17 / 18
4.専属ジャーナリストの旅立レポート
4−3 名乗りをあげろ
しおりを挟むタイプライターを前に、キーを叩くペースは遅い。
唇をひん曲げた、エルの姿があった。
編集部に戻り、エルは淡々とインタビュー記事の原稿執筆に取り掛かっていた。
あれから、エリシオとは口を聞いていない。
せっかくの独占取材が水の泡だ。
騎手としてのソルティーのインタビューも大事だが、やはりオーナーとしての皇女殿下の突っ込んだ記事があるとないとでは、印象が違う。
しかし、かろうじてもらえた一言が、『いつも通り』……。
たしかにあの馬は『いつも通り』走れば、良い結果を残せるだろう。
しかし、もう少し紙面映えするコメントが欲しかったと歯噛みする。
いつも通りの解釈もいくつもある。
噛み砕いて伝えたいと、思えば思うほどドツボにハマる。
いつも通り――前走以降、特に疲れもなく好調をキープしている。この馬の個性を出し切る形で勝負したい。
いつも通り――前走同様、逃げると思う。展開次第になるが、自信はある。
いつも通り――どんな相手でも、自分の力は出し切る競馬をすると思う。
どのパターンで翻訳するか、悩ましい。
ペンをくるくる回しながら頭をひねる。
内容が決まらないから、見出しも思いつかない。
まったくもう……とぷりぷりと怒りのエネルギーを原稿にぶつけていると、エリシオが手振りで何かを指している。
ふん、と首を振るが、社内がざわつき始める。
改めて何事かと、エリシオのジェスチャーの示す先に視線をうつせば、そこにはお付きの者を従わせたオリバーが佇んでいた。
頭痛のタネが増えるようだ。
「要件聞いてきて。わたしは忙しい」
あえてオリバーと目を合わせることもなく、アゴでエリシオに指示を出す。
「ずかずか入ってこないところを見ると、エルに用があるんじゃないかな」
「だから要件を聞いてきてって」
エリシオの言う通りであった。
彼の性格なら、エリシオに用事があるなら、飲み屋の一件のようにやってくるだろう。
社内に足を踏み入れた以上、遠慮するわけがない。
それが控えているのだから、エリシオに用事ではない。
はあ~とため息が出る。
わたしは忙しいんだから。
そう呟きながら、気づかないふりして原稿を書いていると、とうとう肩を叩かれた。
政治部の編集長のロジャースだ。
エルの父の友人というこの人の発言力は大きい。
社内での実力者でもある。
さすがに社内ではエリシオと同じ扱いにするわけにはいかない。
だが、この人は肩書きに弱い。
皇太子殿下の側近が尋ねたとあれば、緩衝材に自らなりがたがる変なおっさんだ。
嬢ちゃん、頼むよ。
そう言って拝み倒す勢いだ。
どっちが上司かまるでわからない。
どいつもこいつも使えないと言いたげに、エルは笑顔もなく、無言でオリバーに向かい合った。
「やあ、エル」
珍しく筆名で呼んできた。この前とは大違いだ。
「またなんか企んでるでしょ」
違うんだ、とオリバーは弁解する。
「実はこの件で、皇太子殿下から調査の指示が出ている」
この件?
オリバーは新聞記事を広げた。
ぎょっとした。
またこの話?
そう、先日の襲撃事件。
「フィーナル王国のフィン王女について聞きたいそうだ」
君たちを直々にご指名だ。
オリバーは近寄って耳元で囁く。
「それ、エリシオには言ってあるの?」
「……言いたくない気持ちの方が強い」
その意味はわからないでもない。
嫌な思いを経験したばかりだ。
「しかし、役目柄そういうわけにはいかない。だからこれは個人的なお願いだ。エルだけで謁見に臨んでほしい。君の名をもってすれば説得力が増す」
「殿下直々の謁見? 家の名を出すなら、父の許可をもらわないと」
「お父上殿は北部戦線への後始末に出られて、しばらく戻らないはずだよ。それにそんな許可をとる年齢でもないだろう」
そういえば北部に出張とは言っていた。
その下調べのあざとさに思わず舌打ちする。
「じゃあ、エリシオも一緒ならいいよ。だいたい、あれ書いたの、わたしじゃないし」
エルは譲歩するが、実質強制なのはわかっていた。
そして、エリシオを巻き込むと、ろくなことにならないのも目に見えている。しかし、毒を食らわば皿までだ。
八方塞がり加減にツキのなさを感じて、やっぱり家で寝てればよかった、などとその時ばかりは思ってしまった。
まさか本当に役に立つとは思わなかった。
職場の端っこに置かせてもらっていたトランクケースを引いて、更衣室に籠もった。
あまり気が乗らないが、背に腹は変えられない。
今の自分を守るためだと言い聞かせて、昔の自分に戻ることにする。
落ち着きのある色の花柄のワンピースにそっと袖を通し、痛みかけのジーンズは畳んで、仕事用の靴と一緒にしまってお く。
そして、ウィッグで髪が長い頃の自分に戻る。
一応、名の通った家柄らしく、公の場に出る時はそれなりの格好をしないと父の立場がないと心配して、万が一の用意をしていたのがよかった。
お転婆な若い女競馬記者から、すぐに名家のお嬢様に変身する。
化粧に時間をかけられないから、そこは手抜きになってしまった。
「お待たせ」
オリバーとエリシオという昔のエルを知っている二人からすると、懐かしいらしい。
一際、オリバーの反応がいい。
学生時代に戻ったようだ、とか、初々しいとかうるさい限りだ。
逆にエリシオは一言も反応しない。
同行を許されてからはエルを見る目がいつもとちがっていた。うさんくさい蘊蓄話も出てこない。
その代わりに指折り数えて、怪しく物思いにふけっている。
イヤな予感がする。
なぜか記事一つのせいで、身分の異なる同期三人が雁首揃えて出頭している。
オリバーによるとすぐに謁見だという。
「ロイヤルブルーってのヒマなのかな」
そういえば昼間にインタビューしたのもロイヤルブルーの一人だった。
わざわざ馬の調教を見にやってくるほどだ。
皇太子って忙しいんじゃないの?
オリバーに素直に疑問を呈すると、流石に不敬だからそれ以上は言わないほうがいいと注意される。
そんなしょうもないやりとりをしていると、大概エリシオがさらにしょうもないことを口にして事を大袈裟にするのだが、今回はやはり口を真一文字に結び、一言も発しない。
余計なことは言うなとオリバーに口を酸っぱくして言われているからといって、易々と要請に従うタマではなかったはず。
荒れるとイヤだなあ。
エルは思わず天を仰いでしまう。
それにしても、ヒールは痛い。
最近、全然履いていなかったから足が合わないと泣き言をいいたいところだが、そうもいかなくなった。
謁見の間に緊張が走る。
玉座のそばで仁王立ちする鎧姿の騎士たちが敬礼を始め、手持ちの槍で地面をガンガンと二度叩く。
お出まし、か。
相変わらずの時代がかかった儀式だと毒づきながら、跪き、頭を垂れる。
大柄な男が絨毯の上を力強く歩き、やがて玉座に腰をかける。
「挨拶はいい。要件を言おう」
アイアンブルーと呼ばれた実質最高権力者。
エルは顔を上げると、アイアンブルーの視線の先にはエリシオがいた。
「おまえはこの前の質問者か。まあいい。今回はそのことではない」
ロイヤルフレア、だ。
うん?
エルの中で既視感が働いた。
帝都に蔓延る悪漢の話じゃないの?
迷ってはいられない。
「殿下、わたしがお答えします」
エルがはっきりと発声するとようやく彼はこちらにむいた。
「おまえは?」
「わたしはフローラ・ブランドフォード。ブランドフォード家のものです。この男はエリシオと申します」
「……ブランドフォード家の者かちょうどいいな」
「この度の記事について……」
エルが解説しようと口を開いたところだった。
「ファイナリアに行け、フィーナル王国でロイヤルフレアを調べてこい」
端的に命令が下される。
有無を言わせないとばかりに。詳しく聞きたい……じゃないの?エルは返事が出来なかった。
返事をしなくてはいけない。
それなのに、素直に返事をすることができない。
脳裏にミストの言葉が浮かび上がる。
フィンを巻き込みたくないから。
独占インタビューのはずだった。なんのために?
社杯の特集記事だ。
任せてもらえるはずの大きな仕事。
それが、今、水の泡と消えようとしていた。
「父を差し置いて、経験のない私に外交のお仕事をさせていただいてよいものでしょうか」
震える声音とはいえ、反論してしまった。
オリバーが一歩前に出るのが見えた。
その表情も真っ青だ。
よくないことを言っているのがよくわかる。
「……くだらんな。そもそも外交ではない。調査だ」
なぜだろう、すごく嫌な予感がする。
エルの第六感は違う意味で的中する。
「そのお役目、私にお任せください」
張り切って名乗り出たのはエリシオだった。
「記事を書いたのは私です。克明に覚えています。あのロイヤルフレアの炎を」
その言葉を口にして、皇太子はエリシオに前のめりに向き合ってきた。
もう、エルのことはまるで眼中になかった。
エリシオにもなにか火がついたようだが、それ以上に食いついてきたのは皇太子の方だった。
ついには玉座から立ち上がった。
「見たのか」
「はい、はっきりと」
煽るようにエリシオは答える。
その自信満々のエリシオの主張に、確信を得たようだった。
「ならばあの女はウソをついたことになる」
ドキッとする。
なにがあったのか知らないが、ミストの言葉がエルの頭の中を駆け巡る。
頭を下げ続けているエルの姿を見ているのか、エリシオが言葉を重ねる。
「こちらのフローラさんはたまたま居合わせたことから襲撃の心労で数日寝込んだと聞き及んでいます。体調にご配慮いただき、卑しい身分ではありますが、この私にお申し付けください」
エリシオは大仰に頭を下げる。
あることないことをぺらぺらと喋る様子からして絶好調のようだ。
ようやくらしさがでてきたというか。
「心労で寝込んでいた?」
本当か、と当のエルに聞かず、オリバーに確認を求めていた。そのオリバーから視線が飛んでくる。答えろと言うことらしい。
エリシオはウインクしてくる、話を合わせろといったところか。
ああ、と理解した。
エリシオはよくわかっている。
ミスト殿下からの言葉もよく覚えているのだろう。そして社杯があるエルの事情もわかっている。
心労なんてない。叫びたかった。
でも、
「……恥ずかしながら、事実でございます」
誰の顔も見ないように声を絞り出して答えた。
きっとこれで役目は振られない。
今まで通り、競馬記者のエルとして毎日振る舞えるし、少なくともエルだけはミストとの繋がりにヒビは入らない。
本来ならば、ここは是が非でも引き受けなければならないところだ。家のため、跡取りとしては経験を積めるよい機会なのだ。
「いいだろう。エリシオとかいったな、お前にオリバーをつける。ファイナリアに行ってこい」
はっ、と男二人が同時に返事をした。
それで謁見は終わった。
皇太子が去ったあと、エルは自分では気づかないうちに涙を零していた。
「わたしは、わがままだね」
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる