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2.先輩ジャーナリストの歓迎レポート
2-4 ふたりきりの時間
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夜道を二人で並んで歩くのは何年振りだろうか。
想定よりも飲みすぎて、頬が火照っていた。
見上げるほどの高身長の青年が前を歩く。
シャツの裾をつかんでみたり、からかってみたい気がふつふつとわいてくる。
見上げてエリシオの顔を拝んで、気が変わった。
そういえば話したいことがあったのだったと。
「さっきのオリバーの話」
エルから切り出した。
酒場でオリバーが言いかけた話だ。
「なんでエルって呼ばなかったか、わかる?」
見ず知らずの人ではない。
学生時代から絡んできている。
フローラという名前が禁句なのは百も承知なはずだ。
エリシオはわざとらしく首を振る。
この男もわからないはずがない。
「うちの家の話をしたかったからでしょ。もう、わかっているくせにとぼけちゃって」
結局、その話をしないうちに帰ってしまったが。
さて、どこから話そうか、
一から順に説明するのも億劫だが、整理するためにはそれもよいかもしれない。
前を向くためにも必要だ。
「エリシオがうちに来た頃に、わたし、婚約したの」
前にもこの話をしたことあると思うけど、と前置きしながら。
貴族の娘と拾われてきた男の子、対等に扱う父の不思議な感性は理由は教えてもらえてない。
「エルの場合、家柄があるからそういうものだと思ってた」
エリシオは他人のようで、他人ではない。家族に近く、使用人とも違う不思議な関係。
のんきに肩を並べて話せる間柄を世間ではなんというのだろうか。
「うん。うちはこれでも領地もちの貴族さまだからね。どうしても将来の事は家の事情になっちゃう」
といいつつ、汗水たらして現場取材する一介の労働者記者として毎日を過ごすエル。
でもそれは、エル=プリメロ記者だからだ。
フローラ=ブランドフォードとは本来は生き方が違った。
エリシオは言わなくてもわかっているのか、特に矛盾点を指摘してこない。
「もしかしてその婚約話が?」
「うん……破談になった」
なるべく、冷静に務めた。
「オリバーが皇太子殿下に口利きして、相手の家が出世したの。それでもっと身分の上の人と一緒になるみたい」
ふむふむとエリシオは相槌をうっているのが見なくてもわかる。
「わざとじゃないと思うけど」
故意にオリバーが婚約を潰す、という解釈にへえとエルは頷いた。
エリシオらしい陰謀論だ。
ただそんな簡単に事が運ぶほど、世界は幼稚じゃない。
「別にオリバーが憎いわけじゃないよ。そこまで好きな人じゃなかったし。でも、仕事を続けたいからって言って、わがままで引き延ばしたのはわたしだし。だけど、やっぱりショックだわ」
足下の暗い石畳の道路を見つめながら、口にする。
すんなりと心の内が言葉になる。
「僕はエルの実家であるブランドフォード家で住んでいても、そんな話聞こえてこなかったけど」
「だって、わたしだってお父様から聞いただけだもの。お別れの挨拶なんてないし」
一言もなく、立ち去ったのは記憶に新しい。
だから、あの世界は嫌い。
勝手に決めて、わたしは結果しか教えてもらえない。
嘘や見栄ばっかりで、本当に嫌。
だから、わたしはエル=プリメロという名前で生きていく。
フローラ=ブランドフォードはもういないんだと。
エルは酔った勢いで高らかに宣言する。
「居候のエリシオ君には関係ない話だけどね」
挑発するように。
でも、当のエリシオは楽しそうに笑ってかわす。
少しもムキにならないのは逆に不満、とばかりにエルは唇をとがらす。
「実は僕は滅亡した国の王子かなにかで、おじさん的にもうところがあって……みたいな話だと思っている」
エリシオの出自はちょっと厄介だ。
話題を変えたいのか、唐突に出自の話をしだすエリシオに、エルは静かに付き合う。
「国が滅亡したときにお父様がエリシオを拾ったってのはその通りだけど」
エリシオの故郷は帝国に滅ぼされた国の一つだ。国民が金の髪を持つと言われており、当然のごとく、エリシオも金髪だった。
「そんなはずないでしょ、さすがにそれは妄想」
子どものころは煽り文句にエリシオ王子~と口にしたもんだが、エルは記憶の中に思い出として、とどめておくことにした。
今ではエルの父の旧知の知り合いという第三帝国新聞社を頼って職にありついているが、未だにブランドフォード家の邸宅で暮らすエリシオとちいさなアパートを借りて一人暮らしを始めていたエルとすでに正反対の道を歩みだしていた。
「女だてら独り暮らしして、競馬記事書いているようなのは名家の方々からみたらとんでもないことだろうし」
あの人、そんなわたしを認めてくれた……ってずっと思ってたよ。
「僕はずっと横で見てたけどね」
あはは、とエリシオは軽く言ってのける。
暗がりで表情を読み取られないのが幸いかもしれない。
そうなのだ。
エリシオは幼い時から、ずっと横で見てくれていたのだ。どんな時も。
当たり前のことに気づかされて、思わず肩が震えて、目頭が熱くなる。
「たまには家、帰ろうかな」
エリシオと同じ道を歩んでいるのがなんだか気持ちが楽だった。
「おじさん、喜ぶよ」
「話はしたくないけどね」
「ははは……ん?」
急にエリシオが険しい顔になる。珍しい。
まったく、そういう顔は似合わない。
「エル、止まって!」
想定よりも飲みすぎて、頬が火照っていた。
見上げるほどの高身長の青年が前を歩く。
シャツの裾をつかんでみたり、からかってみたい気がふつふつとわいてくる。
見上げてエリシオの顔を拝んで、気が変わった。
そういえば話したいことがあったのだったと。
「さっきのオリバーの話」
エルから切り出した。
酒場でオリバーが言いかけた話だ。
「なんでエルって呼ばなかったか、わかる?」
見ず知らずの人ではない。
学生時代から絡んできている。
フローラという名前が禁句なのは百も承知なはずだ。
エリシオはわざとらしく首を振る。
この男もわからないはずがない。
「うちの家の話をしたかったからでしょ。もう、わかっているくせにとぼけちゃって」
結局、その話をしないうちに帰ってしまったが。
さて、どこから話そうか、
一から順に説明するのも億劫だが、整理するためにはそれもよいかもしれない。
前を向くためにも必要だ。
「エリシオがうちに来た頃に、わたし、婚約したの」
前にもこの話をしたことあると思うけど、と前置きしながら。
貴族の娘と拾われてきた男の子、対等に扱う父の不思議な感性は理由は教えてもらえてない。
「エルの場合、家柄があるからそういうものだと思ってた」
エリシオは他人のようで、他人ではない。家族に近く、使用人とも違う不思議な関係。
のんきに肩を並べて話せる間柄を世間ではなんというのだろうか。
「うん。うちはこれでも領地もちの貴族さまだからね。どうしても将来の事は家の事情になっちゃう」
といいつつ、汗水たらして現場取材する一介の労働者記者として毎日を過ごすエル。
でもそれは、エル=プリメロ記者だからだ。
フローラ=ブランドフォードとは本来は生き方が違った。
エリシオは言わなくてもわかっているのか、特に矛盾点を指摘してこない。
「もしかしてその婚約話が?」
「うん……破談になった」
なるべく、冷静に務めた。
「オリバーが皇太子殿下に口利きして、相手の家が出世したの。それでもっと身分の上の人と一緒になるみたい」
ふむふむとエリシオは相槌をうっているのが見なくてもわかる。
「わざとじゃないと思うけど」
故意にオリバーが婚約を潰す、という解釈にへえとエルは頷いた。
エリシオらしい陰謀論だ。
ただそんな簡単に事が運ぶほど、世界は幼稚じゃない。
「別にオリバーが憎いわけじゃないよ。そこまで好きな人じゃなかったし。でも、仕事を続けたいからって言って、わがままで引き延ばしたのはわたしだし。だけど、やっぱりショックだわ」
足下の暗い石畳の道路を見つめながら、口にする。
すんなりと心の内が言葉になる。
「僕はエルの実家であるブランドフォード家で住んでいても、そんな話聞こえてこなかったけど」
「だって、わたしだってお父様から聞いただけだもの。お別れの挨拶なんてないし」
一言もなく、立ち去ったのは記憶に新しい。
だから、あの世界は嫌い。
勝手に決めて、わたしは結果しか教えてもらえない。
嘘や見栄ばっかりで、本当に嫌。
だから、わたしはエル=プリメロという名前で生きていく。
フローラ=ブランドフォードはもういないんだと。
エルは酔った勢いで高らかに宣言する。
「居候のエリシオ君には関係ない話だけどね」
挑発するように。
でも、当のエリシオは楽しそうに笑ってかわす。
少しもムキにならないのは逆に不満、とばかりにエルは唇をとがらす。
「実は僕は滅亡した国の王子かなにかで、おじさん的にもうところがあって……みたいな話だと思っている」
エリシオの出自はちょっと厄介だ。
話題を変えたいのか、唐突に出自の話をしだすエリシオに、エルは静かに付き合う。
「国が滅亡したときにお父様がエリシオを拾ったってのはその通りだけど」
エリシオの故郷は帝国に滅ぼされた国の一つだ。国民が金の髪を持つと言われており、当然のごとく、エリシオも金髪だった。
「そんなはずないでしょ、さすがにそれは妄想」
子どものころは煽り文句にエリシオ王子~と口にしたもんだが、エルは記憶の中に思い出として、とどめておくことにした。
今ではエルの父の旧知の知り合いという第三帝国新聞社を頼って職にありついているが、未だにブランドフォード家の邸宅で暮らすエリシオとちいさなアパートを借りて一人暮らしを始めていたエルとすでに正反対の道を歩みだしていた。
「女だてら独り暮らしして、競馬記事書いているようなのは名家の方々からみたらとんでもないことだろうし」
あの人、そんなわたしを認めてくれた……ってずっと思ってたよ。
「僕はずっと横で見てたけどね」
あはは、とエリシオは軽く言ってのける。
暗がりで表情を読み取られないのが幸いかもしれない。
そうなのだ。
エリシオは幼い時から、ずっと横で見てくれていたのだ。どんな時も。
当たり前のことに気づかされて、思わず肩が震えて、目頭が熱くなる。
「たまには家、帰ろうかな」
エリシオと同じ道を歩んでいるのがなんだか気持ちが楽だった。
「おじさん、喜ぶよ」
「話はしたくないけどね」
「ははは……ん?」
急にエリシオが険しい顔になる。珍しい。
まったく、そういう顔は似合わない。
「エル、止まって!」
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