あなたにお仕えするのが、仕事なのですが <選ばれし神官、違う覚悟が必要だった>

樫村 和

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第一部

第五章 国益をもたらすモノ

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 ごしゅごしゅごしゅ。
 食事の後、皆で調理場の掃除をすることになった。これはもう、仕方がない。だが、さすがにデュアにさせるのは気が引けたので、お引き取り願おうとしたら、真面目な顔で「あの二人が調理場の掃除などできると思う?」と首を傾げられた。
 
 アイルとアイロだ。

 なら、普段は一体なんの仕事をしているんだ?と聞けば、洗濯と部屋の整理かしらと二人で顔を見合わせて答える。主に洗濯なのだろう。部屋の整理は花などを飾って回ることらしい。

「デュア様、手がかからなくて」
「遊びましょうってお誘いしても、本の方がいいっておっしゃるし」

 転生を繰り返し、すでに記憶が戻っているデュアの中身は……オルゲニア国の歴史と同じ年だろう。その軽く六百は超えている、見た目は子供、中身は……老婆(?)を「遊びましょう」と誘うのか。

 なるほど。

 バサルが先程、デュアが二人の前では幼いデュアを演じていると言った意味がわかる。二人は本当に、デュアが小さいと思っているのだ。転生者だとは分かっているのだろうが、どうしても、幼い子供として接してしまうのだろう。

「アイル、アイロ」

 バサルがテーブルの上が綺麗になったのを見て、二人に声を掛ける。なるほど、こういう時は、『アイ』ですんだ方が楽か。だが、二人の名前を知ってしまった以上、やはり、きちんと呼ぶ。

 二人が飛んでくる。

「ここにある調味料と、あっちの食糧庫にあるものを整理する」
「……片付いているとは思うのですが」

 見た目的には片付いている。きちんと並べられ、見た目は良い。

「種類別に分ける。油は油。粉類は粉類。今、全く考えずに、つっこんでいるだろう」
「はぁ」

 種類別に分けると言われても、ピンとは来ないらしい。おそらく、その種類がわからないのだ。
 まぁ、料理をしない者なんて、そんなものだ。

「まぁ、急いでする必要もない。それに、駄目になっている物もあるかもしれないしな」

 ほぼ放置に近い。傷んでいたり、香りが飛んでいる香辛料などは処分した方が良い。そう考えていたら、あら、とアイロが首を傾げた。

「一度、祭壇を通ってきたものは、神の力を得ます」
「ん?」

 神の力とはなんだ?

「腐りにくくなるのよ」
「え」

 信じられないことを聞いたぞとバサルがデュアを振り返る。

「腐らなくなるのか?」
「にくくなる。まあ、さすがに干からびるけどね」
「腐らずに……干からびるのか」

 それは……また。

 デュアがだって、考えてみなさいよと床を磨きながら言う。

「毎日、祭壇から食べ物が届くのよ?こっちは、これだけしかいないのに。食べきれるわけがない」
「……そう、だな」

 確かに先程も大きな盆一つに供物が乗っていた。まぁ、日によって捧げられる物は違うだろうが。

「腐らないのは助かるな」
「干からびたのも、保存食と思えば、保存食だものね」

 そうか……と考え込んだバサルも前で、アイルとアイロがきちんとバサルが何か言うまで待っていた。

 ◇

 掃除の具合を見に来たマヌーサに、やはり、どうしても煤はとれなかったとバサルが報告すると、なぜか、構わないでいいと言われた。かまどの周りはやはりどうしても煤がついたり、油が跳ねたりする。マヌーサは、そういう汚れは仕方がないが、調理場だけはきちんと片付けるようにと念押しした。

「もっと、なんか、注意されるかと思った」
「んー……まあ、かまどは汚れるのは仕方がない事だし」

 というか、今まで汚れなかった方がおかしいとバサルは思う。デュアも肩を竦める。
 二人は今、庭の東屋だ。アイロ達は洗濯に池に行った。トマトソースがやはり跳ねて服を汚したのだ。一々洗いに行かせるのも面倒だから、前掛けが欲しいとマヌーサに頼むと考えておくと言われた。

 そういえば、自分の部屋に戻った時、部屋のクローゼットに服が入っていた。
 簡素なものだが、きちんとしたシャツとズボンだ。靴も普段履き用のサンダルと外仕事用のブーツがあった。   

 そして……驚いたことに、剣があった。

 見間違いかと一度、クローゼットの扉を閉めて、もう一度開けてしまった。久しぶりの剣を緊張しながら手に取り眺める。

 騎士団で配給されるものと似ているが、柄の部分に細かい装飾がされている。だが……剣だ。

 奥神殿で刃物など調理場ぐらいでしか使わないだろうと思うが、ここにあるという事は……何か、使う当てがあるのだろう。

 だが、何かの為に?

「デュア、俺の部屋に剣があった」

 デュアが一度、軽く目を見開いた。デュアではないだろう。今日は朝からずっと一緒にいる。

「そう……」
「マヌーサか?」
「さあ」

 デュアが言葉を濁すが、おそらくそうだろう。あの双子とは思えない。だからバサルは二人がいなくなったのを見計らい、デュアに話した。

「……必要な時があるのか?」
「本は読んだ?」

 デュアが自分が読んでいる本から目を離さずに聞く。バサルは机の上の本を思い出しながら、まだだと答える。手にする暇がない。

「あれは?」
「今までこちらに来たモノよ」

 やはりそうかとバサルが思う。

「なら、あの表紙の色にも意味がある?」
「あるわ」

 やはり昨夜、バサルが思った通り、あの革表紙の色で振り分けられているのだろう。

「そうしたら……『火』は緑か」
「そうよ」

 初めて来た国益をもたらすモノ。雷と共に落ちて来たモノ。
 山に大穴を開け、大勢の命を奪ったモノ。

「今までも……その、世話をする役目の者はいた?」
「いたわ」

 いたわと即答され……言葉が続かない。なら、おそらく最初に世話を仰せつかった人間も、山の上にいただろう。世話をする前に亡くなっただろうが。

「空から来る……のか?」
「まぁ、そう考えるのが妥当でしょうねぇ」

 デュアがようやく本から顔を上げた。膝の上に乗せていた重たい本をよいしょとテーブルに戻す。

「妥当?」
「だって、こっちも怖いもの。二回目からは、もう、あの山には近づかないで外で待つの」
「……穴の外で?」
「そう」

 それもそうか。モノが来るたびに出迎えた者が殺されてもたまらん。デュアが怖いと言った意味も分かる。

「だが、空から降ってきたら、普通……」

 落ちた時にはそちらが死んでいるか、どうかなっているんじゃないだろうか。いや、何が来たのか、まだ、本を読んでない身としては、あやふやな事しか言えないのだが。

「一応、神からの贈り物だから、怪我をしたり、亡くなっていたりしたことはないわね」
「空から来るのに?」
「だから、どうやって現れるのかなんて、おそろしくて見れないんだってば」
「なるほど」

 まったくとデュアが言い、かわいらしく肘をつく。

「それに、『国益をもたらすモノ』って、簡単に言うけど、どう、国益をもたらすのかも、最初はわからないのよ」
「ん?」

 なぞかけみたいな物言いにバサルもきょとんとする。

「国益をもたらすモノ……だろう?」
「なら、あんた、火だけ見て、あれが国益だとかすぐにわかる?」
「ん?」

 火だけ見て?
 
 消えることがない火。だが、言われてみれば、火は普通、消える物だ。燃える物がなくなれば、消える。それが普通だ。

「神から与えられた火よ?そりゃ、消すわけにもいかないから、大事に大事にしていたでしょうよ。んな、大事に守られていた火が消えないなんて、いつ、わかるのよ」
「なるほど!」

 思わず、声が出た。それはそうだ。最初は神殿の祭壇で守っているしかなかっただろう。それこそ、最初の頃は消すわけにもいかないと、人の手で油か何かを注がれ続けていたかもしれない。
 そして、守られていた火が消えてしまうような状況など……。

「誰かが、やらかしたんだな」
「……やらかしたのか、故意だったかはわからないけどね」

 故意。
 なるほど。昨日の輩の様な者は昔からいたのだろう。神を試そうとする者。できれば、やらかした方が平和な気がするが。

「火を落としたらしいわ。火事になったら大変だと消さざるをえない」
「あ」

 それは……バサルの顔から表情が消える。
 それは……どっちだっただろうか。もし、故意なら……その者は神殿を燃やすつもりだったということになるのだはないだろうか。

「でも、その火は広がることもなく、消されることもなく燃え続けた」

 デュアがふぅと息を吐く。

「それでようやく消えない火だと分かったの」

 しばし二人共、無言になる。バサルも腕を組み、顔を顰めて考える。

 難しい。

 難しいという言葉以外出てこない。

「バサル」
「ん?」

 デュアがバサルを見ずに名前を呼んだ。バサルがなんだと顔を向けるが、デュアはどこかを睨み、バサルを見ない。

「躊躇わなくていい」
「デュア?」
「もし、その時が来たら、躊躇わなくていい。いや、躊躇うな」

 躊躇う?いや、躊躇わなくていい?

「神からの届けられたモノだからという考えは捨てていい。国益より大事なものがある」

 国益より……大事な物?

「命だ」

 バサルは目を見開いて、デュアを見た。幼い少女は苦り切った顔をして、空を睨んでいる。

「……その為の剣か」
「そうだ」

 そう言い、デュアは立ち上がった。思わず、引き留めようとしたバサルにすまないとデュアが言う。

「この体はまだ幼い。無理はできん。昼寝の時間だ」

 そういうと、ふああと大きな欠伸をした。

 ◇

 国益をもたらすモノ。来るまで何が来るのかわからないモノ。
 そして、来た後も、どう、国益をもたらすのか分からないモノ。

「わからねぇことだらけじゃねぇか……」

 さすがに愚痴る。
 食糧庫から岩塩を持ってきて、それをがりがりと砕きながら考える。
 神様も何を考えて……と考えて、国益だろうよと力が抜ける。神は神でよかれと思ってしているのかもしれない。
 神がよかれと届けるモノが、こちらで処理できないということなのだろうか。

「ですが、あの動物……なんでしたっけ」
「コブでしょう?」
「ああ、そう、コブも届けられたモノだったらしいですよ」

 コブ。
 バサルがあの独特な体をした動物を思い出す。首が長く、大きな丸っこい体なのに足が細い。背中に二つコブがある。
 だから、コブ。
 知らなかったことに、バサルがアイル達を振り返る。

「あれも、そうなのか」
「はい」

 細い足に似合わず、運搬能力が高いうえに、コブが膨らんでいる間は、餌もそんなに与えなくていいという優れた動物だ。馬もいるが、長距離の運搬はやはりコブの方が使われることが多い。

 コブも……空から来たのだろうか。いや、来たんだろうな。

「動物も来るんだな」
「いろいろ来るとは聞いておりますが……」

 アイルが粉の入った袋を開けては、顔を顰めている。アイロが一々それをバサルに持ってくる。

「トウモロコシだ。主食になる」
「なら、こちらですね」

 アイロが中身が分かった物と分からない物を仕分けていく。オルゲニア国でよく使われる物もあるが、やはり、見ない物もある。半透明の白い粒の入った袋まであり、一体どこの国から来たのだろうかと三人で首を傾げる物まであった。
 時間がある時にでも、いろいろ試してみるしかないだろう。

「主食になるものでも……こんなにあるんですね」

 アイルが感心したような、驚いたような声を上げ、壁に並べられた袋を見る。

「パンが毎日来るから、気にしたこともなかったわね」

 アイロも肩を竦める。それはそうだろう。オルゲニア国では主食はパンだ。

「野営ではパンを持っていくわけにもいかないからな。粉を持って行って、野営地で作る」

 そうなんですかと二人が感心してバサルを見る。まあ、野営地で作るパンなんぞ、腹が膨れればいいという代物だが。ないよりはましだ。

「騎士団にお勤めの方達は、皆、お料理をされるんですか?」

 アイルがこんどは違う袋を持ってくる。中を覗いた瞬間、くしゃみをし、鼻を押さえる。香辛料なのだろう。バサルが手拭いを巻いた方が良いとアイル達に言う。

「町にいる時は、騎士団に雇われている料理人がいるが、野営地ではせざるをえないな」
「……初めての方もいらっしゃる」

 バサルに言われた通り、手拭いを巻き、アイロがもごもごと言う。そうだなと昨日話した恐ろしい鳥料理を思い出しながら、バサルが鼻で笑う。

「まあ、最初は誰でも失敗するさ。なるべく失敗は少なくしたいとは思うだろうがな」
「バサル様は何を作られたんですか?」

 アイルが興味津々できいてきた。バサルが肩を竦めて「ゆで卵」と答えると、きょとんとする。

「町を出たばかりで買い出しの奴らが、何を考えたのか卵を買って来たんだ。卵なんぞ、がたがた揺れている馬車に乗せているだけで割れるわ」

 一応、おがくずの中に入れていたとはいえ、卵があるというだけで保管にも気を配る。冗談じゃないとバサルはそれを全部茹でた。

「茹でたんですか」
「殻剥くだけで食べられるしな」
「それはそうでございましょうが……」

 アイル達がそれでいいのだろうかと言う顔でバサルを見る。バサルは笑うしかない。

「一応、訓練をしに行くんだ。今は、有難いことに、そうそう争いなどはないが、それでも、騎士団は有事の為にいるからな」

 訓練で美味しいものなど出るはずがない。それこそ、野営地の最後は持ってきた食料も尽いたという設定で、そこら辺の物を集めて食べる。
 木の実があればまだいい。肉などない時は蛇を喰う。川があれば魚を探す。
 野営から戻れば、町のありがたみがほとほと身に染みる。商売人が神に見える。

 アイルが何かを聞きたそうな顔をした。何かを聞きたそうにバサルを見て、視線を落として袋の中を見る。

「どうした?」
「……いえ」

 アイロが分からないの?とアイルの手元の袋を覗き込む。そして、これはあの、ぴりっとする奴よとアイロが袋を分かった方に持っていく。
 どうやら、アイルは別の事を考えていたらしい。

「……とても、楽しかったというお顔をされてらっしゃるので」

 アイルの言葉にバサルがそうか……と顔を撫でる。
 騎士団の訓練など、きついとしか言いようはなかったが……。だが、やはり、バサルは騎士団が居心地が良かった。しんどいことを皆でして、同じ物を皆で食べて。飲んで楽しんで。

 楽しかったんだろう。

 アイルがやはり何も聞かずに口を閉じた。

 ◇

 夕食を作る前にマヌーサが前掛けを持ってきてくれた。いらない生地を使ったのだろうが、これで心置きなく油が使えるとバサルは礼を言って、さっさと立ち去ろうとしたマヌーサを捕まえた。

「気安く触るんんじゃない」

 じろりと睨まれ、慌てて手を引く。そして、掴んだ腕が驚くほど冷たかったことに気が付く。

「どこにいたんだ?」

 こんなに冷え切れば、体にも悪いだろうとバサルが聞くと、ふんと鼻を鳴らされる。聞くなと言う事なのだろう。バサルはまあ、いいと、近くにあの二人、アイル達がいないのを確かめてマヌーサに向き直った。

「体を動かせる場所が欲しい」

 これで伝わるだろうか。
 もし、マヌーサがあの剣を準備したのなら分かるはずだ。はっきり言って、バサルは神殿暮らしで体がなまっている。何が来るかわからないなら、体は動ける方が良い。
 マヌーサはしばらく顔を顰めてバサルの顔を見上げていたが、やれやれと溜息を吐き、ついておいでと歩き出した。

「次から次に色々言い出す男だね」

 次から次に事が起こるのだから、バサルとしてもどうしようもない。

「……今までも、その世話を?」

 バサルみたいな役目の人間の世話をしたのだろうか。マヌーサはふんと鼻で肯定する。こつこつと床を突く杖の音が響く。

「まあ、間に合う時もあれば、間に合わない時もある。デュア様は世話をやく役目の人間のことはわかるが、どこにいるかまではわからん」

 そうなのか。バサルが隣を歩くマヌーサを見下ろす。そうか……今回はたまたま、バサルが神殿勤めだったから、すんなりとここに来たが。
 いや、違うか。
 すんなりではなかったことを思い出す。最初はデュアを守るためにした事で、ここに来た。

「足が速かったとアイが言ってたよ。あんた、アイに負けなかったんだって?」

 石の通路での事だろう。バサルがアイルの足の速さを思い出す。追い抜かれはしなかったが、あそこまで自分と競り合った人間を見たのも初めてだ。

「アイルも速かった」
「あんたはデュア様を抱えていた。それで速けりゃ、たいしたもんだ」

 まあ、デュアは抱えていたのではなく、担いでいたのだが。そこはあえて言わなくていいかと頭を掻く。

「え」

 マヌーサは神殿を出て、裏に回った。そして、朝、デュアとソロと一緒に行った穴へと向かう。

「マヌーサ!そこは……」

 マヌーサが躊躇うことなく穴に入る。日が暮れ暗くなり始めていたが、なぜか穴の中はぼんやりと明るい。

「入っていいのか?!」

 デュア達が入らなかったので、入ってはならない場所だと思っていた。先に進むマヌーサを慌てて追う。

「マヌーサ!」
「うるさいね」

 あんたが場所が欲しいと言ったんだろうがと言い、とうとう広い場所まで出た。
 風が吹き抜ける。
 バサルが見上げると確かに大きな縦穴が開いていた。

 なら、ここに雷が落ちたのか。

 奥神殿の方に向かってだけ、横穴が空いたらしい。表の神殿の方には横穴は見当たらなかった。
 もう一度、空を見上げる。

 ここに国益をもたらすモノが来る。

 マヌーサは奥にあった祭壇に向かい頭を下げた。その祭壇に火がある。

 消えない火。最初の国益。

 バサルもマヌーサにならい祭壇に向かい頭を下げる。

「こっちにおいで」

 マヌーサがまた、歩き出した。今度はどこにいくのだろうとついて行くと、広場の横に小屋があった。マヌーサがその小屋を開ける。

「……ここは?」
「ここも、あんたの部屋だ」

 え……と部屋の中を見回す。簡素な寝台。そして、机。
 壁一面にかけられた武器。

「マヌーサ……」

 どういうことだ?と隣に立つ老婆に小さな声で聞く。剣ならまだ……いや、使う事はないと思っていたが、剣ならまだわかる。貴族でもあったバサルは服装の一部として、正装の時など当たり前に身に着けた。
 どちらかと言えば……飾りに近い物だ。
 だが……この小屋にあるものは。

「何が来るかわからんとは聞いただろう」

 マヌーサが顔を顰めたままぼそりと呟く。バサルも頷く。そう、デュアもソロもそう言った。
 だが、国益になるモノのはずだ。『消えない火』も『コブ』も今や、このオルゲニア国にはなくてはならない物だ。

「どういう仕掛けかは知らんが、一度、来たモノはあの穴から外には出れない」

 マヌーサが天井に空いた穴を指さして言う。バサルは話を聞くしかできない。

「空を羽ばたくモノが来る時がある」

 そうかとバサルが目を見開く。コブが来るぐらいだ。鳥も……国益になるモノだったら来るのかもしれない。

「気性が荒いのも来る」
「え」

 マヌーサが苦り切った顔で、小屋に入った。小屋の中にもランプがあり、そこに火が灯されている。

「神からの届け物だと大事にしすぎて、幾人もの人が死んだ。そりゃ、そういう気性の荒い獣が来れば、戦いには有利かもしれんが、それをどう手懐ければいいかもわからん。餌をやるのも一苦労で、襲われて人が死ぬ」

 バサルがデュアに言われたことを思い出す。

「躊躇うなと……デュアは言った」
「そうさな……。だが、神と大神官と計りにかけるのもいるのさ。どちらが、偉いか。どちらが、正しいか」

 バサルが考える。デュアなら、命が大事だとはっきり口にするデュアなら、きっと、人間に害を及ぼす可能性があるモノなら、神からの届け物でも殺せと言うだろう。だが、普通の人間なら……いや、神に仕える神官なら、神からの授かりモノなら後生大事にするかもしれない。

 いや……迷う事だろう。

「そういう事が何度かあって、デュア様は神官にその神託を告げることをやめた。騒ぎになるだけだとおっしゃられてな」
「なら、どうやって……」

 と言いかけて、あ、と気が付く。

「世話をする人間だけを呼ぶようにしたのか……」

 マヌーサが頷き、壁にかけられていた斧に触れる。

「できれば、そんなことはしたくはない。だが、命には代えられぬ。デュア様はオルゲニア国の大神官様だ」

 国と民の命を守る為の存在だ。みすみす目の前で無残に人が死んでいくのを見ていられるはずがない。
 だが……。バサルも壁に近づき、壁に並んだ武器を見る。
 接近戦用が多いが、投石に使うベルトや弓矢もある。

「俺に、それをやれというのだな……」

 神からの贈り物を……殺せと。

「何も来たモノ全てが気性が荒いわけじゃない。ただ、その覚悟があったほうがいい」

 マヌーサがそう言い、小屋から出る。帰るのかとバサルも小屋から出て、マヌーサの後を追う。

「俺はここを使っていいのか?」

 あの小屋の中の武器も使ってみた方が良い。弓矢など、練習しなければ腕はすぐになまる。

「かまわん。もともとそういう場所だ」

 ふんとマヌーサが鼻を鳴らして言う。そうかとバサルがもう一度、雷でできた広場と穴を見る。

 その為だけの場所か。

「一応、デュアに使うと言った方が良いか?」
「かまわんと言っているだろう」

 それでも、この奥神殿の主はデュアだろうから……と、言いかけてバサルは口を閉じた。穴から出たマヌーサがバサルに向き直り、じっと顔を見上げる。

「このマヌーサが良いと言っている。それ以上の許しはいらない」

 皺だらけの顔に青白い火が燃えているのかと思った。バサルがマヌーサの目を見直す。

「いいね?」
「……わかった」

 マヌーサの迫力に負けた。信じられないが、バサルが自分がこの年寄りには勝てないと気が付いた。両手を上げ、分かったと頷いたバサルに、マヌーサはいつものようにふんと鼻を鳴らし、歩き出した。
 その後を追う気にもならない。おそらく、追っても嫌がる。いや……追っては駄目だ。

「……魔物か?」

 目が青白く燃えるなど……あるはずがない。何か、残光でも残っていたかと目を擦っていると、バサルを探している声がした。

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