ファイナリアクロニクル ミラーリングデイズ

みすてー

文字の大きさ
7 / 18
2.先輩ジャーナリストの歓迎レポート

2-2 読者のおっちゃん

しおりを挟む
「ごはん食べに行こっかー」

 先輩らしく、初日の夕飯をおごってあげると言い出したエルだった。

 が、店の選択に、連れてこられた後輩は気に入らないようだった。

 喧噪やかましく、酒と煙草の臭いがたちこめる。
 汗かきの中年男性のたまり場のような大衆酒場。
 そんな男相手に露出の高いいろっぽいワンピースの女の姿もある。

 ただ、男たちの何人かは手に新聞をつかんでいた。
 一人で壁に向かって煙草をふかしながら、読みふける男もいた。

 久しぶりにエルはエリシオの顔を見上げた。
 痩せてはいるが、高身長のエリシオの顔を見ようとすると、どうしても見上げるかたちになってしまう。
 エルの背の低さに原因があるが、今日は厚底やヒールを履いてきていないからだと言い訳したい。
 テーブルの上に用意された樽ジョッキに目を移す。

「おつかれー」

 エリシオとはいうと、周りを見渡してそわそわし、落ち着かない様子だ。

 こういった場に慣れてないのが目に見えてわかる。

 政治部の取材でだって、こういう場に身を置くだろうに。

「洒落たバーかなと思ったけど」

 エルは首を横に振る。

「わたしの読者層はこっちの世界だから」

 エルが語る最中にも、どこかの中年男性が奇声が聞こえて、エリシオは難しい顔をする。

 エルは当たり前のように笑顔でビールジョッキをあおる。

 またエル自身も日雇い労働者のような格子柄の鳥打帽をかぶっていた。

「仕事明けのお酒は最高~」

 白いブラウスに短パン姿で、短い脚ながらも生足を晒してふとももを組んで樽の椅子に腰かける。

 親指を立て、上機嫌ぶりをアピールする。
 一方のエリシオは表情が冴えない。
 言葉もなく、うつむき加減だ。
 無理もない、左遷させられたというのが周囲の評価だ。
 温度差の違いに、エルは腕を組んで少し考え込む。
 さて、なにから話そうか。
 先輩として、どうリードしてあげるべきか。
 このままだと、わたしが不機嫌になる。
 そんな時、会話に割りこんできた人物がいた。

「よお、嬢ちゃん、レース回顧読んだよ!」

 顔なじみの中年男性がテーブルに割り込んできた。
 筋肉質な男が客の波を割ってくる。

 かすれた声でボリュームも大きく、迫力がある。
 ヒゲで半分以上の顔が隠されているが、たくましさはよくわかる。

「俺、あのレースで負けたんだけど、何度も読んじまった」

 本物の読者の声、だ。
 ふむふむと熱心に相槌をうつ。
 途中で、とある事実に気づいてエリシオにささやく。

「おっちゃん、字読めたっけ……」

 やかましい喧噪の中でおっちゃんには聞こえていない。酒の勢いもあって、記事の感想を述べていた。

「次は勝ったレースで読みてえな、また書いてくれよ」

「いつもありがと。たまにはわたしの予想にのっかってみれば?」
 
「ハッハッハ、冗談はやめてくれ、予想は俺の方がうまい」

「これでも丁寧な取材に基づいた分析予想を心がけていますけど」

「新聞はそれでいいんだよ、おかげで逆張りができる」

 軽口をたたきながら、エリシオをほったらかして交流していた。
 エリシオはむすっと押し黙って、水をあおる。

「おっちゃん、ごめん。今日はうちの新入りつれてきたんだ、ちょっと話したいからまた今度ね」

 断りをいれると、おっちゃんはエリシオの肩をばんばんと叩いた。
 おっちゃんの力が強く、逆にエリシオの体幹が弱く、彼はすぐによろめく。

「あんちゃん、線細いな! メシ食ってんのか。取材も体力いるだろ、こうみえて嬢ちゃんは頑張り屋だから支えてやれよ」

 エルはおっちゃんの言葉に目を丸くした。そんな評価とはいざ知らず。
 どこかの貴族のオヤジとはえらい違いだ。
 少し照れてしまい、頬が染まってしまう感覚は酒の影響か。

 しかし、前言撤回したくなるようにおっちゃんはエルに聞こえないようなひそひそ話をエリシオにする。

「あー、わたしの悪口言ってるでしょー」

 エリシオは苦笑しながら手を振っている。
 おっちゃんは豪快に笑いながらテーブルを離れていった。

 ふうと、お互いに一息。

「あのおっちゃん、ほんとは読み書き出来ないはず。仲間に読んでもらって、わたしの前ではいかにも俺は愛読者みたいな顔するんだよね。わたしの読者はそういう人が多いよ。だから難しい表現は避けて誰でも知っている言葉で書かなきゃいけないっていう制約がある。でも競馬だから専門用語も多い。それでも楽しみに待ってる人がいるから、がんばらないいとって思うの。仕事としては政治部とはまたちょっと違う難しさがあるんじゃないかな」

 急に仕事モードのぱりっとした顔でつまみの乾燥パスタをぽりぽりとかじりながら、エルは切り出す。

「……話は聞いたよ。政治部、追い出されたんだって?」

 いきなり核心に触れる。
 話題は他にもあるが、まずは先輩としてこれからだ。

「でも、それはエリシオのためだと思うよ」

 まっすぐにエリシオを見て、エルは自分の想いを伝えたつもりだった。

「エルまで僕が嘘つきだと言うのか?」

 嘘つき。
 エルが嫌いなものの一つではある。

「はあ、変わらないね、あんたも。わたしは嘘が嫌いって知ってるでしょ。あんたが大噓つきなら、こんなところで一緒にいないから。昔から言ってるけど、エリシオは話を深堀しすぎて嘘っぽくなる傾向がある。気持ちが入り込んじゃうのはわかるんだけどね。そういう癖があるとは思うけど、それはそれとして、今回の件は罰で左遷だと考えない方がいいよ」

 励ましているつもりだが、自分で言って、罰で左遷は間違ってないかもしれないと頭を抱えた。

「真実はいつも嘘みたいな話なんだ」

 エリシオが逆に拳を握って、興奮気味に話す。

 ……やっぱり一筋縄ではいかないか……。

 ちょっとだけ後悔した。

 そして、荒ぶるエリシオを傍目に、面倒事を持ち込むもう一人の金髪の青年の姿が店に入ってくるのを目の端で捉えてしまい、頭を抱えたくなってきた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...