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4.専属ジャーナリストの旅立レポート
4-2 取材と謝罪
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4-2
厩舎の戸を叩いたのは、お昼前になってしまった。
馬の稽古、つまり調教をつけるのは日の出頃の早朝だ。
エルが起床した時点で、すでに手遅れだった。
「もしかしたら、関係者が厩舎に残っていて、インタビューの一つでもとれるかも」
一縷の望みをかけて、馬車を飛ばしてやってきた。
それこそ、馬に乗っていけばいいのに、とエリシオは抗議するが、エリシオは口に出してしまったという顔をした。
「それ、わたしが乗馬できないことを知ってて言ってるでしょ」
「ごめん、そうだったね。まだ怖いの?」
「改めて乗ってないけど、乗ろうとも思わない。見るので十分楽しいからいいよ」
「あの時は大ケガしたからね、誰だって怖いと思うよ。足だっけ」
「わかってて言ってるでしょ、腕折ったの」
「そうだったっけ」
とぼけたエリシオをあしらい、エルは指折り数えながら、ぶつぶつとつぶやいた。
「見出しでも、考えているの?」
見出しは記事の顔とも言える。
厳しい文字数制限に、どんな言葉で伝えるか。
見出しを編集長からお墨付きをもらえば、もう仕事は終わったようなものだ。
何度も修正し、視点を変え、読者を惹きつけることとはなにかを自問自答する。
エリシオにはもちろん自分事のようにわかっているはずである。
「邪魔しないでよ。パターン作っておかないと、あとで困るから」
「そういう作り方をしているんだね。僕は先輩についてきただけだ。君は病み上がりだし、おじさんにも言われたんだ、よろしく頼むって」
この場合、付き添いが必要、て解釈でいいよね? と同意を求めてくる。
相変わらず、よくわからないストーリーをつくる人だ。
「楽しそうだね」
無意識にニヤけていたのかと思い、少し恥ずかしくなり口元を隠すがもう後の祭りだろう。
「わたし、今度の社杯、任せてもらえそうなんだ」
社杯。正確には第三帝国新聞社杯。
自社の名前の冠レースとなれば、どんな規模の新聞社でも社員の気合いは入り、盛り上げたいもの。
担当できるのは名誉ともされる。
今年はエルが社杯の特集記事を書かせてもらえることになっていると説明する。
それにまるで合わせてくれたように疾風の出走。
「殿下の所有馬が参戦なら盛り上がると思うけど……」
エリシオは疾風が皇女殿下の所有馬だというぐらいは知っていた。
とはいえ、エルの気持ちの昂りを理解できないようだった。
「言ってなかったっけ? わたし、ソルティー騎手の大ファンなの」
あの青空賞の手綱捌き、最高だった。
クセのある馬だから馬鹿にされて、ミスティリア殿下の所有馬なのに人気はそこそこ。
かっこつけの実業家の息子の馬と、もうひとりの皇女マリアヴェール殿下の所有馬が人気を分けあってた。
実はこの対決、マリアヴェール皇女殿下と、そのなんちゃらって実業家の人の結婚を賭けたレース。
だからその二頭に異様に人気が集まっていた。
ていうか、そんなモン賭けないで欲しいけどね。
でも、そんな二頭なんて頭になくて、わたしは疾風一択。逆にここはチャンスだと思って。
「わたしは疾風に本命をうって大勝負!」
疾風はソルティー騎手の導きのもと、逃げの手をうった。
みんな疾風を馬鹿にして、ソルティー騎手を下に見てた。
結果は、誰も疾風には追いつけなかった。
番狂わせ。
エルは拳を握りしめ、
「わたしの単勝馬券が火を吹いたわ」
エリシオはがくっときた。
「なんだ、儲かったていう話?」
端的な感想にエルは首を振る。
「わかってないね。好きな馬と騎手が、穴を開けた時。それを、わたしが馬券というカタチで応援して、結実した想い。まるでわたしの気持ちに応えてくれたみたい! 想いが通じたっていうか!」
まくしたてながら、得意げに熱ぽく語る。
しかし、ふーん、という程度でエリシオの反応は薄い。
「なんでそんな反応薄いのよ、女性騎手自体は珍しくないけど、大舞台に乗せてくれることなんてない。しかもソルティーさんは騎手じゃなくて、ロイヤルガードていう皇女殿下の付き人みたいな人。そりゃあ、そんな人が急に乗ったら信頼度は落ちる。でも。そんな外野の声なんてものともしなかった。女だからとか付き人だからとか関係なくて、勝利という結果を出したら、それが正義。いいよね、そういうの。憧れちゃう」
と、早口に語り出したところで、唐突に厩舎の戸が勢いよく開いた。
「あ、第三帝国新聞のエルです、こんにち……えええぇ!」
エルはろくに見向きもせずに挨拶したのを悔やんだ。
鮮やかな青い髪と美しい青い瞳が目の前にあった。
口をパクパクしてひとしきり驚いたあと、ハッと気づいてエリシオをひきずりながら一歩下がり、跪いた。
無論、ぼんやりしているエリシオの背中を押して無理矢理、頭を下げさせる。
「遅かったね」
青い瞳の若い女性は、まるで友達に話しかけるか如く言葉をかけてくる。
見た目も、緩めの無地の水色ワンピースに、紺のベスト、生足むき出しのサンダルという、ラフな出で立ち。
エルが実家でダラダラ寝転んでいる時も、そんな格好はさせてくれなかった。
それが姫君だという。
青はロイヤルブルーと呼ばれる特別な色。
青い髪、青い瞳は皇族の印。
失われたはずの氷の力を操るアイスブループリンセス。
ミスティリア皇女殿下だ。
冷や汗が体中が吹き出るようだ。
「ミスティリア皇女殿下、ご機嫌麗しく。申し訳ありません、到着が遅れてしまいました」
すべては伝えるのが遅い父のせいだが、そんな言い訳をしたところで意味はない。
「いや、それはいいんだけど。休んでいたと聞いていたけど、大丈夫? それと、名前はミストでいいよ。堅苦しいのは話しにくいから」
お父様のバカ、余計なことを言ってと心の中で悪態をつく。
「ご心配いただき、恐れ入ります。この通り、すっかり良くなりました、ミスト様」
無理矢理に笑顔を作って答えてみる。
「そう、それはよかった。あ、普通にしていいよ」
ポンポンと軽く肩を叩かれ、立ってと促される。
「取材に来たんでしょ、ソルティーもいるからなんでも聞いてよ」
立ちたくても、震えて立てません。と、小声でつぶやくと、
「足、痺れてるだけじゃないの?」
隣から聞こえてくる趣きのない言い様に、うるさいうるさいと悪態つきまくりながら、肩を借りる。
「殿下にあの日のこと聞く?」
肩を貸すためにしゃがんできて、ようやく同じ視線の高さになった時にエリシオが核心に触れこむ。
「私はお礼を言いたいだけ」
エルの主張にそうだね、と素っ気なくエリシオは答えてくる。
ようやく足が通常営業を取り戻し、エルは深く息を吸い込んだ後、また頭を下げた。
「先日はお助けいただき、本当にありがとうございます」
取材という名目だが、やはり伝えねばならぬこともある。
ぼんやりしているエリシオの尻を叩くと、彼も慌てて頭を下げる。
「いや、ほんとにいいから。気にしないで。何事もなくてよかったよ。それより」
それより?
頭を上げながら、次の言葉を待った。
「新聞見たよ、ずいぶん大きく載せたね」
声のトーンが下がっていた。
褒めている声音ではない。
うっ、と言葉に詰まる。
これはマズイパターンだ、と本能的に感じとる。
記事を書いた張本人であるエリシオを見上げると、彼は嬉しそうだ。
「編集長の判断でそうなりました。殿下のご活躍を載せられず、申し訳ありません」
今度はエリシオが恭しく頭を下げる。
エルはその様子に面食らう。
「あたしは除外で、フィンはどうして大々的に?」
「珍しいからです」
エリシオの即答。こういう話題には敏感だ。
「殿下のお力は秘匿となっており、大衆の目に晒すのはよろしくないという編集長、ひいては社の判断です」
ミストの眉がぴくりと動く。
エルは冷や汗が止まらない。
「それだと、フィンの力は晒すのはよろしいってこと?」
「かの王国を知るものが少ないため、よろしいとなりました。現にご本人様はご帰国されたのではないでしょうか。いつでも帝都にいらっしゃる殿下にはご迷惑にならないように、というのが社の方針でして」
エルが口を挟むことなく、エリシオは淀みなく応える。だが、その言い様にミストは口をとがらす。
「めんどくさいな。そうじゃなくて――」
場が凍り付くようだ。
不機嫌な口調になっていく皇女を目の前にして、エルは今度こそ動き出す。
「申し訳ありません、言って聞かせますので」
エルが割って入って、ペコペコと頭を下げる。
この辺で話題を変えたいと思っていたのは、他にもいるらしく、厩舎の中から女性が現れた。
長い髪をしっかり結んで、ゴーグルを頭にかけ、きっちりと胸元留めたシャツに乗馬用パンツ。高身長ゆえに、すらりと長い足はブーツを履き、手には鞭。
意思の強そうな瞳に、薄化粧だが、整った顔立ち。
背筋を伸ばして歩く姿は絵になるほど凛とした雰囲気を醸し出す。
「ソルティーさん!」
エルの顔がぱっと明るくなった。
彼女は親しげにミストの肩を叩いて、何事か耳打ちしている。主を安心させるためか、笑みも忘れない。
「わかった。じゃあ、あとはよろしく。あたしは疾風と遊んでくる」
ミストはソルティーにこの場を譲ろうとする。
疾風の名が出て、はっ、とエルは自分の使命を思い出す。
「殿下、最後に、社杯……じゃなくて、次のレースについての意気込みを!」
尋ねられて、ちらっとエルを一瞥して、一言だけ。
「いつも通りやるだけ」
あとはソルティーに聞いて、と淡白な言葉を残し、厩舎へ戻ってしまった。
追いかけるのはやめたほうがいい、とソルティーが制する。
「実はあの記事が出てから機嫌悪いの。フィン王女は大事な友人だから、あんまり世間の目に触れさせたくないみたい。でも、その王女殿下がけっこう派手なことするから、やきもきしちゃうのよね」
苦労が滲み出るように、ため息混じりにこぼす。
全部エリシオのせいな気がして、エルは思わず顔を覆った。せっかく皇女殿下の独占インタビューを取れるチャンスが台無しだ。
「ソルティーさん、気を取り直して、疾風のことを聞かせていただいてもよろしいですか」
お互い苦笑しながら、馬の調子やら意気込みやらの話に移す。
エリシオは明後日の方向を眺め、まるで聞いていない様子だったが、もうそれは無視することにした。
せっかくのソルティー騎手の独占インタビューなのだ、せめてその時だけでも楽しい気分でいたい。
私も社杯に向けて気合入れて書きます、となぜか自分自身の意気込みも語ってしまった。
頑張って、とソルティーが笑顔で励ましてくれるのが複雑な気分だった。
厩舎の戸を叩いたのは、お昼前になってしまった。
馬の稽古、つまり調教をつけるのは日の出頃の早朝だ。
エルが起床した時点で、すでに手遅れだった。
「もしかしたら、関係者が厩舎に残っていて、インタビューの一つでもとれるかも」
一縷の望みをかけて、馬車を飛ばしてやってきた。
それこそ、馬に乗っていけばいいのに、とエリシオは抗議するが、エリシオは口に出してしまったという顔をした。
「それ、わたしが乗馬できないことを知ってて言ってるでしょ」
「ごめん、そうだったね。まだ怖いの?」
「改めて乗ってないけど、乗ろうとも思わない。見るので十分楽しいからいいよ」
「あの時は大ケガしたからね、誰だって怖いと思うよ。足だっけ」
「わかってて言ってるでしょ、腕折ったの」
「そうだったっけ」
とぼけたエリシオをあしらい、エルは指折り数えながら、ぶつぶつとつぶやいた。
「見出しでも、考えているの?」
見出しは記事の顔とも言える。
厳しい文字数制限に、どんな言葉で伝えるか。
見出しを編集長からお墨付きをもらえば、もう仕事は終わったようなものだ。
何度も修正し、視点を変え、読者を惹きつけることとはなにかを自問自答する。
エリシオにはもちろん自分事のようにわかっているはずである。
「邪魔しないでよ。パターン作っておかないと、あとで困るから」
「そういう作り方をしているんだね。僕は先輩についてきただけだ。君は病み上がりだし、おじさんにも言われたんだ、よろしく頼むって」
この場合、付き添いが必要、て解釈でいいよね? と同意を求めてくる。
相変わらず、よくわからないストーリーをつくる人だ。
「楽しそうだね」
無意識にニヤけていたのかと思い、少し恥ずかしくなり口元を隠すがもう後の祭りだろう。
「わたし、今度の社杯、任せてもらえそうなんだ」
社杯。正確には第三帝国新聞社杯。
自社の名前の冠レースとなれば、どんな規模の新聞社でも社員の気合いは入り、盛り上げたいもの。
担当できるのは名誉ともされる。
今年はエルが社杯の特集記事を書かせてもらえることになっていると説明する。
それにまるで合わせてくれたように疾風の出走。
「殿下の所有馬が参戦なら盛り上がると思うけど……」
エリシオは疾風が皇女殿下の所有馬だというぐらいは知っていた。
とはいえ、エルの気持ちの昂りを理解できないようだった。
「言ってなかったっけ? わたし、ソルティー騎手の大ファンなの」
あの青空賞の手綱捌き、最高だった。
クセのある馬だから馬鹿にされて、ミスティリア殿下の所有馬なのに人気はそこそこ。
かっこつけの実業家の息子の馬と、もうひとりの皇女マリアヴェール殿下の所有馬が人気を分けあってた。
実はこの対決、マリアヴェール皇女殿下と、そのなんちゃらって実業家の人の結婚を賭けたレース。
だからその二頭に異様に人気が集まっていた。
ていうか、そんなモン賭けないで欲しいけどね。
でも、そんな二頭なんて頭になくて、わたしは疾風一択。逆にここはチャンスだと思って。
「わたしは疾風に本命をうって大勝負!」
疾風はソルティー騎手の導きのもと、逃げの手をうった。
みんな疾風を馬鹿にして、ソルティー騎手を下に見てた。
結果は、誰も疾風には追いつけなかった。
番狂わせ。
エルは拳を握りしめ、
「わたしの単勝馬券が火を吹いたわ」
エリシオはがくっときた。
「なんだ、儲かったていう話?」
端的な感想にエルは首を振る。
「わかってないね。好きな馬と騎手が、穴を開けた時。それを、わたしが馬券というカタチで応援して、結実した想い。まるでわたしの気持ちに応えてくれたみたい! 想いが通じたっていうか!」
まくしたてながら、得意げに熱ぽく語る。
しかし、ふーん、という程度でエリシオの反応は薄い。
「なんでそんな反応薄いのよ、女性騎手自体は珍しくないけど、大舞台に乗せてくれることなんてない。しかもソルティーさんは騎手じゃなくて、ロイヤルガードていう皇女殿下の付き人みたいな人。そりゃあ、そんな人が急に乗ったら信頼度は落ちる。でも。そんな外野の声なんてものともしなかった。女だからとか付き人だからとか関係なくて、勝利という結果を出したら、それが正義。いいよね、そういうの。憧れちゃう」
と、早口に語り出したところで、唐突に厩舎の戸が勢いよく開いた。
「あ、第三帝国新聞のエルです、こんにち……えええぇ!」
エルはろくに見向きもせずに挨拶したのを悔やんだ。
鮮やかな青い髪と美しい青い瞳が目の前にあった。
口をパクパクしてひとしきり驚いたあと、ハッと気づいてエリシオをひきずりながら一歩下がり、跪いた。
無論、ぼんやりしているエリシオの背中を押して無理矢理、頭を下げさせる。
「遅かったね」
青い瞳の若い女性は、まるで友達に話しかけるか如く言葉をかけてくる。
見た目も、緩めの無地の水色ワンピースに、紺のベスト、生足むき出しのサンダルという、ラフな出で立ち。
エルが実家でダラダラ寝転んでいる時も、そんな格好はさせてくれなかった。
それが姫君だという。
青はロイヤルブルーと呼ばれる特別な色。
青い髪、青い瞳は皇族の印。
失われたはずの氷の力を操るアイスブループリンセス。
ミスティリア皇女殿下だ。
冷や汗が体中が吹き出るようだ。
「ミスティリア皇女殿下、ご機嫌麗しく。申し訳ありません、到着が遅れてしまいました」
すべては伝えるのが遅い父のせいだが、そんな言い訳をしたところで意味はない。
「いや、それはいいんだけど。休んでいたと聞いていたけど、大丈夫? それと、名前はミストでいいよ。堅苦しいのは話しにくいから」
お父様のバカ、余計なことを言ってと心の中で悪態をつく。
「ご心配いただき、恐れ入ります。この通り、すっかり良くなりました、ミスト様」
無理矢理に笑顔を作って答えてみる。
「そう、それはよかった。あ、普通にしていいよ」
ポンポンと軽く肩を叩かれ、立ってと促される。
「取材に来たんでしょ、ソルティーもいるからなんでも聞いてよ」
立ちたくても、震えて立てません。と、小声でつぶやくと、
「足、痺れてるだけじゃないの?」
隣から聞こえてくる趣きのない言い様に、うるさいうるさいと悪態つきまくりながら、肩を借りる。
「殿下にあの日のこと聞く?」
肩を貸すためにしゃがんできて、ようやく同じ視線の高さになった時にエリシオが核心に触れこむ。
「私はお礼を言いたいだけ」
エルの主張にそうだね、と素っ気なくエリシオは答えてくる。
ようやく足が通常営業を取り戻し、エルは深く息を吸い込んだ後、また頭を下げた。
「先日はお助けいただき、本当にありがとうございます」
取材という名目だが、やはり伝えねばならぬこともある。
ぼんやりしているエリシオの尻を叩くと、彼も慌てて頭を下げる。
「いや、ほんとにいいから。気にしないで。何事もなくてよかったよ。それより」
それより?
頭を上げながら、次の言葉を待った。
「新聞見たよ、ずいぶん大きく載せたね」
声のトーンが下がっていた。
褒めている声音ではない。
うっ、と言葉に詰まる。
これはマズイパターンだ、と本能的に感じとる。
記事を書いた張本人であるエリシオを見上げると、彼は嬉しそうだ。
「編集長の判断でそうなりました。殿下のご活躍を載せられず、申し訳ありません」
今度はエリシオが恭しく頭を下げる。
エルはその様子に面食らう。
「あたしは除外で、フィンはどうして大々的に?」
「珍しいからです」
エリシオの即答。こういう話題には敏感だ。
「殿下のお力は秘匿となっており、大衆の目に晒すのはよろしくないという編集長、ひいては社の判断です」
ミストの眉がぴくりと動く。
エルは冷や汗が止まらない。
「それだと、フィンの力は晒すのはよろしいってこと?」
「かの王国を知るものが少ないため、よろしいとなりました。現にご本人様はご帰国されたのではないでしょうか。いつでも帝都にいらっしゃる殿下にはご迷惑にならないように、というのが社の方針でして」
エルが口を挟むことなく、エリシオは淀みなく応える。だが、その言い様にミストは口をとがらす。
「めんどくさいな。そうじゃなくて――」
場が凍り付くようだ。
不機嫌な口調になっていく皇女を目の前にして、エルは今度こそ動き出す。
「申し訳ありません、言って聞かせますので」
エルが割って入って、ペコペコと頭を下げる。
この辺で話題を変えたいと思っていたのは、他にもいるらしく、厩舎の中から女性が現れた。
長い髪をしっかり結んで、ゴーグルを頭にかけ、きっちりと胸元留めたシャツに乗馬用パンツ。高身長ゆえに、すらりと長い足はブーツを履き、手には鞭。
意思の強そうな瞳に、薄化粧だが、整った顔立ち。
背筋を伸ばして歩く姿は絵になるほど凛とした雰囲気を醸し出す。
「ソルティーさん!」
エルの顔がぱっと明るくなった。
彼女は親しげにミストの肩を叩いて、何事か耳打ちしている。主を安心させるためか、笑みも忘れない。
「わかった。じゃあ、あとはよろしく。あたしは疾風と遊んでくる」
ミストはソルティーにこの場を譲ろうとする。
疾風の名が出て、はっ、とエルは自分の使命を思い出す。
「殿下、最後に、社杯……じゃなくて、次のレースについての意気込みを!」
尋ねられて、ちらっとエルを一瞥して、一言だけ。
「いつも通りやるだけ」
あとはソルティーに聞いて、と淡白な言葉を残し、厩舎へ戻ってしまった。
追いかけるのはやめたほうがいい、とソルティーが制する。
「実はあの記事が出てから機嫌悪いの。フィン王女は大事な友人だから、あんまり世間の目に触れさせたくないみたい。でも、その王女殿下がけっこう派手なことするから、やきもきしちゃうのよね」
苦労が滲み出るように、ため息混じりにこぼす。
全部エリシオのせいな気がして、エルは思わず顔を覆った。せっかく皇女殿下の独占インタビューを取れるチャンスが台無しだ。
「ソルティーさん、気を取り直して、疾風のことを聞かせていただいてもよろしいですか」
お互い苦笑しながら、馬の調子やら意気込みやらの話に移す。
エリシオは明後日の方向を眺め、まるで聞いていない様子だったが、もうそれは無視することにした。
せっかくのソルティー騎手の独占インタビューなのだ、せめてその時だけでも楽しい気分でいたい。
私も社杯に向けて気合入れて書きます、となぜか自分自身の意気込みも語ってしまった。
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