イリヤとミーナ〜ある王子と捕虜の女〜

桃華

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 朝の澄んだ風が頬を撫でる。こんなに清々しい朝は久しぶりだった。会いたくて仕方なかったミーナにやっと会うことができる。
 どんな顔をして僕を迎えてくれるかな?そんなことを考えながら、バイクを飛ばした。完璧に浮かれていた。
 孤児院に着くと、子供達の声が聞こえてくる。朝食が終わった所だろうか?みんな楽しそうだし、雰囲気もとても良い。
 孤児院の門前にいた職員にミーナの居場所を聞いたら「今日は夕方からの勤務だから、寮に居るんじゃないか?」と教えてくれた。
 1人の職員が案内をしてくれる事となった。向かう道々、ここにはイーターに親を喰われた子が多く居ることや、凄惨な経験をして笑えなくなった子も多いと話してくれた。

「ミーナさんが来てから笑顔を見せてくれる子が増えたんです」

 職員の女性は僕に向かって笑いかけながら、ミーナのことを話してくれた。

「夜…怖くて泣いている子がいたら、泣き止むまで抱きしめてあげたり、優しく声をかけたりしてくれる。雑用も嫌がらずこなしてくれて、医療技術も治癒魔法も完璧…まるで聖女様ですね」

 自分のことのように嬉しくなる。照れ笑いを浮かべて雑談を続けて歩いた。「ここです」と案内されたのは、孤児院から少し離れた所にある、2階建ての寮だった。
 捕虜のミーナは他の職員の部屋から離れた、2階の角部屋に居るとのことだ。

「皆様、ミーナさんの事を気にかけているんですね。先日は、国王様もいらっしゃいましたし…」

(国王が?……何の為に)

 僕の怪訝な顔に気づいたのか、女性はハッと口を閉じた。

「…それでは、私は失礼します」

 不穏な言葉を残して、女性は足早に去って行った。
 その言葉に嫌な予感はしたけれど、その時はミーナに会える嬉しさの方が勝っていた。
 部屋の前で深呼吸するとコンコンと扉をノックした。中から「今開けます」と、懐かしい声が聞こえる。それだけで胸が熱くなる。
 中からパタパタという足音が聞こえて来た。ガチャとカギを開ける音と共に扉が開く。あの日と同じように白いブラウスで、黒いフレアスカートを履いたミーナが目の前に現れた。起きたばかりだったのか、ブラシを手に持ったままだ。

「あ…おはよう。ミーナ」

 精一杯の笑顔を作って微笑みかけるけど、ミーナは目を丸くして固まってしまった。少し何かを考えるように、沈黙した後に部屋に通してくれた。
 小さなベッドと簡易キッチン。真ん中にテーブルと椅子が一脚。隅に鏡台があるシンプルだけど、きちんと整理された部屋だ。入った瞬間コーヒーのいい香りがひろがった。
 勧められるまま椅子に座ると、ミーナは僕から離れるように背をむけて、小さなキッチンへと向かった。
 
「…今日はどうしてこちらへ?」

 よそよそしく僕に声をかけて、背を向けたままでコーヒーを注いでいる。

「言ったよね?必ず迎えに行くって…だから待っててって」

 困ったような、戸惑ったような笑みを浮かべたミーナが、コーヒーを渡してくれた。

「…背が伸びたね…」

「…伸びた。10センチくらいかな?」

 どうでもいい話題に話しを変えると、ミーナは目を逸らして俯いてしまった。想像と違うミーナの表情に、さっきの「国王が来た」という言葉がチラついた。

「…国王は…あいつ、何しにきたの?」

 ミーナは首を横に大きく振った。僕はそんな態度に苛立ちながらミーナに詰め寄った。顔を上げるよう言ったけれど、ミーナは押し黙ったままだった。

「…国も王の立場も要らない。2人で逃げたいって何度も思った。でも、僕が王の立場を放棄して、この国を追われたら、ガイア君達がどうなるか分からない。そう考えたんでしょ?みんなを守るために『ダメ』って言ったって。本当は、嬉しかったって」

 うつむいたままのミーナの肩は震えていた。泣いてる…。もしかしたら、ミーナは僕のことなんてどうでも良かったのかも。そう、少し不安になっていた。
 その肩にそっと手を置いて、話しを続ける。

「時間がかかったけど国王を説得できたんだ。ミーナと一緒にこの国に残る。だから安心して」

 ミーナは、涙を流しながらようやく顔を上げてくれた。やっと僕を見てくれた。

「…ダメだよ…それは国王陛下の本心じゃない…」

「あいつに…国王に何を言われたの?」

 そう聞いてもミーナは首を振り続けた。しつこく聞き続けると、ミーナから嗚咽が漏れた。肩を震わせて、泣きながら僕の手を掴んだ。

「…聞いたの…あなたのお母様の話を…」

 国王の魂胆が分かった。僕を諦めさせるより、ミーナに断らせようとしている。

(ああ、なるほど。そう来たか)

 何回も父から聞いている。僕の母は身体が弱かった。出産をすると命は無い言われていたから、父である王は子供は望めないと諦めていたそうだ。
 だが、天使族の王と最後の大天使アリエルの直系という事で、周囲からの期待は大きかった。初めは拒んでいた両親だったけれど、母に心情の変化があったらしい。
 反対する父を押し切って、1回だけ避妊しないでするように頼み込んだ。

『たった1回で子供が出来たら、それは運命の子。産まれる子は最強の天使族となり、この国に更なる天使族の繁栄をもたらすでしょう…。運命を受け入れてその子を産みます』と。
 そして産まれたのが僕だ。母の思惑通り、王を超える聖なる力を持って産まれてきた。

 王からその話しを聞いたとき、僕はどこの悲劇のヒロインを気取ってるんだよ?正気か?と、呆れ果てた。だけど、大人になるにつれて気付いたんだ。
 やっぱり母は正気じゃ無かったことに。『純血主義』のこの国の犠牲者だ。身体が弱いのに、天使族の血統を護る為に僕を産まされた。最初は拒否していたのに、拒否出来ない状態を周りに作られたんだろう。正に悲劇のヒロインだ。
 
「…イリヤはこの国の…お母様の思いを守ってあげて」
 
 母の思い?本心はブルームンを…こんな国を替えて欲しいってことじゃないかな?母はきっと僕を身篭りたいとは思って無かったはずだ。父と2人、静かに暮らしたかったんだと思う。

 そんな僕の母に対する思いを知らない、ミーナは泣きながらそう言って微笑んだ。

「ねぇ、ミーナ。最後に本心を聞かせてよ?僕を愛してる?今日、会えて嬉しかった?」

 涙を拭うように頬に触れてみた。僕を思って泣くってことは、同じ気持ちだろうって分かったから。母のことも、この国のことも、全てどうでもいい。ミーナの口から「愛してる」って聞きたかった。
 真っ直ぐに見つめた後に、ミーナは覚悟を決めたように、頬に触れた手に自分の手を重ねた。

「…嬉しかったよ。ずっと気にかけてくれてたことも知ってる。私の為に働きかけてくれてたことも…」

「愛してる?」

「もちろん、愛してる」

「じゃあ、僕達も賭けをしようか?」

「賭け?」

 戸惑うミーナの手を取ると、そのまま横抱きにして抱えた。きゃあと、小さく叫び声を上げると、腕の中で手足をバタつかせて、抵抗しているけど痛くも痒くも無かった。
 一応暴れているミーナをベッドへと運び、馬乗りになって手を頭上で纏めあげた。もう片方の手で着ていた制服のネクタイを外した。ネクタイの端を口で咥えると、器用に押さえつけている手首に巻いていく。

「やめて…何を…するの?」

 動けないように手首を縛りつけると、怯えているミーナに微笑みかけた。

「賭けだよ。聞いてない?僕はたった1回で授かった子供なんだって。僕を産むことが母の運命だったなら…」

 言いながら手首を纏めてベッドの柵にネクタイで縛り付けると、ホッと安堵の息を吐きながらミーナの身体から降りた。

「今日一日で、ミーナが身篭ったらそれは運命だよね?」

 そう身動きの取れなくなったミーナの耳元で囁いた。

ーーきっとあの時の僕は狂ってた。
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