ファイナリアクロニクル ミラーリングデイズ

みすてー

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1.競馬ジャーナリストの縁談レポート

1-4 事実を伝える記者

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 神妙な面持ちでタイプライターに向かい合うエル。

 先日の取材は結局先輩の独壇場、というよりエルの耳に何一つ言葉が入ってこなかった。
 なにも書けず、先輩に仕事を譲ってしまった。

 いや、押し付けたのだと、エルは自己嫌悪する。

 実績を少しでも積まないといけないのに。

 ただでさえ、女性の記者は少ない。

 女の取材は受けないとか平気で言い出す調教師やオーナーもいる。
 先日のクロムウェル=リボーも似たようなものだ。先輩がいたからいいものの。
 イライラともやもやの中間くらいが胸の中を支配して、集中しない。
 婚約破棄の話もそうだが、あんなのとは話をしたくないし、聞きたくもない。

「エル、次のレース、あのおっさんの馬出るぞ」

 先輩が教えてくれる。

「知ってます、『僥倖(ぎょうこう)』のことですよね」

 出馬表を見て、記事を起こしにくい理由の一つだ。

「おっさんが言ってた通り、あそこの馬はすべて逃げ馬だ」

 それもわかっていること。

 そして、エルの本命にする馬はたいがいが逃げ馬だ。

「リボー卿と趣味が似ていて、辟易してます」

 素直に吐露する。

「でも、わたし、僥倖(ぎょうこう)の前走のレースメモ調べたら、スタート出遅れて勝ったって。取材でも出遅れ癖があるからって聞いてますよ」

 レースの度に気になった馬は短評を添えてメモしている。
 膨大なメモ・カードは馬名順に揃えて、下馬評を書くときに参考にしている。
 この時も『僥倖(ぎょうこう)』という馬のメモを参考にしていた。
 自分の字で書いているので信頼できる情報だ。

「よく調べてるな。あのレース俺見てたけど、確かに出遅れたんだけど、いつもならそこから無理矢理先頭に立って逃げを披露するんだよ。でも、そんな無茶な走りをするから最後はバテる」

 逆に先輩は眼で覚えるタイプだ。どうやったらそんなに覚えられるのか。
 でも、最近はエルのメモを借りに来るので、後輩の基本に忠実なデータベースにも関心があるようだ。

「でも、前走はそれをやらなかった。もしかして……騎手は後ろから差した方が強い競馬するってわかってるんです?」

 エルは一つの仮説を導き出す。

「さあ、それは推測に過ぎないぜ。馬主(オーナー)の意向を無視する騎乗は褒められたものじゃない。勝ったからいいものの。先行勢が総崩れになった展開が後押ししただけかもしれない」

 セオリーとして、前に行く馬が競い合ってスタミナを消費すれば、後ろで脚を溜めている差し馬が有利だ。
 だが、差し馬は馬群の中にいるため、前や横に馬がいるといらついてしまう気性の悪い馬では勝負にならない。ある一定の気性の落ち着きがなければいけない。

「取材メモには馬群も気にならないから、溜められれば直線でいい脚をつかうって言った調教師のコメントも残ってますよ。この馬、絶対差し馬じゃないですか。適正に合わない走り方をさせてるんじゃないですか」

「だとしても、馬主(オーナー)の指示ならそれが絶対だ」

「最低ですよ、そういうの。だから、”逃げ馬”なんですね。前走差して勝ったのに」

「そうだ、今回も逃げるんじゃないかな」
「他にも逃げ馬、先行馬が多いレースになりそうなんで、絶対後ろからいった方がいいと思うですけど」

「……なら、差し馬から買ってみてはどうかな。俺のおすすめ教えるよ、新緑(しんりょく)とか雷鳴(らいめい)がいいぞ。人気はないけど、こういう展開で穴を開けて……」

「それじゃ先輩の記事じゃないですか、これ、わたしが任されたコラムですよ」

 先輩の語りだしをシャットアウトして、頬を膨らませて不満をあらわにする。
 自分のスタイルを貫くか、今の気分感情を優先させるか、キーを打てない理由の一つだ。

「……コネで入社して、公私混同でみんなを振り回して、記事も書けない」

 弱気に自虐的に。いつもの強気の気持ちは消えてしまっていた。
 椅子にちょこんと座って、覇気の欠片もない。

「まあそういうなよ、俺たちは少なくてもエルの理解者だぞ。貴族なのに労働者風情に身を落として、しかも女の仕事じゃないと言われながら、そんなの関係ないと言い張ってがんばって先輩の株を奪うように社杯をやりたいなんて言う新人なんてどこにもいやしない」
 
 褒めてるのかなんなのか。
 男でも女でも面白い記事書ければいいんだ、と持論を展開している。

「だいたい新人なんだから、振り回して当然だ。俺がカミさんに叱られるくらいどうってことないしな。それに、ここで突き放したら、逆にまた叱られる。若いコの力になってあげなくてどうするのってな」

 その場面を想像できてしまい、頬が緩む。

「今回は俺の顔をたてるつもりで、差し馬の指名を頼むぜ。ここにいるおまえさんは競馬記者のエル=プリメロなんだろ。それでいるうちは俺は応援する」

 貴族の娘、フローラ=ブランドフォードではなくて。
 二つのわたし。
 ここではフローラとして、いてはいけないはずなのに。
 いや、いつでもエルでいたいから、この仕事をしているはずだ。
 現実の逃避だとは考えたくない。
 このまま一生、一人の女記者としてかまわない。
 そう誓って、無理言ってこの会社に入れてもらったのだ。
 どの道、茨の道には違いない。
 今更なんだと頭では考える。

 が、幼いころからの一つの人生のレールが突然消えてしまった。
 感情を整理するにはもう少し時間がかかりそうだ。

「……わかりました。ありがとうございます」

 少し目をつむって、しばらく考え事をして、一気にキーをたたきまくる。
 下書きもなしかよ、と隣で先輩がぼやく。



 やがて、原稿を作り終える。
 なんとか書けたとほっとしたように乱雑に切り離して、デスクに提出する。

「デスク、この前のエリシオの異動の話」

 原稿を提出しながら、一言添える。

「わたし、受けますよ。わたしも先輩として後輩の面倒をみます」

 その宣言に、先輩が慌てて駆け付け、またしてもエルの肩を抱こうとするが、それを振り払う。

「わたしをこの道にひきづりこんだやつにも、見届けてもらわないと」

 陰鬱な学生時代に光を差しこんだ新聞部活動で、フローラはエルになった。
 そのきっかけをつくったのは――。

「わたしは競馬記者のエル=プリメロです。世間がどう言おうがわたしはがんばりますからね」

 

『新人競馬記者エルの競馬予想”わたしのイチオシ”』
 今回のイチオシは差し馬・・・・僥倖(ぎょうこう)です。前走は出遅れながらも、直線で馬群をするすると抜けてきて器用な競馬で鮮やか差し切り勝ち……いつもは逃げの一手ですが、前走は見事な脚質転換で勝利を掴みました……』
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