夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした

他力本願寺

文字の大きさ
9 / 15

第9話 はじめての朝食で、王国最強の騎士たちが静かになりました

翌朝。
私は、窓から差し込む小鳥のさえずりと薄明かりで目を覚ました。

「ん……よく寝た……」

マチルダさんが用意してくれた一階の私室のベッドは、思いのほかふかふかだった。
前世の家では、夫の健一が少しでも寝返りを打つと舌打ちをされるため、いつもベッドの端で体を縮めて寝ていた。だから、大の字になって朝までぐっすりと眠れたのは、本当に久しぶりのことだった。

身支度を整え、そっと部屋のドアを開ける。
昨夜、廊下に座り込んでいたジンさんの姿はもうなかったけれど、私が貸した予備の毛布が、綺麗に畳まれてドアの横に置かれていた。

「ふふっ。ちゃんと寝られたのかな」

私は毛布を抱え上げ、厨房へと向かった。
昨日の惨状を見て、この寮の最大の問題は「食生活」にあると痛感したからだ。

熱湯で服を縮ませる団長、お湯を沸かすだけで台所を燃やす副団長、ゴミ屋敷で魔法を暴発させる魔導師、お菓子しか食べずに倒れる回復術師、そして不眠症の諜報員。
彼らの生活の基盤は、完全に崩壊している。

栄養状態の悪化は、体力や魔力の低下に直結する。
まずは、温かくてまともな朝ご飯を食べさせることから始めなければ。

昨日のうちに少しだけ整理しておいた戸棚を開け、食材を確認する。
ここにあるのは、見慣れた日本の食材ではない。けれど、マチルダさんから渡された資料と主婦の勘を頼りにすれば、なんとかなりそうだった。

主食になりそうなのは、お米と麦の中間のような丸い穀物『月麦つきむぎ』。
少し硬そうだけれど、たっぷりのお湯で時間をかけて炊き上げれば、ふっくらとしたお米のように食べられるはずだ。

「あとは、お味噌汁の代わりになるようなものは……」

保存庫の奥で、小さな樽を見つけた。
蓋を開けると、ふわりと芳醇な発酵の香りが漂ってくる。
ルグ豆味噌るぐまめみそ』と呼ばれるその調味料は、日本の赤味噌にとてもよく似た匂いとコクを持っていた。

「よし、これでお汁を作ろう」

私は腕まくりをして、エプロンの紐をきゅっと結び直した。

魔力炉の火を適切に調整し(セオドアさんのように最大火力にはしない)、鍋でお湯を沸かす。
じゃがいものような『土芋つちいも』と、玉ねぎに似た甘みの強い『甘珠葱あまたまねぎ』を一口大に切り、鍋に投入する。
トントン、トントンという小気味良い包丁の音が、静かな厨房に響き渡る。

野菜が柔らかく煮えたところで、ルグ豆味噌を溶かし入れる。
じゅわぁっ、と香ばしくてホッとするような香りが、白い湯気と共に厨房いっぱいに広がった。

「いい匂い……」

次に、濃厚な黄身が特徴の『火鶏卵ひどりらん』をボウルに割り入れる。
醤油の代わりになりそうな『黒穀くろこくだれ』を少しと、昨日ノエルくんのパン粥で使った甘いシロップを隠し味に加え、よく混ぜ合わせる。
熱したフライパンに油を敷き、卵液を流し込む。
ジューッという軽快な音と共に、卵の端がふつふつと膨らむ。それを菜箸で手早く巻き込み、美しい黄金色の厚焼き卵を完成させた。

炊き立ての月麦から上がる甘い湯気。
出汁と味噌の香りがふわりと立つ温かいお汁。
彩り豊かな卵焼き。

「うん。上出来ですね」

私がそう言って額の汗を拭った、その時だった。

「……かすみさん。それ、なんですか……っ!?」

バンッ!と勢いよく食堂の扉が開いた。
そこに立っていたのは、寝癖で金髪を爆発させたルーカスさんだった。
彼は目を真ん丸に見開き、犬がご馳走を前にした時のように鼻をひくひくとさせている。

「おはようございます、ルーカスさん。朝ご飯ですよ」

「あ、朝ご飯……? 俺たちの寮で、朝からこんなに良い匂いがするなんて……」

ルーカスさんがフラフラとテーブルに近づいてきたのを皮切りに、二階からぞろぞろと足音が聞こえてきた。

「おい、下の階からなんか変な匂いがすんぞ……」
不機嫌そうに目を擦りながら降りてきたのはカイルくん。

「……良い匂い。お腹すいたぁ……」
昨日の貧血が嘘のように、ふらりと現れたノエルくん。

「……驚いたな。この時間に起きてくるなど、我が分隊の歴史において異例中の異例だ」
銀縁眼鏡の位置を直しつつ、冷静を装いながらも視線はテーブルに釘付けになっているセオドアさん。

そして、いつの間にか食堂の隅の影からスッと姿を現したジンさん。

全員、寝巻きのままで、信じられないものを見るような顔をして食堂に集まってきた。

「皆さん、おはようございます。さあ、冷めないうちに座ってください」

私が五人分の配膳を終えると、彼らは恐る恐るテーブルを囲んだ。

「かすみさん。この、茶色い液体は一体……?」
ルーカスさんが、ルグ豆味噌のお汁を指差して尋ねる。

「ルグ豆味噌を使ったスープです。お野菜もたっぷり入っていますから、体が温まりますよ」

「……味噌、だと? あれは保存用の調味料だ。そのまま食すには塩分濃度が高すぎるし、お湯に溶かすなどという発想は、戦術的にも常識外れだ」

セオドアさんが眉間を寄せて分析を始める。
彼らは普段、カチカチの硬いパンと乾燥肉、あるいは甘いだけのお菓子しか食べていないらしい。
温かくて、複数の食材が組み合わさった『料理』というものに、明らかな警戒心を抱いていた。

『なんだよこれ、味が薄いな。お前の飯はいつも一味足りないんだよ』
ふいに、健一が私の作った味噌汁を一口飲んで吐き捨てた記憶が蘇る。

あの時は、悲しくて言い返せなかった。
でも、今は違う。

「いいから、騙されたと思って一口飲んでみてください。ほら、冷めちゃいますよ」

私がふわりと微笑んで促すと、五人は顔を見合わせ、やがて覚悟を決めたように木のスプーンを手に取った。

ごくり。

誰かが喉を鳴らす音がした。
そして、彼らは一斉に、ルグ豆味噌のお汁を一口、口に含んだ。

「…………っ!?」

ピタリと、全員の動きが止まった。
食堂の中に、痛いほどの静寂が落ちる。

「……あ、あの。お口に合いませんでしたか?」

私が不安になって尋ねた次の瞬間。

「うっっま……!!!」

最初に叫んだのは、カイルくんだった。
彼は目を見開き、スプーンを放り出して、両手でお椀を掴むと、ゴクゴクと音を立ててスープを飲み始めた。

「な、なんだこれ!? しょっぱいだけじゃない、すっげぇ深い味がする! 芋もとろとろで美味ぇ!!」

「えっ? ほんとだ……! かすみさん、これ凄いです! 喉を通った瞬間、体の中がカーッて熱くなって、力が湧いてくるみたいです!」

ルーカスさんも目を輝かせ、犬の尻尾が見えそうなくらい喜んでいる。

「甘くて、ふわふわ……。お姉ちゃん、この黄色いの、お菓子みたいに美味しい……」
ノエルくんは、甘めに味付けした厚焼き卵を口いっぱいに頬張り、幸せそうに目を細めている。

「……信じられない」

セオドアさんは、お椀を持ったまま固まっていた。

「複数の食材の風味が、互いを殺すことなく、見事な調和を見せている。塩分と糖分の比率も完璧だ。……食事とは、ただ栄養を摂取するだけの単純な作業ではなかったのか……?」

彼は理屈っぽく呟きながらも、その手は止まることなく次々と料理を口に運んでいる。

そして、ジンさんは。
一言も発することなく、ただ黙々と、信じられないほどの猛スピードで月麦のどんぶりを平らげていた。
その灰色の瞳の奥に、確かな熱と安堵の光が宿っているのが分かった。

「ふふっ。おかわり、たくさんありますからね」

私がそう言うと、五人は無言のまま、ものすごい勢いで食事にがっつき始めた。

カチャカチャと食器の触れ合う音。
「おかわり!」「俺の肉を取るな!」「うるせぇ、早い者勝ちだ!」という騒がしい声。

その光景を見つめながら、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

私が十二年間、毎日当たり前のようにやってきたこと。
『誰でもできる』と見下され、価値がないと否定されてきたこと。
それが今、この異世界で、王国最強の騎士たちを笑顔にし、彼らの体を満たしている。

彼らは、私が作った料理を無視しない。
ため息をつかない。
美味しいと、全身で伝えてくれる。

「……作ってよかった」

小さく呟いた私の声は、賑やかな食卓の音にかき消された。

あっという間に、五人分の食事は鍋の底まで綺麗に空っぽになった。

「はぁ~……食った。もう動けねぇ……」
カイルくんが満腹のお腹をさすりながら、椅子に深く寄りかかる。

「素晴らしい成果だ。これだけの栄養と熱量を朝から摂取できれば、午前の演習のパフォーマンスは劇的に向上するだろう」
セオドアさんが、満足そうに眼鏡を押し上げる。

「お姉ちゃんのご飯、毎日食べたい……」
ノエルくんがとろんとした目で私を見つめる。

「……美味かった。……ありがとう」
ジンさんが、小さく、けれどはっきりと感謝を口にする。

そして、ルーカスさんが、ふうっと深く息を吐き出し、私の方へと向き直った。
いつもの人懐っこい笑顔ではなく、ひどく真剣で、どこか切羽詰まったような表情だった。

「かすみさん」

「はい。どうしました?」

ルーカスさんは、私の目を見据えて、真っすぐで重い言葉を放った。

「かすみさんがいないと、俺たち……もう前の朝に戻れません」

その言葉は、私にとって何よりも強い、初めての『評価』だった。
(続く)
感想 2

あなたにおすすめの小説

元の世界に帰らせていただきます!

にゃみ3
恋愛
淡い夢物語のように、望む全てが叶うとは限らない。 そう分かっていたとしても、私は敵ばかりの世界で妬まれ、嫌われ、疎まれることに、耐えられなかったの。 「ごめんね、バイバイ……」 限界なので、元いた世界に帰らせていただきます。 ・・・ 数話で完結します、ハピエン!

愛人と暮らすために私と結婚した伯爵子息、皇帝宮の夜会で本音を喋る魔道具を使ったらすべて暴露されました

あきくん☆ひろくん
恋愛
愛人と暮らすために私と結婚した伯爵子息。その本性を知ったのは、結婚した後でした。 私は子供を産むためだけの妻。生まれた子は愛人が育て、私は屋敷に閉じ込められる運命だという。 絶望する私が思い出したのは、大魔導士から渡された魔道具。「心に思ったことを言葉にしてしまう」もの。 そして皇帝宮の夜会で――伯爵子息は皇太子の前で、自分の本音をすべて喋ってしまいました。 この作品は、「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です」シリーズの外伝です。 リリアーナは、第1作目の第3部のおまけ、のお話にでてくる子爵令嬢です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

今世、悪女が消えた世界で

shinonome
恋愛
侯爵家の令嬢である私 未来の皇帝の妃となる存在だったけれど 妹であるルナティアが「奇跡の力」に覚醒したことにより 妹に妃の立場と皇帝の愛を奪われ 自分は妹に仕える者に成り下がってしまった。 終いには、ルナティアを殺そうとしたと冤罪をかけられてしまい全ての者から見捨てられ 私が選ぶことができたのは自ら命を絶つことだけ。 けれど偶然か必然か分からない。 未来の皇帝と婚約する1年前、8歳の頃に戻っていた。 どうして時が巻き戻ったのか分からない。 けれど今世も傷ついたりするのはたくさんだ。 今世は私の人生を取り戻す。 そのためには婚約者や、妹はもう ____いらない。 奪われ見捨てられた令嬢が 今世は、自分の人生を取り戻しながらも ある真実を知るお話。

女神の加護を持つ本物の娘が戻ってきました。偽物の私はどうすればいいのでしょうか

Mag_Mel
恋愛
名門アウレリア家で育ったレイチェルと、貧民街で育ったシンディ。 本来は逆の立場で生まれるはずだったふたりは、女神の暇つぶしによって産まれてすぐに入れ替えられていた。 その事実を知らぬまま貴族の令嬢として十八年を過ごしたレイチェルの前に、女神の加護を持つ「本物の娘」シンディが現れる。 それを境に、アウレリア家とは血の繋がりが無いことが判明したレイチェルの立場は曖昧なものとなった。 追い出されることもなく、家族として受け入れられることもない、中途半端な日々。 「お前は何も気にしなくていい」と兄は言うが、心は少しずつ削れていく。 そんな折、奉仕視察で訪れた貧民街で、彼女は思いがけない出会いを果たすことになる。