ファイナリアクロニクル ミラーリングデイズ

みすてー

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1.競馬ジャーナリストの縁談レポート

1-1 新人競馬記者エル

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『新人競馬記者エルの”わたしのイチオシ”』

 タイプライターのキーを流れるように叩き、割り当てられたコラムのタイトルを打ち込む。

最終調教追い切りで抜群の動きをみせた陽向(ひなた)が今回のイチオシ!
 先行逃げ切りで十分押し切れる力をつけている』

 取材で得た情報と推しの馬の特徴を端的に文章に起こし、予想をつくる。

 コラムの名の通り、新人女性記者エル=プリメロは今日も記事づくりに余念がない。
 取材内容を書き入れた手帳を左手に、空いている右手だけで激しくキーを叩く。
 そのちいさな指からとは思えないほどの打鍵音が響く。
 体重が前にかからないように足を開いて座っていた。
 小柄な体でも背中はまっすぐに伸び、体幹よく、まるで新人の態度ではなかった。
 焦げ茶色の髪に鳥打帽をかぶり、手帳と原稿を睨みつける表情は真剣そのものだ。

『対抗は……』

 手が止まる。
 原稿に影が落ちたのだ。
 
 目の前にぬうっと揺れるように現れたのは、エルの上司だ。デスクと呼んでいる。
 背が高いが猫背で痩せている。枯れ木のようで今にも折れそうだ。
 いつものよれよれのシャツがエルの視界に入る。
 ネクタイだけは洒落た色遣いでピンもブランド物だが、今それにかまっている余裕はない。
 それに、上司が目の前に通りがかったからといって、自身のショートカットの焦げ茶色の髪を包む鳥打帽はとらず、さして振り向きもしなかった。

「なんですか。今、いいところなんです」

 新人の若い娘らしからぬ、強気に反発する。

「エル君、ちょっと話があってね」
「今、忙しいんですけど」

 記事の続きの文章がうまく決まらず、キーをうてずにエルは机をトントンと指で叩いた。

「エリシオ君の件だ」

 幼馴染で実家に居候している青年の名を出されて、手帳を閉じる。
 エルはかぶっていた鳥打帽をゆっくりと外した。
 髪の色と同じ焦げ茶色の瞳がデスクの顔を捉えた。
 面長で瘦せこけた中年の男性。
 冴えない、という言葉がよく似合う。

「エリシオがどうしたんです?」

 膝に力をこめて立ち上がって、デスクと対峙する。
 フリル付きの白いブラウスにサスペンダーで短パンを吊る姿は少年のようにも見えなくもない。
 背の高いデスクに対して、それこそ少年のような背格好のエルは見上げるばかりだ。

 見上げて話す。
 話に出たエリシオを彷彿とさせる、と金髪の縮れた前髪がよぎる。
 前髪切ったかな、と余計なことを思いだして、慌てて首を振って頭から打ち消す。
 しっかりとデスクの顔を見る。
 デスクはエルの視線の強さに耐えられないのか、目線を逸らしながら告げる。

「政治部から、うちに異動の打診があった」

 エルはぶっと噴き出した。

「……っ、それって、厄介払いですか」

 笑うところなのか、驚くところなのか。
 どちらも含んだ言葉が飛び出てしまった。

 いや詳細はわからないが、とデスクは言葉を濁す。

 当人をよく知るエルからしたら、この推測はきわめて高い確率で当たる。

「嫌ですよ。わたし、アイツの面倒みるの」

 はっきりと断った。

 そう言わないで、ね、と穏やかに諭そうとするが、エルはきっと睨んで言い返す。

「クビにしちゃえば、いいんですよ。第三帝国新聞社だったら政治部以外興味ないって言ってたし。異動を受け入れられないなら、辞めてもらえばいいじゃないですか、っていうか私だって、まだ新人ですよ」

 新人らしくない態度で視線をタイプライターに戻し、おもむろに椅子へ腰を下ろし、またカタカタとキーを打ちまくる。
 今度はすらすらと進んで、あっという間にピリオドをうつ。
 タイプライターから乱雑に原稿を切り離し、そのまま横で突っ立っているデスクに手渡した。

「チェックお願いします」

 デスクに原稿を突きつけると、彼は素直に受け取りながらおろおろとするばかりだ。

「わたし、社杯の馬主オーナー特集の取材行ってきます」

 エルが先手必勝とばかりに宣言して、カバンにペンと手帳をしまう。

 社杯とは第三帝国新聞社杯。

 つまりは自社の社名をかけたレースの特集。
 世間の格とは別に、はりきりたくなる。
 いつもとは違う特集を組んだりすることから、社杯の特集を任されるということは仕事への信頼と同意語だ。

「待ちなよ」

 飛び出していこうというエルに声をかけてきたのはデスクではなかった。
 エルのちいさな肩にぽんと男性の手が置かれた。 
 無精髭をはやした四十前後の男性。
 だらしなく着たストライプ入りのワイシャツ。
 ノーネクタイで胸元のボタンは外している。
 手に持っていたのはペンではなく、火のついていない煙草。

「俺も行く」

「ヘクター先輩」

「エリシオ君の件、クビにするわけにもいかないだろう。ブランドフォード卿の推薦で社長が決めたことだ。そんな簡単なことじゃない」

 白いブラウスのなだらかな肩に乗っていたヘクター先輩のごつごつした手はさりげなく、肌艶のよい頬に向かうも、エルは虫除けととばかりに振り払う。

「先輩、また奥さんに怒られますよ。わたしが横にいるだけでも、若い子に手を出してるて怒られてたじゃないですか。それに、お父様の話は気にしなくていいですよ」

 年上の男性に対しても、物おじせずにまくしたてる。

「カミさんは関係ないだろ。それに、お父様の影響は絶大なんだよ、大人の事情てやつで」

 対して、ヘクター先輩は反論する。
 父について触れたことでエルは頬を膨らませる。

「わたしだって、いつまでもコネ入社だなんて言われたくないんで、仕事させてください。エリシオの面倒なんかみてたら、わたしが取材して記事書く時間が減っちゃうじゃないですか。わたしはもっとたくさん記事書いて、読者さんに読んでもらいたいです。社杯特集だってメイン張ってやってみたいです!」

「そうは言っても、まだお前だって新人だろ? そりゃあ、先輩としては」

「デスク、聞きました? 私はまだ独り立ちできない新人なんです。だから新人が新人をかかえるなんてできませんよ」

 先輩の軽口を言質にとるように、エルはデスクへ話題を振る。
 枯れ木のような体が揺らめいたが、返事はない。

「誰が誰をエルの下につけるって」

 ヘクター先輩が代弁していた。
 人事なんてわからないと言うだろうと、エルは前もって答えを用意していた。

「厄介者だから、どうせ一緒に育ったエルに任せておけばうまく扱ってくれるだろう、とかそういう話じゃないんです?」

 デスクは苦笑したが答えなかった。
 それがなによりの答えだった。

「ですよね、きっと。だったら、私はお断りします」

 最後は笑顔で明るく、はっきりと断った。

 デスクが独りで、可愛いのにきついんだからなあとぼやいているのは聞こえないふりをする。

 エルは今度こそ、取材~♪ と鼻歌をうたいながら、第三帝国新聞社・文化娯楽部競馬班の仕事部屋を出ようとした時だった。

 ドアノブに手をかける前に、おもむろに扉が開いた。
 扉の向こうには初老の紳士が立っていた。
 シルクハットにモーニング。ステッキを振って、ウインクする。
 どう見ても場違いだった。

「やあ」

 のんきな声。
 そしてその顔を見て、エルは思わず頭を抱えた。

「うそでしょ」

 まさかの訪問者だった。

「なんでここにいるの……お父様」

 エルの背後でデスクと先輩が「ブランドフォード卿!」と裏声あげて、頭を下げているのが見なくてもわかった。
 いやむしろ、先輩とデスクのそんな姿を見たくなかった。

 はあ、とため息をつくのが精いっぱいだった。
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