ファイナリアクロニクル ミラーリングデイズ

みすてー

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先輩ジャーナリストの歓迎レポート

2-1 初めての後輩は幼馴染

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『あなたに「いま」をお届けする――帝国ラジオ放送です、こんにちは』

 定刻から始まったラジオ放送に耳を傾けているのは、留守番のエルだ。

 現地取材班と留守番組と別れて、レース当日を迎えるのだが、残念ながら、エルは今日は留守番当番だった。
 いつもの鳥打帽をかぶり、行ったり来たりと落ち着かない素振りで自身の書いた記事と出馬表を見比べる。
 今回は大好きな逃げ馬を指名せず、後方待機からの最後の直線で一気に差してくる馬を指名したのだ。
 感情に揺さぶられて方針が変わるのはよくないのはわかっている。

「そういう時もある。俺の推しもなかなかだから、たまには先輩の言い分を素直に受け入れてみろって」

 それではヘクター先輩のわたしのイチオシになってしまう。看板に偽り有りだ。
 ウソをつくのは嫌だ。
 でも。
 今だけは支持したくない。
 だから、今回だけは特別に。

 もういつもだったら、と考えるのはやめた。

 今日は特別な日だ。

 メインレースで逃げ馬を指名しない。
 その理由は……もはや語るまいと目をつぶる。

 特別な理由はもう一つある。
 それは、幼馴染で同居人だったエリシオの赴任だ。

 世間的には左遷ともいう。

 この二つが重なり、特別な日だというのによろしくない精神状態をつくりだした。

 そして、レースが始めるというのに、エリシオは到着しないのだ。

「もう、教えることはいっぱいあるのに」

 すでに先輩のつもりで、悪態をつく。

『さあ、一斉にスタート! 先頭を走るのは彗星(すいせい)……』

 予想通りの展開になった。
 逃げるべき馬が逃げて、控えるべき馬が後方待機。

 しかし、今の芝生の状態、出走馬には先行勢が少ない。
 展開面を考えると逃げ切りも十分にありえる。

 後方からで届くのか。

 いつまで後方にいるんだ。
 あっという間に4コーナーを回った。

『さあ、直線に入って、先頭は彗星……』

 まだ逃げ馬がリードしていた。
 ぎりっと歯を食いしばって、ひいきの差し馬の名前が実況されるのを待つ。

『馬群の中を割って、飛び出して来るのは……僥倖(ぎょうこう)!』

 エルの顔がぱあっと明るくなった。
 思わず拍手してしまう。

「差せ差せ差せ差せ!」

 自然と声が出た。
 ゆらっと人影がみえたのはきっと気のせいだ。

『先頭が入れ替わる! ゴールまであとわずか』

「よし、そのまま、そのまま!!」

 いける、と馬券をぎゅっと握りしめた。

『しかし、大外からもう一頭すごい脚で来る馬がいます! 夕凪(ゆうなぎ)だ!』

 えっ!っと思わずのけぞる。

「うそうそうそ、待って!!」

『一気にゴボウ抜きだ!
  僥倖(ぎょうこう)がゴール前でかわされる!
  夕凪(ゆうなぎ)がゴールを先頭で駆け抜けました!』

「2着ーーー! ウソでしょーーー」

 えーーー! っと、ラジオの箱をばんばんと叩く。

「……負けたの?」

 よく知った穏やかな声がエルの耳に飛び込んできた。
 いつの間にか、細長い影が編集部にやってきた。

 はっと冷静になり、咳払いをする。

「これだから差し馬は嫌い。勝ったと思ってもまだ後ろにいるんだもん」

 方針は簡単に変えるもんじゃないといいたいところだが、逃げ馬は惨敗している。
 ざまあともいい切れない複雑な気分。

「やっぱり負けたの?」

 上背のある、金髪の、前髪が目にかかっている、とろんとした目つきの、今にも折れそうな細さのもろそうな青年がエルの顔を覗き込んでくる。
 エリシオ=ヘリス。幼馴染にして、ブランドフォード家の居候。
 素人らしく、単純な一言で煽ってくる。
 本人にその気はないだろうが、その無神経さに苛立ち、うるさいと言おうとして飲み込んだ。

 深呼吸して、ここではわたしが先輩だと、自分自身に言い聞かせる。

「2着じゃだめなの。わたしは頭から買う主義だから、本命が2着なら負け。この話、しなかったっけ」

 未練がましく、エルはラジオに耳を近づけるが、結果は変わらない。
 事実を淡々と実況するアナウンサーの声が残酷に響く。

 そして、改めて、エリシオの顔を見上げる。
 彼は背が高いため、どうしてもエルからだと見上げるようになってしまう。
 自信なさそうな瞳と前髪の手入れが適当な金髪。
 整っている顔立ちなのだから、もう少し手を入れれば、といつも思うが、それは口に出さないことにしている。

「久しぶり、フロー……」
「その名前で呼ばないで」

 スイッチが入るように瞬間的に咎める。

「わかってていってるでしょ。今の私は競馬記者のエル=プリメロよ。ようこそ、文化娯楽部の競馬班へ」

 手を差し伸べると、軽く握手を返してくれる。

 照れているのか、すぐ目をそらして、手もひっこめた。

 照れる間柄でもないというのに。

「そこ、座ってて。今のレースの記事、すぐに書かないといけないから」

 あの、適当な応接ソファを指で指示して促す。
 見届けながら、椅子をくるりと回してシャツの腕をまくって、タイプライターに向き直る。

 その前に見出しを考えるために、思いつく単語を指折り数える。

「すぐに記事の見出しを思いつくなんてさすがだね」

 まるで同業者のひやかしか、ヤジか。
 そんなつもりはないだろうが。

「静かにしてて、気が散る」

 今度こそ苛立ちを込めて言い放つ。
 エリシオはそれ以上は何も言わず、ソファに腰を落ち着かせていた。

 タイプライターの打鍵音が静かな部屋によく響いた。

 デスクも先輩も帰ってこないうちに書き上げてしまおう。
 このレース、いつもよりも気合が入る。
 なにしろ、逃げ馬を応援しないレースなのだから。
 新しい視点で、新しい気持ちで、事実を紡ぐ。
 わたしは事実を知らせる記者だ。
 どんなに気持ちが入っても、あったことを冷静に、わかりやすく読者に伝えなければならない。
 貴族の娘の道楽でもなければ、コネ入社した結婚までの腰掛でもない。
 わけわからんことして追い出された、幼馴染の面倒をみれる、一人の先輩記者なのだからと言い聞かせて。
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