ファイナリアクロニクル ミラーリングデイズ

みすてー

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1.競馬ジャーナリストの縁談レポート

1-3 先輩と取材

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 クロムウェル=リボーは婚約者の父の名だ。
 エルの父とは旧友にあたる。
 昔々、しょうもない話の流れで子どもたちの婚約を決めてしまったらしいと聞いている。
 言わなければいいのに、父は若気の至りだったと母に漏らしたと聞く。
 その母もなぜわたしにそれを伝えたのか、今は亡き母への唯一の不満だ。

「先輩、わたし、あの人、苦手なんです」

 婚約破棄の話を通してきたのは当たり前のように、クロムウェル=リボーだ。
 父からははっきりと聞いていないが、間違いないだろう。

 結局、エルは先輩を盾にリボー家の屋敷まで来てしまった。

 複数の庭師によって手入れされているローズガーデンで二人は待たされた。

「あのオジサン、女の人が働くことをすごい嫌がるんです。女は長い髪で家を守れとかっていうタイプです」
「古いタイプのおじさんだな、俺は家事もやるぜ」

 先輩の話はいいです、とエルは小声で続ける。

「だから、わたしは髪を切ってからは会ってません。わたしが髪を切ったこと、知らないと思います。だから顔、わからないと思う。でも……」

 この仕事を始めた時に、豊かな長い髪をばっさりと切ったことはヘクター先輩も知るところだ。
 とはいえ、出社一日目にはもうショートのエル=プリメロ記者だったから、実際には先輩に長い髪のフローラ=ブランドフォードを見せたことはない。

「ああ、わかったよ、みなまでいうな。俺が先頭立ってやるから、助手ってことにしとく」

 そこは年上の余裕なのか、先輩は俺の後ろにいるだけでいいと言い放つ。

「……ありがとう、ございます……」

 今だけはその言葉にエルは感謝した。
 つぶやくほどの小さな声で。
 が、慰めようとしてなのか、さりげなく先輩はエルの肩を抱こうとしてきたのでのけぞって避ける。
 感謝の気持ちはすぐに霧散した。

 やがて、初老の男の豪快な笑い声が聞こえてきた。
 手練れな庭師に庭の状態を案内されて、ご機嫌なようだ。

 先輩が派手な動作で頭を下げて、ようやく視界にとらえた様子だ。

 クロムウェルの隣に気の弱そうな、しかし、ハンサムな青年が感情なく佇んでいた。

 エルは必要以上に頭を下げて、表情を隠した。
 いつもの鳥打帽をいつも以上に深くかぶる。

「おお、新聞屋か。わしの馬のことを取材しにきたんだったな」
「この度は下賤な我々にご機会をいただき、ありがとうございます。我が社の誉れと存じます」

「よいよい、わしは競馬が好きでなあ……ん、後ろにいるのは新人かね、女か少年か。女か、足なんぞ出して。新聞も客寄せに女を使う時代がきたか」

 品の無い笑い声があたりに響く。
 顔を上げずに心の耳をふさぐ。

「閣下にお話を拝聴できる良い機会と思いまして、新人教育も兼ねて……」

 先輩が適当に話を合わせる。この人の得意技だ。

「そうかそうか。女の記者に競馬がわかるかどうかいささか疑問だが、まあ今日は機嫌がよい。なにせ息子は出世するわ、良い縁談があるわで我が家は安泰だわ、はっはっは」

「閣下。そのようなお話、わたくしどもはこれでも新聞記者。なにを書くかわかりませんよ」

 親切を装って、先輩はいやらしい視線を向ける。
 そういえば先輩はゴシップ紙出身だったっけ、とどうでもいい情報を思い出す。

「ほっほう、おぬし言うではないか、そうだったな。わしとしたことが迂闊だった。そうだそうだ、馬の話だろ。わしは逃げ馬が好きでなあ。どんな馬も逃げさせるんだ。強くても弱くても見せ場をつくってくれる……」

 先輩の機転に少しほっとしながら、メモをとるフリをして、エルはいつまでも顔をあげなかった。

 それでも、もう一人から視線を感じていたのはわかった。
 先輩の取材が最後の質問を迎え、義理の父になるはずだった男は上機嫌にその場をあとにしていった。

 だが、一人青年だけが残った。

 先輩の横をすり抜けて、エルの正面まで来た。
 エルは顔をあげなかった。
 真っ白のメモばかりみていた。
 そうしていると、しばらくして足元に見えていた男の靴が消えた。

「行ったぞ」

 はあっとため息をついて、先輩は呆れていた。
 エルについてか、男についてかはわからない。

「お前の正体に触れなかっただけでもえらいかもな」

 エルは唇を噛んだ。

「単なる日和見なの、あの人」

 吐き捨てるように。

「わたしはここにいなかったことの方が都合がいいんでしょ」

 目をつむれば、あの時のことを思い出す。
 フローラ=ブランドフォードが、エル=プリメロとしてもう少し仕事をさせてほしいと深々と頭を下げた時だ。
 婚約の延期を直接本人に告げた。
 穏やかに受け入れて、責任をもって父と話すと言ってくれた。

 今にして思えば、彼は受け入れてもいないし、延期の話もしていないのだろう。
 
 どうせ、そんな気がしてたけど。
 結果的にはこれでよかったはずなのに、捨て台詞みたいに心の中で毒づいた。


「先輩の方が、よっぽどかっこいいですよ」
 
 俺を比較に出すなよ、またカミさんに叱られる。
 と、先輩はげんなりしていた。

「わたしもいつか頼れる先輩になれますかね……」

 先輩はエルの言葉に逡巡し、背中を優しく叩いた。

「すぐなれるだろ。エリシオを迎えてやれって、俺はそいつのこと知らないけど、きっといろいろあって困ってたり、悩んでたりしてるんじゃないか? 力になってやれよ、先輩としてな」

 わたしだって、いろいろあるのに。

 不満はある。自分のことで精一杯のなのに、と。

「先輩って時々いいこと言いますよね。わたしがエリシオの先輩になるのかあ」

 自信無さそうなわりに生意気な主張をする前髪の長い金髪の青年の顔にがみがみと指導する、自分の姿を妄想して、なんだかにやけて恥ずかしくなって頬が紅潮してしまう。
 それでは一緒に暮らしていた時と変わらないじゃないか。

「……照れてるのか」

「そんなわけないですよ!」

 今度はエルが先輩の背中を笑いながら叩いてみた。

 婚約者相手に、照れたこと、笑ったこと、そういえばなかったなと、ふと思い出した。
 まあ、もう関係ないけど。
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