おはようの後で

桃華

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15.テル

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 シュウを救護室に運んだ後、その姿を見て青ざめる救護員に事情を話した。

「…すぐに処置を行います。第二救護室で待機してて下さい。担当の者を呼びますので」

 そう言われて頷くと、救護室のベッドにゆっくりとシュウを降ろした。

 そのタイミングで、ガーディアンの制服を着た女性の担当者が入ってきた。
 シュウの身体を見てから、全てを察して俺を見つめた。
 
「場所と…加害者は…?」
「三階備品庫です。今、レイが拘束してます…」
「そうか。ありがとう…。すぐに人を手配するよ」

 数人の救護者と声を潜めて話しをしている。
 その間に、俺の視界を遮るように降ろしたベッドはパーテーションで仕切られた。

「君には色々と聞きたいことがある…。とりあえず、場所を移ろうか?」

 担当のガーディアンが俺に声をかけた。
 「はい」と気のない返事をして立ち上がると、扉に向かって歩いた。
 背後では、慌ただしく動き回る音と、話し声が聞こえて来た。

「後頭部の傷は深い…。治癒魔法を…」
「誰か検査と洗浄の準備をして」

 今の俺はシュウに何もできないことを突きつけられた気がした。

 こんな時にそばにいることすら許されない自分の立場も、守れなかった無力な自分も。全部虚しかった。

 本当は傍にいたかったけれど。そんなことを言える雰囲気では無かった。

 多分俺は、真っ青な顔をしていたんだろう。ガーディアンは、俺を気遣いながらゆっくり歩いてくれた。

「ここで待機していてくれ。イリーナにも連絡してあるし、国王陛下にも…」

 案内された別室に入った瞬間に、大きな爆発音が鳴り響いた。

 授業中だった学校は大騒ぎとなっていて、外から騒がしい声が聞こえた。
 目の前から、数人のガーディアンが慌てた様子で走ってくる。
 担当者のガーディアンは、その人達に声をかけた。

「何があった!?」
「三階の備品庫だ。ミシナが四人相手に暴れているらしい…」
「誰かミシナを止めろっ…!!」

 案内してくれた担当者も呼ばれて、バタバタと出て行って一人教室に残された。

(…俺には殺すなって言ったくせに…。殺したのか?)

 それでもいいと思った。俺がやりたいくらいだったし。

 俺はシュウも守れなかったし、アイツらを殺すこともできなかったから。レイが殺ってくれたなら、少しは気がはれる。そう…思った。

(何も守れなかったな…)

 襲撃の後、弱っているシュウを見て、次は何があっても守るって誓ったのに。

「クソっ…!!」

 力任せに近くのロッカーを殴りつけた。扉が大きくひしゃげてしまった。拳からは血が滲んだ。それでもまだ気が済まない。

 分かっていたのに。レイは俺に教えてくれたのに。
 ヘテルが純血主義者かもしれないことも。シュウに向けられる、いやらしい視線も…。

 俺が油断してたせいで、シュウが穢された。近くにいれば、シュウを守れると思っていた自分はバカだ。


 何度も殴りつけた拳からは血が吹き出した。
 こんなことしても無駄だと分かっている。…シュウの痛みはこんなものじゃないってことも。
 
 散々ロッカーを殴りつけた後で、床に崩れ落ちた。
 八つ当たりしか出来ない自分に嫌気がさす。

 そんな時に教室の扉が開き、入って来たのはユリアとレイだった。
 
「テル……」

 ユリアが瞳を真っ赤にしながら、俺の元に駆け寄ってきた。
 ユリアは床にへたりこんでいる俺を見つけると、何も言わずに抱きしめた。
 ユリアの後ろに立ち、俺たちを見つめるレイの服は所々焦げ付いていて、頬には擦り傷があった。

「…お前…四人とも殺したのか?」

「半殺しにしたのはテルだろ?俺はアイツらを凍らせてから、バースト魔法を使っただけ。備品庫は破壊したけどアイツらは死んではいない」

 しれっと言ってのけるレイは狂っているとしか思えない。

 レイの「死んでない」を聞いて、殺してくれて良かったのにと思った俺も充分狂っていると、口の端をあげた。

(一応…お礼はしないと…。あんな現場に来てくれたんだから…)

「…止めてくれてありがとう。レイがいなかったら殺してた…」

 レイは子供の時にサキュバス達に輪姦されている。
 その時、ユリアはレイがヤられる様子を間近で見てしまったから。
 ユリアは止められなかった無力な自分に絶望して、レイは巻き込んだユリアに罪悪感を覚えていたから。
 今なら痛い程ユリアの気持ちが分かる。

「…で…ユリアは何でここにいるんだ?」

 レイはそんな現場を見たく無かったはずだし、ユリアに見せたくは無かったはずだ。

「ユリアは俺を止める為に呼ばれたんだ。俺だって見せたくなかった。ロックのヤツ…後で絞めてやる」

 レイは大袈裟にため息を吐くと、椅子にどさりと座り込んだ。

 いつもならレイに一言言い返すユリアは、何も言わずに涙を堪えて拳を強く握っている。

「……ユリアの後にガーディアンが止めに来たから全部話した。テルはシュウを助けて、すぐに救護室に向かったことにしてあるから。もし聞かれたら話を合わせて?」

「…どう言うことだ?」

「あの四人を半殺しにしたのは、あくまで『俺一人』。テルは手を出していない。シュウを助けただけってこと」

 ユリアは補足するように言葉を付け足した。

「…レイは明日から一週間の謹慎だって。詳しい事情を知ったら取りやめになるかもだけど…」

 シュウを守れないどころか、無関係のレイまで巻き込んでしまったと青ざめた。

「…何だよそれ。レイは俺を止めた立場だろ?謹慎するなら俺の方だ…」

「あのさ。さっきも言ったけどシュウに必要なのは俺じゃない」

 ユリアは俺を抱きしめながら頷いている。

「…シュウを助けてあげて…?それが出来るのはレイじゃない。…テルだよ」

「そんなこと出来るわけない。シュウは男に襲われたんだ。俺のことだって怖いだろうし…俺のせいであんな目にあったん」

 自分で口にした言葉に絶望した。そうだ。こうなってしまったのは「俺のせい」だ。

「…うるさいな…」
「…っ!冷たっ…!!」
「きゃあっ…!!」

 一瞬何が起きたか分からなかった。

「ちょ…っ!レイ私も巻き込まれてる」

 泣き叫ぶ俺に向かって、レイは水の魔法を放っていた。
 俺とユリアは全身ずぶ濡れになってレイを見上げた。

「あのさ。起きたことを後悔しても仕方ないだろ。「もしも」はもう無いんだから。それなら、シュウが立ち直る方法考えた方がいいと思うけど?」

 珍しくレイがまともなことを言っている。

「シュウが俺と一緒か分からないけど、俺はユリアに救われた。いつもとかわらず微笑みかけてくれて、そばにいてくれたことが嬉しかった」

 レイは水浸しになったユリアに自分の上着を羽織らせて、そんなことを呟いている。
 不満そうなユリアに「ごめん」と謝りながら、微笑んでいる。
 いつも無表情で、何考えているのか分からないくせに。ユリアを見つめる視線だけは優しい。

「…だから、テルもシュウのそばにいてあげなよ」

 レイにとってユリアがそんな存在であるように、俺がシュウのそんな存在なのかは分からない。

 分からないけれどそうなれるように、シュウの傷を癒せるようになりたいと思えた。

「二人ともありがとう…。じゃあ、好意に甘えてレイに謹慎してもらう」

 レイが「いいよ」と言った所で、後処理に行っていたガーディアンが帰ってきた。

「今、イリーナが到着してシュウの容態確認を行っている。それと同時に、ヘテルが拘束された。四人は今国立病院に送られた…。ありがとう。君たちのおかげで、ガーディアン養成校にいるルシウスの諜報員をみつけることができた」

 それを聞いた俺たちはほっと息をついた。

「…だから…レイの謹慎は無しだよ」

「……別に謹慎しても良かったんだけど?」

 残念そうにしているレイに、ユリアはダメだと言っている。
 そんな二人を見つめながら、いつか俺たちも笑いあえる日が来たら…。と思わずにはいられなかった。
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