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4.専属ジャーナリストの旅立レポート
4ー4 旅立ち
しおりを挟む早朝、調教を取材に行くはずの足取りは実家に向かっていた。
しかし、父はすでに北部戦線の交渉のため、出張に出てしまったという。
エリシオの姿が見えないので、仕事にでも行ったのかと使用人に聞けば、こちらもしばらく外国出張だという。
もう向かったのか、思ったより早かったなと納得する。
「お嬢様もてっきりご一緒かと」
当たり前の様に問い掛けてくるが、果たして当たり前なのだろうか。
「わたしは行かないんだ」
置いていかれたわけじゃない。
「ファイナリア行きは一日に一本しか汽車が出ないんですってね、ずいぶん辺境なところですのね」
そうだったのか。よく知らない。
使用人が忙しく部屋の掃除をする光景はさほど珍しくない。
しかし、まるで遠い世界のようだ。
エルにはまるでここにいるという感覚がなかった。
そもそもなぜ実家に戻ってきたのだろう。
わかっている。
あの時、嘘をついた。
あのアイアンブルー相手にだ。
誰にも言えない。
せめて父に相談しようと思ったが、そういえば、出張とか言っていたっけ。
そして、エリシオは行ってしまった。
急に心細くなって実家に戻って来れば、余計に苦しい。
ここに自分の場所はないと言い切って出て行ったはずだった。
わがままで飛び出したのに、わがままを通すためにあの皇太子相手に嘘までついたのに。
なぜか、寂しい気持ちになる。
いいやそんなことはない、だって、楽しみにしていた社杯の記事がもう出来上がる。
あとは本番を待つばかりだ。
そういえば今日は直前インタビューを取りに行く予定だったのだ。
こんなところでくよくよしている暇はない。
「……様、お嬢様!」
誰かが自分を呼んでいたのにまったく気づかなかった。
「こちらでしたか」
聞き覚えのある女性の声がした。誰だっけ。
使用人を振り切って、振り向かないエルの肩を触れる。
「フローラさん……いえ、エルさん」
二つの名を呼ばれて、ようやくエルは振り返った。
あっ、と思わず、驚きの声をあげた。
「また殿下を待ちぼうけにするつもりですか」
乗馬服姿のソルティー。
怒ってはいなかった。
顔は穏やかに笑っていた。わざと咎める口調をしているのはわかる。
「えっ、今日はソルティーさんだけの取材予定でした。でもなぜここに……」
「急いでいるから探してこいって」
「急いでいる?」
「ええ。早くしないと汽車が出てしまうからって」
汽車が? どこかへ出かけるのだろうか。
「行かれるのでしょう? ファイナリアへ」
当たり前のように口にする。
「私は……行かないつもりですが……」
歯切れ悪く、目も合わせず回答する。
「そうだと思います。そういう日に、朝から取材は申し込まないでしょう。ですから、殿下はこう仰いました」
あたしをファイナリアに連れてって。
「私はレースに登録してしまったので行けません。珍しく疾風が走る気になっているし。殿下にヒートの二人きりはちょっと困ります。なので、あなたに白羽の矢が立ちました。どうします?」
あの人、一人で歩いて峠でも山でも超えていく人ですから、ほっといてもいいですけど。
皇女殿下のロイヤルガードともありながら、対応がどんどん雑になっている。
エルは状況が飲み込めない。
「わざわざそれを伝えにソルティーさんがわたしのところへ」
「そう。待ってても来ないから、二度目の待ちぼうけはちょっと、ね」
どうしよう。
「わたしはわがままなんです。自分で飛び出しておいて、エリシオが守ってくれて。でも、その場所を違うと思ってしまった。あんなに楽しみにしていたのに、全然身が入らなくて」
うんうん、とソルティーは相槌を打つ。
「いいじゃないですか。ミスト殿下のご意向に沿うため、仕方なくでいいじゃないですか。私の代わりにミスト殿下を頼みます。皇女殿下の独占レポート待ってます。会社には私から説明しますから、今から用意できますか?」
こくんと頷いた。
知らないうちに涙が零れていた。
がらがらと石畳の上を大きな音がする。
衣装と道具でパンパンのケースを、両手で力いっぱい曳いていた。
隣には水色のワンピースを着た青い瞳の少女。フードをかぶっていた。背中には大きな剣と道具袋。
奇妙な組み合わせが帝都のターミナル駅を歩いていた。
停車中の汽車。黒い胴体が横たわる。脇を白い蒸気が流れていく。今にも発車しそうだ。
「ミ、ミストさ、さん、きっとあそこです」
慣れない呼び方に戸惑いながら、見知った男二人を指差す。
どちらも金髪で背が高い。
エリシオの方が上背があるのに痩せている。
相変わらず、もう少し飯を食わせた方がよさそうな体型だ。実家で十分な栄養を摂っているはずなのに。
軍の将官帽をかぶって、上等なコートに身を包んだオリバーはこちらに気がついたようだ。
珍しくぎょっとしている。
「ミスト殿下!? なぜ」
しっー、とミストは人差し指を口元に寄せる。
「お忍びの旅」
ミストはしれっと答えてみせた。
いえそういうわけには……と抗議しているのを横目に、エルはエリシオに向き合った。
目を合わせるには気まずく、エルはそっぽを向いてしまった。
「来ると思った」
エリシオは笑顔でそう言った。
「あっ、なんかムカつく」
「社杯はいいの?」
「よくないけど、いいの。皇女殿下の独占レポートに切り替える。それよりさ」
荷物をヨイショとひっぱりあげながら、もののついでのような口振りで問いかける。
「あの話、覚えてる?」
「あの話」
「私たちで婚約したらっていう話」
えっ、と驚いたのは隣でミストにつっかかっていたオリバーだった。
「それは、どういう意味……だ」
オリバーはエリシオに問いただそうとするが、エルは構わず続けた。
「エリシオ、私、それもありかなって思ったわ」
独り言のように静かにつぶやく。
しかし、エリシオは首を振る。
「まだ結論を出さなくてもいいんじゃないかな。おそらく、近いうちに僕は君に迷惑をかけることになる」
エリシオの予言めいた言い分にムッとして、エルは頬をふくらませた。
「二度は言わないからね、特にこんな人前ではね! バーカ」
父が拾ってきた男の子は大きくなり、口が達者になった。未来を見通すと大言壮語ばかりでわけがわからない。貴族の娘フローラは舞踏会が嫌になっていたところ、男の子がつくっていた新聞なるものに夢中になった。
物事を伝えることがこんなに面白いとは思わなかった。ありのままを伝えて、役に立ったよと言われるのが楽しくて仕方ない。
だから私は事実を伝える記者になる。
名前を変えて、昔の私とさよならだ。
でも、昔の私を知っている人がそばにいてくれるから、今の私があるのかもしれない。
「ていうか、ミスト殿下もオリバーもいて、私だけ留守番なんてありえない。私に迷惑なんて考えなくてもいいから、ミスト殿下に迷惑かけるのはだめ。それに自分の書いた記事の責任取るつもりなら、それは私も連帯責任だから。どうせまた失敗するんだから、あんたのグチを聞かせる人は私しかいないし」
オリバーは聞くわけないし、ミストに聞かせるわけにはいかない。
とはいえ、社杯を逃すのは正直惜しい。
でも、この汽車に乗り遅れると、きっとあとで後悔するだろう。
「盛り上がっているとこ、悪いけど、もう汽車出るよ」
ミストの水を差すような注意喚起に合わせたように汽笛が鳴る。
同時に、出発の時間を知らせるベルが場内に響いた。
駅員が客席へのスロープに縄をかける。
慌ただしく、一等客席に乗り合わせる四人の乗客。
ファイナリア方面に向かう一日一本の汽車は定刻に出発した。
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