騎士団の制服のような、おそらく羊毛などの動物性繊維が多く含まれている上質な布地を。
ぐらぐらに煮え立った熱湯で。
一時間も煮込んだ。
「……ルーカスさん」
「はいっ」
「布は、金属じゃないんです。特に冬物の温かい素材は、熱湯に入れると繊維が絡み合って、フェルトみたいにガチガチに縮んでしまうんですよ」
「えっ……!」
ルーカスさんは、雷に打たれたような顔をした。
信じられないものを見るように、自分の手の中の『元・制服』を見つめている。
「じゃ、じゃあ、廊下に干してあった他の服は……」
「ああ。あの生乾きの……いえ、引っ掛けてあった布ですね」
私は、一階の廊下に惨めにぶら下がっていた布の群れを思い出した。
「あれも、ルーカスさんが?」
「はい……。煮込むのは面倒だったので、あれは井戸水でさっと濡らして、そのままあそこに……。でも、なんかすごく変な匂いがするようになって……」
私は頭痛を堪えるように、こめかみを押さえた。
日当たりの悪い石造りの廊下で、脱水もせずに濡れた分厚い布を何日も放置すれば、雑菌が繁殖して悪臭を放つのは当たり前だ。
剣の腕は超一流。
鎧の手入れは異様に完璧。
なのに、布製品の扱いに関する知識は、ゼロどころかマイナスだったのだ。
「どうしよう……。明日、王宮で定例会議があるのに、着ていく服がない……俺、またマチルダさんに怒られる……」
ルーカスさんは、大きな体を丸め、みるみるうちに落ち込んでいった。
ピンと立っていたはずの犬の耳が、ぺたんと垂れ下がってしまったように見える。
その姿を見て、私はふと、前世の記憶をフラッシュバックさせた。
もし健一だったら、どうしていただろう。
『おい! このシャツ、袖口が少し縮んでるじゃないか!』
『お前、アイロンの温度も調整できないのかよ! 本当に使えない女だな!』
『俺の稼いだ金で買った服を台無しにして……誰のおかげで生活できてると思ってるんだ!』
健一は、絶対に自分の非を認めなかった。
家事の知識がないことを恥じるどころか、「それは女の仕事だ」と見下し、少しでも自分の思い通りにならないと、すべて私のせいにして怒鳴り散らした。
――けれど、目の前の王国最強の騎士は。
「俺、剣を振ることしかしてこなかったから……服の洗い方なんて、誰も教えてくれなかったんです……」
彼は、他人に責任を押し付けることはしなかった。
自分の無知を素直に受け入れ、私が指摘した「家事の知識」を、バカにすることなく真剣に聞いてくれた。
「かすみさんって、すごいですね。布がどうして縮むのか、どうして匂いがするのか、全部知ってるなんて。……俺には、魔法より難しく聞こえます」
尊敬の眼差し。
たかが洗濯の知識。主婦なら誰でも知っているような、当たり前のこと。
それを、こんなにも真っすぐに称賛されたのは、三十五年間の人生で初めてだった。
私の胸の奥で、冷え固まっていた何かが、ふわりと溶けていくような気がした。
「……貸してください」
気がつけば、私は彼の手から、小さく縮んだ制服を受け取っていた。
「え?」
「全部を元通りにするのは難しいかもしれませんが……少しだけなら、繊維を伸ばせるかもしれません」
「本当ですか!?」
「絶対に、とは言えませんよ。でも、薬草や……この世界にあるか分かりませんが、髪を洗う時の柔軟剤のようなものを使って、ぬるま湯でゆっくりほぐせば、あるいは」
私がそこまで言いかけた時だった。
バッ! と、私の両手が大きな手で包み込まれた。
「かすみさん!!」
顔を上げると、至近距離にルーカスさんの顔があった。
透き通るような青い瞳が、期待と、すがるような光を帯びて私を見つめている。
雨の日に拾われた子犬そっくりの、絶対に捨てられないと確信している無防備な顔だった。
「かすみさん、これ……元に戻せますか?」
その甘えるような声と、大型犬のような人懐っこさに、私は思わず毒気を抜かれて、ふっと笑ってしまった。
「……はいはい」
口癖が漏れる。
でも、前世で「もうどうしようもない」と諦めて吐き出していた重いため息とは、少し違った。
「しょうがないですね。お湯を沸かしてきますから、少し待っていてください」
私がそう言うと、ルーカスさんはパァッと花が咲いたような笑顔になり、「はいっ! 俺、薪割ってきます!」と勢いよく部屋を飛び出していった。
その騒がしい足音を聞きながら、私は縮んだ制服を胸に抱いた。
少しだけ、家事の知識があってよかったと思えた。
私がこの異世界で誰かの役に立てる第一歩は、どうやら、この金髪の団長のお世話から始まるらしい。
(続く)
重い木製の扉が乱暴に開け放たれ、元気な声が玄関ホールに響き渡った。
ドタドタという遠慮のない足音が、私がこれから片付けようと思っていた靴の山を容赦なく蹴散らしていく。
「俺たちの新しい寮母が決まったって本当ッスか!? かすみさんって誰ですか!?」
声の主が、談話室の入り口でピタリと足を止めた。
埃っぽく、薄暗い魔境のような寮の玄関に、ふわりと陽だまりのような明るい空気が流れ込んできた気がした。
そこに立っていたのは、まぶしいほどの金髪を揺らす、背の高い青年だった。
年齢は二十代の後半くらいだろうか。
透き通るような青い瞳に、彫刻のように整った顔立ち。
童話の絵本からそのまま抜け出してきたような、非の打ち所がない『王子様』という表現がぴったりの美青年だ。
彼は、立派な銀色の鎧を身に纏っていた。
その鎧は、この汚い寮の有様が嘘のようにピカピカに磨き上げられ、腰に下げた長剣の柄には、指紋一つ、泥一つついていない。
「あ……」
圧倒的な存在感と美しさに、私は思わず言葉を失った。
青年は、きょとんとした顔で私を見下ろした。
そして、パァァッと顔を輝かせ、大きな犬が尻尾をちぎれんばかりに振るような勢いで私に近づいてきた。
「あなたが、かすみさんですね!」
「あ、はい。今日からこちらの寮母として……」
「俺、第七分隊の部隊長をしてる、ルーカス・ヴァレンタインです! かすみさん、これからよろしくお願いしますね!」
ルーカスと名乗った青年は、私の両手をがっしりと握りしめ、ぶんぶんと上下に振った。
手が大きくて、温かい。
剣を握り続けてきたのだろう、その手のひらには硬いタコがいくつもあったけれど、私に向ける笑顔は屈託のない子どもように純粋だった。
――この人が、部隊長。
王国最強のエリート集団のトップ。
確かに、この完璧な容姿と、一点の曇りもない武具の手入れを見れば、彼がどれほど有能な騎士であるかは想像がつく。
マチルダさんは「生活能力が壊滅的」と言っていたけれど、この青年に限ってはそんなことないのでは?
きちんと挨拶もできるし、身だしなみだって(少なくとも鎧は)完璧だ。
「ちょうど今、魔物討伐の遠征から帰ってきたところなんです! いやあ、泥だらけになっちゃって。……あれ? かすみさん、どうかしましたか?」
「……いえ。なんでもありません」
私は曖昧に微笑んだ。
彼のような眩しいエリート騎士が、私のような地味な三十五歳の女を「寮母」としてすんなり受け入れてくれたことに、少し戸惑っていたのだ。
前世の夫である健一は、私より稼ぎが良く、役職が上であるというだけで、私を常に見下していた。
『俺は外で戦ってるんだ。家で寝てるだけの専業主婦は、黙って言うことを聞け』
そんな風に言われ続けてきたから、外で戦う立派な男性から、こんなに真っすぐな敬意と歓迎の目を向けられることに慣れていなかった。
「とりあえず、俺、この重い鎧を脱いできますね! あと、遠征前に洗濯しておいた制服を取り込まないと!」
ルーカスさんは爽やかな笑顔を残し、長い脚で階段を二段飛ばしで駆け上がっていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
よかった。
なんだか少しホッとした。
靴の山や生乾きの洗濯物はあるけれど、あんなに礼儀正しくて明るい人が隊長なら、話し合いで少しずつ生活環境を改善していけそうだ。
私がそう安堵し、散乱したブーツの左右を揃え始めた、その時だった。
「うわああああああああっ!?」
二階から、悲鳴ともつかない絶叫が響き渡った。
「えっ!?」
心臓が跳ね上がった。
敵の襲撃? それとも寮の中に魔物が入り込んでいたのだろうか。
私は手に持っていた革靴を放り出し、エプロンの裾を握りしめて慌てて階段を駆け上がった。
「ルーカスさん! どうしました、大丈夫ですか!?」
声のした部屋のドアを勢いよく開ける。
そこには、魔物も刺客もいなかった。
ただ、鎧を脱いで薄着になったルーカスさんが、部屋の真ん中で絶望的な表情を浮かべて立ち尽くしていた。
「か、かすみさん……」
彼は、震える手で『何か』を掲げていた。
それは、本来なら彼のような大柄な青年が着るはずの、王国騎士団の立派な紺色の制服――のはずだった。
「俺の服が……」
ルーカスさんが半泣きで掲げているその服は。
どう見ても、五歳児が着るようなサイズにまで、ギュウギュウに縮み上がっていた。
「……えっと。それは?」
私は目を瞬かせた。
何か新しい魔法の実験でもしたのだろうか。
「遠征に行く前、ちゃんと洗っておいたんです! なのに、乾いたらこんな……こんなことに!」
「洗った、って……どうやって洗ったんですか?」
嫌な予感がして、私は恐る恐る尋ねた。
ルーカスさんは、真剣そのものの顔で答えた。
「遠征中、ずっと着ていく大事な制服ですからね! 絶対に汚れや菌を残したくなくて、一番大きな鍋にお湯を沸かして、全部の服を入れて、ぐらぐらに煮込んだんです!!」
「煮込んだ」
「はい! 鎧の関節部分の油汚れを落とす時も、熱湯で煮るのが一番きれいになるので! 布も同じだと思って、たっぷり一時間!」
私は、言葉を失った。
騎士団の制服のような、おそらく羊毛などの動物性繊維が多く含まれている上質な布地を。
ぐらぐらに煮え立った熱湯で。
一時間も煮込んだ。
「……ルーカスさん」
「はいっ」
「布は、金属じゃないんです。特に冬物の温かい素材は、熱湯に入れると繊維が絡み合って、フェルトみたいにガチガチに縮んでしまうんですよ」
「えっ……!」
ルーカスさんは、雷に打たれたような顔をした。
信じられないものを見るように、自分の手の中の『元・制服』を見つめている。
「じゃ、じゃあ、廊下に干してあった他の服は……」
「ああ。あの生乾きの……いえ、引っ掛けてあった布ですね」
私は、一階の廊下に惨めにぶら下がっていた布の群れを思い出した。
「あれも、ルーカスさんが?」
「はい……。煮込むのは面倒だったので、あれは井戸水でさっと濡らして、そのままあそこに……。でも、なんかすごく変な匂いがするようになって……」
私は頭痛を堪えるように、こめかみを押さえた。
日当たりの悪い石造りの廊下で、脱水もせずに濡れた分厚い布を何日も放置すれば、雑菌が繁殖して悪臭を放つのは当たり前だ。
剣の腕は超一流。
鎧の手入れは異様に完璧。
なのに、布製品の扱いに関する知識は、ゼロどころかマイナスだったのだ。
「どうしよう……。明日、王宮で定例会議があるのに、着ていく服がない……俺、またマチルダさんに怒られる……」
ルーカスさんは、大きな体を丸め、みるみるうちに落ち込んでいった。
ピンと立っていたはずの犬の耳が、ぺたんと垂れ下がってしまったように見える。
その姿を見て、私はふと、前世の記憶をフラッシュバックさせた。
もし健一だったら、どうしていただろう。
『おい! このシャツ、袖口が少し縮んでるじゃないか!』
『お前、アイロンの温度も調整できないのかよ! 本当に使えない女だな!』
『俺の稼いだ金で買った服を台無しにして……誰のおかげで生活できてると思ってるんだ!』
健一は、絶対に自分の非を認めなかった。
家事の知識がないことを恥じるどころか、「それは女の仕事だ」と見下し、少しでも自分の思い通りにならないと、すべて私のせいにして怒鳴り散らした。
――けれど、目の前の王国最強の騎士は。
「俺、剣を振ることしかしてこなかったから……服の洗い方なんて、誰も教えてくれなかったんです……」
彼は、他人に責任を押し付けることはしなかった。
自分の無知を素直に受け入れ、私が指摘した「家事の知識」を、バカにすることなく真剣に聞いてくれた。
「かすみさんって、すごいですね。布がどうして縮むのか、どうして匂いがするのか、全部知ってるなんて。……俺には、魔法より難しく聞こえます」
尊敬の眼差し。
たかが洗濯の知識。主婦なら誰でも知っているような、当たり前のこと。
それを、こんなにも真っすぐに称賛されたのは、三十五年間の人生で初めてだった。
私の胸の奥で、冷え固まっていた何かが、ふわりと溶けていくような気がした。
「……貸してください」
気がつけば、私は彼の手から、小さく縮んだ制服を受け取っていた。
「え?」
「全部を元通りにするのは難しいかもしれませんが……少しだけなら、繊維を伸ばせるかもしれません」
「本当ですか!?」
「絶対に、とは言えませんよ。でも、薬草や……この世界にあるか分かりませんが、髪を洗う時の柔軟剤のようなものを使って、ぬるま湯でゆっくりほぐせば、あるいは」
私がそこまで言いかけた時だった。
バッ! と、私の両手が大きな手で包み込まれた。
「かすみさん!!」
顔を上げると、至近距離にルーカスさんの顔があった。
透き通るような青い瞳が、期待と、すがるような光を帯びて私を見つめている。
雨の日に拾われた子犬そっくりの、絶対に捨てられないと確信している無防備な顔だった。
「かすみさん、これ……元に戻せますか?」
その甘えるような声と、大型犬のような人懐っこさに、私は思わず毒気を抜かれて、ふっと笑ってしまった。
「……はいはい」
口癖が漏れる。
でも、前世で「もうどうしようもない」と諦めて吐き出していた重いため息とは、少し違った。
「しょうがないですね。お湯を沸かしてきますから、少し待っていてください」
私がそう言うと、ルーカスさんはパァッと花が咲いたような笑顔になり、「はいっ! 俺、薪割ってきます!」と勢いよく部屋を飛び出していった。
その騒がしい足音を聞きながら、私は縮んだ制服を胸に抱いた。
少しだけ、家事の知識があってよかったと思えた。
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(続く)
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