【完結】モフモフたちは見てる〜アリスのぬいぐるみ専門店〜

トト

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第二章

葬儀

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「山崎さんですか」

 病院の廊下でそう声をかけられ、山崎は怠慢な動きで顔を上げた。

「君は……」
「マリアさんの洋服教室に通っている相田真といいます」

 そういえば前にセンスのいい生徒が通い始めたとか、マリアの言葉を思い出す。
 それとともに、成長が楽しみだとほほ笑んだマリアの姿も思い出し、グッと何かを堪えるように拳を胸の前でにぎりしめた。

「アリスちゃんは……」

 訊ねた声が少し震えていた。真が二人についてあえて聞かなかったのは、すでに今朝方流れたニュースで知っているのだろう。

「大丈夫だ」

 結婚式の帰りの事故だった。
 雨に濡れた高速道路でタイヤを滑らせたダンプカーがカーブを曲がりきれず、横を走っていた秋之助の運転する車を巻き込んで横転したのだ。
 運転席の秋之助と、助手席に座っていたマリアはほぼ即死だった。そして唯一後部座席で寝ていたアリスだけが奇跡的に生き残ったのだ。
 ぶつかった瞬間、座席の上で横に寝かされていたアリスは、そのまま座席から足元のマットに転がり落ちて一命を取り留めたらしい。さらに車にたくさんつまれていたぬいぐるみが、ガラスの破片から彼女を守るように上におおい被さっていたのも、小さな怪我すらほとんどおわないですんだ理由らしかった。まさに奇跡だった。

 しかし事故のショックからか、アリスは一切の言葉と表情を失くしてしまっていた。

「大丈夫だ、アリスはきっと大丈夫だ」

 まるで自分に言い聞かせるように、山崎は何度も繰り返した。最後に見た、アリスの無邪気な笑みを思い浮かべながら。


 それから二日後。
 二人の葬儀があわただしく行われた。
 葬儀を取り仕切ったのは、秋之助の両親でもマリアの両親でもなく山崎だった。
 彼は翌日には病院から退院させられたアリスを店に連れ帰ると、アリスを気遣いながら葬儀の準備を行った。
 他にも真をはじめ何人かの生徒も手伝いにきてくれていた。

「秋之助さんの両親とは連絡がついたんですか」

 真が小声で山崎に尋ねた。

「あぁ、一応な」

 山崎が苦虫をつぶしたような表情で呟く。
 親子の縁を切ったとはいえ実の息子が死んだのだ、まさか葬式に顔をださないはずはないとは思うが……。
 連絡をがついた時の、まるで血の通っていないかのような冷たい声音を思い出す。

「マリアさんのほうは……」

 それには山崎は首を横に振っただけだった。

「そうですか……」

 真がほかにも何か言いかけたとき、その時葬式場のほうがなにやらざわめきだしたので、それ以上は言えなかった。

「何かあったのかしら」

 振り返る真の横を山崎が駆けぬけていった。
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