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第9幕 王子と王子
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しおりを挟む呆然とする俺の腕を多澤は掴むと病室をあとにする。浴びせられた罵声が耳を離れない。怖いと思った。知らないところで勝手に敵意を向けられる。彼女になにかしてしまったのなら何度でも謝る。けれど彼女の彼に、むしろ俺はレイプされそうになったのだから……。
彼女はきっと俺と悠斗の責任で、彼と別れることになってしまった。そう思うことで現実から逃れ、今の自分を保っているのだろう。もし受け入れてしまったら……弱い彼女は今の状態よりももっと壊れてしまう。自分達が悪い訳ではないけれど、なんとなく理解してしまったから、俺は彼女になにも言えなかった──。
病院を出てからも多澤と俺は無言だった。多澤はずっと俺の手を掴んで離さない。掴まれた手首を見ながら前に進む。気付くと家に到着していた。
「……その……悪かった……まさかあんな……」
多澤は気不味そうに謝罪をした。
俺はブンブンと首を横に振り言った。
「俺、びっくりしたけど気にしてないよ。だって、約束だったんだろ?」
「ああ、あの日なにがあったのか、どうしても真実を知りたかった。悠斗に聞いてもあやふやで、先輩も庇ってって……それ以上話さなくてさ。精神的にやばかったのか入院してるって聞いて、何度か病院に通っていたら、昨日になってお前を連れて来たら全部話すって約束でよ……」
多澤はここ最近、生徒会にも行かずに情報を集め、病院にも脚を運んでいたようだ。悠斗が事故として取り下げたなら、そこまでする必要はないというのに。
「……なんでそんなこと……」
「なんとなく、納得できないっていうか……違和感がな。それに、悠斗がお前を忘れた切っ掛けが分かるかと思って」
握り締められた手首がギュッと強く握られる。
「なぁ、瀬菜……悠斗はお前にストレスを感じて、本当に記憶をなくしたと思うか?」
「──でも……悠斗は……」
「確かに悠斗が落ちたのは、まだ謎なところがあるけどよ? 俺は彼女の話を聞いて、余計に違うと思えた」
話を聞く限りでは、悠斗は先輩の挑発にも乗らず、逆にどうぞ公表してください歓迎します……そんな様子だった。でも、心の中では……もしかしたら……今のこの状況が、なにを信じたらいいのか判断を鈍らせる。ギュッと唇を噛み締め俯く俺に、多澤はキツイ言葉を言ってきた。
「瀬菜……前を向けよ! もう、友達ごっこはやめろ!」
ポロポロと涙が頰を流れる。先輩に言われた罵声や、悠斗との最近のやり取り、色々なことがあり過ぎて自分が容量オーバーになっている。多澤からごっこをやめろと言われても、ならどうすればいいんだと、抱えきれない思いに涙がとめどなく零れ地面を濡らしていく。
「……そんな……こと言ったって……どうしたら……ひゔっぅ……ッ」
「なんだよ……泣けるじゃんか。お前やっぱり相当我慢していたな?」
「──んだょ……それ……っ」
「フッ……無理してヘラヘラしているからよ。まぁ、取り敢えず我慢していた分泣いていろ」
フワリと肩を抱きしめられ、多澤の肩に頭を埋める。トントンと背中を撫であやしてくれる。今までにない多澤の優しさが心に響く。
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